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桂望美    「僕とおじさんの朝ごはん」(中公文庫)

主人公の水島健一。妻子と別れ、ケータリングを職業として暮らしている。40過ぎの中年。
口癖は「面倒くさい」。スーパーで買ってきた総菜を並び替えてのケータリング。いかにもやる気ない。

 作品のタイトルとなっている僕がなかなか登場しない。中盤を過ぎるころやっと登場。
それが英樹。13歳で何回も手術を受け、病院以外の暮らしも知らないし、小学校2年のとき少しの期間学校へ通ったが、それ以外殆ど学校へ行ったことがない。

 健一が腰痛で、リハビリセンターに通っていたとき、この英樹とであう。

そして2人の交流が始まる。そこから、健一が変化してくる。英樹のために、心をこめて料理を作る。そして食欲の細い英樹が美味しいと言ってその料理を食べてくれる。英樹によって健一が成長する。40歳を過ぎても人間は成長できることを教えてくれる。

自殺願望者がSNSで知り合い殺人に発展する事件が最近起きた。死は人間への否定で、生きることに人間としての価値がある。そんな硬直的な思いが、この作品を読んでいて正しいのだろうかと考えてしまう。

英樹はあっちで病巣がみつかる、こっちで病巣がみつかるということを繰り返しすでに10回も手術を受け、今でも病院にいて、また別の場所で病巣がみつかり、手術をすることを医師より告げられる。

「僕は欠陥品なんだよ。僕は廃棄すればいいのに、部品を交換したり、傷んだコードをカットして何とか長持ちさせようとしてもさ、限界があるんだよね。・・・もう僕は僕を処分したい。そういうこと。・・・・
皆勝手なんだよ。医者たちもそうだよ。何度も手術で助けたのは自分らだと思っている。それで満足して僕がどんな思いで毎日を過ごしているかはどうでもいいんだ。僕が本当の意味で生きているかどうかを考えてくれたっていいと思うよ。僕の世界は病院とリハビリセンターだけなんだ。どこにも行けないし何も体験できなくて一日の殆どをベッドで過ごしていることが生きているということなの?・・・そんな生活をこれからも続けろとよく平気で言えるよね。僕はいま生きてる?違うよ。僕は死んでるようなものなんだ。」

物語の上のことなのだけど、重い中味だと思ってしまう。

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| 古本読書日記 | 06:11 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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