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2023年02月 | ARCHIVE-SELECT | 2023年04月

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平野啓一郎   「マチネの終わりに」(文春文庫)

 高校時代700本を超える映画を観た。友達の父親が映画館の経営をしていて、たくさんの招待状を持ってきてくれたからだ。

 ど田舎の村からでてきて、初めて街らしい街の高校に通った。恋などまったく知らなかったころ、坊主頭の時代の頃。
 初めて、恋愛映画をみて大きな衝撃を受けた。エリア カザン監督、ナタリー ウッド主演の「草原の輝き」だった。

 高校3年生だった、バッドとディーンは愛し合い、将来結婚の約束をしていた。しかしディーンの母親は、バッドの父親が暴君で、素行がよくないバッドを嫌い結婚に猛反対をしていて、完全に恋愛、結婚は暗礁に乗り上げていた。そして、それを悲観したディーンは「草原の輝き」というワーズワースの詩の授業中に校舎を飛び出し、近くの川に飛び込み自殺をはかる。しかし、ディーンはバッドにより救われ、一命をとりとめるが、この時の衝撃で、2人は別れさせられ、別の道を歩む。そして長い年月を経て、ディーンはバッドがどうしているか見に行く。そして、子供、愛する妻とともに幸せに暮らしている、バッドを知る。

 悲しい映画だった。これが恋愛。そしてむくわれない恋愛の悲劇を生まれて初めて知った。

紹介の作品、天才ギタリスト蒔野と国際ジャーナリストの洋子がもう40歳を互いにこえていたが、パリで知り合い、恋に墜ち、結婚の約束をする。

 しかし、この時、洋子にはリチャードという学者の婚約者がいた。
だから、ものすごい抵抗にあったが、洋子はリチャードに新しい恋人ができたから別れたいと宣言し、何とか別れた。

また、詳細は省くが、蒔野のマネージャーをしている早苗は、一方的に蒔野に恋こがれていた。洋子が結婚の準備に日本に帰国した時、偶然に蒔野の携帯を手に入れた早苗が、蒔野になりすまし、メールを洋子に送る。

 「もう、あなたとは別れる。連絡もしないでください。」と。

そして、この後、洋子はリチャードと、蒔野は早苗と結婚。どちらも、子供に恵まれる。

 しかし、この結婚には相当無理があった。
一旦は別れると決めたのに、復縁して結婚した後のわだかまり。それから、謀略を用いて結婚した早苗。この謀略したことの圧迫に耐えられるか。

 物語は、この仮面のような結婚後の夫婦の関係が壊れてゆく過程をじっくり、丁寧に描く。その表現が見事。まさに文学だった。最後の場面も鮮やかで印象深い。

 高校時代をなつかしく思い出した。

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| 古本読書日記 | 06:21 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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畠中恵  「おまけのこ」(新潮文庫)

 「しゃばげ」シリーズ第4作目。5作品が収録されている。
最初の作品「こわい」に面白いエピソードが描かれている。

廻船問屋兼薬種問屋の若旦那主人公の一太郎は店の後継ぎなのだが、異常に病弱で離れの床に伏していることが多い。
 そんな床に伏しているとき、友人の和菓子屋の後継ぎで、和菓子職人を目指して修行中の栄吉が懸命に作った和菓子を持って一太郎を訪ねてくる。

 そこのところを畠中さんが絶妙な筆致で描く
「今日の饅頭は、気合を入れて作ってみたんだ。どうかね。」
ところがこの栄吉真面目に作れば、作るほど、どうにもならないような、妙な味のものができるから不思議な話だ。
「いつもすまないね。御馳走になるよ。」
若だんながひょいと一つ、竹皮の上からつまんで、口に放り込んだ。薄茶色の饅頭はこぶりで、難なく喉を通るはずの物だ。
ところが、
「ぐっ・・・うううっ」
噛んだとたん、若旦那の口から断末魔のうめき声のようなものが漏れた。
【ものすごく甘くて、そのくせ舌が痺れるように辛いよ・・・】

しかもところどころに胡椒の塊のような、むせかえる風味がある。どうして饅頭を食べているのに、強烈な胡椒の味がするのだろう。
思い切り咳き込んだ。考える間もなく、口から饅頭がとびだしていた。
「げほっ、ぐはっ、ふェ・・・っ、げほほ」

いいなあ。悲しいほどに若旦那の熱い栄吉への友情がみごとに描かれる。

噺の本筋から少しはずれるけれど、狐者異(こわい)という妖が作品に登場する。この妖がこれを飲めば、奇跡的に職人の腕が向上すると宣伝する。これに栄吉がとびつきそうになる。

しかし、これを飲むと栄吉だけでなく、まわりのものが大きな災厄を被ることになる。
栄吉はすんでのところで、この薬の購入をやめる。

 こんな妖は、妖の世界でいつもひとりぼっちで寂しい想いをしている。その寂しい狐者遺を最後に一太郎が暖かい手をさしのべてあげるところが上手い。

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| 古本読書日記 | 05:48 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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アンソロジー   「隣りの不安、目前の恐怖」(双葉文庫)

 著名なミステリー作家の作品集。
折原一の「耳すます部屋」が印象に残った。

 宮田久恵が片桐八重子と親しくなったのは、それぞれの子供麻衣とゆかりを連れて公園で知り合ってから。

 八重子の家は八重子とゆかりの母子家庭。八重子は保険の外交員をしていて、ゆかりが帰ってから、八重子が帰るまでの長い時間、一人でゆかりが自宅に閉じこもっていた。久恵はそんなゆかりが不憫になり、八重子が帰るまで、家で預かることを八重子に提案、八重子は有り難くその提案を受け入れる。

 最初は、ゆかりは礼儀正しく、久恵の家で麻衣と過ごしていたが、そのうち麻衣が、学校でゆかりに意地悪され、ゆかりと過ごすのがいやと言い、塾に通うようになる。

 麻衣は一人で、久恵の家に帰ってきて、だんだん自分の家のように振る舞うようになる。
そして、冷蔵庫をかってに開け、中の物を取り出し食べるようになる。そして、ある日八重子の財布のお金が減っていることに気付く。ゆかりの仕業だ。

 そんなある日、八重子から久恵に電話がかかってくる。
「ゆかりが帰ってこない。まだそちらにいる?」と。
久恵は、「さっき帰ったよ。すぐそちらに帰るでしょう。」と。
それから、30分ほどしてまた八重子から「まだ帰ってこない。どうなっているの?」と電話がくる。「もうこちらにはいない。」と久恵が答える。

 久恵はその時、実家から贈られてきたカニを出刃包丁で裁き、時々指を切ってしまっていた。生臭い血の匂いがあたりに立ち込める。そして、久恵は八重子の電話がうるさいと思い、受話器を電話にもどさず放っておいた。

 実は、久恵の結婚指輪がその日無くなっていた。それで、久恵はゆかりを責め上げた。しかしゆかりは盗んでいないと言い張った。そこで頭にきた久恵はカニを裁いていた、出刃包丁をゆかりの胸にあて責めたてた。しかしゆかりは盗みを強情に認めなかった。

 そのうちに麻衣が帰ってきた。家の中が血生臭いという。それで、久恵が結婚指輪をゆかりに盗まれたこと、それで頭にきて、出刃包丁を突き立て、ゆかりを責め上げたことを麻衣に話し、とんでもないことをしてしまったと言う。

 しばらくすると夫が帰宅する。夫は家に電話をしたがずっと話し中でつながらなかったと言う。

 久恵は驚いて、ぶらさがっている受話器を取り上げる。すると、受話器から八重子が「全部話を聞いたわ。」と話す。久恵は一時間も八重子が電話を切らなかったことに茫然自失になる。

 これで話は終わりかと思ったら、最後にとんでもないどんでん返し。八重子が「ゆかりが倒れて全然動かない」と久恵に電話のむこうで嘆く。

 鮮やかな叙述トリックを久しぶりに堪能した、少し怖い作品だった。

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| 古本読書日記 | 06:37 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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畠中恵  「ゆんでめて」(新潮文庫)

 「しゃばげ」シリーズ第9作。表題作をはじめ、5作品が収録されていて、連作の体裁をとっているが、それぞれの作品は独立した作品になっている。そのなかで2作目の「こいやこい」が印象に残った。

 ある日、主人公の病弱長崎屋の後継ぎ一太郎が友達の小乃屋の跡取り七之助を訪ねる。小乃屋は上方近江からやってきた唐物屋。

 この七之助から一太郎が相談を受ける。上方の本店より、許嫁と本店が決めた西海屋の娘千里が上京してくる。なにしろ幼い時期に遊んだだけで、顔もわからない。どうしたらいいか困っている。一緒に千里に対応して欲しいと。

 そして千里がやってくる。ところが驚いたことに千里と名乗る娘が一緒に5人もやってくる。5人の千里は、それぞれの着物から次のように名乗る。

 「千里です、今は仮に秋草と呼ばれています。」
 「千里です。仮に宝珠と言われています。」
 「千里です。雪輪と言われています。」
 「千里です。鹿の子と言われています。」
 「千里です。更紗と呼んでください。」

なにしろ、七之助は幼い千里しか知らない。誰が本当の千里かわからない。
5人の娘が、上方へのみやげを買う。紅を買うのに、紅板を買う娘と紅猪口を買う娘と別れた。紅板は金や高級板に紅が収まっていて、猪口とは異なり高価。秋草と更紗は猪口を購入。
だから、秋草と更紗は千里ではない。でも、残り宝珠、雪輪、鹿の子の3人のうち誰が千里かわからない。

 そのうち、突然宝珠から一太郎は、夫になって欲しいとプロポーズを受ける。
実は宝珠は、近江大城屋の一人息子の許嫁だったが、この一人息子が突然死ぬ。養子をとって後継ぎにするところだが、大城屋はとんでもないことに、息子の許嫁の宝珠を大城屋の主人がもらい、どうしても大城屋の血をひく息子を造らせると言い出す。宝珠の親は、自分の店が大城屋なしでは成り立たない。それで渋々ながらその縁談を受け入れる。

 大城屋の主人は60歳を超える。宝珠の祖父といってもいいくらいの年齢。

 それで小乃屋の娘たちは、宝珠が可哀想と思い、嫁入り前に江戸をみせてあげたいと宝珠を連れ出し、江戸に旅立つことにした。

 で小乃屋から、娘姉妹と女中2人が宝珠と一緒に江戸にやってきたのだ。それで、秋草と更紗は上方小乃屋の女中、それに宝珠は千里でないことが判明。

 そうなると、鹿の子と雪輪のどちらかが千里ということになる。ところが不思議なのだが、そのどちらが千里なのか最後までわからない。七之助の嫁は姉妹ならどちらでもいいということなのか。それからやはり、肝心の宝珠の運命はどうなるのか気になる。

 一太郎にとって宝珠のプロポーズ。一太郎にとっては初めての恋。ういういしい恋も成就して欲しいと思った。

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| 古本読書日記 | 06:38 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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有馬頼義   「兵隊やくざ」(光人社NF文庫)

作者、有馬は伯爵有馬頼寧の3男。成蹊高校に入学したが、型破りで奔放の行動で放校処分を受け、早稲田高等学校に入るが、そこも退学させられる。しかし中学を卒業しているので、将来幹部候補生で将校にもなれる資格を有していたが、その特典を放棄して、一兵卒の境遇として軍隊に入隊している。

 そして昭和17年、満州の北、ソ連国境近くの舞台に配属される。
この作品の主人公の私は、有馬本人の軍隊生活が投影されているように思われる。

「戦友」という言葉がある。私は、この戦友というのはある部隊に所属して、同じ釜の飯を食べ、戦い、苦難を共にした者たちのことをいうと思っていた。

 ところがこの作品を読むと、戦友とは軍隊用語で意味は、初年兵がやってくると、指導係が彼につき、指導はもちろん寝食や生活を共にする、この初年兵と先輩の指導係の関係を戦友と言うことを知った。

 物語は指導係である先輩と指導を受けた初年兵の熱い関係を描いている。

主人公の私の部隊にとんでもない初年兵の大宮貴三郎が入隊してくる。その指導係に私がつく。

 この貴三郎が体重100KGもある巨漢で、破天荒なとんでもない男だった。入隊するまでは、暴力団で用心棒をしていた猛者。
 軍隊では、日常生活にはビンタが当たり前。貴三郎もビンタを頻繁に受けるが、まったく貴三郎には効かない。ビンタをした人のほうが痛手を被り、骨折したりする。

 貴三郎は、軍隊の中で、ことあるごとに大暴れする。その都度、処罰を受けるのだが、それを貴三郎と上官の間にたち、処罰の軽減を訴え懸命にお願いする私。こんなことを繰り返すうちに、私と貴三郎の間に、奇妙な信頼関係が生ずる。

 貴三郎が問題を起こす。指導係の私が叱責して罰を下さねばならない。そんな時、貴三郎は自分の顔を殴って傷つけ、上官のところに行き、ただいま制裁を受けましたと報告する。

 そして最後は、兵隊立入禁止ゾーンの中にいる娼館に貴三郎が行く。発覚するととんでもないリンチを受けるということで、私が娼館に行き、連れ戻そうとする。

 その娼館に乗り込むと、貴三郎は全裸、娼婦は半裸で抱き合っている最中。連れ戻そうとすると、貴三郎が抱いている娼婦を私に抱くように渡す。そして、私と貴三郎はまさに兄弟となる。

 インテリと社会の底辺をはっていたヤクザが、熱い関係になった瞬間だ。

こんな関係は、男社会特に学生時代には、けっこう存在しているものだと読んでいて思った。
戦争文学だから、悲惨な物語と思ったが、驚くことにコメディ作品だった。

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| 古本読書日記 | 05:52 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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安藤祐介   「被取締役新入社員」(講談社文庫)

 小中高時代を通じて、いじめられ、通知表は「1,2,1,2・・・」が並ぶ、かけっこ練習のような状態、ちびでこぶとり、友達もできず、救いようのない主人公の鈴木信男。

 5社目の段ボール箱製造会社を辞め、興味半分、大企業とはどんな採用をしているのか、知りたくて、日本一の広告会社大曲エイジェンシーのアシスタント ディレクター募集に応募する。

 入社試験が変わっていて、玉ねぎの皮の剥き、炊飯器でのご飯炊き、焚きあがったごはんを3等分にして茶碗に盛るなど理解に苦しむ試験内容。そんな経験はしたことないので信男は、とまどい、迷いながらの最悪のパフォーマンス。これでは当然不採用と思っていたら、面接試験の通知。

 驚いて、会社に、電車を乗り間違え、30分遅れで行くと、受付で「お待ちしておりました。」とのあいさつ、面接会場に通される。

 面接は社長と取締役人事局長の桐野によって行われる。その席で、当たり前なのだが、実務試験では最悪のできだったと桐野より言われる。しかしその席で社長から

「人間は、感情で働く生き物です。そして、あなたには人の感情を大きく動かす力があります。」と言われ採用内定となる。

 それで、社長より入社の条件と使命が与えられる。社長が言う。
「うちは駄目な社員が必要なんです。どの部局も社員はエリート肌ばかりでプライドが高く、お互いに張り合って、すっかり疲弊している。あなたは一流のダメ人間です。仕事ができる優秀な社員たちの中にあなたが入れば、あなたは一層輝きを増します。」

 それで待遇。
給料20万円。待遇被取締役(取り締まられ役))、役員手当3000万円
素のまま徹底的にダメ社員ぶりを発揮する。
 週の半分以上遅刻すること。定時には退社すること。名前を鈴木信男から羽ヶ口信男に切り替える。

 そして、花形部署第一制作局に配属。そのダメぶりを如何なく発揮する。
当然だれも話しかけてこず、ひとりぼっちとなる。コピーもパソコンも使えず、何かすると騒動を起こす。とんでも社員となる。

 大顧客大江戸ガスとの恒例の大忘年会が開催される。信男が片隅で一人チビチビ酒を飲んでいると、大江戸ガスの社長より一発芸をするように命令される。

 信男はいじめられた時の経験を思い出し、お尻を丸出しにして、そこで屁をしながら、ライターで点火、ボっと火をもやす。これが、大江戸ガスの社長に大うけ。更に社長に贈られた誕生日祝いケーキのろうそくをお尻のガスで次々点灯させる。

 大江戸ガスの社長は、自然エネルギー使用促進のCMディレクターに信男を起用するよう要求。ここから信男の快進撃が始まる。

 いじめ撲滅キャンペーンCMの信男のいじめられても人間は頑張れるというスローガン「いじめられっ子世にはばかる」が印象に残った。
ありえない物語。でも楽しいファンタジーだった。

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法月綸太郎   「雪密室」(講談社文庫)

 法月2作目の作品。
名作法月親子シリーズはこの作品から始まっている。父親法月貞雄は警視庁刑事。子である法月綸太郎は名探偵で、推理小説作家。

 篠塚真棹から結婚披露宴パーティの招待状が、法月刑事の元に届く。場所は信州の高原にある月蝕荘。泊まりがけ、法月刑事は有休をとってでかける。

 この月蝕荘に集まったのは
 篠塚真棹、夫になる篠塚国夫、沢渡冬規月蝕荘オーナー、沢渡恭平冬規の弟、峰裕子使用人、真藤亮陶芸家、真藤香織真藤の娘、武宮俊作歯科医、中山美和子モデル。法月刑事

 早朝5時45分法月刑事は沢渡恭平に揺り起こされる。真棹が寝ている離れの電話の呼び出し音が真夜中からずっと鳴りやまない。何か異変があるかもしれないから一緒に見に行こうと言われる。

 外にでると、一面の雪が積もっている。恭平は離れに走るが、法月は離れの合鍵をロビーから取って、恭平を追いかける。合鍵を使って部屋に入ると真棹が首を吊って死んでいる。

 恭平を追う法月刑事の前には、恭平の足跡しか無い。そして、ドアの鍵は閉まっている状態での遺体。それで、所轄署は真棹は自殺と断定する。しかし、法月刑事は殺人事件として独自に捜査を始める。

 この事件の一番の謎は、雪の上に足跡が恭平のものしか残っていない。犯人はどのように離れに行けたのか。このトリックは、私は作品を読んでるうちにわかった。

 こういう作品は、宿泊者の誰が犯人かと思って読みすすむが、ここが盲点。犯人は複数いるとすると、殺人の方法、可能性は広がることが読むとわかる。

 この作品は、謎解きの面白さに加えて、動機も背景も非常に丁寧に描かれていて、納得感十分の作品だった。

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中村航  「広告の会社、作りました」(ポプラ文庫)

 中村の作品は処女作「リレキショ」からよく読んだ。
中村は、芝浦工大の卒業で理科系出身の作家。それが影響しているのか、わからないが、我々文系人間とは、読んでいて全く異なる人間だと思った。

 文系の作家は、心象風景や心の動揺、揺らぎを言葉を掬い上げ、描写することに力を注ぐ。
それこそが、質の高い文学だと信じている。

 ところが理工系作家である、中村の小説は、そんな小難しいことは、一切なしで、けれんみなく、物語が進む。こんな小説もありかと衝撃を受けたことを思い出す。

 この作品はお仕事小説だが、中村の味が発揮され、楽しい小説になっている。

主人公の新米デザイナーの遠山健一は、勤めていた会社が突然、入社1年3か月で倒産。冷たい世の中に放り出される。そんな時、タウン誌の片隅に「天津功明広告事務所」でデザイナー募集の広告をみつけ、試験を受けに、事務所を訪ねる。

 するとその場所はマンションの住居。そこにデザイナーの天津がいて、住居兼仕事場として使っていた。そして、面接試験などはなく、採用でもなく、君は仕事のパートナーとして受け入れられる。

で看板も「天津遠山合同事務所」にかけかえ、取ってきた仕事によって得た利益はお互いに配分するという。共同フリーランス事務所となる。

 天津は言う。
「仕事は愉快にやろう。どんな仕事でもやるからには上機嫌でやってやろう。」と肩を叩いて励ます。

 住宅会社大手のKAKITAの新しい平屋の住宅の広告のコンペがある。だが、KAKITAは個人事務所には仕事を依頼しない。そこで、2人は天津の高校同級生長谷川の力をかりて、「天津遠山合同会社」を迷わずたった3日間で設立してしまう。

 しかしコンペは、広告最大手の伝信堂の受注が決まっていて、伝信堂以外の参加社は一社もない。唯一、無鉄砲な天津遠山合同会社だけが参加の名乗りをあげただけ。
 東京オリンピックの電通の汚職を彷彿とさせる。

しかし、真っ正直、まっしぐらに天津、遠山は突き進み、伝信堂に打ち勝つ。

 かって、住宅メーカーがうたったコンセプトが「庭付き一戸建て」。しかし平屋で天窓付き天津遠山がうたったコンセプトは「空付き一階建て」。

 鮮やかなスローガンだ。

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森絵都    「できない相談」(ちくま文庫)

 人には小さなくせやこだわりがある。そのこだわりをめぐっての38編の掌編集。

  主人公和也の勤める会社の入る雑居ビルの一階にコンビニがある。

 コンビニの店員はマニュアル通りの対応。だから目立つ店員はいない。ある店員がやめても、あるいは入ってきてもまったくめだたない。いつのまにかやってきて、いつのまにか辞めていく。入れ替わりを客は全くきづかない。

 ところがそのコンビニに福平さんという叔母さんが店員としてはいってくる。このおばさんの応対が変わっている。レジでどの客に対しても大声で何かを必ずしゃべる。

 「はいっ、熱いコーヒー、やけどしないでね。外もね。店の外も暑いですからね。気をつけてお持ちかえりくださいね。外もコーヒーもあっつあつだから。ふふふふふ。」

 こんな感じですべての客に対応する。

 客がうっとうしくなって、和也をはじめ常連が店を変える。店の客がどんどん減っていくだろうと思ったのだが、和也が覗くと、全く減っている様子がない。

 子供を相手に相変わらずの声をあげての福平さん。

 「おじいちゃん、いつもありがとうねえ。はい、いち、にい、さん・・・30万円のお返しでーす。きゃきゃきゃっ。ちゃんとお財布に入れてね。チャックしてね。落とさないでね。明日もまた待ってまーすっ。」

 福平さんの前にはたくさんの70歳を超えた子供たちが並ぶ。
 収録されている「コンビニの母」より。

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小杉健治   「もうひとつの評決」(祥伝社文庫)

 小杉さんの作品は、いつも難しい問題を理論、理屈を排し、現実の姿に落とし込み、読者をなるほどと感心させる。この作品も、日本の裁判、裁判員制度の限界、問題を見事にえぐりだしている。

 主人公の堀川恭平は、ある裁判の裁判員として選ばれる。

その事件は、母娘2人の殺害事件。裁判員は6名、それに裁判長と裁判官8名で判決がなされる。

 裁判員裁判は、裁判員が正しい判断が行えるために、裁判の前に裁判官、検察、弁護士による事件の論点整理がなされた後、裁判が開始される。

 実際の裁判。被告は風采の上がらない30真近の男。警察の取調べでは、自分の犯行を認めていたのだが、裁判では一転、無実を主張する。

 これは、裁判員に大きな重圧を与える。2人殺したということであれば、過去の判例に従えば、死刑となる可能性が強い。無実か死刑かを判断せねばならないことになるからである。

 裁判は、一回、二回と進行する都度、裁判員が混乱しないように、必ず評議室で、裁判長による、論点整理とそれに対する裁判員の意見交換が行われる。

 そして、最後結審。
有罪無罪の判断。更に有罪の場合、量刑が、裁判官、裁判員の多数決で決められる。しかし、裁判というのは必ず正しい判断がなされる前提で行わられねばならない。ということは、裁判官や裁判員が代わっても、判決、量刑は同一でなければならない。しかし当然メンバーが代われば、異なった判決がなされる可能性がある。

 この裁判結審後の有罪、無罪の判定の際、事件を全く別の角度から見る必要があると裁判員からの意見がでる。その別の見方によれば、犯人は別にいて、被告は無罪となる。

 それで裁判員は、その新しい観点から捜査をやりなおす必要があるのではと、裁判長に迫る。

 しかし、裁判長はそれはできない、今までの審理内容で、判決を決定するしかないと言う。、それで今までの印象のみで採決に入る。結果有罪、無罪は5対3に分かれるが、多数決で有罪。そして量刑は死刑となる。

 その後、被告は、無実の言葉とともに、刑務所内で自殺をする。また、裁判員の一人は列車事故で死に、ある裁判員は事件現場近くで、殺害される。

 裁判員は、裁判内容、結果については決して口外してはならない守秘義務を負う。しかも裁判後に、裁判員同士が連絡を取り合うことも禁止されている。

 主人公の堀川は、この法律を破り、他裁判員を探し出し、逮捕覚悟で、他裁判員と共に被告が無実である記者会見と事件の真相について発表する。

 その経過の中で、裁判員制度の限界と矛盾が、読者の前に赤裸裸に明らかにされる。
実に重く考えさせられる作品だった。

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安藤祐介   「1000ヘクトパスカル」(講談社文庫)

今日の新聞にライターのしげぞうさんのインタビュー記事が載っていた。

しげぞうさんは、家電製品の取扱説説明書を制作している会社に勤めていて職場のIT化にも取り組み順調に出世、少し前まで20人の部下を持つ部長職をしていた。千葉にマンションを購入。しかし52歳直前に貢献したと確信していた会社からリストラによって退職に追い込まれる。

 会社から新しい会社を紹介してもらうが、給料が今の3分の1。ハローワークにも行くが、52歳では就職口は無い。当たり前、定年までわずか、高給を払っていたら、会社は元が取れない。よほど何か特殊な能力を持っていない限り、50代の転職は需要が皆無なのである。家族3人、ローンを抱え、生命保険金がはいればと真剣に考えたこともあったそうだ。

 この作品、主人公の城山義元を中心とした大学生活全般を描いているが、中心のテーマは卒業後どんな道に進むかである。

 義元は、大学でバンドを組みライブにでたりしているが、それ以外はバンド仲間を中心に義元の部屋に入り浸り、酒におぼれた怠惰な大学生活を送っていた。
 就職活動は50社を受けたが、全部カラブリ。

義元の部屋に入り浸っていた2年先輩の曾根田。家電メーカーに就職。埼玉営業所に配属され、新人ながら営業成績をあげ、順調な会社生活を送っていた。ある新規の客に部長と訪問。その時、曾根田も部長に負けないくらい熱心に売り込みをした。

 帰りの車で「もう余計なことを喋るな。」と言われたが、自分に自信があったので部長に抵抗する。そして次の日から、課長を初め、誰も口を聞いてくれなくなる。

 そんな時、義元は曾根田に会う。曾根田が言う。
「あと3年は我慢して今の会社で働く。そして、その間に起業のための金を貯める。」
この作品、就職に失敗しても、3年間は猶予は与えられる。義元も3年間カメラマンになるため、必死の努力をして、その尻尾を掴む。

 20代、30代は、3年間必死に準備して新しい道に進むことができる。だけど50歳を過ぎると転職は厳しい。作品を読んで、こんなことを思った。

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安藤祐介   「宝くじが当たったら」(講談社文庫)

 宝くじを購入する人は、当たったらどうしよう、こうしようと思いながら、はずれがわかるまで楽しむために宝くじを購入する。

 わくわく食品経理課勤務の主人公独身でごく普通のサラリーマン修一は宝くじで一等2億円があたる。作品はその後の修一の人生を描く。ただ、物語は読者がこうなるだろうと想像できる範囲で平凡。想像を超えるような出来事は全く無かった。

 そんな経験が無いから当然知らないのだが、大金が当たると、みずほ銀行、作品ではいなほ銀行に行く。この銀行で、まず小さな冊子が渡される。その冊子には次のようなことが書かれている。

 ①「何かを決めるのは、まず落ち着いてから」「後悔するような軽はずみな言動に注意すること。」

 ②「ひとりでも人に話せば、うわさが広まるのは覚悟しよう。」

それで、修一は十分注意するのだが、何故かわからないが、次々次のような依頼が飛び込む。

 まずはユニセフのような団体からの高額な寄付の申し込み。
 それから、あちこちから借金の申し込み

そして、貧困者への寄付を3団体にそれぞれ1000万円ずつする。
さらに、何人かに百万円以上お金を貸す。
それから、やたら結婚式の招待状が届くようになる。その度にご祝儀30万円を包んで持って行く。

 それから、学生時代の同級生を集めて、パーティをしょっちゅう開催する。このパーティは参加する人が同級生以外にもだんだん広がってゆく。

 絶対に内緒にするつもりだったが、実家には報告する。母は信用せず、「詐欺にあっているのでは」「頭がおかしくなったのでは」と心配するが、預金通帳の写しを送ると、完全に舞い上がり、早速親戚を集めて宴会をする。もちろん宴会費用は修一もち。更に見たことも無い親戚に、大きな金額の祝儀を渡す。

 そして実家のリフォームを行う。どんどんお金は無くなる。そしてすべてのお金がなくなる。会社には変な電話がしょっちゅうかかってきて、結果200万円の退職金で会社を追い出される。

 更に極めつけは、嫉妬に狂ったおじさんの放火により、実家が焼失する。親戚の放火のため保険金は降りない。

 宝くじで大金を当てた人のかなりの人がその後哀れな人生を歩んでいるらしい。

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畠仲恵   「とるとだす」(新潮文庫)

 「しゃばげ」シリーズ16作目。同じ系統の作品で畠山健二の「おけら長屋」シリーズがある。「おけら長屋」シリーズは、すでに20冊が刊行され累計150万部販売している。ベストセラー作品なのに、認知度が低いと思っていたら、紹介の作品16作目ですでに870万部販売を記録し、1000万部も視野に入ってきているそうだ。ベストセラーの規模が違う。

「おけら長屋」が知られてないのはしかたないのか。しかし「しゃばげ」シリーズの巨大さには驚愕する。

 「しゃばげ」シリーズには長編が2作あるが、殆どは短編集。この作品は短編集となっているが、連作になっていて、起承転結がはっきりしていて、長編といってもよい物語になっている。

 物語は、長崎屋の大旦那藤兵衛が、薬問屋の寄り合いで、色んな薬を飲まされ、倒れ床に臥す。この毒薬を飲ませた犯人は誰で、藤兵衛の毒をどうやって体からぬいてやるのかを

主人公で長崎屋の病弱の長男一太郎と手代、それから、一太郎の回りにいる、たくさんの可愛らしい妖怪(あやかし)が、解決してゆく過程を描く定番の物語になっている。

 そして最終短編「ふろうふし」で、神様から、藤兵衛の病気を完全に消し去る薬をもらい解決する。

 この作品集の2作目「しんのいみ」の内容がユニーク、抜きんでていて、圧巻だった。

物語の時代、江戸の港の海には蜃気楼がたびたび現れた。蜃気楼があらわれたときは、大山の人だかりがでて、港は祭り状態になった。

 若旦那一太郎といつもの妖、鳴家たちは、見たこともない街を歩いている。しかし一太郎は記憶が消えていて、何故自分がこんなところを歩いているのか全くわからない。

 なんと一太郎は蜃気楼の中に入り込んで歩いていたのだ。通りに鏡屋があり、店の看板である大鏡が店の前にあり、この鏡を覗くと、手代の仁吉や、病に伏している藤兵衛が映っている。それで、一太郎は、藤兵衛の病を治す薬を探しているうちに蜃気楼に入りこんだことを知る。この蜃気楼は、蜃気楼の主が、蜃気楼に呼び込みたい人を入れようと強く願わないと、人は入り込めない。

 そして、街には坂佐という男がいて、この坂佐が枕返しをして、藤兵衛をうつぶせにすれば毒を吐き出させることができることを知る。

 しかし、この蜃気楼の街をどのようにしてとび出て、江戸に帰る方法、さらに坂佐をぬけださせるにはどうするかがわからない。しかも蜃気楼は雨が降ったりすれば消えてしまう。

 この困難をどう切り抜けるのかが読みどころ。大丈夫かとはらはらしながら、読み進む。

それにしても、蜃気楼の街にはいり、迷う。本当に発想がユニークだ。

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| 古本読書日記 | 06:29 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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村田紗耶香   「丸の内魔法少女ミラクリーナ」(角川文庫)

 村田ワールドの豊かな発想を全開させた、SF的小説短編集。

私たちの世代は、青春時代、アメリカはベトナムと戦っていた。それで、アメリカは悪の象徴としてマスコミも文学も、音楽も、アメリカ悪から多く生まれてきた。

 しかし、現在は、怒りや嫉妬恨みなどの感情の発露をして、いがみあい、喧嘩などは否定され、学校現場では、とにかく話し合いで問題を解決することを、徹底的に指導するようになった。

 この結果、怒り抵抗を行動の源泉にしていた我々世代と今のZ世代とは、行動、考えの有り様が、同じ人間とは思えないほど拡がってきたのではないかと、この作品を読んで思えてきてしまった。

 主人公、40歳の真琴は、母の看護と父の世話に明け暮れていたが、その問題を解決して、ファミレスでバイトをしだす。
 朝のシフトでよく一緒になるのが、学生アルバイトの高岡君と雪崎さん。

朝まで飲んでいた、酔っ払いの中年の団体がやってくる。注文の品を酔っ払いのところへ持って行くと大声で「こんなものたのんでない」と怒鳴る。

 高岡君は、淡々と微笑みながら、謝り、注文を確認して、新たな料理をだす。

ある日は注文したドリアがでてこないと客が怒る。微笑みながら雪崎さんが、しばらくしてドリアを客にだす。すると客がタバスコが無いと怒る。それは、調味料コーナーから客がとってくるものだが、雪崎さんはいやがることなく、ここでも微笑みながら、コーナーからとってきてお客に手渡す。

 真琴は感心して、「高岡さんと雪崎さんは接客のプロですよ。よく、むっとしないものですね。」と感心して言う。

 すると、高岡さん、雪崎さんはきょとんとして
「むっとするとはどんな意味ですか。」と聞く。
「怒るということですよ。」
「怒るなんて言葉は使ったことは有りません。辞書を引いて初めて意味を知りました。」

またある時、小さい子供が席でシャボン玉で遊びだす。
すると高岡が
「やばい、これはなもむ。」
「何ですかなもむって」
雪崎さんも
「ほんと、これは超なもむ」と言う。

若い世代が、全く知らない言葉を使う。
もう分断なんてものでは無い。真琴は、全く異なる人間が存在していることを身に染みて知る。

 今や若い世代と年寄り世代はこんな感じにすでになっているかもしれない。

収録されている「変容」より。

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| 古本読書日記 | 06:25 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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安藤祐介    「不惑のスクラム」(角川文庫)

 山田洋次監督の「幸福の黄色いハンカチ」、アメリカの名コラミスト、ピート ハミルがニューヨーク ポストに載せたコラム「GOING HOME」を彷彿とさせる作品。

 主人公の丸川は、6年前通勤電車の中で、女性に痴漢よばわりされ濡れ衣を着せられる。その時、同じ電車の乗客の男から痴漢扱いにされ男を殴打、倒れた男の打ちどころが悪く、そのまま死亡。丸川傷害致死の罪で逮捕され、そのまま6年の実刑を受け、服役する。

 6年後刑期を終え出所、殺人犯の妻と娘というわけにはいけないので、妻に離婚を申し出、妻もその申し出に従い離婚をする。

 その後丸川は日雇い人夫などで糊口をしのぐが、生活が立ち行かなくなり、毒薬を入手し、自殺しようと、ある河原にやってくる。
 死ぬつもりで寝転んでいると、軌道をはずれたラグビーボールが飛んでくる。それを拾ってキックして、練習をしている集団に返す。

 その見事なキックをみて、ラグビーチームの最長老の宇多津が、チームに入団するように勧誘し、丸川は来週からの練習に加わることを約束する。

 チーム名は「大江戸ヤンチャーズ」。現在まで100人が入団したが、仕事の都合や転勤で自然に来なくなった人も多数いて、今は試合、練習に参加するのは20人。

 会社時代に仕事が終わった後、しばしば何人かで一杯やりにでかけた。その席で、会社への不満や、仕事での悩みを発言すると、必ずメンバーの一人が立ち上がり、
「会社が終わってまでも、仕事や会社の愚痴を言うな」
とたしなめる人がいた。
 その途端、全く会話ははずまなくなった。

 この作品に登場する宇多津は大商社の常務まで務めた人。
だけどラグビーをしている時は、会社の肩書で呼ぶのはやめてみんな「さん」付けにしようという不文律がチームにはある。

 でも、試合中、宇多津にボールが渡ると、思わずチームメイトが
「宇多津常務!」と叫ぶシーンがある。
この一行。本当にサラリーマンの習性をよくとらえていると感心する。

 最後、チームメンバーの計らいで、丸川が元妻と再会する場面が描かれる。丸川はもう一度妻とやりなおしたいと訴える。しかし元妻は冷たく「私は再婚が決まっているの。」と丸川に言う。

 これで終わりと思ったら更に数ページが残されていた。ここでのどんでん返しが鮮やか。

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| 古本読書日記 | 07:48 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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畠山健二   「本所おけら長屋」(PHP文芸文庫)

 このシリーズすでに20巻が刊行され、150万部も売れているのに、不思議なのは「本がすき」に書評が殆ど無く、書籍登録から始めねばならない。

 長屋は、落語の世界に登場する。その時、おけら長屋というのもおかしな名前だが、たいてい愉快な名前がついている。
 なめくじ長屋、夜逃げ長屋、食い詰め長屋など。連作短編集になっているが、前にも書いたが内容は平凡な作品が多い。
 その中で、これは少し変わっていると思ったのが「おかぼれ」という作品。

  主人公はこの作品では久蔵。呉服屋「近江屋」の手代で21歳。10歳で近江屋に奉公。今年手代となり、近江屋からでて、おけら長屋の住人となる。

 この久蔵の隣に6か月にやってきたお染が住んでいる。ある晩、お染の部屋に男が訪ねてくる。実は、久蔵はお染に恋心を抱いている。しかしお染は36歳にもなる年増。

 久蔵は気になって、薄い壁に耳をあて、お染の部屋の会話を聞く。
するととんでもない話が聞こえてくる。お染の部屋にやってきたのは政吉という男。政吉は「丑三つの風五郎」という大悪党の部下。風五郎は丑三つ時に金持ちの家に入り、家人を全員皆殺しにしてお金を盗んでゆく強盗をあちこちで起こしている。お染は風五郎の妾。お染は怖くなって、風五郎のところから逃げ、おけら長屋に潜んでいた。

 それを政吉が見つけ、風五郎のところに戻るように説得に来たのだ。
しかし、お染が渋るので、政吉は10日後に再度やってくる。そして、この長屋は風五郎一味に監視されているから逃げられないことを言って消える。

 これを聞いた久蔵は大変。大家に相談。大家は火盗改めと相談。10日後に政吉と風五郎がやってくる。その時を狙って、一網打尽にして捕まえようとする。しかし、その時はお染を救わねばならない。これが人質にでもされたら大変なことになる。
 さて10日後。実は久蔵は、お染の所に行き、お染が好きと告白。一緒に逃げようと説得する。しかしお染は拒否。それでしつこく説得して長い時間がかかる。

 その間に、やってきた政吉、風五郎を含めた一味を火盗改めは、全員捕縛する。
そんなこととは、久蔵は全く知らない。でも、久蔵の強い恋心。それによるしつこい告白と説得が一味捕縛に繋がった。でかした、久蔵。

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| 古本読書日記 | 07:45 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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堀川アサコ  「メゲるときも、すこやかなるときも」(講談社文庫)

 私が大学生から就職した頃、今から40年近く前、大都会ではともかく、地方で大学進学する人は圧倒的男性ばかりだった。女性は、多くが高校卒で就職、進学するのは短大が多く4年生大学に進学するのは本当にわずかだった。

 大学、短大に進学する女性の家庭は裕福で、いわゆる上流階級に属した家庭だった。
こういう状況だと、大学出の男性は、女性が高卒でも、結婚にそれほど抵抗はなかったが、女性は、自分と最低でも同等か、自分より有名な大学卒業生としか結婚しなかった。女性が大卒で、男性が高卒というカップルはまず無かった。当然、こんな場合は、女性当人だけでなく、家族、両親が徹底して受け入れなかった。

 主人公の乃亜は、裕福な家庭で育ち、有名大学を卒業、完全な温室育ちで苦労とは無縁で大きくなった。
 この乃亜が選んだ婚約者は、愚鈍でうだつのあがらない男、名前は雪男。しかし、乃亜は雪男が大好きだった。

 雪男は、店舗を借り、食堂をしようと思っていた。しかし、お金が無かった。それで、店舗借り賃や、準備、改装費用をすべて乃亜の父親に出してもらう。しかも、結婚の条件として雪男の資産が一千万円を切った時点で、即離婚すること、離婚に応じない場合は、違約金五千万円を払うこと。しかも、雪男の仕事には、乃亜には一切手間をかけさせない。結婚後乃亜の資産には一切頼らない、乃亜を働らかせない。家庭内の雑務は雪男がする。できなければ即離婚のこと。

 こんな条件を結婚相手乃亜には内緒で、雪男は乃亜の両親とかわして結婚する。

しかし、食堂開店時コロナ感染が襲い、まったく客が来店しない。それで、雪男は「自分を探さないでください。」と書置きして失踪する。

 主人公乃亜が魅力的で素晴らしい。一流大学卒なんてことは全く鼻にかけず、純真に雪男を愛する。料理も店経営など全く経験が無い素人。しかし、明るく、包容力があり、次から次へとトラブルが起きたり、従業員と雪男が通じ合っているのではという疑いが生じても、持ち前の明るさで次々困難を克服してゆく。コロナで外食産業が苦境のなかでも、めげずに前を向いて突破してゆく。

 そして最後は当然雪男と愛を誓い合う。
コロナ下の暗い世相を吹き飛ばす作品だった。

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| 古本読書日記 | 05:54 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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有田芳生   「『コメント力』を鍛える」(生活人新書)

 オウム真理教、統一教会問題を追求し国会議員までなった、有田が相手に自分の気持ちを伝えるための実践的ノウハウを伝える作品。

 有田はジャーナリストが本業。しかしこの作品は2002年当時の作品で、有田が日本テレビのワイドショー「ザ ワイド」にコメンテイターとして出演していた。そのため、物書きとしての表現力についてより、コメンテイターとしてのコメント力が中心とした作品になっている。

 有田は、問題の発生した現場にたち、そこで獲得した「モノの見方」で現実を見つめ、必要なときには再び現場に立つ。相手に伝わるコメントは、この循環作業を通じて獲得すると言う。

 しかし、最近の有田は、この方法を貫いているだろうか。現場にたてばたつほど、本質は色んな形で見えてくる。しかし、最近の有田は固定観念が出来上がっていて、現場にたつ以前に、すべてを出来上がった固定観念で解釈発信しているように思う。だから読んでいて底が浅いと思ってしまった。

 面白いなと思ったところは2つ。
高校受験に失敗した息子にその父親が言う。
「長い人生、さまざまなことがある。一回落ちたくらいでめげるな。勉強ができないということは、俺の経験から言うと失恋よりはマシなことだ。」
うん。この親父の言葉は最高だ。

当時の日本共産党の上田副委員長が言う。
「ある体系があまりにも固定化されてしまうと、そこから外れた見方や発想が異端や偏向として切り捨てられていくことがある。生成期や揺籃期にはさまざまな思考とそれを主張する多様な人材が、生き生きと活動する。ところがある価値体系が固定されると、それが判断の物差しとなり、そこからはずれる意見や行動が謝りとみなされることがある。」

 日本共産党幹部がこんなことを言うとは、最大のブラックジョークである。

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佐々木譲   「英龍伝」(毎日文庫)

 私たちは、江戸末期から明治維新の改革を遂げた英雄は、坂本龍馬、西郷隆盛、高杉晋作、桂小五郎などをまずあげる。

 私が住む静岡伊豆の韮山に世界遺産になっている、大砲など作るための反射炉がある。この反射炉を創ったのが、伊豆韮山代官をしていた江川太郎左衛門英龍。

 この作品は、その英龍の生涯を生き生きと描ききった作品。この作品を読むと、江戸から明治を作り上げた真の英雄は英龍だったと思ってしまう。

 英龍は、長崎に派遣している部下から、世界状況を把握。あの強大国家清がイギリスとの戦争に敗れ、自国地を割譲せざるを得なくなったことを知り、欧米の経済力、軍事力は日本がとても及ばないことを知る。

 そして、日本は鎖国をやめ、国を解放して、通商ができるようにしなくてはならないと考えるようになる。同じ考え方をしていた人達で結社を創ったが、その仲間の渡辺崋山、高野長英らが蛮社の獄で幕府に捕らわれ死刑となる。しかし、英龍はそれを何とか逃れる。

 そして、あのペリー率いる黒船、戦艦が4隻、伊豆沖に現れる。幕府は対応に尻込み。その交渉を英龍にゆだねる。

 その際の、英龍の放った言葉が素晴らしい。
「軍備を持って、他国を脅したり、侵略しようとすることは国際法に違反する。だから、港を離れ帰国しなさい。」

 ペリーは、鎖国日本に国際法をわかる人間がいることに驚き、大統領の国書を手渡し、一年後にまたやってくると言い残し、アメリカに帰る。

 そして、英龍は幕府に申し出て、長崎でオランダから学び開発した西洋の砲術を完成させた高橋秋帆を韮山に呼び寄せ、西洋の大砲、銃の製造を行う。

 幕府は、自分の責任を回避するために、すべての大名に鎖国を継続するか、国を開放するかを問う。そしてこのことは、一般の人々の知ることになり、ほぼ国中が、攘夷一色になる。

 しかし、英龍は、欧米と対峙しても、全く日本に勝ち目はなく、鎖国を継続すると日本は消滅する。これから日本の発展のためには、開国し通商を行い、欧米からあらゆることを吸収していかなくてはならない、と幕府に訴える。

 そして一年後、アメリカと和親、通商条約を締結することになる。
この時、通訳を担当したのが、高知の船が難破して、救出されアメリカ連れて行かれたジョン万次郎。

 ジョン万次郎は言う。アメリカ社会は民民が基盤で成り立っている社会だと英龍に言う。
民民というのは民主主義のことである。

 英龍はペリーが初来航してから2年足らずで亡くなってしまう。
もし、長生きしていたら、彼こそが明治維新の立役者、英雄になっていたと思う。

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畠山健二   「本所おけら長屋二」(PHP文芸文庫)

 畠山健二の大人気シリーズ。すでに20巻まででていて、累計販売数が150万冊を超えているらしい。
 本所亀沢町の「おけら長屋」を舞台に繰り広げられる、「人情」と「お節介」がさく裂する江戸っ子ワールドを描いた連作短編集第2弾。
 内容はどの作品も、この類の作品でとしばしば描かれている同じ内容の物語が多く、平凡という印象が強い。

 収録作品から「まよいご」を紹介する。

主人公の万造が夕刻、亀沢町で、ひざを抱えている子供を見つける。それでもう遅くなるから家に帰るように言うのだが、その子は「迷った」と言い帰れないという。名前を聞くと 勘吉という。江戸時代では、子供を親が連れて歩くときは、迷子になったときのために、迷子札(名前、住所が記載されている)首から下げているのが風習となっている。勘吉はその迷子札を下げていない。仕方ないので、万造は勘吉を長屋の自分の家に連れて帰る。

 迷子になった子を親が探す時には、街々に置かれている迷い石に、尋ね人内容を書いておいて探すという方法がある。

 翌日、万造は勘吉を連れて、あちこちの迷い石をみてまわる。すると湯島天神で、中年のおばさんに「勘吉じゃないか。」と声がかけられる。そして、彼女から勘吉が小間物屋の北総屋の子だということがわかる。

 それで、勘吉を連れて北総屋に行く。すると、お母さんがでてきて、思いっきり平手でひっぱたく。万造が驚き、平手でたたく前に、「よかったねくらい言えないのか」と言う。

 どうも、母親は勘吉が戻ってきたことを歓迎していない雰囲気がありあり。
そこで、近所で聞き込みをすると、母親と父親は、結婚したが、子供に恵まれず、このままでは家を継ぐ子がいなくなる。そこで、養子をもらう。それが勘吉。

 ところが勘吉をもらった直後、母親は妊娠して、男の子を産む。すると勘吉が邪魔になる。それで、勘吉を置き去りにした。
 それを知ると、万造は勘吉を自分の子にして育てる決意をする。
万造は独身の中年男。仕事もあるし、本当に勘吉を育てられるのか。

しかし勘吉を長屋に連れて帰ると、長屋のみんなが家から出てきて、かわいい勘吉が帰ってきたと大喜び。

 勘吉は万造の子になる前に、長屋の子。だから、勘吉は長屋の住人みんなで育ててあげることになる。
 江戸時代、長屋には強い、熱い人間の繋がりがあった。

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| 古本読書日記 | 05:56 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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松浦弥太郎  「いつもの毎日。衣食住と仕事」(集英社文庫)

 雑誌「暮らしの手帖」の編集長、松浦弥太郎、どうすれば心地よく、日々の仕事や暮らしができるのかを綴ったエッセイ集。

 私が勤めた会社は、地方都市にあり、その都市が製造業の街で、多くの人が、会社支給の制服で街を闊歩していて、高級な衣服、贅沢な食事を楽しむような人は殆どいなかった。

 オフィス・ワーカーも会社が支給した制服を着て仕事をしていて、松浦が衣服で選ぶ基準「スタンダードで、トラディショナルで、上質なもの」。これがどのような物なのかよくわからないが、衣服に関して、こんなことを考えたことは無かった。

 シャツはいつ、だれに会っても大丈夫というものを選ばねばならない。基本は白。ボタンダウンとレギュラーカラーのシャツ。

 ここからが、今まで私は知らなかったのだが、松浦はこう言う。
「僕は毎日着るシャツには、アイロンをかけません。上等なシャツであれば、普通に洗濯機で洗い、よく伸ばしてていねいに干すだけで、素敵な風合いになります。くしゃくしゃでもなく、びしっとプレスしたものでもない、その中間の風合いが、なんとも好きでたまりません。」

 驚いた。我が家の嫁さん、自分の着るものは時々アイロンをかけていたが、私のシャツはもっぱらクリーニング店にだしていた。当然クリーニング店ではパリッとアイロンをかけて仕上げてくれる。これはいけないことだったのか。

 これも知らなかった。
シャツの下に下着などは着てはならず、裸に直にシャツを着なければならない。下着がシャツから透けて見えるのは野暮ったいのだそうだ。

 驚いたなあ。都会のビジネスマンは、みんなこんな着こなしをしているのか。こんなことはビジネスマンの常識で、しらない奴がおかしいということか。

 穴があったらはいりたい心境になった。

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| 古本読書日記 | 05:52 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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打海文三   「裸者と裸者」(下)(角川文庫)

 後編にももちろん前編の主人公海人は登場するが、後編の主人公は、14歳の双子の姉妹月田桜子と椿子。

 この二人、男をホテルに連れ込み、睡眠薬で眠らせ、その間に財布を盗みトンズラするいわゆる昏睡強盗で暮らしをたてている。物語の舞台は東京近郊の九龍シティ。元々中間所得層のための住居地だったのが、この時代には、犯罪者、薬物中毒者、脱走兵、娼婦、マフィアが大挙流入して、無法地域になっていて、マフィアや、小戦力集団の闘いの場になっている。

 ここに、前述の月田双子が、たった4人から娼婦や、生活にはぐれた女性ばかりを集め、戦闘集団を結成する。この集団がおかしな名前でパンプキン・グループ。

 月田双子は、この集団を結成時、長距離トラックの運転手をしていて、東京往復する車に関所を設け、通行料をせしめ、それにより集団の戦闘や活動資金を賄う。

 戦闘グループは九龍シティにはたくさん存在する。日本最大のマフィアである東京UFでその傘下の633部隊、伍侠会、それから、軍隊で常陸軍、これが、司令官派と反司令官派にわかれ、更に信州軍、甲府軍、静岡軍、そして、パンプキン・グループ、モーセなる宗教集団グループ、朝鮮由来の高麗ハン、性的マイノリティ集団など、しっちゃかめっちゃか。

 これらの集団がしょっちゅう殺し合いの戦争をしている。

しかし、それが何故行われれているのか、よくわからない。それは、それぞれの集団に建前でもいいのだが、背骨、どんな国にするのかが、無いのである。だから起きている戦争への納得感が読んでいてもわいてこない。
 だから、どうにも読んでいて退屈になる。ただ、それぞれの戦いの場面はよく描かれていて読ませる。

 上巻の出来は素晴らしかったが、下巻は大いに質がさがった。

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打海文三   「裸者と裸者」(上)(角川文庫)

近未来の日本における内乱を扱っている小説。

時代は、近未来応化2年。金融破綻、経済システム崩壊により内乱が中国で勃発、社会主義社会が終焉する。それにより、難民が大挙日本に押し寄せる。また、何となくそうなりそうと思うのだが、ロシアも崩壊、それによりできた極東シベリア共和国からこれまた逃れて日本に難民がやってくる。更に北朝鮮からも、その他の国々からも多くの難民がやってきて、日本に住む外国人は1000万人を超える。

 これにより、日本の治安が悪化し日本は海外難民を含め、内乱状態になる。

こんな時代に、貧困者が住む居住地に主人公で八歳の海人、恵四歳、隆2歳の3兄妹。何とか食べてゆくためには兵隊になるしかないとして、海人は8歳で軍隊にはいる。海人の隊が「常陸軍」に編入されたところから物語は始まる。
海人のように浮浪児になってしまった子供はたくさんいて、その多くが軍隊にはいり、軍隊では孤児隊が編成される。

 こういう小説は一般に、痛々しく、苦しい場面の連続で読むのが辛くなるのだが、この作品は苦しい場面も、暗いトーンにならず、明るい。そして物語は戦いを通じて、周りの隊員や、市井の人々に励まされながら、海人が成長してゆく姿を描く。

 この小説で、印象に残ったのが、戦力にならない新人の招集兵や少年兵は、戦地では捨て駒に使われ、身一つで敵地に飛び込み、そこで敵から撃たれ死ぬことにより、敵の位置を把握して、軍隊はその場所に向かって攻撃をする。ただ死ぬために採用されていることが描かれる。任務を拒否したり、逃亡すると、背後から味方により撃たれ殺される。
こんな死の恐怖があるところに、士気が上がるモラルがあるはずはない。

 例えば、武器や食料の補給路を破壊して、敵を孤立させる。しかし、いっこうにその効果が見えてこない。破壊した補給路の場所に、関門を作り、お金を取ることにより、補給を可能にする。その時得たお金は、当然兵士が懐にいれる。だから、敵はいつまでたっても干上がることが無い。

 また、戦場では麻薬地下工場が創られる。まともの神経では戦争などやってられない。その需要は大きく、それも個人のポッポにはいる。

 人間は愛する国家のために、すすんで命を投げ出すなんてことはない。金儲けでもしていないと、とても戦場にはいれない。

 ロシアとウクライナの戦争も、こんな背景を頭に思い浮かべみなければならないと、この作品を読んで思った。

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益田ミリ   「沢村さん家のこんな毎日」(文春文庫)

沢田家は、父澤村四郎70歳、母沢村伸江69歳、そして主人公、独身の沢村ヒトミ40歳。
平均年齢60歳の一家である。

 最近は、会社での仕事は一日中パソコンに向かい合う仕事。本当に目や肩が疲れる。

家に帰ってきたヒトミさんが、お母さんにお願いする。
 「5分間でいいから、お母さん肩をもんでくれない?」
 「はいはいはい」とお母さんが肩揉みをしてあげる。
 「会社で一日中パソコンでしょ。肩もガチガチだし、目は疲れるし。」
そういえば、昔、沢村家にはお父さん用のワープロがあった。文字が大きく、一画面3行ほどしか打ち込めなかった。それでも便利な機械だと思っていた。今ではとても考えられない。
そんなことをヒトミさんが言っていると、お母さんが言う。

 「わたしも考えられないわ~。まさか、自分ではなくて、娘の肩を揉む日が来るなんて。」
 「自分の娘が40歳になるなんて。しかも独身。」
「お母さん、ちょっと痛いよ。もう少しやさしく揉んで。」
お母さん、これから、ヒトミさんが帰宅するたびに、肩もみをすることになるんでしょうね。

ヒトミさんの会社には、同じ40歳の同期の女性社員が2人いて、しかも独身。3人で居酒屋に行き日本酒をたのしむ。

 もう結婚も諦め、子供との暮らしも諦めねばならない年齢。それにしても月日の流れが年をとればとるほど速くなる。
 こんな状態では、あっという間に老後になってしまう。

すると、お友達が提案する。
「老後は3人で暮らそう。」一斉に「賛成!」
直後、雰囲気が暗くなって、会話が続かなくなった。

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毎日新聞   「靖国戦後秘史」(角川ソフィア文庫)

 ランダムにブックオフからまとめて20冊ほどの本をまとめて購入するので、時々こんな本と購入してから気が付く本が自宅に届けられてくる。

 靖国神社については、全く関心がなかったのだが、こんな本が紛れ込んでいる。

靖国神社は、その起源を、明治維新前後、国家のために殉死した英霊を奉祀した神社として、明治になり設立された神社。神社は全国各地にあり、このうち東京招魂社は、昭和17年に靖国神社と名称を変えている。

 こういう神社だから、時々話題になる、第二次大戦終了後東京裁判でA級戦犯とされた人は亡くなると当然靖国神社に合祀されているものと思っていた。

 ところが、この本によると、A級戦犯者合祀は、戦後長い間行われておらず、1978年朝日新聞により密かに合祀が行われていることが発覚し、大騒ぎとなった。

 戦後、靖国神社のトップであった宮司は、筑波宮司。筑波宮司は32年間も宮司の地位にあった。そして、昭和天皇もA級戦犯を合祀することに反対だった。

 面白いのは、筑波宮司は東大文学部卒業で、自らは白い共産主義者と標榜。赤くはないがピンクくらいというリベラルで、神社のトップとしてはあるまじき考えの持ち主だった。だから合祀を受け入れなかった。
 靖国神社の神官の定年、70歳が施行され、宮司を離れて、筑波は2年後に急死している。

この筑波の後任に適当な人間が見つからず、難航した。

 当時保守派の最高裁長官を務めた石田和外が、福井の郷土歴史博物館館長をしている松平永芳が適任と推薦し、松平永芳が宮司に就任。

 松平永芳は越前藩、最後の藩主を祖父に持つ。祖父と同じ強烈な尊皇論者。そして就任して最初にしたのがA級戦犯合祀。

 初めて知った。合祀問題、歴代首相の靖国参拝問題は松平永芳から始まったのだ。少し靖国神社に関心を持った。

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小川糸   「針と糸」(毎日文庫)

 ドイツ、ベルリン暮らしを中心としたエッセイ集。
小川さんの本を読むたびに思うのだが、小川さんの作品は、殆ど脱線や遊びが無く、一直線だ。

 例えば旦那さんが、小川さんに会いに、数か月ぶりにベルリンにやってくる。小川さん夫婦は愛犬家。小川さんは愛犬ゆりねをベルリンに連れて行って一緒に住んでいる。その可愛らしさをエッセイでたくさん描く。

 小川さん、愛犬とともに、内緒で旦那さんを空港に迎えにゆく。読者は読んでいて、小川さん自身の反応もそうだが、ゆりねが久しぶりの旦那さんにどんな反応をしたのか、期待して読み進む。

 しかし、小川さん、旦那さんを空港で迎えて、そして家に向かったでエッセイは終わる。拍子抜けですこしがっくり。

 小川さんだなあと思うのは、ラトビアの十得をトイレの壁に貼っておく。トイレに入るたびに小川さんはそれを読み上げる。十得にはこんなことが書かれている。

「常に、正しい行いをしましょう。隣の人と仲良くしましょう。自らの知識や能力を社会のために惜しみなく差し出しましょう。まじめに楽しく働きましょう。それぞれの役割を果たしましょう。向上心を忘れずに、自らを洗練させましょう。家族や隣人、故郷、自然など衣食住のすべてに感謝しましょう。どんな状況におちいっても朗らかに明るく受け止めましょう。ケチケチせず、気前よくふるまいましょう。相手の立場に立って寄り添いながら生きていきましょう。」

 小川さんらしい。私が小川さん家のトイレを借りたら、チビってしまいそう。

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益田ミリ   「永遠のおでかけ」(毎日文庫)

最近亡くなったお父さんの思い出を中心につづったエッセイ集。

今時、益田さんはめずらしい。お父さん大好きの娘さんだ。暖かい雰囲気満載のお父さんとの関係がほっこりと伝わってくる。
 お父さんは昭和9年生まれ。小学校は3クラス。1クラスは男の子だけ。別のクラスは女子だけ。そして最後のクラスは男女共学。へえ、こんなクラス分けがあったんだ。どうやって学級に分けたのだろうか。

 こんなことから始まり、お父さんの小学校の思い出が数珠繋ぎのようにこぼれだす。
家は貧乏で体操着が買えなかった。 

そんな貧乏だったお父さんに、中学卒業の時、先生が紙に一筆書いて渡してくれた。そこにはこう書いてあった。
 「正しく、清く、のびよ若杉」
このことを、お父さんは懐かしそうに目を細めて言う。

 修学旅行の費用670円が払えなくて、自分だけ修学旅行に行けなかった。

益田さんが聞く。
「その間じゅう、お父さんはどうしていたの。」
「学校の鉄棒のとこに、一人でいた。」
それまでは、楽しいことも、切ないことも、いっぱいお父さんは話してくれた。
この思い出から、お父さんの話は止まった。

 私の小学校時代にも、弟をおんぶひもで背負って学校に来ていた子がいた。
弟が背中で泣き声をあげる。
すると、その子が机の上に弟を寝かせ、おしめをとりかえていた。

年に一度、小学校の同級会が開かれる。その子はいつもタッパーに漬物をいれて持ってくる。
そして、「これ食べてみてー」とふたをあけて、タッパーをつきだす。

益田さんのエッセーを読んで、こんな同級生のことを思い出した。貧乏な時代だった。

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高樹のぶ子   「歳時記ものがたり ほとほと」(毎日文庫)

 詩や短歌、俳句にも造詣が深い著者が、季語を縦糸に、忘れられない人々との邂逅を横糸に紡ぎだした珠玉の掌編集。

 毎年3月、会社では、定期異動の時期。最近はあまり見られなくなったが、以前、特に金融関系の会社では、新幹線のホームで転勤者の見送りをする風景がよく見られた。花束と歓声の中、転勤者を送るのである。

 転勤地として人気があるのが九州、福岡。本当かどうか知らないが、面白い習慣が描かれているのが「帰雁」という作品。

 博多の歓楽街中州界隈には、春まだ浅き頃から、渡り鳥を見送る女たちの嘆きが溢れる。支店文化が定着した福岡に赴任してきた男たちの一定数は、春になると都に戻ってゆく。代わりに後任者がやってくる。前任者から引き継ぎを受けるわけだが、それは仕事だけではなく、夜の遊び場所も引き継ぐのである。

 主人公の奈良はビール会社の転勤で、博多にやってきた。ビール会社にはめずらしくアルコールに弱く、歓迎会で連れられてこられた中州のクラブでは隅に座り小さくなって、横についた女性にお追従の笑いをくり返している。

 宿舎に帰って、酔いの中床について眠ると、朝扉を叩く音で起こされる。寝ぼけ眼で、扉を開けると、昨日クラブで横についた女性が立っている。そして、朝ごはんを用意するから、起こすまで寝ていてといい、台所で料理を始める。

 朝ごはんの用意ができると、その前にと言って、奈良の布団の中にはいってくる。

そして言う。
「奈良さんは不器用で、損得勘定が出来ないから、出世しないよね。」
「出世か、しそうにないなあ、したいけど。」
「出世しなければ、東京や大阪には帰らないよね。」
と、言いながら奈良にしがみついてくる。

 同じ福岡支店に転入してきた人達は、同じような朝を迎えているのだろうか。どうなっているのびっくりするところだ九州は。

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| 古本読書日記 | 05:59 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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菅野彰   「夢のころ、夢の町で。」(キャラ文庫)

 この本もブックオフで意図しないで購入した本。

主人公の勇太は、小学5年生で岸和田に住んでいる。しかし学校には殆ど行ってない。母親は随分前に家をでて、父親と2人暮らし。しかも、父も母も、勇太の本当の両親かわからない。

 父親は朝から酒浸りで仕事はしていない。酒代や生活費は、勇太が盗みをしたり、車への当たり屋をして稼ぐ。父親は、お金が入らないと、勇太をぶん殴り、勇太の痣や傷は絶えることがない。

 ある日、高級な黒塗りの車に勇太が飛び込み、大けがをして、病院に担ぎ込まれる。勇太が病院のベッドで目をさますと、目の前に細い優男の青年がいる。青年は秀という大学生。
 大学生が乗っていた車に勇太が飛び込みけがをしたらしい。

何日かたって、勇太が退院して家にいると、秀と大人2人がやってくる。そして、勇太を秀の養子にしたいと言う。大人2人は、後見人である大学教授と弁護士。当然父親も勇太も断る。しかし、その後秀はずっと勇太の前に現れ、養子になるよう懇願しつづける。

 また、小学校にも行かせず、暴力ばかりを振るう父親に育児放棄として役所や警察に届けると弁護士がいい、とうとう父親は根負けし、勇太を手放す。

 この当たりの描写は、勇太の切ない生活ぶりを表現豊かに著者菅野さんは書き上げ、感動を呼ぶ。そして、結局勇太は秀の子供になり、秀の大学のある京都にやってきて、2人の生活が始まる。

 読み進むうち、何となく秀の行動が気になるようになる。秀は大学を卒業して就職し、勇太を育てなければならない。ところが京都で何社か試験を受けるがすべて落ち、それなら東京にでも行って、就職試験を受ければいいのに東京には行かない。
 秀は勇太を銭湯に連れてゆき、勇太を愛おしむように、やさしく体を洗ってあげる。

このあたりから、これはおかしい。もしかしたら・・と思いながら読み進む。

 勇太は京都でも、岸和田時代と同じように、行き場の失った子供たちとつるんで行動する。
しかし、だんだん嫌われ、子供たちが寄り付かなくなる。ところが、一衣という子だけは、勇太にいつもくっついていて、片時も勇太から離れない。

 そして勇太はある晩、一衣に抱かれる。このシーンはとりわけ美しく描かれる。
そう、この作品は典型的なBL小説だったのだ。

 BL小説といって低くみてはいけない。文章もよく練れているし、構成もよく、中々読み応えのある作品になっている。
 作者菅野は力のある作家だと思った。BL小説ではなく、一般の小説を書いてほしい。真っ先に私は手にとる。

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| 古本読書日記 | 06:02 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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伽月るーこ    「萌え婚っ!!」(オパール文庫)

 柴崎友香の新刊文庫本「待ち遠しい」(毎日文庫)が欲しくて、ブックオフで毎日文庫を選択して表示。毎日文庫はあまり知られていないが、毎日新聞社が運営しているので、一定の質の高い本が出版されていると思い、「待ち遠しい」以外、他の文庫本もまとめて購入した。

 家に本が届けられると、幾つか漫画本の表紙のような本が混ざっていた。しかも、その文庫は、オパール文庫とかキャラ文庫とか、普段お目にかかれない出版社の本。何でこんな本を注文してしまったのか、ブックオフで再度毎日文庫で検索してみると、毎日文庫の本は数冊で、後は聞いたことのない文庫本が表示されていた。

 しまった、てっきり毎日文庫本だと思って注文してしまった。

見合いで結婚した、浬(かいり)と優月。寝室も別で、仮面夫婦として生活していた。ある日優月は着飾って社交パーティに出席する。そこで見目麗しい絶世の美女に遭遇する。彼女をじっと見つめると何と驚くことに、それは夫浬だった。

 その美しさに優月は完全にうちのめされ。浬を大好きになる。
そして、その夜、2人は結ばれる。女性漫画のような挿絵の影響もあるが、王子様とバービーかリカちゃんとのラブシーンのようで、全く現実味が無い。

 それなのに、この1回のラブシーンの描写が、30ページ以上もある。そして数ページの後また30ページを超えるラブシーン。これは、まいった。残りページからみて、もう一回ラブシーンがあり終了かと思われる。

 ところが、2回目のラブシーンの後、浬が優月のセーラー服を着て、写真を撮る。この写真を間違って、優月が佐藤という男にメールしてしまう。

 ある日佐藤が浬不在の時、優月夫婦の家にやってきて、セーラー服の女性と交際したいと申し込む。おーこれは面白くなりそう。ところが、佐藤のスマホが喫茶店で店員が間違って水を大量にかけて、スマホが完全に壊れ、写真も喪失で解決。

 そして、あーあ想像通り3回目のラブシーンが開始される。
これぞ、思春期女性のためのライトノベルじゃないか。まったくまいったよ、ブックオフには。

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| 古本読書日記 | 05:41 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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