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宮本輝   「田園発港行き自転車」(上)(集英社文庫)

本の表紙が郷愁を心に湧き上がらせじーんとくる。滑川も入善も生地も実際にある地名だが、この作品の中心となり、表紙の絵のずっと先に小さくかかる赤いアーチ型の橋、星降る夜にはゴッホの「星月夜」の光景が浮かび上がる「愛本橋」は宮本想像の橋だと思っていたが、調べると現実に存在していた。

 富山県は、西隣は北陸の古都金沢や温泉も豊富で多くの観光客がやってくる石川県、東隣は田中角栄の列島改造の恩恵をあり余るほど受け、発展をとげた新潟県の間に挟まり、あまり知られず少しくすんだ存在である。

 しかし、一たび訪れると、雄大な立山連峰を背に、清流が満々と流れる9つの川、そこに開ける広大な田園と、その先の富山湾、素朴な風景にとりこまれ、何回も繰り返し訪れたくなる、心の故郷のような土地だ。

 千春と佑樹が、生地駅前で大きな石から湧き水が流れ出ているのをみて、中年の駅員に聞く。質問はこの駅を訪れる殆どの観光客が、必ずその駅員に尋ねる質問だ。

黒部川扇状地でいちばんおいしい水が飲めるのはどこ?

 するとその駅員さんが、岩の湧き水を指さし、あの水が2番目に冷たい水だと機嫌悪そうにして答える。駅員さんの不機嫌な表情に押されて、皆小声で「せっかく一番美味しい水を飲もうとやってきたのに。」とちょっぴり恨みをこめて言って立ち去る。

 佑樹と千春は思う。

この大岩から湧き出る水が一番と胸をはらないところが富山人であって、あの中年の駅員さんの誠実さと、忸怩たる思いがよくわかる。嘘はつきたくないし、はったりも口にしたくない。それで不機嫌な顔になってしまう。これこそ富山人だ。

 ここを読んだだけでも、富山はいいところだなあと感じ入ってしまう。

この作品の登場人物は異常に多い。それら多くの人が、それぞれ関係ないように立ち上がるが、徐々に関係が紡ぎ出され、富山に収斂してゆく。

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| 古本読書日記 | 06:25 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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