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小田実 「何でも見てやろう」(講談社文庫)

小田実 「何でも見てやろう」(講談社文庫)

小田が26歳(昭和34年)のころ、小説書きに行き詰まり、絶対に誰も真似をできずないことをやり、その経験を書けばベストセラーになるかもしれない(これは多分)という野心を秘めて、たった200ドルを持って旅立ち、世界を歩いた貧乏旅行記。
 同じころアメリカに渡った体験を描いた石川好の「ストロベリー・ロード」の読後感の
爽やかな印象に比べ、この作品は読後感が私には良くなかった。
 石川の作品は、見方印象が等身大で、常にまわりの人々との共感があり、一緒に悩んだり、
楽しんだりしながら、一歩一歩青春から大人への成長をしている姿があった。小田の旅行記は、どことなく目線が上からで、何にであっても、一瞬でそれはこういうことと決めつける。バックパッカーの悩みつつ彷徨する青春の香りが殆どない。
 それでも、 凄いのは、歩いた国が、当時(昭和34年)大多数が向かったアメリカやヨーロッパだけでなく、レバノンやシリア、インドやパキスタンを歩いたこと、そんな国々は
誰も関心がなかったし、存在すら思い浮かばなかった時代だったから。
 でも、結局アメリカの存在に振り回されてしまう。どんな国を歩いても、アメリカを基準に他の国々を評価してしまう。それほどに、当時のアメリカの影響の強さがあり、それは極端に好きか、憎悪になるかは別として、アメリカ無しでは世界を語れなかった時代であった。 
 
  小田のような、こうだと決めつけがちの人は、好奇心も強く馬力もあるが、反面唯我独尊になり、失敗も間違いをしても、それを認めない傾向が強い。極貧の国々を歩き、彼らの目指さねばならない国は北朝鮮しかないという北朝鮮賛美に至り、それが間違いであることを指摘されても絶対認めなかった。何か朝日新聞に似ている。

| 古本読書日記 | 08:42 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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