FC2ブログ

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

池澤夏樹   「言葉の流星群」(角川文庫)

 物理学者でもある池澤、科学者でもあった愛すべき宮沢賢治論。
この作品で、池澤は宮沢賢治という漢字を使わず、一貫して宮沢賢治をケンジさんと表現する。宮沢賢治は詩を「心象のスケッチ」と言った。だから、宮沢賢治の姿を固定的にとらえようとせず、一篇、一篇のそれぞれの詩に寄り添いその時の賢治の心象を描こうとしている。それで賢治ではなくケンジさんとなるのである。
 それでも、池澤は賢治を偉大な作家であり詩人として尊敬しているので、賢治の心象を越えて、実物の賢治よりはるかに大きな存在として表現してしまう。

 賢治は、詩人であり、童話作家であり、日蓮宗に属する敬虔な仏教徒であり、モダニストであり、科学者であり、何よりも農業の実践者であった。

 私らの幼いころ、信州の山中での農業は苦しかった。でも、それより酷かったのが岩手県だった。岩手県は当時、日本のチベットと称され、東北で最も貧しい県といわれていた。
 農作業は本当に苦役だ。それで、いくら豊作になっても、利幅はなく生活はカツカツだった。少しの天候、気候の変化で、不作となると、生活がたちゆかなくなる。蚕を飼う。蚕は夜中も起きて、桑のエサを補充せんばならない。それで、日中は畑、田んぼの作業。寝る間もなく働く。

 まして賢治の時代の岩手では、農業はまず開墾から始まる。トラクター、ブルトーザーの無い時代、開墾はすべて人間の手でする。それが遅々として進まない。死ぬほどの疲れと進まない作業に絶望感にさいなまれる。

 こんな時、どのようにして自分を励ますか。それは僕らの幼いころもそうだったが、違う裕福な、或は見たことのない憧れの土地のことを想像する。賢治は西域だったり、常夏の島だったり、シベリアなど北方の土地。
 優雅な暮らしを夢見る。二千年前の白亜、ジュラ紀を思い、また2000年後の美しい世界を思う。それから、遠い星の彼方での生活やそこへの旅を想像して、自らを励ます。そして、そこでもらったエネルギーで今日を明日を生き抜こうとする。

 その姿が賢治でなく池澤が愛するケンジさんのように私は思う。

ランキングに参加しています。
ぽちっと応援していただければ幸いです。
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

| 古本読書日記 | 06:06 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT














PREV | PAGE-SELECT | NEXT