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伊藤比呂美   「父の生きる」(光文社文庫)

2004年、79歳だった伊藤さんの母親が寝たきり状態で入院。そのとき父親は82歳。5年間母親は病気と闘い死亡。伊藤さんは、当時カリフォルニアに家族とともに在住。孤独になった父親のために、一か月半はカリフォルニアにいるが残りの半月は父親のいる熊本に帰る。カリフォルニアにいるときも、毎日数回父親に電話する。熊本では、実家から数分のところに家を借り、伊藤さん、父親の信念があり、一緒には暮らさず、実家に毎日通う。

 この作品は、そんな介護の厳しい生活を父が亡くなるまでの3年半を綴った記録。
最初にでてくる父親と伊藤さんとの会話がじーんと胸に応える。
 伊藤さんがやっと仕事に区切りがついたと父に報告する。すると父が言う。

「おれは終わらないんだ。」
「仕事ないから終わらないんだ。つまんないよ、ほんとに、なーんもやることない。なんかやればと思うだろうけれど、やる気が出ない。いつまで続くのかなあ。」
「もうすぐヘルパーさんがくる。キムチチャーハンなんか頼もうと思って、今食べたくないの、カレーライスとかさ、トンカツとかさ。とにかく生きているのも疲れちゃったな。死なないんだから困ったもんだよ。ほんとにねえ(ため息)。」
「だけど退屈だよ。ほんとに退屈だ。これで死んだら、死因は『退屈』なんて書かれちゃう。」
「なにしろ眠いよ。いくら寝ても眠い。永遠の眠りにつきそうだ。とにかく眠いんだ。」
「退屈で退屈でしょうがねえよ。まったく、頭の中は食べ物でいっぱいだ。」

この後、死闘、苦闘の伊藤さんの介護日記が始まる。
その辛さに読むのが苦しくなる。

それでも何となく違和感が残る。伊藤さんは詩人。別にカリフォルニアにいなくても、詩は書ける。何故にこんな苦労を背負いながら、カリフォルニアに居続けるのかが理解できない。

 カリフォルニアにいたいのなら、お金を多少かけても、父親を施設にいれ、介護を全部まかせればよいのに。このあたりが詳しく説明がないので、納得ができない。

 しかし、父親の慨嘆は胸に沁み込む。私もそう遠くないときに伊藤さんの父親のような状態になる。

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| 古本読書日記 | 06:02 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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