FC2ブログ

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

つんく♂    「だから、生きる。」(新潮文庫)

1995年つんく♂がプロデュースしたモーニング娘の「ラブマシーン」がミリオンセラーを達成したとき、忙しさも異常だったが、つんく♂絶頂期の時だった。

 どこに行くのも付人がついてきて、ほんのちょっとしたことでも、自分がやることは殆どなくなった。理由はいろいろあったとは思うが、つんく♂は当時引っ越しばかりをしていた。とんでもない多忙のなか、何で引っ越しをくりかえしできたかというと、すべてはスタッフがやってくれたからだ。つんく♂は、体だけ引っ越し場所に行けばよいだけ。それで、時々自分の住まいがわからなくなって混乱することもしばしば。真夜中仕事をしていて、少し腹が空いたなと思うと、同じマンションに住んでいるスタッフを内線電話でたたきおこし、スーパーやコンビニに行かせ、食料を買ってこさせる。

 スタッフは完全に奴隷化していた。

 奥さんが出産で入院する。しかも赤ちゃんは双子で管理入院である。奥さんがつんく♂に「エビチリ」が食べたいという。
 つんく♂は20年以上スーパーに行ったことはなかった。それで帽子を目深にかぶって、やっとの想いでエビチリを買い、病院に持ち帰り、奥さんにさしだす。

 奥さんは驚く。
あのつんく♂がスーパーに行って、レジを通って買い物をしてきたと。そしてこれほど嬉しかったことはないと思った。
 奥さんの姿に喜んだつんく♂は、それから自分で料理をつくり、病院に持ってくるようになった。

 喉頭がんでつんく♂は2回も手術をする。声帯も全摘出して声を失い、歌うことはできなくなった。そんなつんく♂をいろんな人々が支える。TOKIOもそんな人たち。そして、最も献身的に支えてくれたのが奥さん。

 つんく♂は病気をすることで、自分が多くの人々に支えられ今があることを知る。

奥さんはつんく♂との結婚を決意したのは、つんく♂が人生で一番大切なことは何かと奥さんに聞いた時、奥さんはとっさのことで答が上手くでてこなかった。
 そのときつんく♂が、きっぱりと言う。
「それは感謝の心だ」と。

 つんく♂の育った家では、父親が「感謝」が大切と言っていたからだ。

つんく♂が奥さんに言った「感謝」は単に父親の受け売りだったかもしれないが、今は「感謝」が心に深く沁み込み、本当に大切な言葉になった。

ランキングに参加しています。
ぽちっと応援していただければ幸いです。
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ



| 古本読書日記 | 06:19 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT














PREV | PAGE-SELECT | NEXT