fc2ブログ

2023年01月 | ARCHIVE-SELECT | 2023年03月

| PAGE-SELECT |

≫ EDIT

朝井リョウ   「少女は卒業しない」(集英社文庫)

 高校生活と、それに連なる卒業を描いた連作短編集。
もちろん全作品、朝井の創作だと思うが、リアルな高校生活に根が張っている作品と、少し高校生活から離れた、想像だけの作品が混在している。

 その中で、良かったと思ったのが「屋上は青」という作品。

孝子と尚樹は幼馴染で、ずっと仲良く成長し、地元の進学校に進む。孝子は卒業後、地元の国立大学に進学し、将来は英語の教師になることを目指す。

 尚樹は、どこかの芸能事務所にはいっているようで、よく授業を欠席して、消えてしまう。
心配した孝子が、懸命に尚樹に勉強を教えてあげる。英語はいいのだが、歴史のような記憶力が必要とする学科は全くダメ。

 高校2年の時、孝子は学級委員長になる。文化祭の出し物を決めるのに紛糾し、全く決まらない。弱り切ったところに、突然、尚樹がやってきて、一人一人にダンスを振付し、みんなでダンスをすることになる。

 ところが、孝子自身が上手く踊れない。
高校は東西南北の建屋があり、東棟は、倉庫になっていて、鍵がかかっていて生徒は入れないようになっていた。尚樹は孝子をその東棟の屋上に引っ張ってゆき、そこで手取り足取り懸命にダンスを教える。

 そしてクラスの出し物は大成功となる。

尚樹は、殆ど授業にでることが無くなり、ついには、退学となる。

 そして、今は卒業式。2人は、思い出の東棟の屋上に並んで寝転び、広がる空を見つめている。孝子は、卒業式の司会をすることになっているのだが、卒業式に行く気配は無い。

 2人だけの卒業式を屋上でしている。

尚樹が言う。孝子は俺の持っていないもの、すべてを持っていると。しかし孝子は言う。
「尚樹は、私の持っていないものを全部持ってる。つまり、みんなが持ってないもの全部。」

この後の文章が、平凡に見えるけど見事だ。

「ちらりと横を見ると、メガネのレンズを通していないぼやけた視界の中で、尚樹がまっすぐ空を見つめているのが見えた。
瞳も、青いTシャツも、浮き出た血管もそのままあの春の青空にくるまれてどこかへ行ってしまいそうだ。」

 高校を卒業したら、もう2人は、それぞれ別の道を歩みだす。旅立ちが、読者にぐっと迫ってくる。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 06:06 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

原田ひ香  「ミチルさん、今日も上機嫌」(集英社文庫)

 主人公は45歳のミチル。青春時代をバブル絶頂期に過ごした世代。

当時は、女性が最も崇めたてまつられた時代だった。
高級レストランのフルコース、ドンペリもロマネコンティ、最高級ホテル宿泊、車代、いっさいの費用を女性は払ったことが無い時代だった。
 海外旅行だって費用は一切払わない。

当時の就職活動、どうせ入れるわけはないと思うが、銀行に就職用のエントリーシートを出す。すると試験や面接なしに、採用通知が送られてくる。それで、銀行の就職をやめようとすると、人事担当が土下座をして、断ることをやめてくれるよう懇願する。
 とんでもない時代だった。

ミチルは大手建設会社はいり、結婚するのだが、3年前離婚。そして2か月前に建設会社もやめる。手元に残ったのは元夫が譲ってくれたマンションと300万円の預金。

 ミチルが偉いと思うのは、栄光の時代をひたすら懐かしみ、あの時代に戻りたいと思うのではなく、今を生き抜かねばならないと思い、スーパーのレジ打ちに応募したり、チラシのポスティングの仕事に飛び込もうとすること。レジ打ちは驚くことに、採用するのに31人待ち、実質不採用となるが、チラシのポスティングは採用され、1日数千枚のチラシを各家に配布する仕事をめげずに行う。

 妹がミチルについて言う。
「他の人の人生より、自分のことが大切で、人生にはまだ先がある。もっといいことがあるって夢見てるんでしょ。」

 そのチラシの仕事から、不動産屋と知り合う。この不動産屋の社長が相場。あの「東京ロンダリング」の事故物件抹消のためのアルバイトを斡旋してきた不動産屋の社長と同じ名前。

 そして今回は、家賃交渉屋。バブル崩壊で家賃を下げないと部屋が埋まらない。それで新しい客には値引きをして部屋に住んでもらう。しかし、従来から住んでいる住人はもとの値段のまま。
 これを大家と交渉して、新しい住人の家賃と同額にさせる。成功すると報酬をもらう。

これもユニークな仕事だ。
 どんな時代になっても、強く、めげずに、前を向いて歩む。そのミチルの馬力に感動する。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 06:03 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

原田ひ香   「ランチ酒」(祥伝社文庫)

30年前に出張したドイツの現地法人では、食堂に設置されていた飲料自販機にビールの小瓶があった。あまり買って飲んでいる人はみかけなかったが、同じころフランスのアルザス工場に出張した時は、ビュッフェにアルザスワインが置いてあり、殆どの人が、昼食時ボトルワインを楽しんでいた。

取引先が川崎にあって、30年前に川崎に行くと、朝からやっている居酒屋が駅周辺にあり、朝からくだを撒いている人がいて、驚いた。しかしその居酒屋の雰囲気はすさんでいた。

 最近は、ランチでワインやビールを嗜む人が増え、当たり前の風景になった。

特に、歓送迎会を夜に行うと、参加しない人が増え、仕方なくランチで歓送迎会をすることが多くなった。店内で挨拶や乾杯の気勢をあげているグループもしばしば見かける。

 主人公の犬森祥子は「見守り屋」のバイトをしている。見守り屋というのは老人向けのデイサービスに似ていて、依頼者の自宅に伺い、老人の世話をする。このとき介護サービスはしない、話し相手やまさに見守る仕事を成りあいにしている。

 こんな商売が成り立つのか不思議に思うが、夜間老人を家において、仕事をしなければいけない人が結構いて、その間老人を見ていて欲しいというニーズがあり、洋子は見守り屋としてそこそこ忙しい。

 朝帰りの途中や、昼に食事とお酒を飲み、帰宅すると就寝し、夜仕事に行くという生活サイクルが習慣化している。
 作品はそんな洋子と見守られる人達や昼のみの醍醐味を扱った短編集。

堀田は絵描きで生きてきた。妻翔子も絵が好きで、教師として学校で美術を教えてきた。そんな翔子が半年前ガンで他界する。

 残った堀田は妻が亡くなったことが信じられずずっと嘆き、気落ちした日々を送っている。こんなことから葬式もしていなかった。心配になった友達や近所の人達が入れ替わり堀田の様子を見たり世話をしていた。しかし堀田の嘆きが極端で、同じ話ばかり繰り返すので、段々見守る人が少なくなり、今や友人の藤堂だけになってしまった。藤堂がずっと見守りを続けるわけにもいかないので、主人公の洋子のところに見守りの依頼をする。

 藤堂は、見守り屋の洋子に、堀田の扱いをどうしたらいいか相談する。
洋子はきっぱりと言う。

 「葬式、49日をきちんとやってください。葬式や49日は、亡くなった人を悼む儀式ではなく、人が亡くなったことを認識する儀式。この儀式によって死んだことを確認し、記憶から死んだ人の影が薄くなってゆきます。」

 なるほど、葬式は生き残った人のこれから生きて行くための儀式なのか。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 06:44 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

青木祐子   「これは経費で落ちません3」(集英社オレンジ文庫)

 シリーズ第3弾。今回も主人公経理部員、森若沙名子の周辺で起こるトラブル短編集。
「困ったなあー。仕事もらえるなら、貸してあげてもいいけど?」が印象に残った。

総務部の由香利から、ファックスのリース契約の伝票が森若のところにあがってくる。
今時ファックスなんてと思う。しかし、森若の会社は、地方の小さな個人商店との取引があり、そこでは未だに取引のやりとりにファックスが使われていて、ファックスも必要かと判断する。しかし、その取引先が過去のリース会社と全く違う新規の会社。

 森若は由香利にどんな会社か、説明を求める。事務用品や事務用機器はたいてい部門では女性の担当者が管理していて、彼女らが上げる伝票はいちいちその上司はチェックせずめくら印が多く、業者から機器選定まで担当者が行うのが普通。
 森若の問いに、由香里が答える。特に問題ないと森若は承認して伝票を上司にまわす。

ところが驚くことに、翌日由香利は、以前から取引している業者に切り替えた伝票をあげてくる。
 そして、さらに驚くのだが、当初の伝票にあった新規取引先「株サウス&スター」の女性の三並社長が森若に面会にくる。

 三並は突然取引をやめたことに怒る。そして、由香里にたびたびお金を貸して、返金が滞こおっている。新規契約してくれるのなら、返金はしなくてよいという条件でリース契約をしてもらったと言う。

 森若はおかしな話だと思う。由香利は財形も100万円しているし、そんなにお金に困っているようには見えない。

 そこで由香利を呼んで話を聞く。

由香利は三並社長とは、三並の会社が実施している婚活パーティで知り合い懇意になった。
で、三並に強く依頼され、たびたびお金を三並に貸したが一向に返してもらえない。返金を何回もしてくれるよう話していると、どうしてかわからないのだが、段々自分が悪いことをしているような雰囲気になり、自分が借金しているような錯覚になってしまう。それで、新規契約を約束してしまったと。

 すごい社長だ。世の中にはびこっている詐欺も、自分はだまされないと思って対応していても、しらないうちに詐欺にひっかかってしまうようになってしまうことが多いのだろう。

 いったい三並社長はどんな口八丁手八丁で由香利を騙したのか、明らかにして欲しかった。そこが描かれていないのが、ちょっと残念。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 06:02 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

青木祐子  「これは経費で落ちません!8」(集英社オレンジ文庫)

会社のトラブル短編作品集。
その中の「なしくずしに宿泊所代わりにされてたまるか!」を紹介する。

 出張費用の不正取得の問題である。

主人公森若沙名子が勤める「天天コーポレーション」の出張手当は社内規定で次のように決まっている。
 日当2500円/日、宿泊費10000円/日、交通費実費、新幹線切符支給。

天天コーポレーションは主力工場が静岡にあり、静岡への、または静岡からの出張が頻繁にある。

 製造部静岡に転勤になった槙野は、家が東京にあり、静岡に単身赴任していた。そしてしばしば本社打ち合わせのために、東京に出張していた。

 森若が出張伝票を調べると、おかしな伝票がたくさんでてきた。

金曜日日帰り出張して、また週明け月曜日日帰り出張をしている。あるいは、ゴールデンウィーク、連休一日前と、連休明けの日に日帰り出張をしている。

 どうみても、出張した日は東京の家に宿泊、そのまま、土日あけまで家にとどまり、月曜に静岡へ帰る。また連休前日に東京宿泊、連休明けに静岡に帰る。そして東京-静岡間の余ったチケットは金券ショップで買い取ってもらい、お金を着服しているのではないか。

 また、天天コーポレーションでは月40000円の単身赴任手当が支給される。これは、月に2回、自宅と勤務地の往復交通費を想定しての手当である。

 だから、出張を利用して、自宅に帰れば、丸々40000円が浮くということになる。しかも、宿泊費は自宅に泊まれば、これは違反ではないが10000円がまるまる手にはいる。

 この作品では、森若が槙野と面談して問い詰めるが、槙野は不正を行うような社員ではなく、実際に全部の出張が日帰りしていたことがわかる。

 こんなことを書いてはいけないように思うが、出張費を浮かすのは社員の楽しみ。そこまで目くじらたてるとは、少し切なくなった。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<



 

| 古本読書日記 | 06:08 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

青木祐子   「八番館の探偵貴族」(コバルト文庫)

 舞台はビクトリア時代の英国、主人公は少し勝気で元気な少女マイア。使用人として働いていた貴族の息子と恋仲になったが、息子が別の貴族の娘と恋仲になり、マイアは使用人を馘になる。

 職を探して新聞を見ていると、一風変わったクレセント私設事務所の求人広告が目にとまる。
「特殊業務。髪は茶色。眼は黒。給料週3ポンド、特殊業務に成功した場合5ポンド上乗せ」
この面接に応募すると即採用される。

特殊業務は、私設事務所長レヴィンと一緒に、エリノア・バークレイという貴族のお嬢さんに扮して、ウォートン家のジャンが主宰する舞踏会に出席するということ。

 実は、バークレイ家は貴族で、ウォートン家は富豪なのだが貴族ではない。
バークレイ家とウォートン家は隣同士で家が接近している。そして、エリノアの父バークレイ氏は自殺で死亡している。しかしエリノアは自殺ではなく、父は殺害されたと思っている。

 物語は、レヴィンとエリノアに扮した少女マイアが、バークレイ氏の死の真相を追求する、ミステリーとなっている。
 かなり早い段階で犯人は明らかにされる。

 古くから使われているトリック。実は、殺しの場面は目撃されていた。それは本棚の背板を取り外していて、そこから殺人が目撃されていた。いいなあこのありふれたトリック、ライトノベルだ。思わず笑みがこぼれた。

 それから物語では、主人公を初め、何人もの女性が変装して別人になる。そこも少女漫画を彷彿とさせ楽しい。

 レヴィンとマイアが、犯人を追い詰める。それを犯人が抵抗する。そこが読みどころ。しかし物語の調べは一貫して明るく楽しい。これぞライトノベル。最後まで心がはずみながら 読ませてもらった。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 06:25 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

青木祐子  「これは経費で落ちません!2」(集英社オレンジ文庫)

 シリーズ2作目。主人公経理部森若沙名子に関連して起きる問題めぐり、その対応を作品にした短編集。

 このシリーズ現在10冊まで刊行されている。バラバラに今まで読んできたが、1作目から連続している物語になっていて、順番に読んだほうがよかったみたいだ。

 この短編集で、「これは本当に経費で落ちません!」が印象に残った。

会社時代、会社は小さい業界に属した企業で、別の企業の同じ部門の人と、定期的に情報交換のためとして打ち合わせをしていた。

 ところが、ある時から、会は開けなくなった。相手の企業の人が会に参加できなくなったからだ。

 その人は、取引先企業から、値引きをさせ、その値引き分をリベートとして、自分の口座に振り込ませていた。このことが取引先が告発で暴露してしまい、懲戒解雇になったのだ。驚いた。自分も気をつけねばならないと気持ちを引き締めたことを思い出す。

 作品では、森若が、製造部の熊井が仮払い伝票を頻繁に繰り返していることを調査で知る。
ただ、仮払いした現金は、少し時間はかかってはいたが、全額熊井から入金され最終的には辻褄はあっていた。

 しかし、これは不自然と思った森若が、熊井と面談して、どうして仮払いを繰り返すのか問いただす。何か、生活が苦しくなり、仮払いをしたお金で借金を返済。そして給料などの収入があった時、会社に入金をする、自転車操業をしているのでは?と。しかし、熊井はそれはないと否定。全額結果的には会社にお金はもどっているので、上司から叱責はあるがそれ以上の追求はないだろうと思い、森若はそれ以上の追求はやめる。

 経理部には、森若よりベテランの勇太郎がいた。勇太郎は森若に、取引業者と契約が変わったときは、不正が起こりやすいから念入りに伝票をチェックするようにと言われていた。

 ある時、取引業者の売値が6%上がった。しかし、製造部に確認すると、仕入れ値は3%しか上がっていないと回答がある。

 それで取引業者に確認すると、見かけ上6%の値上げをしたが、そのうち3%はリベートとして、熊井の指定する口座に振り込んでいるとの回答があった。

 完全に業務上横領で、犯罪である。

 このような不正は、贅沢な生活や賭け事で借金がかさみ、その返済に使うために行われる場合が多い。私の会社の他社の同業の人は、驚くことに、リベート着服を取引業者から提案されたと後に知った。

 東京オリンピックでも個人の懐にお金がはいっているのではと作品を読んで思ってしまった。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 09:18 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

原田ひ香   「東京ロンダリング」(集英社文庫)

 主人公は内田りさ子。親のつながりで大会社の社長の息子、池内泰弘と結婚。成城の豪邸で専業主婦の生活となる。

 泰弘のアドバイスで、カルチャーセンターで受講を始める。そこで知り合った菅という男性とホテルに誘われ抱かれる。この逢瀬を泰弘に証拠写真とともに責め立てられ、りさ子は
泰弘と離婚。冷たい世間に放り出される。

 そして、住む場所を探しているうちに、相場不動産にたどりつく。そこで、とんでもない提案を受ける。部屋を斡旋するが、住む期間は1か月。1か月が過ぎるとまた別の部屋を紹介する。

 そしてその間、部屋代はずっと0円。その上に1日5000円の日当をつけると。
実は、賃貸住宅というのは、前の住人が、自殺などで変死した場合、法律で、次の住人には契約時、その事故を告げることが義務つけられている。

 そんなことを事前に告知すると、その部屋を借りる人はいなくなるか、家賃は極端に安くしなければならなくなり大家は損害を被ることになる。

 この法律は不思議で、あくまで事故が起きたのは直前の住人までで、それ以前になると、大家は事故物件であることを告げる必要が無くなる。

 それで1か月でいいから、バイトとして住んでくれる人を探し、雇う。そうすると、その後の入居者には事故物件であることを告げる必要が無くなり、以前の家賃で新たな入居者と契約ができる。

 このバイトは誰でもできるわけではない。
まず、前の住人が変死したような部屋を怖がる人は、当然として、社交的、活動的で友人がたくさんいる人は、だめ。バイトの内容をしゃべったり、同じアパートの住人と交流をして1か月で消えると、住人が怪しむ。だから孤独でひっそり住むことを望む人でなければならない。りさ子はそんな条件にうってつけな女性だった。

 しかしりさ子は、いつも部屋に閉じこもってばかりの生活には耐えられなくなる。そして徐々に活動を開始し、外で食堂のバイトをするようになる。

 事故はアパートや通常の賃貸マンションだけで起きるとは限らない。
東京の中心、丸の内に建設された、複合施設つきタワーマンションで売れっ子女優が自殺
する。その部屋にバイトでりさ子が入居する。

 家賃105万円、コンシェルジェ付きの超高級マンション。そこでりさ子はとんでもないことをして、闇バイトを脱却して、人々が暮らす社会に飛び出してゆく。

 原田さんの物語は、いつもテーマが斬新で、質も高く感心する。何だか、世間お騒がせをテーマとする作家に分類されているのが非常に残念。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<


| 古本読書日記 | 05:59 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

青木祐子   「これは経費で落ちません5」(集英社オレンジ文庫)

 企業小説というのは幹部の不正、社内の抗争など社長を含めた経営陣、それに連なる幹部の物語が殆どなのだが、会社は経営者、幹部だけが存在しているのではなく、多くの一般社員も存在している。

 青木さんのこのシリーズは、20代から30代前半の一般社員を扱う。それが実にリアルでよく描けている。

 シリーズ5冊目の本書は、そんな社員のトラブルを短編にして描く。その中で「中島希梨香 それでもあたしは男っぽい女」がよく書けている。

 主人公中島希梨香は営業部企画課に所属している。会社「天天コーポレーション」の新しい入浴剤のパッケージをデザイン会社に依頼。そこで上がってきたデザインをこれでOKと社内承認前に、同じ企画課の馬垣がデザイン会社にOKをだす。

 ところがその後社内でそのデザインが否定され、新たにデザインをだしてもらうことを依頼することになる。

 馬垣は、社内で評判のダメ社員。単独で、取引会社に発注したり、嘘を平気でつく。それが問題となり相手に謝罪するときは、決まって体調不調となり休暇でいつも不在。

 それで、仕方なく希梨香がデザイン会社に謝罪にでかけ、馬垣に変わって再度デザインをお願いする。
 そしてデザイン会社の優れたパッケージと宣伝文句により商品が売れる。

すると馬垣が、デザイン会社にお礼を言いに行く、という。希梨香が自分がメールしておくから、訪問はやめてくれと言う。しかし馬垣は、行先を目黒方面とだけ書き、勝手にデザイン会社を訪問する。
 その時、調子こいて、次の企画が決まっていて、それもそのデザイン会社にお願いすると口走る。

 それで、尻ぬぐいで、希梨香がまだ何も決定してないことを謝罪しながらデザイン会社に伝える。デザイン会社は、もう馬垣を来させないでくれと要望がある。

 しばらくして、次の企画が決まる。すると課長が今度の企画は馬垣と同僚の仙田で進めるように指示をだす。
 完全に希梨香はプッツンする。以前の企画は私が全部行ったと。何でダメな馬垣が企画を実行し自分ははずれるのかと。課長はそれもそうだと、馬垣、仙田、希梨香の3人で推進するようにと言う。それはおかしいと希梨香は課長にかみつく。

 するとダメ課長がいいそうなことを希梨香に言う。
「仕事は一人でするもんじゃない。チームで協力してやるものだ。」と。
希梨香は腸が煮えくりかえる。しばらくすると、課長から企画稟議が上がってきてないが、すぐに作成しろと指示がでる。

 こんな時、馬垣は腹痛でまた休んでいる。希梨香はしかたなく稟議書作成のためPCにむかう。

 正直、私はもっと希梨香に抵抗してほしかった。でもこんな風景は、会社ではよくあること。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 05:58 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

青木祐子  「上海恋茶館 アールグレイは琥珀のくちづけ」(コバルト文庫)

 今まで、殆どライトノベルは読んだことはなかった。それでライトノベル界の大御所冲方丁の作品を集中して読んでみた。歴史小説は素晴らしいと思ったのだが、その他の小説は、年寄りが読むには壁が高すぎて、とてもついていけなかった。

 それで、ライトノベルというのはどれもこんなに敷居が高いものかと思い、もう少し身近なライトノベル作家の作品を読んでみようかと思い、面白い作品を創っている青木祐子さんの作品を手にとってみた。

 びっくりしたのは、青木さんものすごい量の本を出版していること。今回紹介する本が出版されたのは2012年。それまでにコバルト文庫だけで42冊の本を出版していた。

 紹介した作品の時代は明治の終わりころか大正の初め。主人公は楠木龍之介。どことなく芥川龍之介を彷彿させる。

 豪商の娘リリアン・ミルドレッドのもとに、亡くなったと思われていた父ロバートから木箱が届く。

 この中身が、ホールリーフの高級な紅茶と白い芥子の花。この木箱を運んだ船は航海中積み荷盗難が頻繁に起きていた。
 そのことを示すように、リリアンのもとに、怪しげな人々がそれからやってくるようになる。この怪しげな人々の謎に挑戦するのが龍之介。
 ミステリー作品の雰囲気。しかし、正直その謎解明はありきたりの内容。
 作品では、リリアの他にフェイ、メンファなど魅力的女性が登場する。そして、龍之介とリリアは互いに想っている雰囲気。

リリアと龍之介の恋の行方はどうなるかが、もうひとつの物語の底流に流れている。
 だからリリアが魅力的かというとそうでもない。リリア頻繁に登場するが、いつも紅茶を振る舞う場面ばかり。まったく魅力が感じられない。

 挿絵が多く差しはさまれていて、リリアの瞳はいつも星が光り、胸キュン状態。
私も挿絵をみて胸キュンにならなければいけないのかと困りはてた作品だった。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 06:11 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

冲方丁  「公式読本 冲方丁」(宝島社文庫)

 冲方自身、及び、書評家や研究家が冲方作品について語り、書き尽くした冲方の全てを圧縮した作品。

 デビュー作品「黒い季節」、本屋大賞を受賞し、出版界から絶賛をあびた「マルドゥック」シリーズまでの、冲方の世界観には殆どついていけなかったが、その後の作品は懸命に読みこなすうちに何とかついていけた。しかしその後の「シュピゲール」シリーズから、ついてゆくのが本当に苦しくなった。それは、冲方が発見した独特の文体、クランチ文体で書かれているからだ。

 この文体では、/ = +などの記号をふんだんに使う。さらに冲方が創った造語を使いさらにそれに英語やドイツ語などのルビをふる。そのルビの文字の大きさが虫眼鏡を通して見ないととても読めない小ささ、そして、いちいちその冲方造語がどんな意味なのか、自分なりに解釈して読み進まないと、何が書いているのか、わからなくなる。

 極めつけが2000年に刊行された「ばいばい、アース」。書評家だと思うが、前島という人が書いている。
「断言するが、本書は冲方作品の中では最も取っ付きにくい小説である。ページを開けると、月瞳族(キャッツアイ)、水煤花(さかな)、飢餓同盟(タルトタタン)(カッコ内は振られているルビ)など独自用語の洪水が押し寄せてくる。」
 舞台が完全な異世界で、独自用語の洪水。とても小説だとは思えない。
この、とんでもない荒々しい障害を何とかこえて「天地明察」「光圀伝」の歴史小説に到達する。

 この作品について、作者冲方が語る。
「今までのコントロールした文体から、そのコントロールを取り去って素のままの文章を書いてみようと仕上げたのが『天地明察』でした。最も書きやすい文体と言い換えてもいいですね。これは表現したいことをそのまま正直に伝える文章です。」

  そうそう、これこそ普通の文章。今後はこれでいってほしいなと思っていると更に冲方は、この文体は30代の読者を対象にした文体と言う。いったい今までの作品は何歳の人を対象にした作品だったのかと思うと同時に、70歳を超えた人は冲方作品は読んでいけないのかとガックリ。

 冲方作品はライトノベルと謂われている。でも私にはとんでもなく重いヘビーノベルだった。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 06:05 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

青木祐子   「これは経費で落ちません!7」(集英社オレンジ文庫)

 主人公は森若沙名子、石鹸製造販売の中堅企業「天天コーポレーション」の経理室社員。作品はシリーズになっていて、すでに10冊の本が出版されている。
 沙名子には、営業部に所属している山田太陽という恋人がいる。

会社生活をしていると、部下に異動の辞令を手渡さねばならないことがしばしばある。この異動が、移る部門から請われている場合は、異動する当人も異動の背景がわかっているから、言い渡すことに問題はないが、業務評価が低くて、仕方なく異動をしてもらわなければならない場合も多い。

 そんな時でも、異動の背景を糊塗して、次の職場が重要な職場で君なら大いに活躍できるということを説明して、きちんと動機つけをして辞令を渡さねばならない。
 これは結構難しくて、いつも苦慮する。

山田太陽が、大阪営業所業に異動することになる。今までのように、沙名子と頻繁にデートもできなくなり、完全に遠距離恋愛になる。こんなことになるなら、早く太陽からプロポーズして欲しかったと沙名子は思う。まあ、かくいう沙名子も独立心が旺盛で、回転ではなく、普通のすし屋に1人で寿司を食べに行くこともしばしば。

 太陽が大阪転勤になったことを報告したとき、沙名子が言う。
「太陽はそれでいいの?」
太陽が答える。
「いいっていうかな!同じことばかりしているのも視野が狭くなりそうじゃん。うちは大阪営業所は販路が違うんだよ。合併もあるし、これから海外進出の話もあるし、会社も変わっていくだろ。こういうときに部長が、ほかの人じゃなくて俺に行けっていうのも意味があると思って。ほら俺、永遠の次期エースだから。」

 部長が辞令を渡すときに言った言葉がありありと目に浮かぶ。
しかし、太陽は異動を前向きにとらえようとしている。きっといい転勤になると思う。

 シリーズでは、中々前に進まない、沙名子と太陽のいじいじした恋も読みどころ。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<


| 古本読書日記 | 08:25 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

冲方丁    「天地明察」(下)(角川文庫)

  主人公渋川春海、地図作成の調査から江戸に帰ってくる。渋川春海が、大老酒井忠清と囲碁の対局をしている時、忠清より

 「現在使用している暦である宣明暦は今でも通用するものか。」と聞かれる。
 「平安時代には通用するかもしれないが、今では通用しません。」

宣明暦は、江戸時代からみると800年前に創られた暦。この暦に従うと、1年は365..2446日で100年で0.24日長い、800年で2日ほど早く1年が終わる。つまり冬至は実際には2日前に過ぎているということになる。

 800年で2日くらい誤差の範囲で問題ないのではと、思うのだが、現実には困る。

例えば、農民が種まきを開始したり収穫を始める日は毎年決まっている。更に多くの祭祀を行う日も決まっている。そして、日には大安とか凶などが割り振られている。これが2日ずれているということは、人々の営みにとって致命的な問題になる。

 それで、渋川春海は、月と地球と太陽の位置の変化を調査して、新たに授時歴を作り上げる。この授時歴の元は当時の算術家の大家関孝和が基礎を創っている。

 そして授時暦と宣明暦と中国で使われている大統暦で日食の日を当てる実験をする。
授時暦と大統暦はわずかな時間ではあったが、言い当てた日に日食が発生したが、宣明暦では発生しなかった。
  これで授時暦採用の気運は高まる。

ところが、暦を決めている朝廷で、再度、日食の日の確認を行う。すると、宣明暦は当然として、授時暦でも指定した日に日食は起こらなかった。これで一気に改暦の気運は萎む。

 どうして計算通りの日に日食は起こらなかったのか。これに関がヒントを与える。
実は、地球は春分の日から秋分の日までは太陽の周りを178日間と20時間で回る。ところが秋分の日から春分の日までは186日と10時間かかる。

 つまり、地球は太陽の周りを丸い円で周回しているのではなく、楕円形で周回しているのである。

 この発見が物語のハイライト。読んでいて興奮が収まらない。ここから一気に改暦に渋川春海はかけあがる。
内容も文章もわかりやすく、構成も見事で、冲方に完全に魅了された。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 06:28 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

冲方丁    「天地明察」(上)(角川文庫)

70歳すぎの老人には、最も距離が遠く、読んでもついていけない、ベストセラー作家冲方丁。苦闘につぐ苦闘をくりかえしながら、やっと冲方の本屋大賞受賞作で直木賞候補作にもなった代表作品「天地明察」にたどりといた。

 この作品も、アニメ、ゲーム対応のファンタンジー作品だったらどうしようとこわごわ手に取った。

 主人公は、2代目安井算哲、別名渋川春海。こんなのがあったのかと驚いたが、彼は碁打ち衆に所属、江戸城に登城して、将軍と碁を打ったり、指導したりする。

 この小説で知ったのだが、囲碁では本因坊というのが有名だが、本因坊も碁打ち衆に所属していて、本因坊家という一族なのである。

 高校の時、文系、理系と別れるが、数学が大好き、得意という理系の人達の頭脳はどんな回路になっているのか不思議で、とても同じ人間とは思えなかった。

 それで、数学に打ちのめされた人達は、数学なんて、社会人になって、何も役立たないとうそぶく。

 しかし、数学は社会の中では、有用な学問だ。
この物語で、数学、この時代では算術で類まれな能力を持つ、渋川春海は幕府の命令で、天文学者とともに、地図の作成のため、日本全国調査を行う。

 この調査、地図作成には北極出地という、真北に輝く北極星から調査地の場所を正確に測定する。
 その時、調査で取得したデータを使って場所の位置を正確に割り出すために数学が必要となる。

  まさに天の星をもって、地を測る。ここに数学が力を発揮するのである。

歴史小説は、作家が読者を上から目線で、論じる場合が多く、時々辟易することがある。
冲方のこの作品は、そういう雰囲気が殆どなく、気楽に読める。それでいて、大切な所はちゃんと抑えている。こういう歴史小説は貴重だ。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<


| 古本読書日記 | 06:09 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

植松三十里   「帝国ホテル建築物語」(PHP文芸文庫)

 以前家族で愛知にある「明治村」に行った。そこに、様式保存がしてある、帝国ホテルライト館の玄関口を見学した。不思議な気がした。帝国ホテルに近い、東京駅は日本人の建築家辰野金吾が設計したのだが、完全な西洋式建築。帝国ホテルライト館はアメリカの大建築家フランク・フロイド・ライトの設計なのに、外観もフロントも和風建築の装いがふんだんに取り入れられている。

 この物語は、かってあった帝国ホテルライト館の建設から完成、それから明治村に移設までを扱っている。

 このライト館建設策定には、大倉財閥の富豪大倉喜八郎と渋沢栄一が関わっている。そして喜八郎の引きで、ニューヨークの骨董商山中商会の支店で支店長をしていた林愛作が帝国ホテルの支配人になり、建設を推進する。この時、林は世界3代建築家と謂われていたアメリカ人のフランク・フロイド・ライトを設計者として任命、日本に引っ張ってくる。

 建設には大きな困難がいくつもあったが、面白いと思った出来事を2つ紹介する。
ライトは東京駅は赤レンガだが帝国ホテルには黄色いレンガを使いたいと言う。しかし黄色いレンガなど誰もしらない。そんなレンガはあるかと探してみると、愛知県の常滑に黄色いレンガを造る久田という職人がいることを知る。彼のレンガをライトに見せるとこれでよいという了解がでて、早速久田と購入契約を結ぶが、この久田がとんでもない男で、契約金を賭博や遊興につかい、煉瓦の生産ができない。

 それで、久田の窯をもう一人の職人伊奈長三郎にみせ、黄色い煉瓦の生産ができないか挑戦させる。伊奈は苦労をするが、何とか黄色い煉瓦造りに成功する。
調べてはないが、この長三郎、有名な陶器メーカーINAXの創始者だろうと思う。

 それから、帝国ホテルの辺りはかっては海であり埋め立てでできた土地。だから基礎の杭を18Mまで埋めてもまだ粘土層で基礎にならない。

 実は、ライトの生まれはシカゴ、五大湖が近くかっては沼地が殆ど。そこでライトが呼んだ、建築士のミュラーが浮き基礎というシカゴで行っている方法を使うという。

 これは、4-5Mの杭を、60㎝間隔で100本打ち込む。打ち込むと同時にセメントを流し固める浮き基礎という方法。これでは、地震の多発する日本では耐えられないと日本人スタッフは主張するが、ライト、ミュラーは頑として受け付けない。

 帝国ホテルライト館は完成時、関東大震災があり、多くの建物が倒壊したが、ホテルは全く揺らがず、浮き基礎の採用が正しかったのを証明した。

 帝国ホテル社長というと犬丸鐵三、犬丸一郎を思い出す。林愛作は、支配人時代に新館が火災になり、宿泊客に犠牲者がでて、帝国ホテルから追われた。その後支配人が犬丸一族になったことを。この物語で初めて知った。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 06:05 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

桜木柴乃   「それを愛とは呼ばず」(幻冬舎文庫)

 主人公亨介は54歳、新潟の地場会社「いざわコーポレーション」の社長伊沢章子の夫で副社長として章子を支えていた。ところが、章子が不慮の事故で植物人間のようになり、章子の息子により、会社を追われる。

 仕方なく東京にでて就職口を探し、不動産会社に入社。ところが、入社と同時に北海道に飛ばされ、会社がバブル時代に建設したリゾートマンションで売れ残った部屋の販売を担当させられる。

 そのマンションに行ってみると、廃墟のようなマンションで、周囲は荒れて、何もない僻地。

 東京から北海道に移動する前日、亨介は銀座のクラブ「ダイヤモンド」に行き、そこでホステス沙希に出合う。沙希は、タレントを目指して、頑張ってきたが、全く売れず、事務所をクビになったばかり。

 それで亨介を追って、廃墟マンションにやってくる。
この廃墟マンションの7階の部屋を購入した、バブルに踊りそして奈落に落とされた小木田という行き場を失った男がBMWに乗りやってくる。

 ここからが私には印象に残る。
彼の部屋には夥しい数のラブドール、私の時代ではダッチワイフと言われた人形があり、それで切なさを紛らわしていた。ここが本当に悲しい。

 その小木田を追って、春奈という子がやってくる。そして2人は小木田の部屋で心中をする。二人の遺体を発見した、亨介、警察に電話しようとすると、沙希が懸命に止める。
 そして穴を掘り、2人を埋めてあげる。

ここまで読むと、それで肝心の亨介と沙希はどうなるかが気になってくる。
 そして最後には、沙希が亨介を二酸化酸素中毒で殺害してしまう。

沙希と亨介は体の関係が全く無かった。だから、これは愛とは呼べないと沙希は言う。
 当たり前の人生のレールを踏み外し奈落の底におちた人達の生き場所のない切なさがひしひし伝わってくる作品だった。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 05:51 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

深沢七郎   「人間滅亡的人生案内」(河出文庫)

 この本は、昭和67年当時あった雑誌「話の特集」で、作家深沢七郎が担当した人生相談コーナーでの相談を収録した作品。

 当時は、安保、ベトナム戦争の時代。本が最も読まれた時代で、若者は理屈っぽくなり人生の生きる意味を夜を徹して口角泡を飛ばして議論した時代。頭でっかちの時代。

 だから人生相談という、嫁姑問題や妻子ある男性を愛して泥沼に陥ったというような一般的な相談は少なく、殆どが10代、20代からの相談というより主張や人生の目的についての議論というものが多く、とても人生相談という状態ではなくなり、69年にはこの

人生相談コーナーは無くなっている。

 本のタイトル」である「人類滅亡的人生」というのは、深沢が主張する人生の在り方を表す生き方。それに従って、深沢が実践している生き方を表した言葉である。

 深沢は、人間の生き方は、植物や動物に還らねばならないと考える。植物や動物には恋なんて感情は無いし、生きる意味や何故死ぬかなんてことは一切考えない。自然にそって流れるように生き、そして死んでゆく。
 生きる意味、目的を考えたり、好きだ嫌いだという感情を発することはすでに精神病におかされていると考える。

 高校3年のとき、キャンプに行き、そこで大好きだった同級生と結ばれた。しかし、その後彼は冷たくなり、生きることが空しくなったという相談に深沢が答える。

 「あなたが、熊の人形を買います。あなたは、自分の体の値段で熊の人形を買ったのです。それがたまたま同級生の男だった。だから、後から手紙をだしたり、電話をしても何の反応が無い。ということは、男の子が完全に熊の人形だったということです。」

 恋した男が熊の人形だったとは、切ない。

深沢は、「人類滅亡的人生」を声高に主張して、実践もしているわけだが、ひとつ隠していることがある。そんな生き方ができているのは、作家としての大きな収入があることを。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 07:23 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

山田風太郎   「南無殺生三万人」(宝島社文庫)

 山田風太郎が編んだ7編の時代小説集。
もう、この作品は山田風太郎にしか書けない小説を紹介したい。しかし、こんな小説を紹介するのはかなり勇気が必要だ。作品のタイトルは「嗚呼益荒男」。

山寺竿兵衛は銭湯が好きだった。ある日、銭湯につかっていると、男達が5組に分かれて果し合いをすると言っている。その5組それぞれにどちらが勝つか、竿兵衛がそれぞれの男根を観て、占う。そして結果を全部言い当てた。

 他にも、同じような状況で男根をみて占い、その殆どを言い当て、評判を呼び「占い竿根堂」という看板をだし、男根占いでお金を稼ぐ。

 しかし世の中それほど多くの果し合いがあるわけでなく、もっと金稼ぐためにはどうしたらいいのか、懸命に考え新たな商売を始める。

 当時は戦国時代、戦が全国でしょっちゅう行われていた。そこで人を雇い、戦場にでかけ、そこで戦死した男の男根を斬り落とし、これを高級な箱におさめ、遺族の元に持ち帰って、男根を買ってもらうのである。

 しかし、中にはそんなものいらないという妻もいる。こんな時の竿兵衛の言い草が秀逸。

 「なんじゃと?御亡夫のご遺根が欲しゅうないと?これはまた何たる御無情な!これを御覧なされ、これがあなたさまをあれだけよろこばせた御道具でござるぞ!やれ、いとしや、なつかしやと抱きしめて頬ずりでもなさるのが妻の情と申すものではござらぬか!」

 「は、はい。それはわかっておりまするが、せめて御遺骨か、御遺髪ならまだしも・・・。」

 「頭の骨や髪が何でござる? 御亡夫があなたを妻と選ばれたことに、骨や毛は何の関係もないただ、このものでござる。あなたが欲しがったのはこれでござるぞ。
 しかるにこのものを顧みられぬとは、人間の信義を裏切る大不義ですぞ!」

唖然呆然。よくもこんな発想の物語を創るとは。でも、本当に説得力がある。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<



| 古本読書日記 | 06:10 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

森晶麿  「超短編 ラブストーリー 大どんでん返し」(小学館文庫)

恋に絡んだミステリーショート集。
こういう作品は、最後の一行が決め手。この一行が卓越していないと、つまらない作品ばかりになる。
 それでこの作品集、正直どれも平凡な作品ばかりで、もう一つかなという印象。

 その中で、少し面白いかなと思った作品を紹介する。 

メグミの耳を主人公の僕は大好き。デートを重ねれば、重ねるほど、万華鏡のように変化して、完全に耳に引き付けられた。

 そして、僕たちは一緒に暮らしはじめた。そんな時、都内で耳裂きジャック事件が多発する。僕たちの部屋は駅から10分ほど。それほど遠くはないが、細い道を通るため、メグミが襲われ、あの耳を切り裂かれたらどうしようと心配になり、駅に迎えにゆくと提案するのだが、頑として必要ないとメグミは受け付けない。

 彼女は、いつも言っていた。あなたに飽きられるのが怖いと。

ある日、彼女を抱くと、彼女の耳たぶに高価なピアスが付けられていた。こんな高価なピアス、彼女が買えれるはずがない。別の男にもらったのか。そう思うと不安が襲ってくる。

 寝たふりをしていると、メグミはふとんからでて、ベッドの横の椅子に座る。ピアスと一緒に、ミミタブもとってしまう。そしてメグミは新しい耳たぶを取り出し、またピアスと一緒に耳に取り付ける。

 耳がいつも変わることが、僕を魅了させる。耳の自由な着脱。少し面白いかな。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 06:04 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

原田ひ香    「そのマンション、終の住処でいいですか?」(新潮文庫)

 最近最もベストセラーを連発している原田ひ香さん。この作品文庫化されたのがつい最近の2月1日。しかし既に3刷になっている。猛烈な勢いのある売れ行きだ。

 原田さんは、力量十分な中堅作家で、NHKラジオドラマ創作大賞やすばる文学賞を受賞している。

 いくつか原田さんの作品を読んでいるが、創作力、文章力は豊か。ところが売らんかなという出版社の姿勢か、あるいは原田さんの想いがあるのか、どの作品のタイトルもセンセーショナル、もっと物語を表す、違ったタイトルにすればいいのにといつも残念な気持ちで本を手にとる。

 この作品は、めずらしくタイトルと中身の同期がとれている。

バブル直前に赤坂駅から徒歩7分という好立地に、建築家の大家、小宮山悟朗が設計した10階建てのデザイナーズマンション「ニューテラスメタボマンション」が建てられる。

 しかし、マンションは雨水処理に対応しておらず、壁に染みができたり、さらに当時は問題になっていなかったが、アスベストを大量に使っていて、肺がんで亡くなる人もでる欠陥マンションだった。
 しかも床までゆがんでしまう部屋もでてくる。

こんな場合、今は違うかもしれないが、マンションの修理は、住人が負担して行う契約になっている。

 そこで、この深刻な問題に、どう対応するのか、住民が組合を結成し検討することになる。

 するとマンションの施工業者が、新たに立て直すことを提案。その際、現在の住人は新しいマンションに優先的にただで入居できるようにする。

 何でそんなことが可能になるか。10階建てを例えば30階建てのタワーマンションにして、新たなマンション購入者に建設費用を負担させることで、現住民は費用負担なしにする。

 一瞬なるほどと思うが、これは、空き部屋なしで、マンションが全部完売することが前提。
 バブル前は、新築マンションは全部販売することは可能だったが、不景気になるとマンションが売れなくなり、値引きせざるを得なくなる。すると空きマンションや値引き分の費用は現住人が負担することになる。

 しかもアスベスト撤去費用も現住民が、相当部分を負担。また地下の水道配管に欠陥があり、余分な費用負担がでてくる。

 住民は、ただで新しいマンションに入居ができるということで、建て替え賛成していたが、だんだん実情がわかるようになり、建て替え反対が増えて、建て替え案は立ち往生する。

 こんな住民を中心とした混乱が真に迫って描かれる。
マンション購入は、十分慎重に行わねばならない。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 06:24 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

青山七恵   「みがわり」(幻冬舎文庫)

主人公は新進作家の園州律。誕生日は円周率から3月14日。

ある日、律の大ファンという九鬼梗子という女性から、律は山で亡くなった姉百合そっくりでまさに百合そのもの、是非いくらでもお金だすから、百合の自伝小説を書いて欲しいと依頼され承諾する。

 もちろん百合については、梗子とその娘沙羅から聞き取りして、それを物語にするのが基本となるはずなのだが、律は、百合の過去を掴むために、百合と関係のあった人達を探して、彼らを取材しながら物語を作ろうとする。

 更に、律は作家は想像力が勝負。取材からだけでなく、律そのものがこうだろうと想像を膨らませ、物語にする。

 実は、梗子と百合姉妹は両親を交通事故で亡くし、2人は叔母の小宮尚子に預けられ、育てられる。この叔母尚子も、両親も亡くしていて、更に妹も亡くなっている。
 律が尚子を取材して、物語にしているうちに、梗子と尚子が重なり合い、梗子と尚子の区別が曖昧になってくる。

 また、百合は山で死んだのだが、誰とどこの山に登り、どうして亡くなったのか全くわからない。そして調査をするうちに、その後の律の想像が、だんだん百合と律の境界もあいまいになり、百合は死んでいなくて、律は百合ではないのかという思いが読んでいるとしてくる。

 更に、律は、梗子の夫、九鬼青磁と恋に陥り、更に青磁は何と、律の大親友の繭子とも関係を結ぶ。

 読んでいるうちに、律の想像により、どこまでが真実で、それぞれの登場人物が本当に存在して、それはいったい誰で、誰が死んでいて、誰が生きているのかわからなくなる。

 こんな混乱の中、読むのがいやになるかと言えば、これが不思議、青山さんの文章力が冴えわたり、どんどん楽しくなる。
 青山さんの文章マジックが冴えわたる作品だった。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<


| 古本読書日記 | 06:50 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

湊かなえ   「カケラ」(集英社文庫)

 ベストセラー「告白」から、告白スタイルを踏襲しているイヤミス作品。
この作品は、今までのスタイルとはかなり異なる。
  小説の主人公は、元ミスワールドビューティ日本代表、美貌の持ち主でテレビや出版界で活躍している美容外科医橘久乃。
 久乃は、ほぼ物語全編に登場するが、殆ど主体的な言動はしない。久乃は、小学校の同級生横網八重子の娘有羽が、八重子が揚げた大量のドーナツに囲まれて死ぬ。何故有羽は死なねばならなかったのか、久乃が八重子、有羽と関わり合った人達に取材して行く形で、真相を暴いてゆく。

 ということは、それぞれ関わり合った人達の告白を久乃が聞くというスタイルで物語が進行する。だから、物語の舞台には久乃は常に存在しているが、その姿は消えている。

 間違っているかもしれないが、人間の言葉は初め、本能から発する感情から生まれ、それが人間の根底に横たわっているように思う。冷たい、熱い、きれい、きたない、美しい、醜いなど。その後から、思考が始まり、考えをベースにした言葉が生まれたと思う。

 だから、人間は、他人を見た場合、好き、嫌いを相手の美醜でまず決める。人間は見た目じゃないというのは、後付けでできたことで、本能としての美醜がまず関係を決める。

 美男子、イケメン、背が高い。美人、可愛い、スタイルがいい。デブ、チビ、ハゲ、ブス、これで好き嫌いの判断が決まるのは辛いものでもある。

 久乃が言う。
「生命に関わる大病に冒されている人を救う行為も尊いけれど、それは男性の医者でもできる。それこそ、外見なんて関係ない。それよりも、私だからこそ救えるひとたちがいるのではないだろうか。
 この世の中が外見の美しい人に優しいのなら、皆きれいになればいい。むしろ、それをためらう理由がわからない。医学の力でできることを、どうして拒否する必要があるだろう。」

 物語では、醜くても、人生の幸せとは関係ないと主張、告白している人が多く登場する。しかし、どうにもその告白が無理をしているように感じてしまう。

 まあ、見た目の美醜なんて、60歳を過ぎれば殆どの人には関係ないことになるのだけれど。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 06:34 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

柚月裕子   「暴虐の牙」(下)(角川文庫)

 新入社員のころ、同じ部署に海外駐在を長い間経験した人がいた。当時は、海外進出黎明期で、今のように、定期異動で交代するという慣習がなく、最初に海外に勤める人は決死隊の雰囲気があり、一旦海外赴任となると開拓者として、10年、20年勤める人が普通だった。

 同じ部署の先輩も、フィリピンに赴任して15年以上現地に駐在した。
赴任したときは、まだ新幹線は無く、帰国して新幹線が利用できるようになっていて驚愕したと言っていた。

 新幹線ができる前は、大阪への出張は宿泊することが一般的。しかし、帰国した時は、日帰りが当たり前になっていた。

 この物語の時代、昭和57年当時、暴力団最後の絶頂時。私の住んでいる街でも、暴力団員は肩に風をきって、夜の街を闊歩していた。

 そんな時、愚連隊だった沖、三島、重田の3人が核となって組織していた「呉寅会」は、暴力団との抗争で多くのグループ員が殺され、厳しい状況に陥っていた。

 そこで、大戦争を行うべき、武器をたくさん集めて、隠れ家にグループ員を集めて、決戦に備えていた。
 しかし、その決戦計画が暴対刑事の大上に漏れていて、決戦前に隠れ家に入られ、全員が捕まる。そしてリーダーである沖は、20年の懲役刑を食らう。その間、沖は誰が警察にリークしたのか、出所したら、そいつを捕まえて殺してやるという一念で、出所を待つ。

 しかし、20年は長かった。その間社会は大きく変化していた。

暴対法が成立施行していて、暴力団が活動できる範囲は、殆ど無くなり、多くの暴力団は解散し、社会から消えていた。
 それから、スマホが登場。一般的だった固定電話は姿を消し、電話だけでなく、他の全ての情報や、メールがスマホで行えるようになっていた。
 しかし、出所した沖は、そんな変化が飲み込めず、暴力団への復讐に執念を燃やす。それが、切ない最後を迎えることになる。

 柚月さんが、うまいなと思うのが、何か大きな出来事が起きたとき、その事件が起こる背景、例えば、沖の困窮、壊れた家庭や、沖、三島、重田の少年時代の学校から排除された経験を詳細にさしはさむところ。

 これを、時系列に描くと、その描写と現在起きている事件が結びつかなくて、思い出すために何回もずっと前のページを遡る。鬱陶しいことこの上ない。事件と密接にその原因を描く。臨場感が溢れる。本当にうまい。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 06:21 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

柚月裕子    「暴虐の牙」(上)(角川文庫)

 大ベストセラーとなった柚月の代表作品「孤狼の血」シリーズの完結作。
完結品なのだが、物語の始まりは「孤狼の血」より以前で、終わりは平成16年となっていて、長い期間を扱っている。

 物語の舞台は、広島市と呉原市(広島市の隣架空の市)。
ここで、暴虐の限りを尽くし、地域の暴力団以上に力を持ち、暴力団を傘下におさめようとしている、半グレ、悪ガキの組織「呉寅会」が物語のメイン。

 この組織の中心メンバーは、幼馴染の沖虎彦、三島孝康、重田元の三人。この3人が主人公。

 この抗争の取り締まりを担当するのが、マル暴対策デカの大上。

大上の造型が上手い。マル暴の担当は、出世などに関心なく、行動も一匹狼で、アウトロー的雰囲気は、どの作品でも共通していて、更に暴力団から甘い汁を吸っていて、享楽的生活を暴力団に支えられながら送っている。ところが大上は、暴力団に癒着せずきちんと距離をおいて、接している。

 こんなことを書くと、フェミニズム運動を行っている人達から罵声を浴びると思うが、柚月さんは、これが女性作家かと思えるほどの強烈な描写が特徴。

 主人公の沖の子供時代の父親勝三のDVぶりは読むにたえられないほど凄まじい。ここまで書くか。しかし、それが筋金いりの悪人になっていることへ十二分の納得感を与える。

 パチンコ屋で、仲間の重田元が襲われ、重傷を負って、沖がいた飲み屋になだれこんでくる。
その飲み屋で手近にあった包丁を沖が握って、パチンコ屋に行こうとする。

その時、飲み屋のおばちゃんが言う。
「いけん、いけん!ちいと待ちなさい。」
カウンターにでてきたおばちゃんの手には出刃包丁が握られていた。
「そっちはなまくらになっちょる。こっちは研いだばっかりじゃけ、これを持っていきんさい。」

 すごいよ。並みの作家では、こうは書けない。柚月さんの才能は非凡だ。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 06:01 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

彩瀬まる   「さいはての家」(集英社文庫)

この物語の舞台は、築40数年になる、古ぼけた平屋の貸住宅。
ゴキブリなど当たり前にいるし、鼠も蛇もいる。他にも得体のしれない生きものがバンバンいそうな住宅。

 こんな家にやってきて住む人は、わけありの人ばかり。
年上の妻子がいる男と駆け落ちしてきた女性、殺人をして逃げている元やくざ、信者の娘の遺体を遺棄した新興宗教の女教祖、人が羨む縁談を捨てた姉とその妹、単身赴任をきっかけにして、安寧を欲する、妻と息子を捨てたサラリーマン。

 こんな人達、このボロ家を追い出されたら、もう死ぬしかないまでに追い詰められている。そんな追い込まれた人達のこの貸家で起こる、怪奇的現象や、ドタバタの出来事を作品は短編形式で綴る。

 彩瀬さん、こんな傷ついた人達、確かに辛い、怖い場面が連続させるのだが、何とかすべての人達を懸命に貸家をでていくことを思いとどまらせている。そして、このボロ家から気をとりなおして、新たに生きて行こうと決意させる雰囲気を最後に醸し出す。

 それは、暗く湿った家の外には荒れてはいるが、たくさんの花々やハーブが光あふれる庭が希望としてあるから。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 06:17 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

住野よる  「麦本三歩の好きなもの第2集」(幻冬舎文庫)

 主人公の麦本三歩は、大学の図書館に勤めていて、3年になる。そこに初めて後輩となる新人女性が入ってくる。その後輩を含め、怖い、優しい先輩との交流によって引き起こされる出来事を短編形式で描いた作品集。

 こういう作品で思い出すのは、益田ミリさんの漫画。たしか主人公は独身OLのスーちゃんだと思うが、益田さんの作品に比し、主人公の三歩を住野さんは、かなり変わっている女性として描くが、中味は正直平凡で、圧倒的に益田さんのスーちゃんのほうがユニークで面白い。

 それに漫画のほうが描きやすいことも有利になる。一コマで、できごとを生き生き描くことができるが、その一コマを文章で描くと、多くの字数を要し、間延びしてインパクトが小さくなる。

 その中で、おおここは面白い。さすが住野だと思わせたところを紹介する。
主人公の三歩が、お婆さんが一人でやっている小さな文房具屋にゆく。そこでお婆さんに教わりながら、店に来ていた母子連れの子供と三歩が一緒に折り紙で孔雀を作る。

 その時お婆さんの手首に入れ墨が彫ってあることに、女の子が気付く。で女の子がお婆さんに言う。
「あたしにも同じ絵を描いて。」
文房具屋だから、水性ペンや絵の具などおいてあり、描いてあげようと思えば描いてあげることはできる。

 きっと描いてあげるだろうと三歩は思ったが、お婆さんの答えは全く違った。
「ごめんね、これは鉛筆やマジックで描いたものじゃないから、お婆ちゃんには描けないの。」
「誰が描いたの」
「お婆ちゃんの娘。」
「これは刺青と言ってね。かっこいいけど、消すときは病院に行かないといけないし、尖った針で描くからとっても痛いんだよ。」
「そうなんだ。じゃあ、いいや・・・・」

 隠さず、正直に幼い子に伝える。普通の発想ではあり得ない。ここをきちんと伝える住野さんの感性に感心した。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 日記 | 06:24 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

打海文三  「ドリーミング・オブ・ホーム&マザー」(光文社文庫)

  主人公の田中聡とさとうゆうは幼馴染。ゆうは、生き方が積極的で行動的。今はフリーの記者をしていて、色んな雑誌に記事を書いている。逆に聡は気後れするタイプで少し弱弱しい。大学を卒業して、ある会社に勤めるがその会社が粉飾決算で摘発され、倒産寸前にまでなり、殆ど解雇状態でやめさせられ、小さな出版社に再就職する。ここでゆうと繋がり、交流が復活する。

 聡には実は、大好きな小説家がいた。名前は小川満里花。ゆうの積極性もあり、憧れの満里花との交流が始まる。もちろんゆうも一緒に。

 この物語、聡、ゆう、満里花の三角関係をテーマで描く。
そして、物語の前半は音楽や映画を背景にして、甘いロマンスが優しい文体で描かれる。
これに驚く。打海もこんな洒落た恋の小説も書けるんだと。
打海と言えば、大藪春彦賞を受賞しているハードボイルドミステリーの得意の作家。それが恋愛小説とは。

 ところが後半、フィリピンで犬コロナウィルスが発生。たくさんの人が死んでしまう。そしてこの犬コロナウィルスが日本にも上陸、大流行となる。このコロナウィルスは犬が人間に噛みつくことによって伝染してゆく。

 犬の特徴。

 元来狼からきているから、自らの敵だと認識すると、猛烈な勢いで噛みつく。
嗅覚が人間の数億倍もあると言われる。

  それから、これがまだ解明されていないのだが、家からどんなに遠く離れても、帰趨能力が優れ、家に帰ってくる。静岡の掛川に住んでいる夫婦が飼い犬6匹を連れ、秋田に行く。その犬が秋田から逃げ出すが3か月かかって掛川の家まで帰ってくるという例がある。
だから犬については、アリバイとかこんなに離れているから、こんな所にいるはずないということが通じない。

  更に犬は、10日くらいは何も食べなくても餓死することは無い
打海はこんな犬の特徴を縦横無尽に使い、後半はハードボイルドミステリーを展開させる。

  そして、犬コロナウィルスが新宿で流行。その患者や、死者が新宿で働く外人の風俗従事者に集中する。
で、新宿で、日本人居住者が、外国人排斥の暴動を引き起こす。
こんな内容を盛込んで、後半は、乾いた文章で得意のミステリーを描く。

  面白いと思ったのが、犬コロナが流行ると、犬を飼っている人の大半が犬を手放すのだが、保健所には連れて行かず、野犬にしてしまう。保健所に連れていけば、殺処分となる。それは飼い主にとっては切ない。それで野犬にしてできる限り飼い主は犬に生きていて欲しいと願うところ。打海の面白い想像。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 05:58 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

冲方丁   「冲方丁のライトノベルの書き方講座」(宝島社文庫)

 冲方丁が描く、ライトノベル小説家になる方法を伝授。

ライトノベル小説界は、小説家になる扉は結構広く、毎年50人以上の新人作家が誕生しているそうだ。かくいう私も、毎年ライトノベルを含め何人の小説家が誕生しているのか知らない。しかし、確かに50人は多いように思う。だけど、この中で生き残れるのは数人らしい。

 冲方がこの本の読者をどの世代を対象にしたか、のっけからこんな文章が登場する。
「本書はもっぱら十代の人に読んでもらいたいなと思って書かれております。
 とはいえ、二十代や三十代の人にとっても、お役に立てれば幸いです。
 四十代や五十代の人の大半は、最初の一行で引いたのではないでしょうか。
 六十代や七十代の人となると、僕の想像が追い付きません。
 八十代や九十代ともなると逆に教えを請いたい。」

私は七十代。ということは全く対象外。読むに値しないと言われている。確かに冲方の作品を読んでそのことは痛感しているが、しかし読むに値しないとは切ない。

 この本は従来のかたぐるしい本に関する著名作家が書く講座本に比べはるかに実用的でわかりやすくできている。

 更に、ここ最近苦しみに苦しみぬいて読んだ冲方の作品「カオス レギオン」「蒼穹のファフナー」「マルドゥック スクランブル」3冊について、どのようにして作ってきたかが丁寧に書かれている。この本を読んでから、前記3冊を読めば、あんなに苦しむことは無かったのに。

 うーんと唸ったのは、何でも擬人化して、想像を膨らませようとすること。
 電車や飛行機や銃器や衣服を主人公にして書いてみる。新幹線を列車を主人公にして物語を作る。それから人間の肉体の一部、親指、右腕、鼻、髪の毛を主人公にして物語を作る。そこから想像が膨らんで、楽しく物語が創れるような気がしてくる。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<


| 古本読書日記 | 05:54 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

| PAGE-SELECT |