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大下英治   「総理戦争 田中角栄から小泉まで」上巻 (新風舎文庫)

 中曽根政権は5年以上の長期政権だった。中曽根はその政権時代に3つのことをやろうとした。一つは行政改革。電電公社、専売公社、国鉄の民営化。当時は、平和国家の象徴として、防衛費はGNPの1%以内でなければならないという了解事項があったが、国を守るための費用がなぜGNPの1%以内でなければならないのか。この制限を取っ払う予算をつくる。そして、最後が税制改革。当時は売上税といわれていたが、間接税である消費税の導入。

 前の2つは実施できたが、消費税導入だけは野党の反対どころか、身内の自民党からも多くの反対がありどうしてもできない。何しろ身内の議員が、社会党や共産党の街頭演説に参加し消費税導入反対を叫ぶのだから。

 このため予算案が通らなくなった。しかも、野党から内閣不信任案が提出されそうな状況。もし提案されれば自民党からも賛成者がでて、不信任案が通過するかもしれない。

 弱った中曽根は、消費税導入を断念して予算案通過させることで収拾をはかる。そして首相を辞職した。

 中曽根の後は、竹下登、現在の安倍首相の父親安倍晋太郎、宮澤喜一の3人が候補となった。田中角栄軍団を率いている竹下は過半数は握っていないが自民党内で最大勢力を持っている。しかし、決選投票になって、竹下派以外がすべて対抗候補に流れれば総理にはつけないという不安があった。

 しかし、田中軍団の攻勢で総裁選になれば勝てるだろうという感触は持っていた。それでも確信がないから、中曽根首相による後継者指名に従うことにした。

 中曽根は、消費税導入を実行するという条件で、竹下を後継首相に指名した。

 竹下はリクルートスキャンダルもあったが、中曽根のご下命を実行し消費税を導入したため国民に総スカンを食らい、任期半ばで辞職に追い込まれた。

 竹下はその時悔やんだ。
「あの時、中曽根裁定に従わず、総裁選を実行すればよかったと」

 衆議院の解散権は首相の胸三寸にある。首相の決断により解散はできると私は思っていた。ところが、その解散をするためには、すべての閣僚の辞職をとりつけねばならない。

 海部首相は議会で解散を宣言したが、この辞職願をとりつけることができなくて解散ができなかった唯一の首相となった。

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| 古本読書日記 | 06:18 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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