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阿川弘之    「あひる飛びなさい」(ちくま文庫)

戦争には負けたけど、日本人の力を呼び戻し称賛するような事象が起こる。例えば、古橋廣之進の世界新記録を次々打ち立てる、「トビウオ」と称された無敵の水泳だったり、ノーベル賞受賞の湯川秀樹だったり、ボクシングの初の世界チャンピオンになった白井だった。

しかし戦後からの飛躍は、アメリカに負け、占領されたが、自分たちのほうが優れていると自負していた、それぞれの分野の人たちがいつかみていろと胸に誓いをひめて日々研鑽努力を積み重ねた結果によってもたらされた。そして日本人は、負け犬根性から脱却して、日本は素晴らしい国だと改めて確信し、自信と誇りを摑みもどした。

 この物語、主人公は、進駐軍相手のキャバレーで成功を収め、その後観光バス事業に乗りだし成功する横田なのだろうが、やはり阿川、横田と交錯する、戦争中名機を創り上げた加茂井元中尉の、いつか日本国産のジェット機を作り空を飛ばせたいという夢の実現が主軸だ。

 日本では戦闘機は当時27000機まで作られた。戦争に負け、GHQにより航空禁止令は発令され、航空機がすべて破壊され、日本での航空機開発製造は禁止された。

 加茂井元中尉は、「通信科学懇話会」を発足させ、日本の戦闘機を開発製造した人たちと研究、情報交換の場を作る。そして、いつか日本で開発した飛行機を飛ばすことを目指す。

 1952年に航空禁止令が一部解除され、日本でも航空機開発製造ができる道が開けた。
 そして、加茂井が専務をしている飯塚興業の横に、「新日本空輸株式会社事務所」という看板が掲げられ日本独自の航空機の開発が始まる。

 ターボプロップエンジン旅客機が開発される。物語ではYK20,実際はYS11。物語の愁眉はYS11の初のテスト飛行の場面。
 日本製の飛行機の初飛行を中継放送しようと多くの報道陣が櫓を組んで、テストフライトを実況中継する。飛行時間57分。見事に成功する。

 そしてYS11(YK20)は全日空や日航、東亜国内航空に購入され、日本の空を飛び回る。それだけでなく、大韓航空やハワイアン航空、オリンピック航空など、海外の航空会社からも受注し、海外も飛行する。

 やがて、安値競争にまきこまれ、採算が悪化し、1973年に生産終了してしまう。

この時の技術は、三菱重工業に引き継がれる。三菱がMRJで国産飛行機を開発しているが、これがなかなかものにならない。技術だけではなく、加茂井元中尉の熱い情熱をきちんと引き継いで欲しかった。

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| 古本読書日記 | 06:37 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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