FC2ブログ

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

原田マハ    「モダン」(文春文庫)

モダンアートの聖地、ニューヨーク近代美術館MoMAを舞台にして、さまざまな人々の希望や夢或いは反対に苦悩、人生での決断を描いた短編集。

 2011年3月5日から5月8日まで開館10周年を記念して、福島近代美術館でアンドリュウ ワイエスの世界展が開催されていた。
 その世界展での目玉となる絵画がMoMAに所蔵されているワイエスで最も有名な作品「クリスティーナの世界」である。

 2011年から遡った3年前、福島近代美術館の長谷部伸子からMoMAに日本にはワイエスのファンが多くいて、美術館10周年を記念してワイエス展を開催したいので、「クリスティーナの世界」を始め、MoMAに所蔵するワイエス作品を貸与してほしいというメールが届く。
 それは、同様なメールが世界各地から届くメールと変わりないものだった。ただし追伸部分を除いて。
 追伸には
「画中の『クリスティーナ』が、草原の中、不自由な体をどうにかひきずって向かう先に、私は、私の故郷、ふくしまがあるのだと勝手に信じています。」

 作者ワイエスは生まれながらに虚弱体質で、その生涯を殆ど自宅か別荘とその周囲で暮らした。

 そして、別荘の近くに住んでいたクリスティーナ オルソンに出会う。クリスティーナは難病であるシャルコー・マリー・トゥーズ病にかかっていて、足が不自由だった。しかし、すべてのことは自分でやりきり、常に前向きに生き抜いた。その姿にワイエスは感動し、世間からは「不憫な女性」として扱われていたが、ワイエスにより永遠の生命をクリスティーナは吹き込まれた。

 長谷部伸子の追伸に感銘したMoMAは、「クリスティーナの世界」を始めワイエスの作品を貸与することに決めた。

 展示会が開催されてほぼ一週間後の3月11日に大地震と原発事故が発生した。福島近代美術館館長から「クリスティーナの世界」は無事。地震、原発事故の被害も全く無く、このまま最後まで展示会をやり遂げたいので、予定通りの期間貸与を認めて欲しいとのメールが届いた。しかしMoMAは理事会で撤収を決め、日本人の美術部員である主人公の杏子に引き取りのため出張させる。杏子は伸子の追伸に感動していて、問題が何も起こっていないのだから、貸与をそのまましておくべきと思ったが、理事会の決定には逆らえない。

 雪がちらつく中、美術館に杏子は到着する。出迎えた伸子はどこか冷たく愛想が無い。それに比し、館長は遠くからわざわざ来られたことや、「クリスティーナの世界」を貸与してくれたことに、熱い感謝の意を示し、原発からも遠く離れていたので、この美術館は地震の被害もなく、お預かりした絵画はすべて無事であったことを報告する。

 伸子の目の前でガイガーで放射能汚染がないか調べた時には杏子は気がひける。

 仏頂面の伸子に、杏子がもてあまして家族のことを聞く。「母と娘との3人」と伸子は言う。そして展覧会最初の日、娘が母と2人で鑑賞にやってくる。娘は「クリスティーヌの世界」の前でずっとたたずんでいた。そして、帰り際に「いっぱいクリスティーヌとお話した」と目を輝かせて言ったと伸子が言う。そして伸子は涙を堪えながら、
 「クリスティーナは自分で決めてここにやってきたんだ」ときっぱりと言う。

 杏子は成田空港で、MoMAにメールをする。
「クリスティーナは絶対に福島にもどってくる。」と。帰ってすぐ企画提案する。そして、その時の福島の相手は、長谷部伸子であると。

 ここで物語は終わるが、「クリスティーナの世界」が再度福島で展示されていたら嬉しいと心から思った。

ランキングに参加しています。
ぽちっと応援していただければ幸いです。
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ


| 古本読書日記 | 05:59 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT














PREV | PAGE-SELECT | NEXT