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貫井徳郎   「空白の叫び」(中)(文春文庫)

辻村深月も中学生を主人公にして素晴らしい作品をたくさんものにしている。辻村が中学生を捉える姿、青春の手前の思春期の中学生というのは、社会とのギャップや人間関係に、感情的怒りや、軋み、憎悪、逆に厚い友情、絆、恋心を持っていても、それを表現できる言葉を持たない。だから、強い感情が前面にほとばしり、抑制できないもどかしい時代が中学生と捉える。

 私も、全く辻村に賛同するし、その表現に感動してしまう。
この作品は、14歳の中学生が主人公になっているが、どうにも心がざらついてしかたがない。

 登場人物は中学生だが、持っている言葉、考えの広がり深さは40歳代貫井そのもの。とても中学生の言葉だとは思われない。

 少年院にはいった14歳の葛城が考える。
「屈辱とは一体何か。人はある一定の価値観に照らし合わせ、身に生じる事象に優劣をつける。無理強いされたことを屈辱に感じるのは、果たして本能的な反応だろうか。実は幼いころに外部から注入された、後天的なものではないのか。ならばそれは他人の価値観だ。他人の価値観に翻弄されるのは馬鹿馬鹿しい。」
 こんな考え方を整然と創り上げる中学生など存在するとは思えない。

 中巻では、ばらばらに殺人を起こした、久藤、葛城、神原が色んな人間関係や因縁で徐々に結びついてくる。そして、新聞配達をしていた久藤が、少年院出ということで配達の邪魔をされたり、いやがらせを受け、一生社会から敵とみなされる運命を知る。

 そこで、そんな社会から逃げるか、それとも闘うか悩むが最後に「闘う」と決断。その方法は「銀行強盗」と宣言したところで終了する。

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| 古本読書日記 | 22:08 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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