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大江健三郎    「人生の親戚」(新潮文庫)

 主人公倉田まり恵の長男は、重い知能障害で生まれた。次男は健康に生まれた。そこから夫との関係が悪くなり、離婚をする。その時、まり恵は長男を引き取り育てることを決意する。
ところが、次男が交通事故にあい、半身不随の暮らしを余儀なくされる。そこで、しかたなく夫と復縁し、2人の子供を育てることになる。

 長男は体は健康だが心は壊れている。次男は心は健康だが体は壊れている。心と体が一体となって人間は普通の暮らしができる。分離されて生きてゆくのは大変なことである。
 まり恵に衝撃を与えたのは、長男と次男が一緒になって自殺したことである。

 これはまり恵の人生に取り払えない重荷となる。

 ここからまり恵の苦しい流浪が始まる。しかし、その流浪には、何とかまり恵を励まし支えてあげようとする人々が現れる。その人々の支えが、決してまり恵の人生にはなかなか援軍とはならないが、染み込むようにゆっくりと力になってゆく。この人々こそ、この作品のタイトルにある「人生の親戚」であることを作品は言う。

 心と体を融合させる直接的行為はSEXである。まり恵はこのSEXにも溺れる。そんな苦悩の中を彷徨い、この作品でいう親戚と関わりながら、最後にメキシコの農園に行きつく。

 農園は貧民のたまり場だった。そこでまり恵は生涯SEXをしないことを決意し、貧民の先頭にたって懸命に働く。そして、貧民を励まし生きてゆくことで、息子たちの自殺を克服してゆこうとする。

 この作品を読むと、言葉の空虚さを感じてしまう。心とか神がBGMのようにこの作品では語られるが、愛のこもった献身的な行為の前に言葉はいらなくなる。

 まり恵は神を実践して、多くの親戚を持つようになったと思う。今神の行為があるとするなら、まり恵でありマザーテレサだと心底思う。

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| 古本読書日記 | 16:21 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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