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池内紀    「ニッポン発見記」(中公文庫)

二年前に信楽に行ってきた。信楽といえば、なんと言ってもタヌキの焼き物である。道路に沿ってズラリとタヌキの店が並んでいる。店先といわず、庭にも、奥にも、見渡す限りタヌキが並んでいて壮観である。数メートルもある巨大なタヌキもいれば、一センチも無いような超ミニダヌキもいる。

 信楽は日本でも最古の窯のひとつだ。鎌倉時代から始まった。著者池内が信楽の陶芸館を訪れ、その歴史を知る。作られていた陶器は、壺、甕、皿、鉢、壜。小鉢もあれば、すり鉢、植木鉢、火鉢、金魚鉢。およそ生活に必要な陶器は何でもある。ところが奇妙なことにタヌキが無いのである。

 狸を造ったのは初代狸庵といわれた藤原鐡造。鐵造は11歳のころからろくろを引いていて、京都から昭和10年に信楽に移って来た。初代の狸はただ寝そべっているか、立像であっても何も持っていない。細面で、怒ったように口を突き出している。同業者からは、焼き物の変わりダネとして馬鹿にされていた。

 灘の酒屋には、酒蔵に豆タヌキがいないと良い酒が造れないという言い伝えがある。その酒屋には小僧がいて、親方は酒蔵に酒買いに徳利と通帳を持って行かせた。これにヒントを得ながら初代と二代目が小僧をタヌキにして今の姿を創り上げた。

 しかし、このタヌキの焼き物はわずかしか売れなかった。

 昭和天皇が信楽を昭和26年に訪れた。このとき初代狸庵は道端にタヌキを並べ、タヌキに旗を持たせて天皇を歓迎した。これが天皇の眼にとまり、早速歌を詠んだ。
 をさなどき あつめしからに、なつかしも、信楽焼の 狸をみれば
これをマスコミが大きく報道。信楽焼のたぬきの販売に火がついた。

 なんと、信楽焼のシンボルになっている狸。戦後認知され販売されたものだったのである。

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