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宮本輝   「田園発港行き自転車」(下)(集英社文庫)

たくさんの人たちが登場する。そして、結構多くの人が亡くなる。病気で亡くなったり、滑川駅で脳梗塞で倒れ亡くなる絵本作家香川真帆の父親もいる。

 亡くなった人たちも生きている人たちも、みえないところで深くつながりあい、意識していることは無いが、支えあい暮らしてしる。そして、その支えあう源が故郷富山の海に連なる田園風景にある。

 宮本はこの作品で何を描きたかったのだろうか。

甲本雪子がやっている京都宮川の小さな小料理屋にある日、80歳にもなろうかという老人がやってくる。
 雪子は今までの浮いたり沈んだりの人生、そこに現れる人々の人生と重ね合わせて語る。

その老人が、数日後また現れ、丁寧に書き写した詩を手渡し、小料理屋を立ち去る。
 そこに書かれていたのは、アメリカの女流詩人エミリ・ディキンスンの詩が日本語と英語で書かれていた。
 
 もし私が一人の命の苦しみをやわらげ
 一人の苦痛をさますことができるなら
 気を失った駒鳥を
 巣に戻すことができるなら
 私の生きるのは無駄ではない

宮本は書く。
 この詩は、人間が無駄ではない生をおくるための答えの半分を教えてくれている。重要なのはその残りの半分だ。いや、半分よりもっと大きい。残りの、七割、八割、九割・・・
 何でもない平凡な詩だと当初は思えたが、日がたつにつれて、題もわからない詩のたった五行が真実にふれているものとして雪子の心に沁みいってきた。

そして同時に読者の心にもこの詩が作品を読むにつれ心に沁みいってきていることに気付かされる。

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| 古本読書日記 | 06:27 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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