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木内昇    「漂砂のうたう」(集英社文庫)

直木賞受賞作品。

明治維新。武士でも大名とか老中など高い地位についていたものは、維新体制に組いれられ、また足軽など、最底辺の武士は巡査などの職業が与えられたが、その中間に属する大半の武士は地位、職業は幾許かのお金とともにはく奪され、働き口もなく、世の中に放り出された。

 元武士の主人公定九郎もその一人。根津遊郭、美仙楼で立番という客引きをして日々をしのいでいる。そして、ここまで零落すると、どうあがいても、そこからぬけだせない。毎日、毎日が客引きの繰り返し。

 印象的だったのは、父親に厳しく、勉学、武道、剣道と作法を叩きこまれ、定九郎にも厳しくあたり、時には鉄拳放った長兄が、花魁、芸姑の外出で人力車を定九郎が呼ぶと、長兄が車を曳いてやってきたところ。

 根津遊郭の裏手を流れる藍染川を北に遡ると、バンズイという金魚屋がある。その養殖池。
なみなみと張った水は陽を受けて谷底には場違いな煌きを放っている。そこには赤だの朱だの黒だのの金魚が泳いでいる。こんな狭いところに押し込まれてよくぶつからずに泳げるものだと定九郎は思う。そして、その金魚に自分の今を重ね合わせ慨嘆する。

 じゃあ、その養殖地から飛び出たら人生の可能性は広がり、未来が開けるのか。

ある日藍染川が豪雨で氾濫する。その氾濫する川沿いを定九郎が歩く。その時の木内さんの描写が辛い。
「径のいたるところに、金魚がちらばっていた。
 赤いのや黒いのが息も絶え絶えに雨に打たれている。飛び跳ねているのはほんの一握りで、ほとんどがエラと口だけを緩慢に動かし、横たわっていた。
 滝のような水音が聞こえ、見ると、池が溢れている。流れは金魚をからめとり、次々に径へと押し流していた。
 地面でもがく金魚の様は、生簀をでたところで死ぬだけだったという残酷な現実を、容赦なく定九郎に突きつけた。」

 ひとたび底辺に落ち込むと、どんなにあがいても底からぬ出すことができないことを木内は的確に表現している。

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| 古本読書日記 | 05:55 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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