FC2ブログ

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

法月綸太郎   「ふたたび赤い悪夢」(講談社文庫)

 推理小説の域を超えて、それぞれの重要な登場人物の変転する人生が太く厚く描かれ、小説としても質が高く、読み応えがある作品だった。

 それにしても、小説の重厚さに呼応するように、殺されたとされる人が生きていたり、こいつが間違いなく犯人であるかのように書いていて、最後のところは叙述トリックで、断定しないように懸命にぼかした表現にしていることに腐心している法月の姿が浮かんできた。

 殺人をする人間が、本物のナイフと芝居などで使うダミーのナイフを持っている。ダミーナイフというのは刃先が相手を刺すと、バネで刃先が縮み、そのかわりに血糊がとびだすというやつである。鑑識がでてきて、血が血糊ではまずいから、予め殺人をする人間の血を採取して起き、それが凝固しないようにクエン酸カルシウムを注入しておく。

 この状態で、ある人が、殺人をしようとする人間からダーミーナイフで、殺人をもくろむ人を刺す。血が飛び出すから、自分がてっきり殺したものと思い込み逃走する。そこで本当に悪い黒幕が登場して、殺そうとした人を刺し殺す。そうすると警察も黒幕にたどりつく前に、ダミーナイフを使って殺そうとした人間にたどりつき、こいつが犯人だとして逮捕するし、刺した人間も血が飛び散るのをみているから、自分が犯人だと信じ込んでいる。ここに完全犯罪が完成する。

 自殺した人の身元確認。警察もだいたいの身元はわかっていての親族などを使っての最終確認をしてもらう。身元確認をする人間が犯罪にかかわっている。自殺した人は、警察が想定して人とは異なるが、確認者が想定した人に間違いないと言い切ると、死んだことになっている人が、実は生きていることになる。

 こんなからくりが重なり合って物語は進む。しかし、最後には悪はすべて明らかにされ、これが一番良い終わり方だと思っていたところで終わる。無難な内容でよかった。

ランキングに参加しています。
ぽちっと応援していただければ幸いです。
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ


| 古本読書日記 | 15:30 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT














PREV | PAGE-SELECT | NEXT