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鈴木光司    「サイレントリー」(新潮文庫)

短編集。どれも素晴らしい作品が収められているが、本のタイトルになっている「サイレントリー」がその中でも際立って素晴らしい。

 主人公は、妻の帝王切開手術で医者が失敗して、娘は誕生したが妻を亡くした。それまでの教師をやめ、自宅で家庭教師をしながら、誕生間もない娘と暮らしている。

 今、主人公は赤ちゃんである娘を抱えながら、大学受験を控えた生徒の真弓に受験志望校の試験にある小論文を書かせようとしている。彼が与えたテーマは「心に残るワンシーン」。

 いやそうにしていた真弓だが、大分の時間が経過したあとでペンシルが机の上でカタカタと音をだして動きだした。
主人公は娘を見つめる。足の湿疹が顔にまでできだした。妻がいたら「大変」と大騒ぎするだろうし、自分は男である夫として「大丈夫だよ」と大きく構えようとする返答をする。そうした夫婦のバランスの中で子供は育っていくのだろうと考える。しかし、その妻はいない。

 そして、「心に残るワンシーン」というテーマだったら自分は何を書くか想像する。
結婚してしばらくして行った信州の実家の近くの川を上ったときに撮った写真を思い出す。それは、沢蟹を主人公がもてあそんで、弁当箱の上から放り出したら、蟹が水中で動かなくなる。妻は「死んじゃった」というが、実は蟹はそのとき産卵していた。妻がうれしくて喜びの声を上げた瞬間の写真。ほのかに大きくなっていたお腹が写っていた。

 真弓は、幼くして両親が無く、祖母に育てられている。真弓も父が母を、伊豆土肥温泉の海岸で撮った写真をワンシーンを思い出していた。その写真は変わっていて、母の頭と足が欠けていた。右手がおへそのあたりを押さえている。
 その場所を探して、ボーイフレンドにバイクで伊豆に旅にでた。そして、場所を探し当てる。そこで、何であんなへんなポーズの写真だったのかを知る。指で押さえたへその奥には自分が存在していたのだ。
 真弓は、両親がいなくても、感受性も豊かで、前向きで元気な子だ。真弓の原稿と自分の写真のシーンを思い起こしながら、まだ首もすわらない娘も真弓のように元気で素直な人に育つだろうと主人公は思う。

 湿疹の赤ちゃん、主人公の川で撮った写真、真弓が心に残った母の写真が見事におりかさなって穏やかな上質な短編となっている。

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| 古本読書日記 | 08:45 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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