FC2ブログ

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

坂東眞砂子     「曼茶羅道」(集英社文庫)

主人公の麻史は、家業の薬売りを継ぐため、会社をやめ実家のある富山に妻静佳とともにやってくる。そこで、祖父漣太郎が住んでいた隠居家で蓮太郎が使っていた「懸場帳」を見つける。「懸場帳」というのは薬売りが持つ、各家の住所と名前と使用した薬と補充した薬が記録されている帳面のことである。その帳面に「曼茶羅道」の記録があり、そこに薬売りに行く。

 ということは祖父蓮太郎の辿った道を歩くということになる。

実は蓮太郎は戦争中マレーに薬売りの行商にたびたびでかけ現地にサヤという妻と勇という子供を作っていた。戦況が厳しくなり、蓮太郎は富山に引き揚げるが、驚くことにサヤが引き揚げ船にのり勇を連れて富山の蓮太郎の家までやってくる。

 蓮太郎は妻をはじめ家族の凍った視線に耐えられず昭和22年に曼茶羅道に薬売りにやってきていた。

 曼茶羅道で、麻史は車が故障し動かなくなり、仕方なく助けを求めて右往左往することになる。何しろ曼茶羅道は廃屋ばかりで人の住んでる家屋が無い。やっとあった一軒に泊めてもらうのだが、そこで大失敗をして追い出され、野宿をする。その野宿から目覚めると世界は一変する。

 廃屋ばかりで人っ子一人いないと思っていた曼茶羅道に人が溢れている。その人たちは姥婆を先頭に踊り狂いながら羅道を行列を作って歩いている。そして、そこで麻史は祖父蓮太郎と出会う。

 ここからが、私には理解不能な世界が展開する。

姥婆を先頭に踊り狂う行列は「薬師参り」という行列。その行列に加わっている人は、普通の人の輪からはじき出され苦行を強いられている人たち。薬師に出会うまで、ずっと歩き続ける。

 過去も今も全部忘れてしまっている。忘れてしまっているひとたちは自分では何も決められない。死ぬことさえ決められない。だからずっと踊っているしかない。

 この風景は昔を表しているのか、破壊尽されてどうにもならなくなった人間の未来を表しているのか、坂東は何を言いたいのか全くわからなくなった。

 しかし、現地妻が押しかけて来た蓮太郎はすべてを忘れ、薬師参りを一生続けたかっただろうことはわかる。

ランキングに参加しています。
ぽちっと応援していただければ幸いです。
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ


| 古本読書日記 | 22:19 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT














PREV | PAGE-SELECT | NEXT