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宮部みゆき    「平成お徒歩日記」(新潮文庫)

 この作品、江戸時代の刑罰について勉強になる。

 改めて言われれば当たり前と思うが、牢屋は今の刑務所とは違い、刑期を勤める場所ではない。刑期という考えは当時は無く、刑罰はお裁きがあれば即執行されるものであった。

 お裁きは、テレビの影響を受けているので、温情や奉行の匙加減で決まるのかと思っていたが、かなり細かく規定されていて、更に、事件経過は殆ど考慮されず、奉行はその規定に従い判決を下していた。

 通常死刑というのは、裁きが終わると、牢屋に「切り場」なる場所があり、即実行される。

 ここからが面白いのだが、江戸時代は死刑より重い刑があった。だいたい市中引き回しというのは付加刑で、単独した刑罰でなく、死罪より重い刑のとき原則付加された。

 死刑より重い刑というのは打ち首、馘首などがそれにあたる。付加刑には引き回しの他に、「晒」(心中未遂などをした男女を通行人の多いところに引き据えられ、立札の横で晒されるような付加刑)このほか、磔、火あぶり、獄門などがある。

 この中で恐ろしいと思ったのが、「鋸引き」。顔だけを地上にだすように体を埋められる。そこで指名された一般人、通行人の類が、鋸で首を切り刻む。命令だから仕方ないが、市井の人がこんなこと残酷なことをしたのだ。

 市中引き回しは、鈴ヶ森などの刑場まで行く道中だけで行われたことと思っていたが、何と文字通り市中引き回し、牢屋から刑場までおよそ20kmもあった。

 江戸時代が長く続いたのは、やはり基盤に恐怖政治があったことがよくわかった。
 恐怖政治は、北朝鮮もそうだが、しぶとく継続するものだ。

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