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岩波明    「精神障碍者をどう裁くか」(光文社新書)

データは古いが、平成16年心神喪失者が起こしたとみられる事件のうち、殺人事件では84.5%、放火では64.9%が不起訴となり、刑罰は問われなかった。多分、そのほとんどでは精神鑑定は行われず、検挙者の逮捕時の様子で、警察がこれは精神障碍者で逮捕に能わずとして、そのまま病院の精神科に連れてきて引き渡した結果だろうと思う。

 どんな重罪を犯しても、警察が一旦精神科に引き渡すと、検察、警察、司法は全くかかわりが無くなり、ずっとあとは精神科病院の対応が残ることになっていた。

 しかし、2001年6月8日に宅間守により引き起こされた大阪池田小学校の8人の無差別児童殺害事件で、それまでの対応ではまずいという世論が沸騰した。

 犯人宅間は、その2年前勤めていた学校の教師4人に精神安定剤入りのお茶を飲ませ障害容疑で逮捕されていた。精神鑑定が行われ「統合失調症」の疑いがあると診断がくだされた。しかし、医師は責任能力は問えると判断した。

 ところが、それまでの慣行では、警察は一旦病院に引き渡した犯人は、再度引き取ることはしないということで徹底していた。それで、病院の治療後、社会にでて、惨劇を引き起こした。
 この対応に、犯罪人を野放しにしたということで世論が怒ったのだ。

そこで、医療観察法という法律ができ、運用が始まっている。
 法を犯した精神障碍者を触法精神障碍者という。この触法精神障碍者は、行政、検察、病院が状態をみて、3者の合意をもって司法が精神病院に入院させるか判断。その経過も3者がみてゆくという法律である。

 驚いたことに、精神障碍者の人権無視ということで、当時の民主党はこの法案に反対している。

 しかし、入院治療費は税金で賄われることもあり、入院治療期間は一年半が限度ということになっている。死刑相当のような事件を起こしても、一年半がたてば社会へでることができる。

 岩波明は、そんなことは無いとこの著書で強調しているが、精神障害についてはどうにも割り切れないところが残る。
 他の病気のように、物理的に完治したということが殆どなく、医者の主観により治癒したか判断されるからだ。

 幼女連続殺害事件で逮捕された宮崎勤の精神鑑定で鑑定士である別々の医者から4通の鑑定書が提出されたが、4通とも内容が異なっていた。

 この時、ある犯罪コメンテーターは精神鑑定という作業はアートであり鑑定書は作品であるとまで言っている。まったくひどい話だ。

 ということは裏を返せば、精神的病の判断は科学的な確固たる根拠でなされていないのではないかとどうしても思ってしまう。

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