FC2ブログ

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

吉田篤弘   「モナ・リザの背中」(中公文庫)

 大学で美術を教えている曇天先生。助手のアノウエ君が使っている目薬「メヲサラ」を注した瞬間、目の前に飾ってある絵画の中に入っていってしまう。

 最初が「受胎告知」。そして次がアンドリュー・ワイエスのポスター「クリスティーナの世界」そして俵屋宗達の「風神雷神図」。芸術的名作ばかりと思っていたら銭湯の壁に描かれている富士山の絵、最後はわからないが「十二人の船乗り」なる絵。

 この作品でキーとなるのが年齢。曇天先生100の中間である50歳。この切りのいい年齢である50歳。そこで、絵画の中に入ってゆくことになる。50歳とはどんな年なのだろうか。

 50歳になる前は、昨日の失敗や、過去の悩みをじくじく引っ張っていた。そして、未来はどうなるだろうと不安ばかりが心を覆っていた。吉田はこの小説で書く。

 「50歳となると様子が違う。風景が違う。視界が変わった。足場が変転し、突然、それまでの縄張りから切り離されて『じゃあ』と惜別の声を背中で聞く日があった。」
 かと言って50歳は老人、晩年と言われるべき時代に片足を突っ込んだわけでもない。
50歳というのは、過去の頚城から解放され、未来の憂愁に縛られることの無い、どことなく自由でふわっとしている年齢なのである。

 20歳のときには、自分はその年齢により何かが変わるとは全く感じないが、実は周囲の見る目が変わるのである。それが50歳になると、周囲がシューイと表現が変わるように、その縛られている枠が取れるのである。(これはどうかなと疑問ではあるが)

 空間や時間の枠を超え、曇天先生は50歳ではこうありたいという状態を絵画のなかで実現している。不思議な国のアリスのごとく、絵画の世界のなかでいろんなことに遭遇する。

 しかし、すべてが取っ払われた「自由」というのは、それほど楽しいものではない。この作品に絵画の中で放浪している青い目の男が登場する。この男は絵画の世界の自由にうんざりしていて、絵画の外にある、時間も空間も周囲もある世界に入り込みたいと願っている。

 現実社会の50歳とは、どういう状態なのだろうか。仕事では、権限も責任も多く持たされ、多忙で楽しいことより苦労が最も多い年齢だろう。とても、頚城から解放されてなんて状態には無い。

 ただ、確かに、早期退職を選択した場合、受け取る退職金が最も多いのが50歳だった。人生を振り返る分岐点ではあるのかもしれない。

ランキングに参加しています。
ぽちっと応援していただければ幸いです。
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

| 古本読書日記 | 06:00 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT














PREV | PAGE-SELECT | NEXT