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中村明    「語感トレーニング」(岩波新書)

最近は、男女共同参画社会になり、差別をしてはいけないということで、使用してはならない言葉がたくさん増えた。めくら、かたわ、びっこ、女中、お手伝いさん、看護婦、スチューワーデスなど。

 この本を読んでいると、近視は良いが、近眼は障害者差別ということで使ってはならず、外人は欧米人を指す言葉で、欧米以外の人を差別するということで使用は控え、日本人以外は外国人を使用するようになったと書かれている。驚いたと同時に、随分窮屈になったものだと思った。

 自分たちの年代では、つい最近まで当たり前のように使っていた言葉が、使われなくなり、もう死語に近くなったものが多くあり、寂しさを感じる。

 テニスは、学生時代大会ではテニスと表現せず庭球大会と看板には書かれていた。ネットメール時代になり、手紙も死語になるかもしれないが、我々の時代の「お便り」も完全に最早死語になった。今は急行列車は私鉄では残るが、JRではなくなった。この急行に対し、鈍行という呼称があり、少しとろい印象があるからか、これも無くなり「普通列車」となった。お風呂も我々の子供のころは「湯殿」と言っていた。知らないうちにまったく聞かれなくなった。童謡にもある「ゆりかご」も死んだ言葉だ。

 この本を読んでいると、作家には、心の片隅でさび付いてしまっている言葉を引っ張り出して、ぜひ使ってほしいと思う。

 吉行淳之介は編集者時代に編輯者が編集者に代わり、全く違う職業についたように感じたと言っている。

 田宮虎彦は、夏のてりつける日には日射しと表現し、秋の柔らかい日には日差しと書いて使い分けていた。言葉を多く持ち、掬いだし、使い分けた物語に出会いたい。

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| 古本読書日記 | 05:44 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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