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坂口恭平    「徘徊タクシー」(新潮文庫)

 ぼけとか認知症といって、徘徊老人を病人として判断して、一般世界から排除を我々はしてしまう。しかし、人間の心は多種多様で、こういうものと決めつけてしまうことは、この作品を読むといけないことだと感じてしまう。

 この作品の主人公恭平。祖父の葬式のために東京から故郷熊本に帰ってくる。そこで90歳で健在な曾祖母トキヲがボケ老人になり徘徊をくりかえして家族を困らせていることを知る。

 このトキヲが時々「ヤマグチ」とつぶやき、徘徊をする。この「ヤマグチ」とは何を言っているのだろうと恭平は、トキヲを観察しながら考える。トキヲの行動をみながら、トキヲは意識なく、徘徊しているのではなく、確かな意志を持って徘徊していると確信するようになる。

 トキヲは、一般の人たちと見えている世界が違う。今、彼女は「ヤマグチ」に行こうとして歩いている。そして、若いころ住んでいた山口と同じような風景のところに行き、山口時代に浸っているのだ。

 恭平は、徘徊老人は病気でなく、正気で行くべき場所を持って歩いていると確信する。それなら、それを手助けして、彼らが行きたい場所に連れていってあげるタクシー営業をしようとする。

 彼らは「ヤマグチ」とか「M1」とか暗号のような言葉をつぶやく。これが何かを掴むことは難しい。しかし、大丈夫。ちゃんと運転手に向かって道筋を指示するから。

 でも、こんな妄想に思えるようなタクシー会社が営業認可を受けられることはない。
超マイノリティの考え方だから。

 しかし、徘徊をボケと簡単に片付けるのではなく、彼らが見えている世界はどんな世界なのか、そこに一緒にたってみることができるかは、現代世界では必要なのではと思ってしまう。

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| 古本読書日記 | 06:08 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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