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2022年11月 | ARCHIVE-SELECT | 2023年01月

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窪美澄   「たおやかに輪をえがいて」(中公文庫)

 主人公の絵里子は結婚して20年、住宅ローンもほぼ完済、人生は穏やかに収束するはずだった。しかし、夫の風俗通い、娘のアルバイト先の歳の離れた店長との不倫恋、また父親の長年にわたっての不実。周囲はトラブルの続出となる。

 とにかく、どの事象も、小説のネタになるような人達のオンパレード。トラブルの百貨店のような様相で、物語は進む。

 そのなかで、異色なトラブルが出現する。絵里子の妹、芙美子の離婚。
夫の秀一郎は、絵里子からみても、穏やかで優しい人だった。長男の秀君の子育ても家事もやってくれる、子煩悩な全く欠点の無い、夫。
 絵里子が芙美子に聞く。

「芙美子はどうして離婚したの?何か大きな出来事があったの?浮気とか、借金とか、DVとか、そういうの。」
「ないない、そんなことはまったくなかったよ。」
「じゃあ、どうして」
「うん、気持ちがすっときえちゃったんだよね。」
「恋人のときは、ああ、この人と一緒にいたいなあってずっと思ってたよ。だけど、いざ結婚して、家族になったらさ、秀一郎に気持ちが向かなくなっちゃんだよ。そう思い始めたら、もう同じ家にいることが苦痛で・・・」

 この物語で他の登場人物はたくさんのトラブルを抱え、小説を盛り上げ賑わすのだが、秀一郎が登場して語られるのは、大長編のなかほんの3ページ。

 そう、世の中には、物語にもならない人が存在するのだ。くそ真面目に、家族のために奮闘しても、切り捨てられる人(男)。つまらない箸にも棒にもひっかからない男。

 テレビで見たが、年末年始、家族や親族が集まったり、仲間と遊ぶ人達が多い仲、孤独で年を超える人達がたくさんいて、その寂しさに耐えかねて、自らの命を絶つ人が増えている。そんな人をださないように、年末から1月4日まで、命の相談室が設置され、24時間体制で相談電話を受け付ける窓口があるそうだ。

 何だか、秀一郎の小説にさえも、登場できない、寂しい人生が際立った。

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原宏一   「ヤッさんV春とび娘」(双葉文庫) 

 ヤッさんシリーズも5冊目になったのか。原は私の地元の出身だから応援している。デビュー当時は、へんてこな作品が多くて、その想像力に驚き感心したのだが、アイデアが枯渇したのか、しばらくしてからは平凡な作品ばかりになってしまった。

 ヤッさんシリーズを読むと、原も落ち着くべきところに落ち着いたのかと思わせる。

主人公のヤッさんは風来坊の宿無しなのだが、料理店にとっては、大御所的存在。数々起こるトラブルを見事に解決する。この本には3作品が収録されている。

 先ごろ問題となったのが、ネットのグルメサイトで取り上げられる店の評価を、恣意的に高くしたり、低くしたりする作為。顧客の多くが、このサイトを利用して店の選択をする。この恣意的評価に、店がお金を払って、評価者が高得点をつけたり、ライバル店に対しては低い評価をつけたりさせている。

 特に、日本食は世界的ブーム。この間新聞を読んでいたら、ニューヨークの寿司店ではおまかせがチップ込みで70000円。ラーメンも4000円と書かれていた。

 そして、コロナ禍では、外国人観光客は少なくなったたが、最近はまた急激に増加してきた。お目当ては日本食。そして店選びはグルメサイト。

 それから、これもしばしばあるのだが、食材を偽る。特に海産物はまぐろやかつおなど一般的には知られているが、中には知らない食材が多い。

 この作品でも、東南アジアで獲れる、バンガシウスという雑魚を、白身魚として提供したり、ホンビノス貝を白蛤としてメニューに記載、懐石コースとして提供し、原価を低くして暴利をむさぼる店が登場する。

 そんな店に自称グルメ家として知ったかぶりして、踊らされる馬鹿が12月には闊歩する。

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| 古本読書日記 | 06:35 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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池澤夏樹  「ぼくたちが聖書について知りたかったこと」(小学館文庫)

池澤と聖書共同訳者、キリスト教の泰斗である秋吉輝雄が聖書、キリスト教の生い立ち、変遷、そして現在の日本におけるキリスト教の役割について語りつくした対談集。

 この本で今更ながら知ったのだが、池澤の父親は敬虔なクリスチャンで作家の福永武彦。そして母親の兄の次男が対談相手の秋吉輝雄。この本の対談者は従妹同士なのだ。それで池澤は聖書について詳しいのだ。

 私は、聖書については、現在まで無知状態。対談は専門的な内容で理解するには難しすぎた。

 聖書というのは、今から2500年前に、古代イスラエルの諸部族の間で語り継がれてきた物語やリストを広く集めて編集、一巻のスクロールに書き写したものを出発点にしている。

 だから最初に書かれた聖書は、すべてヘブライ語で書かれていた。ヘブライ語は過去を表す言葉が無く、さらに母音も無く子音のみで表現される。これが、ギリシャにてギリシャ語に訳され、母音つきの言語に変換された。

 ヘブライ語で神は「YHWH」と書かれる。これでは神の名は発音できない。キリスト教では神の名を発声してはいけなかったそうだ。しかしそれでは困るので原典では神をアドナイと呼ぶことに決めた。

 宗教改革の時、聖書を改めて作り直すことになり、翻訳書ではなく原典のヘブライ語にもどって作り直すことに決められた。その際訳者が、YHWHに対応する母音を間違えたために、神はエホバになってしまったらしい。

 キリスト教と源流が同じ、イスラム教やユダヤ教は食べることが禁止されている食材が多い。ひれ、うろこのあるものは食べられるが、その他の海産物は食べられない。タコやイカはだめ。ひずめが割れていて反芻する動物もだめ。

 キリストの直弟子ペトロが食事の用意をしていたとき、突然天から料理が降りてきた。
そこには禁止されている食材も入っていて、結局何でも食べてもよくなる。

 ここがユダヤ教との分かれ道になった。ユダヤ教はユダヤ人のみの宗教に限定されたが、キリスト教は、世界どこでも広められるようになった。西洋の植民地が広がった大きな一因となった。

 正直、難解だったが、非常に面白かった。

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| 古本読書日記 | 05:43 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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池澤夏樹   「終わりと始まり2.0」(朝日文庫)

 朝日新聞連載の池澤のコラム集第2弾。
この第2弾で、池澤の左翼思想は磨きがかかってくる。

現在、池澤のような考え方の持ち主は、自由、平等、民主主義を守れと声高に言うが、少なくとも、現状では、権力に対し何を言っても、その自由は保障されている。しかし、左翼的思想の人達が権力を握ったら、自分たちの思想、考えは全て正しいとして、それへの抵抗は許さないと弾圧するのではと申し訳ないが思えて仕方がない。

 恋愛小説平野啓一郎の「マチネの終わりに」を池澤は取り上げている。

この物語の最初に主人公の2人は、蒔野聡史と小峰洋子と書かれる。しかし、その紹介が済むと、蒔野聡の名前と小峰洋子の苗字がわからなくなる。

 どんな恋愛小説でも殆どそうなのだが、男性は紹介が終わると苗字で表現され、女性は名前で表現されるからである。

 昔は、万葉集、源氏物語、枕草子と女性作家が活躍した。それに阿ったのかもしれないが、紀貫之は女性になったつもりで土佐日記を書いている。しかし応仁の乱を境に女性作家は、明治維新以降になるまで、まったくと言っていいほど登場しない。

 しかし、物語や戯曲の主人公は「お軽、勘平」「小春、治兵衛」「お初、徳兵衛」のように、女性には苗字がなかったせいなのか、名前で表現する場合が殆ど。しかも女性が男性の前にくる。西洋のように「ロミオとジュリエット」という順番にはならない。
 女性が尊重されていたのである。

現在は軽々に女性を名前でしかもチャンをつけて呼んだりすると完全にセクハラになる。
私は老齢の身。段々記憶力衰えてきているため、登場人物が全部苗字で書かれたら、その人が男性だったか、女性だったかわからなくなってしまう。

 今のように女性は名前で、男性は苗字で表現を続けて欲しい。セクハラでは決してないので。

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池澤夏樹  「終わりと始まり」(朝日文庫)

朝日新聞連載のコラムを集め本にしている。
朝日新聞のコラムなのだから、池澤は公言しているが、自分は社会主義者、かなり左がかった内容が多い。

 面白いと思ったのは、EUが多くの国を集めて成立しているのは、国の大きさに、差がないからだと主張しているところ。国力が似通っていると、国家間の利害が対立しても、外交交渉で妥協点を見出すことができるからだと言う。

 これが、大国になると、交渉は成立しにくくなり、殆ど大国の横暴が押し付けられ、独立国ではなく、属国となってしまう。
 日本がアメリカの言いなりになってしまっているのが典型。

北朝鮮が成り立っているのは、大国ロシア、中国が後ろに控えているから。もし両国が控えていなかったら、北朝鮮は存在しなかったと池澤は言う。

 よく、中国やロシアとの問題は、外交の力で解決すべきという主張があるが、そもそも交渉は成り立たない。相手からは強迫、圧力しかない。ということは、中国、ロシアが圧力をかけてきたら究極的には、日本も北朝鮮もこの世からなくなるかもしれない。

 そうならないためには、中国やアメリカが幾つかの国家に分裂しなければならない。

 この池澤の本を読むと、日本が戦後、戦争に巻き込まれなかったのは、平和憲法があったから?それとも、アメリカとの安全保障条約があったから?考えこんでしまう。

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池澤夏樹    「神々の食」(文春文庫)

 池澤が沖縄に移住していた時、味わった沖縄の料理、食材について素晴らしさを描いたエッセイ。

 沖縄に行ったのは、今から50年以上前の大学の時。沖縄では泡盛をしこたま飲まされて潰れたことしか思い出さない。それで、沖縄の食については、殆ど知らないため、この本の評価は難しい。

 私は毎朝4時に起きて、犬の散歩に行く。
その途中に、朝4時なのに、明かりが灯っている店が5軒あった。ラーメン屋が2軒、それに肉屋と豆腐屋、そしてパン屋。

パン屋は犬が大好きで、店の前を通ると、店から主人がでてきて犬をあやしながら、焼き立てのロールパンを朝飯用にくれた。

 ラーメンはスープの仕込みがあるから、朝の早いのはわかるが、豆腐屋と肉屋はわからなかったがこの作品を読んでわかった。

 豆腐作りは手間がかかる。前夜から水に着けておいた大豆に少しずつ水を加えながら電動の臼ですりつぶす。できあがったら液体をジューメーとよばれる大きな鍋で少しだけ温めて泡を消す。機械で絞って呉汁とおからに分ける。その呉汁を静かに静かに1時間以上かけて熱し、沸騰寸前になったところでニガリをいれて凝固を促す。

本当に豆腐作りは大変。散歩途中の店は老人夫婦店がやっていた。完全の手作りで、重労働のため続かず、店を閉めた。

 肉は半身の状態で入荷してくる。これをいかにも切れそうな包丁で解体してゆく。それがその後3枚肉になる。沖縄流に書くとソーキになり、グーヤになり、ロースになり、骨と脂身になり積み上げられる。更に商品になるよう、細かく切る。この手間のかかる工程を毎日経て、肉は店頭に並べられる。散歩途中の肉屋はまだ元気に店を継続している。

 パン屋も消えた。ラーメン屋は健在だが朝のスープ作りはやめた。
どんどん街から、職人の店が消えてゆく。
我が家では、残った肉屋の肉は買い続ける。

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池澤夏樹   「のりものづくし」(中公文庫)

 長い人生の中、池澤が経験した乗り物について描いた体験記。

乗り物といっても、通常我々が利用する電車やバスといった一般的乗り物ばかりではない。
熱気球や、チベットでの頼れる乗馬、念願かなった南極旅行記など変わった体験記も満載。

池澤が、最初の長い汽車旅は、戦争の爪痕がまだ残っていた1951年。住んでいた帯広から新しく住む地東京までの旅。

 今なら飛行機を乗り継ぎ4時間で東京に着く。当時は飛行機は運航していない。帯広から小樽に着くまでに14時間以上かかった。そこから、青函連絡船を乗り継いで東京上野まで行く。14時50分発の青函連絡船に乗り、上野へ着くのが翌日の11時15分。帯広から上野まで35時間かかる。今は、日本から一番遠い、ブエノスアイレスまで33時間。地球の裏側まで行く以上に帯広から東京までかかった。そして当時はまだ特急はなく、急行が一番速い列車だった。

 帯広から東京までの料金は1270円。池澤は当時はまだ子供だったのでこの半分で行けた。

それと同じくらいかかったのが、1970年代に池澤が経験したスーダンのハルツームから数百キロ先のコスティーという町までの汽車旅。33時間。そこから連絡船に乗り換え、ウガンダの国境にちかいジュバという町まで行く。それより南はゆく交通機関は無かった。

 このジュバまで行く旅にはきちんとした時刻表があった。
しかしジュバに到着したのは、時刻表から3日遅れ。
公共機関交通で何も事故などトラブルが無くて、どんなに遅れても数時間が最長。

アフリカは驚く遅れが日単位とは。
ちなみにこの期間過去最高の遅れは21日間だそうだ。
全く想像できない。

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歌野晶午   「名探偵、初心者ですが」(角川文庫)

 この作品のタイトルになっている、初心者探偵は11歳の舞田ひとみ。それで、このひとみが、天才的探偵になり、難事件を解決してゆく推理小説かと思ったが、ひとみは推理のきっかけはつくるが、どちらかというと狂言まわしの存在で、実質名推理を行うのは、ひとみの叔父さんの独身刑事の舞田歳三。

 この本はそんな舞田歳三が活躍する連作推理短編集。その中で、印象に残ったのは「金銀ダイヤモンド、ザックザク」。
闇で高利貸しをしている女の家が放火され、女が死体で発見された。この事件は解決したのだが、ある夜、中学生が死体になって発見される。

この事件を歳三が洗ってゆくと、殺された中学生と仲の良い別の中学生が捜査線上に浮かんでくる。そしてこの仲間たちが、高額な金地金を持っていることがわかる。中学生を問い詰めると、放火事件で亡くなった女の焼け跡を探していたら見つかったという。しかし、それはおかしい。警察が放火の後、焼け跡を捜査したが、そこからは何も発見されなかったから。

実は、焼け跡に仲良し3人組が、宝物探しで忍び込み金地金を3つ見つけ、一個づつ分けたと言う。しかし本当は、死んだ子が家に3個あった金地金を宝物探しの時に持ち出し、宝物発見したぞと見せ、それで他の2人に分けていた。

しかし、家から持ち出したことがばれたら大変なことになる。それで金地金をとりもどそうとして、友人の家の部屋にむけロープを張る。それを伝って部屋にはいろうとする。しかし失敗して電柱に頭をぶつけて死んでしまったのだ。

一見ありえないと思えるのだが、みんなにものすごい宝物を見つけたと吹聴したい気持ちが伝わってきて、ありそうなことだなと思えて、少しニヤっとしてしまった。

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池澤夏樹   「イラクの小さな橋を渡って」(光文社文庫)

この作品が書かれたのがいつなのかもう一つはっきりしない。2003年3月29日アメリカ、イギリス、国際連合軍がイラク侵攻を開始。その3年前に池澤はイラクに取材にはいりこの本を作成していて、それが侵攻の3年前ということを記述しているので、取材は2000年に行われたと思われる。

当時のイラクはサダム フセインの独裁統治下にあった。それで弾圧の中、イラクの人々は暗い雰囲気、しかもアメリカが侵攻してくるのが必至の情勢で緊張した状態に置かれていた。

さぞかし、大変な苦難な中で人々は暮らしていると池澤は想像してイラクに入ったが、人々は明るく、楽しく生活していて、食料もふんだんにあり、苦境の影はまったく見えなかった。取材も何も制限は加えられずに、ほぼ自由に行え、池澤は拍子抜けした

しかし、池澤は一度戦争が始まれば、被害にあうのは、こんな天真爛漫な人々だと、心せつなく思い、アメリカ侵攻がないことを祈り、同時にアメリカに強い憤りを感じ、この取材記を書いている。

池澤は、終戦の年に生まれている。

彼が学生の頃は、学生運動が華やかな時代。特に、ベトナム戦争が行われていて、日本の米軍基地からベトナムに艦船が派遣、その度に、大きな学生運動が行われた。彼らの敵はアメリカ。とにかくアメリカは悪というレッテルがこの時刷り込まれた。

この作品を読んで、時代の変化をつくづく感じてしまう。

今はロシアがウクライナに侵攻している。
その侵攻さえも、アメリカが原因。悪はアメリカと主張する。

しかし、池澤のような人々がいくら嘆いても、池澤の青春時代のようなデモは起こらない。

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歌野晶午    「ジェンカが駆け抜けた七年間について」(角川文庫)

 アメリカ ニューメキシコ州の高地に長距離陸上競技専門のクラブNMACがある。このクラブは日本の実業団の監督をしていた金沢勉、金沢進兄弟が運営している。このクラブに日本人選手アユミとエチオピア選手ジェンカ・エドルが所属していて、2人は友人同士だった。

 だが、アユミは自殺、そして監督である、金沢勉が殺害される。

このミステリーの鍵となるのが2点。

一点目は暦年の違い。
西暦とエチオピア歴。

エチオピア歴は西暦より7年9か月ほど遅れている。例えば2004年9月十一日が、エチオピアでは1997年1月1日となる。また西暦とエチオピア歴では年間日数は同じなのだが、エチピア歴は13か月あり、最後の13月は日数が5日しかない。さらに、西暦では一日の始まりは午前0時なのだが、エチオピアでは午前6時から始まる。エチオピアの夕方4時は西暦では夜10時となる。

 歌野はこの違いを物語で巧みに使う。表現されている日時がエチオピア歴で言っているのか、西暦で言っているのか読者は、注意を払っていないと混乱してわからなくなる。

 それから2点目。これは歌野の想像なのか、本当のことなのかわからないが、陸上トレーニングで効果を発揮する、常識では考えられない方法が描かれる。

 女性の選手は、妊娠により潜在能力が向上する。それは、妊娠を経過すると、陸上に必要な酸素が多く使えるようになる。自分の分だけでなく胎児にも与えなければならないから。妊娠は体力を使いそのため体力が向上。特に筋力が強くなる。

 妊娠出産は、女性選手に引退を決意させるというのが常識だが、世界にはママさんになって、記録が飛躍的に伸びた選手がけっこういるそうだ。

 それでトレーニングと称して、選手と監督が、双方納得ずくで性交渉をトレーニングと称して行うことがある。
びっくりするが、さもありそうで、少し恐怖が襲う。

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歌野晶午   「正月十一日、鏡殺し」(講談社文庫)

 歌野が贈る究極のイヤミス短編集。

やはり本のタイトルにもなっている「正月十一日、鏡殺し」が印象深い。
主人公の諏訪志保美は、夫と小学4年生の娘の3人家族。そこに、連れ合いを失った夫の母親須恵子が4年前にやってくる。

 須恵子は社交的ですぐに友達もでき、毎日老人会をはじめあちこちに出かける。家事は一切しない。
そのうちに須恵子の夫が交通事故で亡くなる。それでも、須恵子は生活スタイルを変えない。志保美は。当面は夫の保険で何とか暮らせるが、いつまでもそうはいかない。それで、弁当屋に仕事をみつけ働きだす。

クタクタになって帰ってきて、それから買い物夕飯を作る。もう家事育児を手放したくなる。

 考えてみると、祖母は夫方のお婆さん。血の繋がりのない自分が面倒をみる責任は無い。しかし夫の兄はアメリカに住んでいる。アメリカに電話して祖母を引き取るようお願いをするのだが、肝心の祖母がアメリカ行きを拒否する。

 そして、志保美は須恵子に対し時々癇癪玉を爆発するようになる。それでも、須恵子の行動は改まらない。

 正月十一日雨の日、娘遊美が友達と遊ぶと雨のなかを走って行ってしまう。昼間なのに、祖母須恵子は和室で昼寝をしている。

 とうとう堪忍袋の緒が切れる。志保美は和室に行き、鏡餅で寝ている須恵子の頭を殴る。6発殴ったところで、須恵子の息が止まる。

 ところが志保美が台所へ戻ると、死んだはずの須恵子が這って台所にやってくる。驚愕した志保美は、漬物石を振り落とし、今度は完全に須恵子を殺す。志保美は漬物石の指紋を拭きとり、漬物石のあったところに脚立を備えつけ、志恵子が脚立から落ち、漬物石に頭をぶつけ死んだようにみせかけ、救急車を呼ぶ。

 刑事がやってくる。
「これは事故ではなく他殺ですね。」
「どうして?」と志保美が聞く。
「漬物石に全く指紋が無いことはありえないですから。」

刑事がこちらへ来てくださいと志保美を和室へ案内する。
するとそこには須恵子が血を流し、死体で横たわっている。
これどういうこと?須恵子が2人いる。

ここでの恐怖感の高まりと真相を知った志保美に絶望と驚愕の様相が見事。

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池澤夏樹   「この世界のぜんぶ」(中公文庫

 詩画集。

松任谷由実の詩が好きだ。特に「海を見ていた午後」「卒業写真」。詩はたくさんの人が登場しないほうが良い。詩人は一人。過去を振り返って生ずる想い、風景、情景に自分を投影させる。そのとき浮かぶ想像の独創性に感動する。
松任谷由実と池澤の作品は似通っている。そして2人とも詩人の天才だ。

この本に収められている、これぞ、私が大好きな詩を紹介する。

  「春の空」
ツバメっておかしい
すごい速さで
超低空飛行したかと思うと
いきなり急上昇する
くるくる回ってまた急降下
つまりさ
飛び方に一定のポリシーってものがないんだな
狂ってるよ、あいつら

と他の鳥たちが言う
ツバメは育児に夢中なんだ
子供たちはおなかが空いたと騒ぐし
虫はあっちこっちにもいる
捕まえて巣に運んで
また捕まえて巣に運んで
ああ なんて忙しいんだ

育児ノイローゼだよ
と他の鳥たちは言う

  「深夜の電話」
二歳の子供は寝相が悪い
ふとんの上を一晩中
あっちへこっちへ動き回っている

午前三時
たまたまその足の裏が
こちらの耳に押し当てられる
受話器のように

もしもし もしもし?
返事はない
でも 小さな足の奥から
ケラケラと笑う子供たちの声と
氷を蹴って走る足音が聞こえる
海の風の匂いがする

あちら側は晴れ
群青の空と
純白の積乱雲

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池澤夏樹   「知の仕事術」(インターナショナル新書)

 小説だけでなく、時評や書評を執筆、文学全集までも独力で編集、作成する池澤が公開する知のノウハウを収録した作品。

 時々、松本の美ヶ原温泉の老舗温泉旅館に家族で泊まり行く。
その旅館に和式のラウンジがあり、そこに重厚な本棚があり、日本文学全集がずらっと収まっている。

 ある時、その全集を読みたくなって、梶井基次郎の作品集を手にとってみた。すると本のなかに挿入されていた宣伝チラシが中からポトリと落ちた。そこで知った、この全集、部屋の装飾として置かれているだけで、決して読まれることはなかったということを。
 最近、学者や評論家がYOUTUBEで彼らの意見を発している。その画面の後ろ側に、権威付けなのか、本棚が映っている場合が多い。本当にあの本を全部読んでいるのかとつい疑ってしまう。

 この作品の書評の前、紙の本は生き残れるかという作品の書評をした。

それで、思い出すのだが、昔は百科事典のセールスをして家々を回る人がいた。そして結構家の飾りにするために事典を購入した。もしその慣習が残っているのなら、家の装飾のために全集や百科事典を購入する人がいて、紙の本は生き残るとは思うが、そんな市場は無くなり、百科事典を出版する会社も無くなった。

 しかし、知で日々勝負する池澤は異なる。
本棚、机はホームセンターあたりから誂え品を買ってきて、組み立てるのではなく、木材を買ってきて、自分の部屋にあう、本棚、机を拵える。さすがに椅子は木材加工が難しく誂え品を選択しているが。

 仕事はまさに心構えから始まる。池澤の信念がわかる。

最近は新聞などで、自分史を本にしてみないかという広告をよくみかける。これ、本を作るとなると、費用がたくさんかかるが、電子書籍にしたら安価でできる。本を作るハードルが電子書籍ならば低くなる。

 やはり紙の本は、電子書籍に凌駕されてしまうのか。

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池澤夏樹    「タマリンドの木」(文春文庫)

 この作品は人生にとって一番大切なことは居場所だということを教えてくれる。

物語のヒロイン修子は、タイとカンボジアの国境のタイ難民キャンプでNGOの一員として、保育の仕事についている。

 難民キャンプで活動するということは、最悪の状況にある、難民を助けて、劣悪の環境と危険が隣り合わせのなかで、支援活動をする、強い正義感と使命感が無ければとてもできない。
 だから修子を、そんな信念を持った女性と想像する。

修子は岩手県の一関の生まれ。短大を卒業して、出版社に就職する。しかし、都会暮らしになじめない。東京にいると、身がすくみ、びくびくする生活で、会社でも他人とうまく会話ができない。

 短大の最終年に、友達とタイに行く。バンコクは大都会で東京と同じ雰囲気だが、地方に行くと、風景が自分の子供だったころとそっくり、優しい人間とのふれあいの中、タイに魅力を感じる。

 それで、会社に入ってからも毎年タイに行くようになる。
そのタイでNGOに誘われ、難民キャンプに行き、そこで働くことを決意する。

 物語の主人公野山は、修子がNGOを支援する広告代理店の男性に誘われ、ホテルに連れて行かれそうになったとき、彼の運転する車から飛び降り、高速道路を歩いているところを保護される。その彼女を野山が引き受けることで、2人は恋愛関係に入る。

 それから野山は懸命にプロポーズをするが、頑として修子は結婚を受けようとしない。

その修子が難民キャンプでの生活について言う。
「わたしは無理をして、かわいそうな子供たちを助けようと思ってあそこにいるわけではないんです。わたしにとってはあそこが一番くらしやすいんです。」

 難民キャンプが解散して、カンボジアから逃げてきた難民が自分の国に帰ることになる。NGOのメンバーは日本に帰るが、修子は難民とともにカンボジアに行き、同じ幼稚園の仕事をしようと決意する。だから野山との結婚を深く愛し合っているのに拒否する。

 息苦しい日本に帰るより、難民と一緒に生活するほうが、自分の人生に合う。恋より暮らしやすさが大切。それで、結局、野山が会社をやめカンボジアに行くことになる。

 池澤の修子の人物造型が秀逸。

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アンソロジー   「本は、これから」(岩波新書)

  最近は、本も電子出版が伸長して、紙の本の衰退が著しい。それに従い、書店がたちゆかなくなり、廃業する店が急増。地方では、書店のない町や市などが出始めている。

 そんな中で、紙の本は生き残れるか、本に係る人々から、意見を求めとりまとめたのがこの作品である。
評論家や有識者だけに偏らず、町の書店や、製本屋さんまで網羅してた意見を記載しているのが特徴。

 私は、全く電子書籍を利用したことが無いから、この作品のテーマを語る資格は無い。

本は小さいころから好きで、よく読んだが、集中して読みだしたのは、現在住んでいる地方都市に家を建ててから。

 嫁さんと、新築候補地を探していたとき、ここに家を建てたいという土地に遭遇した。その場所からは、数分で行けるところに、中規模の書店があった。更に7-8分のところには、図書館そしてもう一つ、小さな小屋のような古い書店があった。

 もうその場所をみて、家を建てるならこの場所と決めてかかった。
そして、新築後、近くの書店に特に休日は入り浸った。届けられた新刊の匂いを味わうとたまらなかった。

「これから出る本」というパンフレットをもらい、家にかえって吟味をする。そして欲しい本があると書店に注文。本が書店に届くと、書店から電話がある。その電話を今か今かと待ちこがれていた。

 永倉万治、鷺沢萌、椎名誠、安西水丸、宮脇俊三、吉村昭、遠藤周作、」吉行準之助、群ようこを読みまくった。そして今に至って、家に山のように本が積み重なった。一万五千冊以上にもなった。家が崩れると嫁さんに叱られ、全部ブックオフに売りにいったときには本当に悲しくなった。

 そしてその近くの本屋が移転した。その時は腰が抜けるほどのショックにうちのめされた。

それから、あまり行かなかった、掘っ立て小屋のような小さな本屋に行った。

 そこは、おじいさんが一人でやっていた。通学路沿いにあったので、子供用の本ばかりだった。ある日、その店の奥に、新潮社の「安岡章太郎集」が黒くすすけておいてあるのを発見した。1000円位の本だった。この本出版は1972年、私が大学生のころ出版された本。ということは、30年以上もその本屋に置かれていたということになる。その間、私と会うためにずっと待っていてくれた思った。

 紙の本はこんな出会いがあるからたまらない。本は電子版だけにならないで欲しい。全く説得力のない勝ってな思いだ。

 小田急線の代々木上原駅前で本屋を営んでいる、岩淵幸雄さん。小さい本屋には、取次店から思うような本を配本してもらえない。それでしょっちゅう取次店に行き、自分で本を選んでくるそうだ。まるで、料理店が市場にゆき、食材を選んでくるようだ。

 ほんとうにこんなに紙の本を愛する書店は存続して欲しいと願うばかりだ。

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池澤夏樹   「やがて与えられた時が満ちて・・・」(角川文庫)

  現在、世界は自由主義民主主義世界と権威主義専制主義世界との争いの状態になっている。私たちは、自由主義世界に生きているので、どうしても権威主義世界を否定したい気持ちが強くなる。
 しかし、人類の未来を考察すると、どんな社会が生き残るのだろうか。

人類社会は複雑だ。言語だけをとってみても、数百はあるだろう。コミュニケーションをとるにも困難がたちはだかる。そしてそれぞれの言語の背景に異なった民族があり、民族ごとに対決する。そして200に近い国家がある。それぞれが個性をもち対立もする。

 多様化、ジェンダー平等の推進が唱えられ、人間の多様化による権利が実現推進されてゆく。

 一方、SDG’Sとか地球温暖化など世界的規模での共通課題が存在する。この課題を克服しないと、人類は破滅する。しかし、国、人々、権威主義、自由主義、富裕層、貧困層が対立し、地球的規模でまとまらず、問題が先送りされてゆく。

 この物語は、原因はわからないが、人間の出産率が低下し、地球の人口が減ってゆき、このままでは人間は滅亡するということから始まる。

 地球にいては、人類が破滅するから、選ばれた30万人が人工衛星で宇宙に行き、その人工衛星に新たな都市、ラグランジュ(新たな共同体の名前)を構築し、そこで暮らすことになる。

 その際、追憶主義は徹底排除させる。追憶主義とは、自らや、人間の歴史を振り返り、あの時はどうだったとか振り返ることを言う。その世界の構築には、強い権力を有した人間が支配し、新たな社会ルールを作る。そのルールは地球人類が持っていた多様性を否定したシンプルな強制ルールになる。これに反対する人間は排斥、抑圧され、人間も地球破滅危機が目前に迫ってきていたので、抑圧に唯々諾々と従う。

 そして強権を発動し作ったルールはやがてコンピュータに移植され、物語ではCPUという今ではAIといってもいいかもしれないが、人間はCPUに支配された世界で住むことになる。

 人間の労働は、AIにとって代わられ、人間は労働から解放され、日がな一日自由に気楽に暮らすことになる。その結果、感情というものが退化し、怒り、喜びなどが消える。

 そう、この物語によると、権威主義世界のほうが自由民主主義より優れ、将来に適応する世界だということになる。

 動物や植物は、冷たいとか暑いとかの反射神経は持つかもしれないが、言葉や深い思索能力は持ちえない。そこから脱却して進化してきた人間が、これからは先祖帰りをして退化して動物、植物になってゆく工程を歩むのかもしれない。

 まあすぐに、自由主義が消えるわけではない。自分の人生は自由主義世界で存在していたい。

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| 古本読書日記 | 06:02 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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天道荒太    「巡礼の家」(文春文庫)

 舞台は四国松山にある「さぎのや」というお遍路のための宿。

「さぎのや」の始まりは今から3000年前。さぎは傷ついた人間を励まし、負った傷をいやし、直してくれることから生まれた宿。そのため、迷い傷ついた人々の駆け込み宿で、働いている人も何か悲しみ、暗い過去を背負ってきた人ばかり。

 3000年も続いているから現在の女将は第80代目。

 ここに主人公15歳の雛歩が登場。雛歩が「さぎのや」に至る道で、弱ってふらふら歩いているところを「さぎのや」の女将が助け、「さぎのや」に住み込む。

 これは、いつもの天童の作品のように、深く重たい話が展開すると思ったら、前半は全く違った。

前半は、雛歩を「さぎのや」の息子、飛朗が、松山を詳細に案内する、松山自慢が延々と続く。
天童は松山が好きなんだと思っていたら、それもそのはず天童は松山生まれの松山育ち。

この案内記に、漱石と子規の交流話がふんだんに挿しはさまれる。どういうものかは知らないが松山には、名物まつやますしなるすしがあり、子規と漱石がこのすしを味わう場面がでてくる。とても、おいしそうで、私も食べたくなる。

 そして後半、雛歩の悲しい過去が明らかにされる。

雛歩は兄と両親の4人家族。そこに、大震災が襲う。祖父母の家が倒壊する。それで、両親が祖父母の家に助けに行く。その途中で第2派の地震が起き、両親からの連絡は途絶える。

 祖父母は倒壊した家の中から遺体ででてくる。両親の行方はわからない。兄は父方の叔父に引き取られる。そこで兄は高校を卒業して自衛隊に入隊する。

 雛歩は父の叔父の家は2人は引き取れないということで、四国の母の関係の叔母方に引き取られる。
しかし、この家が最悪で、家の息子たちに徹底的にいじめられる。そして、おじいさんに襲われる。雛歩は恐怖のためおじいさんを突き飛ばす。そのときおじいさんは後方のタンスに強く頭をうち血を流して動かなくなる。

 雛歩はおじいさんを殺した、死刑になると思い叔母の家を飛び出し、彷徨っているところで、「さぎのや」の女将に助けられたのである。

 ここから、いつもの天童流の物語が始まる。「さぎのや」の暖かいスタッフに励まされ、助けられ雛歩は徐々に人生を取り戻して行く。

 そして、最後。女将に連れられて警察に自首のため出頭する。ここで思いがけない事実を知らされる。

前半は、いくら松山大好きでも、すこし松山の宣伝が長すぎた。本来の天童の物語になってからは、さすが興奮し、面白かった。

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| 古本読書日記 | 06:33 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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白石一文   「見えないドアと鶴の空」(文春文庫)

 白石の長編デビュー作品。すばる文学賞で佳作を受賞している。

出版社の編集者として働いていた主人公の昂一は、2年前にトラブルで会社をやめ、それからは殆ど主夫としての生活をしている。妻、絹子は広告代理店に勤務している。

 絹子は仕事関係のカメラマン藤堂と不倫を続けている。身よりのない、絹子の親友由香里が、絹子が出張中に産気付く。絹子が立ち会えないため、代わって昂一が出産に立ち会う。難産であったため、立ち会った昂一に由香里が心を寄せ、2人は体の関係を持ち不倫関係となる。

 絹子と由香里が親友のため、ドロドロしたゆがんだ恋愛を描く定番の小説かと思って読んでゆくが、途中からガラっと物語の雰囲気が変わった。

 それは、絹子と由香里が小学校2年生のとき、2人が住んでいた、北海道の炭鉱の町美別に起きた不思議な事件の描写から物語が変わった。2人が廃炭鉱の中に入り遊んでいた時、入口が崩れ、土砂が入口をふさぎ、2人が坑内に閉じ込められる。絹子がもう外に出られないと絶望していた時、由香里がすっくと立ち上がり、入口に向かって右手をかざす。すると崩れた土砂が徐々に消え、入口が現れる。そして2人は助かる。何これ!ホラー小説なの!

 もちろん、物語の中心は、ダブル不倫にあるのだが、そこに由香里や、由香里を残して、車で海に飛び込み一家心中をした、由香里の父親が死んでいながら、この3角関係に魔力を及ぼす。そして、由香里の父親は魔力で、絹子の父親を交通事故にみせかけ殺したりする。理解不能状態に読んでいてなってしまう。

 この作品を読むと、人が死ぬのは単なる人生の通過点であって、死んでもなお人は恨んでる人に対し、憎しみの行動を起こし続ける。

 そして人は恨むということでなく、恨み合う。愛するのではなく愛し合う。この合うと言うことが愛、恨む、憎しみの本質なのだということを白石は物語で言っている。そしてそれこそが人間が繋がり合うということなのだと白石は物語で言う。

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| 古本読書日記 | 06:29 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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岩井志麻子   「志麻子のしびれフグ日記」(光文社)

  雑誌「小説宝石」に連載していた岩井のエッセイを収録。

岩井には、大の親友で、同じ作家の森奈津子がいる。彼女の作品は読んだことはないが、SF作家、恋愛小説作家として名を馳せているそうだが、岩井と同じように変わっていて、むしろ官能作家と言ったほうがあたっているようだ。森はトランス ジェンダーとしても有名。
 そして、この岩井と森の上に君臨するのが、何かとお騒がせな女王こと中村うさぎ。

岩井は旅行で行ったベトナムのホーチミンで、有名なベトナム料理店に勤務する男の子H君に憧れ、身も心も吸い取られるような心地になっている。日本に帰国しても、H君のことが頭から離れない。

 色んな人に相談すると、
「そのベトナムの青年は、シマコさんの金だけが目当てだ。」
とつれなく言われる。

 それで親友の森に悩みを打ち分ける。森が答える。
「その人巧いですか。ならいいんじゃないですか。巧くてすぐやれる男。それ以上に何を文句をいうことがありますか。」

 これじゃあ、身もふたもない。思い余って女王中村うさぎに訴える。女王中村が言う。
「金で愛を買うのは汚いとか、金をもらって愛するのは不純だとか、凡愚の民はすぐにそんなセリフを吐く。だが、それは、金より尊いものを相手に与えられる自信のある者だけがいえるものなのじゃ。」

 まったくすごいお言葉。愛という尊いお言葉が、かすんで消滅しそう。

 岩井の本を買い込んで読んできたが、これが最後の本。正直岩井はもういいやと思った。 

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| 古本読書日記 | 06:54 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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アンソロジー   「短編アンソロジー 味覚の冒険」(集英社文庫)

 食ではなく「味覚」について一流作家たちが描いた14の作品集。

やはり、短編名人の井上荒野の「ベーコン」が印象に残った。
主人公の私の母親は、私が4歳の時、沖さんという男に走り、出奔した。それから父親と2人で暮らした。

その沖さんから電話があり、母親が交通事故にあい、亡くなったことを知る。そして、沖さんの家で行われた葬式に父親と出席した。そのとき沖さんはじっと主人公を見つめていた。

 そして最近、父親が肝臓の病気を患い、息をひきとる。
そのことを沖さんに知らせなくてはいけないと思い、主人公は沖さんの家に行く。

沖さんの家は町のはずれの小さな山の上にある。沖さんはここで養豚をしている。
主人公には婚約者がいた。しかし父親が亡くなって以来、体を重ね合わすことはなかった。

ある日、婚約者に誘われ、初めてのレストランに行く。

そこでベーコンがでた。とてもおいしいベーコンだった。店の人が「このベーコンは、近くの養豚場の人が作っている」という。

 私がうれしくなって「その養豚場の人よく知っている。」と声をあげた。
すると恋人が
「自分たちが食うための生き物を、育てるっていうのかね。豚はとりわけ、何ていうかな、牛や鶏よりリアルな感じがする。ベーコンを旨い旨いと食ったあとで、言うようなことじゃないけど、出荷のトラックにのせるときなんか、どういう気持ちになるものだろう。」
店の人が少し怒りを含んだ口調で言う。
「人間はそうしないと生きていけないわけですからね。」
で少し雰囲気が悪くなる。

 店をでて、父が亡くなって以来、久しぶりに婚約者に抱かれた。
今私はまた沖さんに会いに、山にむかって車を走らせている。結婚を知らせるためだ。
沖さんに言う。
 「こんど結婚するの」
沖さんが
 「それはおめでとう」と答える。
主人公が言う。
 「ところで沖さんは床上手?」
そしていつもの井上さん。ここで物語は終わる。
これが井上さん流の小説。その後は読者が物語を作って!この終わり方が読者にいつまでも冷めない余韻を残す。

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| 古本読書日記 | 06:51 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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井上荒野   「そこへ行くな」(集英社文庫)

 私が毎日買い物に行くスーパーが家の近くにある。スーパーでは品物について店員に聞くことはあっても、他のことは聞いたり、言ったりしないことが暗黙の了解になっている。レジを担当している人とは毎日顔を突き合わせているが、店と関係ない話をすることは無い。だから一番頻繁に会っているひとにも拘わらず、知っているのは風貌と声だけである。

 ところが、田舎のスーパーのため、いつもレジ店員に、色んな話かけをしているおじさんがいる。暗黙なルールを破っているのだ。

 そのルール破りで聞いた話を、一般に関係ない話だと思い、レジの店員が別の店員や客に気楽に喋る。

 おじさんのことは小さい町の中のことだから、顔くらいは地域の人は皆知っている。それで、店員の気楽な話が地区の人に伝わる。すると地区の人達は、そのおじさんやおじさんの家庭のことを知りたがるようになり、あることないことを本当のこととして、地域の人達に拡散される。そして、おじさんは、異常な変わり者、家庭も崩壊寸前のようなことになってしまう。

 この短編集は、そんな気楽な行為、会話が、変形拡張されて、変質してしまう作品が収録されている。

この物語集に草野球チームが登場する。草野球は、公園に予約して行われる。この受付と公園内放送をしている女性がいる。少し太めでスタイルはあまりよくなく、風貌もあまりよくない。

 野球が終わった後、いつもの飲み屋に集まって宴会をする。するとある男が、酒のせいもあり、「俺、昨日あの受付のおねえちゃんを抱いた」と告白する。

 すると、弾んでいた会話が急に沈黙ばかりになる。そしてチームの瓦解が始まる。

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岩井志麻子   「現代百物語 彼岸」(角川ホラー文庫)

 「現代百物語」シリーズ第6弾。岩井さんがでくわしたり、取材で聞いた現代怪奇譚や都市伝説などを100話集めた好評のシリーズ。

 本当に怪奇現象かと思われる現象を、無理やりねじまげて怪奇に持って行く印象が強い。そうは言っても、あまり飛びすぎると怪奇ではなくなり想像世界になってしまうので、懸命にその点は避けている。

 でも、飛んでいる話も少しある。それは、いかにも岩井さんらしくて面白い。

  ヒトデは再生能力が強い動物。半分に切り離すと、それぞれに再生し、2匹のヒトデが誕生する。
面白いのだけど、たくさんのヒトデを一度にまっ二つに切る。

 すると、切り離した上半身が元の下半身ではなく、他のヒトデの下半身とくっつき新しいヒトデが誕生する。ここは、本当かどうか怪しい。

 ヒトデは細胞そのものに意志がある。人間のように何のために生きるのか、人生を楽しもうだのとか、そんなことは一切考えずに、ただひたすらに生を繋ぐために真っすぐに生きている。人よりはるかに強い。生の執着と使命がある。

 風俗店でついた風俗嬢Aが言う。私と全く同じ名前で、もう一人の風俗嬢Aがいる。よく小説にあるドッペルゲンガーではない。まったくおなじ人間が2人いるというのである。

 実は風俗嬢Aは、切りつけられ、体が上半身と下半身とに分断されてしまっていた。
この後、上半身から下半身が生まれつなぎあわされ風俗嬢Aが誕生し、一方下半身から新たに上半身がつなぎあわされもう一人の風俗嬢Aが生まれたのだ。

 これぞ、岩井さんの卓越した妄想。ヒトデにリードされて妄想につながってゆくところもうまい。

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| 古本読書日記 | 05:52 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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藤野恵美    「淀川八景」 (文春文庫)

 いろんな、悲喜こもごもの出来事を、大阪淀川を舞台に描く短編集。

最近は、人生に起こったトラブルや困難を、ドタバタ、コメディタッチや大げさに誇張して描く作品が目立ち、ベストセラーとなっているが、この作品集は、あくまで静謐で、味わい深い表現で描く。八つの作品が収録されている。

 主人公は、淀川沿いの道を買い物ために朝スーパーへ向かっている。河原でタクシー会社の運転手たちが会社の社訓を大きな声で唱和している。お目当てはバナナ、価格は1円。エクレアも1円。それを狙っている。ただ1円といっても、その他のものも買わねばならない。購入金額が1000円を超えるとはじめてバナナなどは1円となる。

 主人公は運転手の唱和をみて、自分はこういう会社には勤められないと思う。人と付き合えない。共同して仕事ができない。それで勤めた会社は幾つも変え、今は無職で一人で生活している。

 無趣味で無駄使いはしていないので、小金があり、それを相場で使い、生活費は手元にある。こんな男だから妻には逃げられる。だけど、社会のうさから逃れられ、清々して一人生活を送っている。

 ある朝河原の道を取っていると、女性から「あの・・」と声かけられる、女性から声かけられるなんてことは今までに一度もない。ふりむくと女子高生の自転車がチェーンがはずれて動かなくなっている。直してやると女子高生は「ありがとうございます。」と言って礼をする。主人公はいい娘だなあと嬉しくなる。

 ところが家に帰ると、財布が無くなっている。3000円ほど入っていただけだから、仕方ないと諦め気分になったが、しゃくに触るので警察に届ける。

 自転車を修理した時に、あの高校生に抜き取られたのかと疑う。もう一度河原まで行ってみるが財布はみつからない。それから数回河原に行く。女子高生とすれちがうが、「こないだはありがとうございます。」と言われ、本当にこんな娘が財布をひったくったりするのだろうかとその都度思う。 

 ある日社訓を唱和していたタクシーの運転手に声かけられる。
「この財布あなたのじゃない、あそこの草むらに墜ちていたよ。」

人は嫌い。一人がいいと思っていた主人公。人生は人に助けられたり、助けたりだよ。

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| 古本読書日記 | 06:18 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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村山早紀   「魔女たちは眠りを守る」(角川文庫)

 この作品に登場する魔女は、私たちの世界の至るところに存在している。でも、姿は人間からは見えない。魔女は世界のあちこちをいつも旅している。そして魔女の生きている時間は想像できないほど長い。ひょっとしたら死なないのかもしれない。

 この本は、生涯一生懸命生きて死んでゆく人間と、長い時を生きる魔女たちの出会いと別れを描いた10の物語から出来上がっている。

 それにしても、村山さんの魔女と人の関わり合いの描写は見事。普通、このような物語は魔女のファンタジー性が中心に描かれ、現実の人間は後方に退くものだが、村山さんのこの作品は、情景描写、心象風景が人間の世界に溶け合って、現実に起こっているのでは、と読者に思わせる。本当に卓越した能力を村山さんは持っている。

 魔女と人間が交流する場所がニコラという魔女がやっている「魔女の家」というカフェに近い店。ここが、旅する魔女たちが、羽休めをする場所。

 この「魔女の家」に主人公の魔女七龜マリーがやってくる。そして、最近この店にやってきて突然消えてしまった魔女の話をニコラがする。

 その魔女がヨーロッパの国々を旅している途中、ある駅で電車を待っていた。だけど電車を待っている乗客全員に死相が現れていた。魔女は乗車をやめようと思ったのだが、小さい男の子から白い羽根をあげると言われ、それにつられ、電車に乗る。

 少年は、魔女に電車の中で、彼が描いたスケッチを自慢してみせる。つたないが、可愛らしい絵で魔女は感動する。

 その電車は魔女が思っていた通り、大雨のなか、鉄橋が崩落して、全員が川に投げ出される。魔女は魔法のほうきに乗り、川に降りてゆくが、全員がすでに死亡していた。少年はどうなったと懸命に探す。大きなケガをしていたが、まだ息はあった。魔女は少年をほうきに乗せて、病院を探し連れていく。そして探しあてた病院の入口に少年をおいて、また空へ帰ってゆく。

 それから長い月日がたち、魔女はニコラの店にやってくる。その時テレビをつけると、視力を失った老人画家が出演していた。

 老人画家は最後の作品を描いていた。眼はみえないけど、古い記憶をよびさまし昔経験した大変なことを描いていた。少年のとき、確かに自分は魔女のほうきにのり助けられた。そのことは詳細に覚えている。今それを描いているのだ。

 人間には魔女は見えない。だけど大切な出来事は絶対見えていて、そこで魔女と人間は溶け合う。

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彩瀬まる    「珠玉」(双葉文庫)

 この作品は、かって国民的歌手として名を馳せた、真砂リズを祖母に持つ、孫の真砂歩が、潰れかけていたファッションデザインの会社を、突然現れた穰司の強引な手法に引っ張られながら、再生してゆく物語。

 面白いのが、祖母がつけていた装飾品が孫の歩に引き継がれ、その装飾品が何もできないのだが、語り手となり、物語をリードしてゆく手法をとっているところ。

 物語はその再生するところが主題になっているのだが、私には祖母の真砂リズの歩んだ人生に興味が沸いた。

 80年代一世風靡した女性歌手に中森明菜がいた。それほど、私は関心があったわけではないが、その売り出し方が他の女性歌手と違っていた。当時の女性アイドル歌手は、可愛くて、性格は明るくて常にスマイルが典型的な特徴だった。

 ところが中森明菜は、世の中を醒めた目でみるような、やや不良がかった態度の歌手として売り出された。このイメージに一見近かったのがその前の山口百恵だったが、山口は可愛らしい気立ての良い子の印象がぬぐえなかった。しかし中森明菜は本物のひねた女の子に見えた。

 歩の祖母リズは「凪の海で」というデビュー曲が大ヒットして、その年の紅白歌合戦にも出場して人気歌手になった。
 しかしその売り出し方を担当した財部が変わったやりかたにした。

「リズは、暗い女と思われたほうがいい。目立つからな。芸能雑誌を見ろ。リズと似たような年頃の女の子たちが能天気にピカピカ笑って、薄着で体をくねらせて、ってそんなのばっかりだろう。こんな時代に、なにも考えずにやったらすぐに埋もれちゃうよ。大丈夫、リズは本物だ。愛想を振りまかなくたって必ず人の目に留まるし、一度気になったら目を離せなくなる。」
 それで財部は会話をわざとワンテンポ遅らしたり、興味ない、知らない、わからないなど、無理に突き放すような態度をリズに植え付けた。

 本来のリズは、明るく可愛い子だった。しかし、植え付けられた性格、態度はその後のリズを作った。それがリズの破滅につながった。

 ひるがえって中森明菜はどうだっただろう。正直十代半ばの女の子。きっと可愛く、明るい子だったと思うのだが・・・。

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| 古本読書日記 | 05:59 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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田中慎弥   「完全犯罪の恋」(講談社文庫)

 田中は、40歳の時「共喰い」で芥川賞を受賞した。その時、受賞インタビューで受賞して当然と横柄な態度で発言。更に、同時に直木賞を受賞した円城塔、葉室麟をくさして、顰蹙をかった。芥川賞の選考委員石原慎太郎から受賞作品は「バカな作品」とこきおろされた。

 当時、田中は高校時代からひきこもり状態が続いていたことに私は驚いたことを覚えている。

 石原の酷評に肩を持つわけではないが、私も受賞作品にはこれが文学作品と疑問を持った。その後、田中作品を4-5冊読んだが、田中作品はとても読むことができないと思って「宰相A」で読むことをやめた。

 田中の作品は、社会性が全くなく、とにかく自分の頭に浮かんだことを、ああでもない、こうでもないとこねくり回す作品ばかりという印象を持った。

 正直、この作品で作家としてよく食べていけるなあ。読者が殆どいないのではと思った。
 そして、この度田中の文庫のこの作品を見つけて、あの田中はどう変わっただろうかと手にとってみた。

 この本を読むと、相変わらず故郷の下関の実家に引きこもっていると思っていたのだが、東京にでているらしいことを知った。
 しかも、時々下関に帰り、講演もしている。えー、あの田中が・・・。小説家として食えているのか心配するどころではなかった。読者を持っていて生活ができていたのだ。

 この作品、田中が50歳近くになって執筆した作品。円熟とまで言わないが、50歳近くまで生きてきた、人々や社会との交流が背景になっている作品だと思ったのだが、違った。

 高校時代の恋愛もどきの三角関係が主題の作品だった。50歳近くで高校時代の作品かとため息をついた。

 この作品で、恋の対象になった本好きの同級生緑が、幾つか主人公田中が推奨した本について感想を言う。
「たった今こちらが恐る恐る提示した作品のなかにある言葉を、緑はひとまとめに抱え上げ、この世の果てまで放り投げ、それらが世界を解明するのになんの役にも立たないがらくであることを証明している。」

 この文章に田中の作家としての思いが表現されている。

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伊集院静   「旅だから出逢えた言葉Ⅲ」(小学館文庫)

 絵画や芸術作品を鑑賞するために海外に旅し、加えてスポーツについても考察したエッセイ集。

 本当に不思議でならないのだが、最近は200ページくらいの作品でも、読みきるのに5-6時間かかることが多く、結構難儀するのだが、伊集院作品であるこの作品は300ページを超えるのだが2時間かからず読み切れた。

 伊集院は小説家を目指したころ、山本周五郎作品を筆写したそうだが、それがこんなに判りやすい文章を生み育てたのか。年寄りにとって伊集院は卓越した表現を持つ作家だ。

 伊集院が東日本大震災に遭遇したのは、夫婦でヨーロッパ旅行にでかける直前だった。
そして大変だったとき、パリの友人S嬢から電話があった。

「すぐパリに逃げてきなさい。私が住む場所を探しておいてあげるから。」
伊集院は
 「私は作家だ。日本人がこの困難に遭遇して、どう対処し、乗り切ったかを書く責任があるから日本は離れることはできない。」と。

 30年以上前、伊集院がアフリカでの仕事のためパリに滞在していると、女性からこんにちわと声をかけられる。

 目の前の建物が改装中。
「何かできるのかい。」と聞くと、
「ホテルとバーよ。」
「へえ、それじゃあ、アフリカからパリに帰ったら泊まるよ。」
女性は喜んで
「私のホテルの初めてのお客よ。」

そしてアフリカから帰ると「ホテル・ド・ヴィニー」はオープンしていた。
それから声をかけてくれたS嬢とは友達になり、パリに旅すると「ホテル・ド・ヴィニー」が伊集院の定宿となった。

 S嬢は頑張り屋でパリの最高級ホテル、クリヨンのマネージャーまでなった女性で、昭和天皇が宿泊したときには天皇夫妻の世話を担当したこともある。
 もう大分お年をめしたが、未だに独身。
伊集院がどうして結婚しないのか問うと、
「何で結婚なんかする必要あるの。あなたを含めてお客さんが私の大切な家族なんだから。」

海外で出会った人は、大切な友人となり、生涯交流が続く。

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| 古本読書日記 | 06:14 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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アンソロジー  「チーズと塩と豆と」(集英社文庫)

 角田光代、井上荒野、森絵都、江國香織、4人の女性作家による、愛と味覚の作品集。

日本では、全く理解できないのだが、海外では、民族間の対立が激しい戦いとなり、夥しい死傷者が生まれることがしょっちゅう起こっている。

 フランスの北西の端に位置するブルターニュ地方。フランスだから、芸術や食事を楽しむところだと思われるのだが、この地方は1500年前に、英国から移住したブルタン人が住みついた地。フランス特産の葡萄や小麦もとれず、したがってワインもない。食事は人生を楽しむためにあるのではなく、生きるために食べるものというのが生活の基本。

 パリを嫌い、そしてブルターニュ地方で生まれる人の75%は、そのままブルターニュに残り生涯をブルターニュで過ごす。(本当かどうかはわからない。この作品集の森絵都さんの作品から引いている。)

 そしてブルタン人が固執する伝統的な風習や決まりがある。

主人公のジャンは小学生のころ、同級生が水に溺れて死ぬ。その葬式に行くと、両親から棺の死体にキスをするように命じられる。そんなことはいやだと拒否すると、父親に無理やり持ち上げられて、キスをさせられる。子供の死体にキスをした子供は健康で幸せになることが約束されるから。

 この時、ジャンはもうこの地方から、いつかとびだしてやると決心する。そして家から勘当されてパリにでて、皿洗いから始まり懸命にレストランで働く。そして、2つ星レストランのデザート部門をまかされるまでになる。

 それで母親に今はレストランでデザートを作っていると報告する。何を作っているんだと聞かれ「クレープだよ」と答える。
 母親が「当然しょっぱいクレープだよな。」「いや甘いクレープ。」
 母親が怒る。「そんなものはクレープじゃない。」

ブルターニュにジャンは恋人サラと2人の子供を連れて帰ってくる。かならずいつかブルターニュでも年に数回でもいいから食事を楽しめる場所を提供しようとターブル・ドットを作る。ターブル・ドットは、民宿で暖かい食事をだすところ。

 苦労してできあがったターブル・ドットにはまだ予約が2組しかはいっていない。ジャンの従妹と、サラの両親だけ。
 生きるための食事から楽しむ食事へ、まだジャン、サラの挑戦は始まったばかり。
でも、きっと成功すると思う。

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岩井志麻子   「湯女の櫛」(角川ホラー文庫)

 江戸時代前期、岡山を舞台にしたホラー短編集。

江戸時代になり、岡山では風呂屋や湯屋がたくさん造られた。湯屋と風呂屋の違いは、風呂屋は今の銭湯と同じで、純粋に風呂にはいるだけの商売で、湯屋は風呂の2階に女性、湯女がいて、男性に性のサービスをする商売だった。

 この湯屋の商売をしている「和気湯」にお藤という絶世の美人の湯女がいた。とても、こんな田舎の岡山にいるような女性でなく、京の遊郭の太夫になる価値がある女性と評判だった。

 お藤は、前城主の小早川秀秋の落胤ではないかと噂されていた。
このお藤は、客を差別することなく、武士でも百姓でもどんな男でも、等しく受け入れサービスした。そしてどんなに大金を積まれても、身受けされることもなかった。だから評判はうなぎ上り。

 それから、お藤はただ春を売るサービスだけでなく、2人で床にはいると、客に寝物語を語り、これが真にせまった話ばかりで、評判になっていた。

 和気湯に東洋という彫り物師の名人が客としてやってきた。そして、お藤の客となり、お藤とまぐあいをする。

 この東洋、掛け軸に描かれているお藤に負けないくらいの美女を彫り物で彫る。この美女がいつものように、人形から本当の人間の美女になる。それで和気湯で湯女、お富士として店にだす。

 しかし、東洋は自分が創った人形お富士に恋する。お富士も東洋を恋する。そして2人は岡山の街からどこかへ消える。

 いいなあ江戸時代の名人彫り物師。好きな女性を作ることができる。そんな彫り物師がいたら、是非私のために、新垣結衣を作ってほしい。

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≫ EDIT

岩井志麻子   「永遠とか純愛とか絶対とか」(光文社文庫)

 私のような田舎生まれの場合、同年で大学まで進学するという人は少なかった。20%もいなかったと思う。とにかく地方では、駅弁大学である国立大学が県に一校あるだけで、他にはなく、大学に行くためには東京にでるしかなかった。

 特に女性の大学進学は極端に少なかった。高校も普通校ではなく商業高校に行き、卒業後即働く人が殆ど。たまに進学しても、大学ではなく短大が一般的だった。

 この作品の舞台である、岡山の田舎町。生まれて、死ぬまでこの田舎町で過ごすのが普通。

高校を卒業して、役場などに就職できれば、現場労働者でなく、世間に自慢できる。更にそれ以上となると、神戸にでて大学に行くことである。もう、最高の自慢になるのは、東京に行って大学に行くこと。その大学がどんな大学かも関係なく、最高の出世として田舎町では崇めたてまつられる。

 主人公のマサオは、高校をでて農協に就職する。事務職についたので、それなりに尊敬される立場になる。

 お節介の叔母さんに言われ役場のエミちゃんと結婚前提で付き合う。エミちゃんは、田舎の典型的な女性で、ブサイクではないが美人にはほど遠いし、足も太かった。でも気立てがいいからマサオは結婚してもいいと思っていた。

 そんな時、農協のツアーでタイに行く。そしてバンコクのタニヤで働いているリリーちゃんに出合い、その可愛さとスタイルの良さに魅了され、リリーちゃんと永遠の愛を誓う。

 当時、今はあまり言わなくなったが、絶対とか永遠という言葉が青春時代には飛び交っていた。そして、マサオは、有休をとってまたタイへ行こうとしている。

 私の会社時代、海外に工場を進出することがブームとなった。工場での生産を教えたり、支援するために、日本の工場労働者が海外に送られた。日本からの支援労働者は飛行機に乗ったこともなく、東京さえ修学旅行でしか行ったことが無い人多かった。

 そんな人がいきなり海外へ行く。そして、そんな人達の遊び、慰めは現地の歓楽街にいるピチピチの女性たちだった。

 何人か、現地で失踪した労働者がでた。マサオの運命がみえてくる。

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