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長野まゆみ    「いい部屋あります。」(角川文庫)

主人公の鳥貝一弥(これでかずやではなく、かずはるという名前)は大学進学のため上京し、部屋探しをする。部屋をみつける経緯も色々おかしなことがあり、それが最後に繋がり、ちょっとした感動を伴うのだが、とにかく部屋は見つかって、実家の荷物を東京の部屋に送るために故郷へ帰る。

 東京から新幹線と在来線を乗り継いで2時間、実家のある街は地方の小都市。最寄り駅の近くにたまたま駅で出くわした、女子高生と一緒に見つけた隠れ家のような喫茶店がある。彼女とは、受験のなか自然と別れたが、その隠れ家喫茶店には、東京で模試があるたびに帰りにちょくちょく立ち寄っていた。
 そして今も実家に帰ったときも立ち寄る。

この時の、喫茶店のママ、ミハルさんの独白。作品を読み終わったあと、何回も繰り返し読み直す。その度に、感動がどんどん深まってゆく。

 ミハルは今はおばさんだけど、一弥と同じ17歳の時があった。その17歳のとき人生の大きな障害となる出来事に遭遇。それを忘れるために、髪を切り、街の川原に捨てた。

 その髪は、過去に遡る流れに沿って流れた。それで、過去を忘れさるつもりだった。

 一弥が聞く。「それで忘れた?」

 「一時的にはね。大それたことをしたと思い込んでいたから、・・・今になってみると、あんなに思い詰めるほどではなかった。世の中にはいろいろな生き方があって、正解なんてものはないんだって、誰か教えてくれる人があれば、それでよかったのに。今でもふとしたときに思い出すのよ。教室にすわって黒板をみすえていたある瞬間に何を考えていたのか。それがたった今のことかと思うくらいにリアルなの。十七歳のときに、あしたになったらいく、と決めていたその場所に今さら行ってしまいそうになる。若い人にすれば、おばさんのそんな錯覚を、あつかましいにもほどがあると思うだろうけど、事実なのよ。去年とおととしどころか、去年と十年前、おととしと二十年前の区別がつかぬようになる。むろん、今は頭はしっかりしていて、あれはずっと昔の出来事だと承知しているから、実際に発つことはない。でも、そのうちに電車に乗るくらいはするかもしれないわ。

 ここからは想像だけど、いつの日か、去年も五十年前もたいしてちがわないように思えてきて、最後には昨日だけになるんだと思う。過去は丸ごと全部、きのう。膨大なかたまりなの。区別できるのは今日だけ。逆に言えばそれだけ今が大事ってことね。」

 この独白が、最後のクライマックスで際立ってよみがえってくる。それは読んで味わってほしい。ちょっぴり言うと、この時ミハルは一弥の母であることは知っていたが、一弥は知らない。

 長野さんの作品は、一語一語が素晴らしく、それがまた全体に共鳴しあうからたまらない。

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| 古本読書日記 | 06:02 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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