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長尾剛    「漱石ゴシップ」(朝日文庫)

漱石の「こころ」までの作品は、大倉書店と春陽堂から出版されていた。ところが「こころ」は岩波書店から大正3年9月に出版されている。

 当時岩波書店は、創業者の岩波茂雄が女学校の教師をやめ、一年前神田に古書店を始めたばかりだった。こんな古書店が当代人気随一の漱石の本をどうして出版できたのか。

 漱石の一番門下生で最古参の安倍能成が一高時代から岩波と親友だった。その安倍の紹介で岩波も漱石門下生となった。

 そして、ある日岩波は自分の書店から、今度の作品「こころ」を出版させてほしいと頼み込む。加えて出版費用が無いのでお金を貸してほしいと付け加える。

 岩波の性格も影響したし、漱石のおおらかさもあっただろう。漱石は
「ならば僕の自費出版というかたちをとろう。僕が装幀もやって岩波から出す。経費は一切僕持ちで、売上金は夏目家と岩波書店で配分しよう。」

 そして、豪華な装幀の本が出版される。
「こころ」以降の漱石の作品は岩波から出版されることになる。岩波は古書店から出版社への道を漱石により開いたのである。

 岩波茂雄は私と同じ高校をでている。毎年夏に小学校の同級会を地元でする。その小学校で最初に担任になった先生が原和子先生、御年92歳のご高齢にも拘わらずお元気で健在である。

原先生は進取性に富んだ先生で、故郷の女学校を卒業、昭和17年に上京して岩波書店に就職している。昭和20年、東京が空襲に攻撃されるなか、岩波書店も出版が困難になり、会社を縮小せざるを得なくなり、多くの社員が退職した。そんな空襲のなか、原先生に岩波が「あなたは東京に私と一緒に残って欲しい」と懇願されるが、流石に御両親が心配して故郷へ戻るよう説得され、泣く泣く故郷へ戻ってくる。

そんな話を同級会の思い出話として原先生がしてくれる。漱石と岩波の関係をこの作品で知り、また原先生のお話がよみがえった。

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| 古本読書日記 | 05:49 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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