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辻原登     「翔べ麒麟」(下)(文春文庫)

 「天の原 ふりさけみれば春日なる 三笠の山にいでし月かも」

 阿倍仲麻呂が詠んだ有名な句は、この物語では、30数年ぶりに唐から日本へ帰国する船に仲麻呂は乗り込んだが、その船が暴風にあって難破し、今のベトナムに漂着するとき、帰ることが叶わない故郷日本を思って詠んだ歌とこの物語ではしている。

 この作品の肝は、その仲麻呂が密かに唐の都長安に潜入し、崩壊寸前の唐の国を陰で支えて、安禄山率いる敵対軍や、悪徳宰相楊国忠と彼を支えた袁木を蹴散らし、再び唐の国を再建させたところにある。

 その祭、この仲麻呂の命を受け、縦横無尽に活躍したのが、同じ遣唐使で唐にわたってきた若き藤原真幸。

 かの世界の中心と信じられていた偉大なる国唐の崩壊の危機を、漢人ではない、日本人が救ってあげたというロマンを辻原は創り上げたのである。史実は曲げることはできないが、中国史の大きなうねりの一部を日本人が作っていたという、中国人が読んだら顔をしかめるだろうが日本人にはわくわくする物語である。

 楊国忠がみずから組織していた、兵隊組織が反乱を起こし、楊国忠の命令に従わず、命令をだしている楊国忠の首を兵員が切り付けて楊国忠を殺す。これで、もう楊の時代は終わったと悟った楊貴妃が、側室の部屋で胸を刺し自害する。その血まみれの死体は、懸命に親族である楊国忠の首なしの顔を抱きしめている場面は思わず背筋がゾクっとした。

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| 古本読書日記 | 16:43 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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