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鎌田慧   「教育工場の子どもたち」(講談社文庫)

 結構古い本であるから、今このように行われているかわからないが、それでも中味の興味はつきない。

 愛知県岡崎市教育委員会の教育指導書に、この指導書の刊行によせてで教育長が寄稿文を書いている。
「一時間一時間の授業を子どもたちにとって確かな充実した時間にするためには、一人ひとりの教師が、専門家としての確実な技術とか、方法とかを身につけていなければならない。
自動車は、ラインを通ることによって、計算通りに鋲が打ちこまれ、塗装されて完成された車になる。教師も一時間一時間の授業によって、確実に子どもたちをつくりあげていかなければならない。」

 この精神に従って、年間の各授業単位の内容とその時間割りが作られ、この時間割りに従い授業を行うように教師に求める。例えばグラジオラスの球根植えという授業の時間割り。
 〇導入・5分  球根の観察
 〇指向・十分  種子と球根の比較
 〇問題・二分  本時の目標
 〇計画・十分  球根の植え方
 〇実習・十三分 球根植え
 〇整理・五分  後方付け
これに、それぞれ生徒に何を質問するか、何をさせるかが具体的に記述されている。
流石に、トヨタ自動車のおひざ元である。教育も授業もトヨタ生産方式を実行しているのである。

 最近は学校のありかたでも、学校経営、学校経営理念と、経営という言葉が学校にはいりだした。学校の価値は、個性の前に、集団行動を身につけ、規律に従い、社会に疑問を待たず、そのまま会社に入っても、会社に従順で、働くことができる人間を創り上げることになっている。

 ある小学校では、生活のしつけとして朝必ず大便をしなければならないという項目があり、班にうんち係担当がいて、毎朝、班員に朝大便をしてきたかを問い、その結果を先生に報告しているそうである。

 おぞましいようにも思えるが、では著者鎌田がこの本でもいう、子供の人権、個性を尊重する教育とはどんなものかが曖昧としてよくわからない。非行は体罰、厳罰によって抑えてはいけない。肝心なことは「包容力」であると強調するが、それが具体的には何なのかは書かれていない。

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| 古本読書日記 | 16:12 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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