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岩波明   「生の暴発、死の誘惑」(中公新書クラレ)

日本には社会というものが存在しないか、存在していてもその存在感は希薄だ。そして、社会の代わりに、物事を決めてゆくのが世間である。

 会議や公の議論は、ほとんどが形式的で意味が無い。決まり事はすでに会議の前に、世間の根回しや、話し合いで決められている。

 世間によって個人と個人は結び付けられる。日本では、この世間からはじかれると社会から抹殺されることになる。だから、抹殺されないために、世間にすがり、会話や行動に最大の神経を払うことになる。

 初対面の人同士は、まず相手が自分の世間が許容できる人間であるかを確かめる。出身校や出身地、どこの会社に属し、地位はどこのあたりかを確かめる。そして、その後に性格や趣味などが問題となる。

 ライブドアの社長だった堀江貴文氏が、釈放されたときの第一声は、「世間をお騒がせさせ申し訳ない。」だった。あくまで社会ではなく、自分がかかわり、つながりのある狭い世界である世間である。

 この世間に交わることができなかったり、世間文化がいやな人は、バックパッカーとなって新しい自分の居場所を求めて世界を放浪する。こういう人たちを「引きこもり」をもじって「外こもり」という。

 しかし残念なことに、世界にも居場所はなかなかみつからないまま、放浪はいつか終了しなければならないときを迎える。

 フランスやイタリア、スペイン。移民だらけだし、失業率も高いし、貧富の差も大きい。
日本は3万人が毎年自殺で命を落とす。フランス、スペイン、イタリアでは自殺率は日本に比べ圧倒的に少ない。

 社会の包容力、厚みが日本と比べものにならないほど大きい。

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| 古本読書日記 | 05:56 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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