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加藤廣      「利休の闇」(文春文庫)

茶室というのは、何であんなに狭くて、しかも入り口はにじり口といって、這うようにして小さな穴から入らねばならないのか、経験するたびにいつも不思議だと思っていた。このにじり口は、権力者である武士も、その象徴である刀を身体からはずして、武器なしでなくては茶室に入れない、貴賤もなく人はみな平等で、静寂のなか、お茶をたしなむために、備えられていると利休の著作には書かれている。

しかし、この本を読むと、山崎の戦いの中、秀吉のもとに馳せさんじた宗易、後の利休が秀吉が宿営していた妙喜庵で、秀吉から一夜で茶室を造れと命じられたが、十分な材料が無くて、それで仕方なく宗易が間に合わせに造った茶室が小さく出入り口をにじり口にしたのが真相だと言っている。茶室の出入り口をにじり口にした思想は、後付けで宗易、利休がひねりだしたものと作品は言う。面白いことをこの作品は言うなと思った。

 それから利休という名は、通説では、利休の身分が町人のため、皇室を含んだ茶会はできないということで、正親町天皇が命名したことになっているが、この小説では、利休をにっくき敵にしていた秀吉が命名したことになっている。

 利休の利は、鋭利、利口、利剣、利発の利である。だから利休ということは、鋭利、利発という鋭さが無くなり鈍麻な人間であることを意味する。逆に言えば、鋭利を捨てて、丸く穏やかな人を表すことでもある。

 宗易は利休を受け入れるが、秀吉も利休も鈍麻な人間の意味で命名したし、利休も同じ理由で命名されたと思っていた。最低の侮蔑を込めた命名。受け入れた利休の本心は辛く屈辱的だったと思う。
 もし、この作品の通りだとしたらではあるが。

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| 古本読書日記 | 06:03 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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