FC2ブログ

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

松山巌   「須賀敦子の方へ」(新潮文庫)

少し前に、大竹昭子の「須賀敦子の旅路」を読んだ。この本では、須賀がイタリアに渡り、そのイタリアで過ごした場所を歩き、須賀の著書及びイタリアでの関係者の取材を通じて主にイタリアにおける須賀を掘り起こしていた。

 一方この作品は、生い立ち、戦争体験、キリスト教洗礼、女学生の生活など、彼女が初めてフランスに留学するまでの日本での人生を描く。

 著者松山は毎日新聞での書評を通じて、須賀と親交を深めていて、数少ない須賀を知っている一人である。しかし、須賀の生い立ちから青春時代について、本にするために聞き込んだことも無いだろう。だから、須賀の数少ない著書を頼りに青春までの人生を書いてはいるが、殆どは松山の想像で作品は成り立っている。

 須賀は宝塚で生まれ、6歳の時宝塚小林聖心女子学院小学部に入学。戦後、新しくできた聖心女子大の一期生として学ぶ。その一期生には国連高等難民弁務官を務めた緒方貞子がいる。

 また、聖心女子大では学生自治会の委員長をするかたわら、慶応大学の須賀が師と仰ぐ松本先生が主催するキリストカトリック教左派組織に入り活動する。この左派同盟には有吉佐和子がいた。

 有吉が朝日の特派員としてローマオリンピックの取材に来たとき、当時イタリアにいた須賀と会い、何でこんなところにくすぶっているのかと問い詰め、須賀が訳した翻訳原稿を持って、帰国していた須賀と一緒に出版社をあちこちまわる。しかし、どの出版社でも本にすることはできなかったそうだ。

 須賀は、イタリアで日本文学をイタリア語に翻訳し、文学全集を出版した。実はこのとき庄野順三の「夕べの雲」を大好きな作品として翻訳し出版しようとしている。

 庄野順三には著名な作品がいくつかあるが、私が最も好きな「夕べの雲」を須賀が出版しようとしたエピソードはうれしかった。

 須賀は松本先生から、戦時中であってもヨーロッパ特にフランスでは戦争への抵抗運動がキリスト教信者が中心となって行われていたことに衝撃を受ける。自分たちは唯々諾々とお上の言うことに従っていただけなのに。

 そして、彼女が敬愛するサン=テグジュペリが言うように「伽藍を土台から創る人になりたい。」という信条をもとに、フランスへ留学したいと強く思い、慶応大学院を中退してパリ大学に留学をする。

ランキングに参加しています。
ぽちっと応援していただければ幸いです。
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ



| 古本読書日記 | 06:08 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT














PREV | PAGE-SELECT | NEXT