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池井戸潤    「BT‘63」(下)(講談社文庫)

 この物語は、主人公の琢磨が、家に仕舞ってあった、古い制服を着ると、突然、その制服を着ていた1963年の相馬運送という会社に引き戻され、琢磨が生まれる前の父親がどんな仕事をして、波乱の人生を歩んでいたのか目の前で見えるようになるのと、実際に琢磨の父親の人生の物語が重なり合って進む。

 これは、父親の物語を琢磨という息子の眼を通してみる、それは読者が琢磨の眼になって物語をみて実感する変わった方法を池井戸が意識してとっていることを表している。

 この方法が成功しているかと思うと、少し首をかしげざるを得ない。

 琢磨の父親は、運送会社に突然飛び込んだ鏡子という子持ちの女性と大恋愛をする。しかし、彼の母親は、鏡子ではない。また、父親は琢磨が物心ついたときには、鉄鋼会社の経理に勤めていて、運送会社の社員ではなくなっている。

 つまり、鏡子とは悲劇的な別離があるだろう、運送会社は倒産したのだろうということが、物語の早い段階で読者には想像でき、その想像通りの物語が進行するから、いつもの池井戸の小説が醸し出すドキドキ、ハラハラ感がほとんどわきあがってこない。

 それから、父親の結婚前の波乱万丈の物語を、息子の琢磨がおいかけ解明してゆくが、それが今の琢磨の生きざまにどんな影響を及ぼしているのかが明確でない。だから、琢磨が時間と手間をかけ、再就職もせずに、父親の姿を解明しようとするかその動機付けがいかにも希薄だ。

 池井戸は少し手法にこりすぎて、本来の池井戸が持っている直球勝負の冴えが消滅してしまい、失敗作のように感じた。

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| 古本読書日記 | 06:18 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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