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浅田次郎    「日本の『運命』について語ろう」(幻冬舎文庫)

浅田と私は同じ昭和26年生まれ。浅田がこの本で言っているように、いい時代に生まれたと思う。

 厳しかったのは私たちの親の世代。一番楽しいはずの青春から20代に至るまでを戦争にとられ、悲しい死をいやというほど見、何も面白いことが無かった。私たちの一、二年前の団塊の世代。戦争には遭遇していないが、戦争後の食糧難の時代で、ひもじい時代を経験している。

 昭和26年生まれは、食料は行き渡り、ひもじい時代は過ごしていない。しかも、その後にくる世代。勉強、塾でおいかけられる厳しい受験戦争にもなっていない。
 親はほっぽらかし。遊ぶだけ、遊んで、沢山食べて寝る。実に朗らかな世代である。

そうそうと思うエピソードがこの本に書かれている。
浅田小学校のころの「ネサヨ」禁止運動。
 江戸っ子は、何でも言葉の最後にネサヨをつける。
「待たせちまったネ。遅刻しそうになったからサ。朝メシも食わずに来ちまったヨ。」
このネサヨを喋ったら、先生がほっぺにx印を墨で塗る。
 どこでも、方言を直すため、こんなことが行われていた。なつかしい。

 第二次大戦で日本は一般人を含め300万人が犠牲になった。大変な数だと思っていたが、ドイツでは800万人。更に驚くことにロシアでは2300万人が犠牲になったそうだ。日本が一番犠牲者が多かったと今まで思っていた。

 この本でエっと思ったのが、確か浅田作品「一路」だったと思うが、甲州街道では参勤交代大名行列が行われなかったと書いてあったように記憶している。それは、幕府が何か起こって逃走しなくてはならなくなり天領地である甲府にゆくために作った街道だからという浅田の説明だった。

 しかし、この説明は何の根拠もなく浅田の想像であるとこの本で言っている。しかも、高遠藩、高島藩、飯田藩は参勤交代で甲州街道を使っていると書かれている。

 私、あちこちで甲州街道で参勤交代はしなかったと吹聴してしまっている。まいったなあ。

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| 古本読書日記 | 06:07 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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