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川上弘美    「水声」(文春文庫)

主人公都は1996年家族で暮らした家に弟陵とともに戻ってきた。すでに50歳を過ぎていた。

 弟陵を都は好きだったし、陵も都になついていた。あるとき、自分たちの父は本当の父ではないことを知る。驚くことに両親は兄妹だった。この時点で父親は誰だったのかは完全に類推できる。

 この作品は、長い時間をかけて、都が現在に至る、母親との対話の歴史である。まだ都が誕生する前の、母親に起こる出来事。母親を通して、語られる祖父母。そして自らが母親を通して感じきた祖父母、祖父母の店の番頭、甥、姪。それから、母と自分、母と弟、いとこ。そして、母を愛した人。兄である自分を育ててくれた育ての父。

 この作品でなるほどと思ったのは、遠い過去で起こったことでも、今現在でも新しい発見があり、よみがえり、今にたいしても影響を与えているということだ。

 1969年、アメリカで生まれ育った菜穂子が帰ってきた。都と同じ11歳だった。菜穂子は言葉が完全に英語なまりで、同級生から疎外されていた。それで、都、陵姉弟だけと交わった。50歳を超えた、菜穂子と都がセブンアップを飲む。初めてセブンアップを11歳で菜穂子と飲んだとき、菜穂子は「セブンナッ」と発音したが、今は「セブンアップ」となった。

 喉を通るときの音「シュワ、シュワ」を思い出す。しかし、今思い出すに、別の音が確かにあった。
 炭酸が喉を痛くしつつ飲み込まれていった、その後、胸元で「じーん」っていう静かな音がする。
 菜穂子が言う。
 「水のものを飲み込むと、体が迎えて音をたてるの。」

都はおかしく感じたが、その通りだと思いながら、弟陵との体の交わりのことを思う。
 陵が私の体にはいってくるおりに、最初にふれあうのは、陵とわたしの体そのものではなく私たちの体のなかに蔵された水と水なのではないか。そのとき水と水はどんな音をたててまじりあっていくのだろう。

 私たちは、水と水がかさなり、まじりあって人間が生まれ、人生が作られる。そして、ふとしたときに、その交じり合う水の声を思い出すことがある。

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| 古本読書日記 | 06:25 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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