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尾崎豊    「普通の愛」(角川文庫)

 普通の暮らしがある。普通に働き、お金を手に入れ、その範囲で、生計をたて、時に贅沢もするが、まあ普通のあまりかわりばえのしない日々を送る。そのなかで、恋愛や失恋、孤独や友情が繰り返される生活。殆どの人はこの中にはいる。

 ところが世の中には、別世界があり全く普通の人とは異なった営みをしている人がいる。

 清原は、日々30万、50万、時には100万円も使う暮らしをしていた。それは、想像では描けるが、実際がどうであって、結果どんな心持や感情ができあがっているかは、私達普通人にはわからない。野球で目もくらむような大金を得ていたときには、そんな異次元の世界を浮遊することは可能だったが、野球を離れると、異次元の世界での浮遊ができなくなり、普通の世界へ変転せねばならない。この変転が非常に困難。清原が普通と信じて来て、よりかかってきた生活、そこから発生する人生観、世界観から、別の未知(普通の)の世界へ飛ばねばならないから。毎日数十万円のお金を消費する今住んでいる世界を否定せねばならないから。

 尾崎もどこか清原に似ている。自分の現実よりどころとなっている世界は、秩序、道徳、規範でがんじがらめ、生きていくことが辛い。まあ、ここまでは普通の人間はまま考えることである。しかし、ここからが違う。本当に自分が存在せねばならない世界は、規制、規範をとりはらった完全なる自由な世界、人間がそもそもの本質である、本能や才能を完全に発揮できる世界、その世界で尾崎自身は生活の営みをせねばならないと信じる。そして、その世界は、覚せい剤を体に注入することで実現することを知る。尾崎にとって、覚せい剤で実現できる世界が、普通の世界であり、我々のような普通の暮らしの世界は、幻想の世界だと信じる。

 我々が暮らす世界とは異なった世界を描く小説はあまたある。しかし、殆どは作者の想像の産物である。しかし、ごくまれに、自らが異なった世界にいて、その世界での営みを、当たり前なことして書く作家がいる。その作家は彼らにとっては当たり前の世界を書いているのだが、読者には奇異、或は憧れの世界に映る。

 その筆頭が村上春樹のようにおもう。よしもとばななも近いかもしれない。尾崎や清原は、どうあがいても、普通の世界でしか生きられなかった人たち。尾崎はそこに絶望して命を絶った。

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| 古本読書日記 | 06:55 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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