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江國香織   「日のあたる白い壁」(集英社文庫)

 江國さんが、世界の美術館で出会った24枚の絵について語ったエッセイ集。

 江國さんは、それぞれの絵を確かに読み込んでいて、それを澄み渡るような言葉に変えて表現をしてみせている。

 たくさんの画家が静物としての果物を描いているが、ゴーギャンの「オレンジとしての静物」で描いているオレンジは、おいしそうですぐにでも食べてみたくなると江國さんは書く。
 食べてみたくなる絵は殆どないのだそうだ。

 ユトリロの「雪の積もった村の通り」。雪は本来冷たいものなのだが、この絵は心地よい暖かさがいっぱいに溢れている。それは、通りを歩いている人たちの心に暖かい家や、暖かい食事などの想いが溢れているから。前かがみになって早く暖かいところに行こうとしているから暖かさが絵全体からあふれ出している。なるほどと感心する。

 イタリアの中世の画家、カラヴァッジョの「聖トマスの懐疑」ではキリストの復活が描かれるが、聖トマスが復活は本当なのかと、キリストによって開けられ晒された胸の傷のところに指をあてて確認している図をみて、江國さんは、自分の絵に接する姿勢と同じだと語っている。

 それはインタレスティングだと。インタレスティングとか好奇心ではない。
しっかりと見届けたり、触らずにはいられない欲求だと言う。道端で死にかけている虫とか、教師が怒って興奮してしまった顔を、驚いてただ見てしまう。好奇心とか怯えとかではなくて、ただポカンと見てしまう。その意味では無感動である。

 インタレスティングで接した絵の数々から発せられる江國さんの言葉のすばらしさにひたすら感動する。

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| 古本読書日記 | 08:49 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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