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辻原登    「花はさくら木」(朝日文庫)

 徳川時代が爛熟期を迎えた、第9代家重から家治の時代、若き田沼意次が台頭して老中まで上り詰めた。

 この時代、日本の殆どの産品は上方に集められ、そこで相場により値決めが行われ、江戸に売られていった。上方の豪商が、経済を握り、経済により幕府や諸大名をコントロールする時代となった。

 私だけが知らなかったことだったら恥ずかしい限りなのだが、この当時、大阪を中心とした地域と江戸では流通通貨が違った。大阪は銀貨が中心で、江戸は金貨だった。鴻池などの豪商は、大阪通貨と江戸通貨の交換相場を決め、その両替で大儲けをした。

 この物語は、2つの時代背景がベースで描かれる。

 一つは繁栄する大阪の、その源である経済を、大阪から何とか江戸に移したいと画策する田沼意次。

 もう一つは150年前に豊臣は滅んだが、徳川をよく思っていない土壌が大阪にあった。
秀吉の側室だった淀君。秀頼を産み、秀吉が没後、秀吉の側近だった大野治長と恋に落ち子供を召された。密通の噂が広がり、大野は追放されたが、子供はキリシタン大名だった小西行長に託され、行長は、娘のマリアが、対馬藩主宗義智に嫁いでいたので、この子供を宗に預けた。

 この淀君の不義の子供の3代下ったときにできた娘が菊姫。

 秀吉につながるこの菊姫を、鴻池と一緒に商売をしている北風が対馬から引き取る。そしてこの菊姫をおったてて、新豊臣勢力を結集幕府を転覆させようと考える。

 この2つのことが、物語の進行のエンジンとなる。

 しかし、やはり、印象に残るのは、添い遂げられる、菊姫と田沼の部下の青井との恋。それに対して、添い遂げられることは絶対ありえない田沼ろ内親王、智子との悲恋が印象に残る作品。智子は後桜町天皇となる。

 この智子と田沼が大阪の街をデートするところと、最後の別れのところはどことなく「ローマの休日」を彷彿とさせる。

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| 古本読書日記 | 15:46 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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