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磯崎憲一郎   「電車道」(新潮文庫)

ある男は家族を捨て洞窟に住み付く。その後、私塾を始め、それが私立学校に発展してゆく。ある男は選挙にでて八票しかとれず、ムササビの幻影と恋の痛手を抱えたまま、電鉄会社を興し発展させてゆく。

 電車道というのは、相撲でわき目も振らず立ち合い後一気に相手を押し土俵の外にはじき出す。そのぐいぐい前に進んでゆく道を言う。

 二人の男が、何も無かった高台を、ぐいぐい電車道を走るように、一直線にどんどん多くの人が住み、行きかう町に変容させてゆく。その変容を、実にうまくはまるエピソードを駆使して、この100年をさっさかと楽しく描きだす。

 日本の最初の鉄道は明治5年開業の新橋―横浜間の29km。国鉄は機関車方式に固執していたのに対して、私鉄は、開業当初から電化方式を起用していた。電車は市街地から始まり路面電車だった。

 そんなものは当時の人は見たことが無かったから、運転手は人が線路にいるとみれば、しょっちゅう止まる。電圧も安定しなかったから立ち往生や暴走、運転手の脇見運転。人間や電車同士の正面衝突が頻発。馬車の時代は、そんなことは無かったのに、エレキの電車が始まり、危険が大幅に増えた。

 そこで、何と電車の前を走る告知人という人が登場し、「電車が来るぞ!」と路上の人たちに教えていたのだそうだ。

 昭和7年には、ヨーヨーが大流行した。授業をさぼってヨーヨーで遊ぶ小学生がでたり、霞が関の官庁街をさっそうと歩くスーツ姿の右手にはヨーヨーがぶらさがっていた。女子社員も上司の目を盗んで給湯室でヨーヨーをしていたし、酒場で酒飲みを楽しんでいる客もみんなヨーヨーをぶら下げていた。

 こんなエピソードをおりまぜながら、電車は都会の郊外をどんどんつきすすみ開発される。

 最後はバブル時に桐箱に入った一丁1000円の豆腐が売り出されたというニュースが読み上げられる場面がでてくる。このアナウンサーは読み上げていることが本当のことなのかわかって読んでいるのだろうか。

 それぞれの時代の風景が楽しく眼前に展開した愉快な作品だった。そして、最近はあまり読むことができない、文学の香りがした。

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