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中村明    「日本の一文 30選」(岩波新書)

子供のころ日本映画は最高の時を迎えていた。よく、父に連れられて映画を見に行った。洋画には連れて行ってもらえず、邦画ばかり。当時の子供は、大映の鞍馬天狗や宮本武蔵シリーズや東映の片岡千恵蔵、月形龍之介のチャンバラ映画に夢中。しかし父は全くそういった映画には興味を示さず、もっぱら文芸作品主体の松竹、東宝作品ばかり。まったく不満たらたらだった。その中でも、当時見ていても何が面白いのか全くわからない小津安二郎作品を称賛してよく見せられた。

 なにしろタイトルが「早春」「晩春」「麦秋」「秋日和」「秋刀魚の味」「お茶漬けの味」とどれも同じようにみえ、しかも登場する俳優が笠智衆、佐分利信、中村伸郎、北龍二、東野英治郎、原節子、田中絹代、淡島千景、杉村春子といつも一緒で、演じる役も似通っている。
同じ作品を見ているのではと錯覚する。

 しかし小津は今みると私たちが無くしてしまった、日本人の含羞や、心の深さ、心情をわずかなセリフの中にすべて込め、見事に表していると感動する。

 小津自身、非常にシャイな人だったらしく、生涯独身で母親とともに暮らし60歳まで生きている。

 女優の飯田蝶子が小津の家にテレビをプレゼントした。小津から電話がかかってくる。飯田は当然お礼の電話かと思う。ところが小津は電話で怒る。
 「あんなもの贈ってもらってとんだ迷惑だ。母がテレビの前にすわりっぱなしで、ちっとも自分の世話してくれなくなった。」と。
 飯田は
「ああそう。ざまあみやがれ」と言って電話を切る。
これだけのやりとりだと、小津はひどい人間だと思えるが、実は小津は電話で涙声だった。

シャイな小津の最大なるお礼の言葉だ。だから飯田もうれしくなって、啖呵をきっているのである。

 名画「東京物語」妻を失った笠が演じる海がみえる崖の空き地に座っている周吉に息子の嫁の紀子が心配になって「おとうさま」と声をかける。そのときの周吉のポツンと言った一言が「今日も暑うなるぞ。」と言って紀子に微笑む。

 その言葉がいつまでも画面とともにおいかけてくる。この一言に、孤独に耐えても生きていけるよということ、それに気使ってくれる家族への感謝が表現されている。

 シャイな小津の見事なセリフと演出である。こんな映画はもう見ることは不可能な時代になった。

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| 古本読書日記 | 06:18 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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