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宮脇俊三    「古代史紀行」(講談社文庫)

第5代武烈天皇は日本書紀によれば、残虐な天皇だったらしい。

・妊婦の腹を裂いて胎児をみる。
・人の生爪を抜いて芋を掘らす
・人を木に登らして、弓で射落として笑う。
・女を裸にして、馬の交接を見せ、それで陰部が濡れた者は殺し、濡れぬ者は官稗にする。

仮にも、日本を統治する天皇について書いてある日本書紀。こんなことを書いて許されるはずはない。
 こんなことを書けたということは、完全に大きな争いののち、政変が起きたのである。

普通の歴史書ならば、北国から進出してきた男、大ト(トの漢字がPCではない)が武烈を滅ぼして政権の座に就き、継体天皇となったと書かれるところだが、天孫降臨いらいの皇統を連綿とつながねばならない古事記、日本書紀の著者は、そうはいかない。血統をなんとかして継がねばならない。

 だから「古事記」では
「武烈天皇には皇子が無かったので、応神天皇の5世の孫のキホド命(継体天皇)を淡海(近江)の国から招いた。」となる。

 天明4年(1784年)2月3日、田の溝を改修していた百姓甚兵衛が「漢委奴国王」の金印を掘り出した。この甚兵衛、真面目な人で、その金印を自分の物にせず郡代役所に差し出した。その結果大きな謝礼金を手にした。

 そこから甚兵衛、遊蕩三昧。一気に貧乏人に戻り、行方がわからなくなる。
こんなことが書かれている宮脇の紀行記。面白かった。

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| 古本読書日記 | 06:03 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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