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佐伯一麦    「渡良瀬」(新潮文庫)

もちろん想像もあるだろうし、事実をかなりデフォルメした部分もあるだろうが、佐伯自身の若き頃の現実を綴った物語である。

 東京で親方について、配電工をしていた主人公の南條拓は、長女優子の緘黙症、長男の川崎病もあり、都会暮らしをやめ、茨城県古河市に移って来た。片道一時間半の通勤を続けていたが、体が持ちこたえられず、工場団地にある下請け工場「平塚電機製作所」にはいり、配電盤制作工として働きだす。

 長女優子の緘黙症も原因はわからないが、ある夏の日、優子と次女の夏子を連れて通りを歩いている。その通り沿いのお菓子やでガムを買ってあげる。優子も夏子も喜んでガムを噛んでいたが、夏子が誤ってガムを落としてしまう。それを見た優子がうれしそうにこれみよがしにガムを噛んでいる姿を夏子に見せつける。

 それでカチンときた拓が、大声で優子に「おまえもガムをすてろ!」と怒鳴る。その時優子は憎悪の籠った目で拓をみつめ、口からガムを放りだす。そして身もだえしながら、大声で叫び声をあげた。獣が吠えるような声だ。そこから、優子は一言もしゃべらなくなった。

 妻幸子が冷え切った声で拓をなじる。
ここが妻幸子と殆ど会話がなくなってしまったスタート地点だった。

 平塚電機製作所の基本給は15万円。残業をしなければ家族は養えない。それに後ろめたいことだが拓にはサラ金に50万円の借金もあった。

 子供たちも可愛いし、幸子も愛している。しかし、冷え切った家族の中にどうにも入り込めない。何をしても演技にみえてしまう。

 ごくたまにだけど、工場が定時に終わることがある。そんなときには、早く家に帰ろうとは思うのだけど、逡巡して居酒屋に行ってしまい、帰宅は深夜になる。幸子が仕事で遅くなっていると信じているかはわからない。

 悲しいと感じたのは、平塚製作所の下請けである並木工業の並木社長が急に倒れ、明日までに納品せねばならない配電盤と配線を作らねばならなくなり、それを拓が引き受けるところ。

 夜9時に拓が家に電話する。次女夏子がでる。お父さんはいつもと違う会社で、大きな仕事をしている。今夜も遅くなるから、早く寝なさい。遅くなることお母さんに伝えて。そこから病気の長女優子の様子を聞いて電話を切る。

 夜中の3時。何とか明日早く起きて作業すれば、配電盤は完成するところまでこぎつける。もう帰宅はできない。汚れた2枚の毛布を工場の隅に敷いて、埃まみれのなかで眠る。

 幸子は拓が帰らなくても、仕事をしていると信じてくれるはずと拓は思いこむ。
本当に幸子は仕事と思ってくれるだろうかと思うと読んでいて胸が締め付けられる。

 拓の家庭はここからどうなってしまうのだろう。続編を読みたくなる。

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| 古本読書日記 | 05:56 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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