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宮部みゆき   「悲嘆の門」(中)(新潮文庫)

この物語の中で、異界からきた友里子に宮部は物語や言葉とは何かを語らせている。この言葉は宮部がこの物語のためだけに造ったようにも思われるが、最近の宮部の著作を読むにつけ宮部が信じている考えのように思える。

 「輪とは何か。」

 「輪とはこの世を包み込んでいる全ての物語が織りなしている世界のこと。世界はここにあるでしょ。宇宙もここにある。見えないけど、私たちは知識として知っている。科学が解明してくれたことだから。人は実在する事象のなかに存在しているけれど、それだけで生きられるものではない。事象を解釈し、そこに願望や想像を重ねて、初めて人間として生きることができる。その願望や想像が物語よ。輪は、そういう物語の集積。世界に対する解釈の集積。その結果輪は、実在する世界よりも宇宙よりも広大になる。そして輪は、その中に多種多様な領域を内包することになる。

 わたしたちがいるこの現実、これも領域。わたしたちがいるこの国も領域。人類を単位と考えるなら、地球全体がひとつの領域。民族や国家をひとつの領域として考えるなら、それらも一つの領域。そこには、それを構成する人々が共通に保持している物語があるから。

 科学は常に前進しながら、最前線のわからないことに直面している。それが、科学であり、科学者の仕事でしょう。同時にそのわからないことについて、様々な仮説をたてたり、推測したりする。それは創造なのよ。そして解明されるのではなく創造されることは、どれほど確度が高かろうと、物語なの。」

 そして、この物語で宮部は言う。この輪のなかの領域のひとつに「無名の地」という場所があると。その「無名の地」は言葉の始源地。同時に物語の始源地でもある。

 言葉が生まれなければ、物語は生まれない。言葉が生まれれば、物語も生まれる。

ということは、私たちは今実在はするが、発する言葉はすでにそこでは物語であり、存在はしない。

 この長編のキーワードは「実在はするが存在はしない」だ。

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| 古本読書日記 | 06:08 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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