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2022年10月 | ARCHIVE-SELECT | 2022年12月

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上原隆    「晴れた日にかなしみの一つ」(双葉文庫)

 上原さんのまなざしは常に暖かい。市井の人々を描いて、こんなに優しい作家はほとんどいない。そんな上原さんのコラムを集めた作品。
この作品では、希望退職、リストラの名目で解雇された人達の、苦痛、生活の苦しさを扱っている。そこで、リストラについて少しつづってみたい。

 ツイッター社をイーロン・マスク氏が買収して、従業員の半分を紙切れ一枚で解雇して日本人を驚愕させた。

 私は大学卒業後、定年まで就職した会社で勤め上げた。そして、その後、嘱託でベンチャー企業に勤めた。

 その会社は、定年まで勤めた会社と社風が全く異なっていてびっくりした。何しろ会社で一番働くのは社長。社長は土日もなく、会社に泊まり込んで24時間体制で働く。家に帰ったのは、正月の一日だけ。必死でもあったが、社長はとにかく仕事、会社が何よりも好きだった。

 イーロン マスク氏のように解雇をしなくても、社長についていけなくて、辞める社員がたくさんでて、毎日社員募集広告をだしていた。

  イーロン マスク氏も、何よりも仕事をすることが大好きな人だと思う。だから、解雇も悩むことなく必要とあらば実施する。ツイッター社の平均年間所得は1400万円を超えるそうだ。

 日本は年齢序列で、給与は勤続年数により、上昇してゆく。ところがイーロン マスクの会社では、入社して数年で所得がピークとなり、後は年とともに給与は下がってゆくそうだ。

 日本では、従業員の解雇は法律により簡単にできない。アメリカでは不要となればどんどん解雇して、新しい人材を高額給与で採用する。

 このシステムが、アメリカの経済を支えていると言われている。
日本でも昔ほど希望退職が大きく問題として取り扱われなくなってきた。

 アメリカのようなシステムに切り替えないと、岸田さんが言う新しい資本主義は実現しないかもしれない。

 大変な時代がそこまできているような雰囲気がある。本当に現役世代には厳しく、苛酷だ。
もう首切りのルポなど、本として出版されることはなくなるかもしれない。

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| 古本読書日記 | 06:28 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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岩井志麻子   「東京のオカヤマ人」(講談社文庫)

 岩井さんは、岡山県でも岡山市から数時間離れている、小さな山村の出身。そこでは、その土地でしか通じない方言がある。その方言にまつわる物語、エッセイが14編収録されている。

 そのなかの、「ゆうたりこして編」。ゆうたりこしては言っちゃたりしての意味。
どうも岡山では気楽に「ゆうたりこして」の言葉を使うようだ。

 岩井さん、当然東京にでてからは、アパート住い。しかし、岡山の実家は、土地の上に家屋がたっている。どうも土の上に住いがないと落ち着かない。それで世話になっているF社長に相談する。女社長が言う。「そんなことはこの東京では無理。東京の一坪であなたの実家の土地1000坪が買えるの。」

岩井さんはびっくり。で社長が言う。マンションを購入すればいい。聞くと、マンションだったら何とか手に入りそう。それで、社長と一緒に不動産屋を回る。

 一件目の不動産屋で紹介された物件。岩井さんはこれはいいと思い、これにしようとゆうたりこしてと言う。
 マンションを紹介してくれた不動産屋の社員は、いかにも気の弱そうな人で、積極的に売り込もうという姿勢に乏しい。
 それで、次回事務所で正式契約するということで、印鑑と必要書類を作成してきて欲しいと言われて別れる。

 社長が言う。「そんなに簡単に決めていいの。いくつか回って決めた方がいい」と。それで次の日社長と別の不動産屋の物件をみてまわる。その一件目で、最初の物件よりもっと良い物件を紹介される。

 そえで、その物件を購入することにする。前の不動産屋に電話して、その時決めた物件の購入を断る。

 するとあのおとなしめの、気の弱そうな担当者が豹変する。怒り狂いどなりちらす。「購入すると約束したんじゃないか。」と。そして深夜にアパートにやってきて、ドアを叩き大声をあげる。

 弱り切った岩井さん、社長に相談して、社長の迫力と人脈で、最初の不動産屋の怒りをおさめてもらう。岩井さんは思う。気楽に「ゆうたりこして」を言ってはいけない、都会では。

 それにしても、岩井さんの性格は天然。想像以上に変わっている。

この作品の解説で、水道橋博士が岩井さんのエピソードを紹介している。

明石家さんまの「踊るさんま御殿」に水道橋博士と岩井さんがゲストででる。
さんまが聞く。
 「岩井さんはどんな男性が好みでしょうか。」
岩井さんが答える。
 「私はデブ好きなんで、できれば、小太りで、何でも言うことを聞く奴隷男が好みなんじゃあ。今、一番好きで理想のタイプは、金正日じゃあ。あの男はたまらんなあ。」

 さんまが叫ぶ。今の発言はカット、カットと。

 金正日は今の北朝鮮の金正恩の父親で小太りだった。今だったら岩井さんは理想男は金正恩と叫ぶかもしれない。

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| 古本読書日記 | 06:26 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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井上荒野   「グラジオラスの耳」(光文社文庫)

5編の短編集。
久しぶりの井上作品。あーあこれぞ井上作品。井上さんの作品は独特の雰囲気がある。
いろんなトラブルが描かれる。しかし、それが、劇画のように激しく描かれることは無い。
色んな、風景や小道具に溶け合って、平板に描かれる。そしてトラブルはなんら解決することなく、ふっと物語は突然に終了する。

 井上さんの特質が最も発揮されている作品が収録されている「わたしのヌレエフ」。

物語の冒頭、幼い姉弟として夏子、夏彦が登場する。年数が飛んで、映画館で映画を観ている、有働ミチとジョー木戸崎なる不倫カップルが登場する。この2人が夏子、夏彦と語って不倫関係にある。時に、夏彦は南という名前でも登場する。

 夏子と南は、待ち合わせた喫茶店の同じビルにある、スポーツ用品店に行く。この夏の海に行くときに夏子が着る水着を買うために。

 薄いベニヤ板で区切られている、試着室で南が推薦した水着に夏子が着替える。そして、手を振って南を呼ぶ。そこで、夏子は水着の肩ひもをずらす。そして夏子は小声で言う。
 このずらす意味が何なのか、きっと南はわからないだろうと。ここで場面は終わる。
全く読んでる私にもどういうことなのかわからない。

 そして幾つかの章が過ぎて、太極拳教室での生徒の稽古着の着替え場面が登場する。

その時、同じ教室の生徒の鳴海キヨコが夏子の胸元に首を出して言う。
 「夏子さんのオッパイ。すごくいいオッパイ。」
 「嫌ね。いいオッパイとは大きいこと?」
 「そうじゃないのよ。いいオッパイというのは、女らしいオッパイかな。大きくても、なんだかだらっとしてるようなのは駄目。はちはちしてるのじゃないと。要は艶とか張りなわけ。」

 南とは何回も逢瀬を重ね、子供までおろしている。だから肩紐をずらしたことに南はもう反応しない。

 どこで乾ききった関係になったのか。それで?わからないまま物語は突然終わる。

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| 古本読書日記 | 06:31 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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アンソロジー   「短編学校」(集英社文庫)

 集英社文庫の短編名作品シリーズ集。
旬の作家の短編集で、どれも出来が優れているが、一番印象に残ったのが中村航の「さよなら、ミネオ」

主人公のボクは、中学3年生。今まで、誰一人友達はできたことがなかった。別にそれで困ることは無かったし、寂しいこともなかった。

 でもある日、昼休み教室に一人でいると、ミネオ君が声をかけてきた。「さびしくないの?」「そんなことないよ。」「でもいつもひとりぼっちでさみしそうにみえるよ」そしてミネオ君から「友達になろう。」と言ってくれて、ボクとミネオ君は友達になった。ボクの人生で初めてできた友達だ。

 それから、ミネオ君とは、いつも教室で一人残されていると、声をかけてきてくれた。先生のモノマネをしてくれたり、雑巾をボールにし、ホウキをバッドにして、教室で野球もしたこともあった。

 学校からの下校、必ず二人で一緒に帰った。
 家でも、ゲームをしたりして2人で遊んだ。

ただ不思議なのは、いつも2人きりなのだが、そこに誰かが現れるとミネオ君はふっと消えていなくなる。

 ボクは、同級生の町田すみれさんが好きだった。当たり前だけどとても声などかけれない。それで、町田さんをみるたびに、正の字をノートに書いた。一日で正の字が8つも、9つにもなった。

 ミネオ君がしょっちゅう声をかけろとせっつく。
中学3年生だから、受験勉強をしないといけない。図書館で勉強するのだが、町の図書館では誰かに会うかもしれないから、隣町の図書館に1人で行く。そこでびっくり。あの町田すみれさんが来ていたのだ。顔は合わせたのだが、もちろんすみれさんはボクを無視する。

 合格祈願に、初詣のため、近くの神社にミネオ君と行く。
そこで、女の子に「斎藤峰雄くん」と声をかけられる。声をかけたのは、町田すみれさんだ。
え?と作品を読んでいる私は混乱する。峰雄君?

 そして思う。孤独で寂しいのは実はミネオ君で、主人公のボクはまぼろしじゃないのか。もちろん町田さんもまぼろし。

 ちょっとびっくりするドンデン返し。見事にはまった。

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岩井志麻子  「薄暗い花園」(双葉文庫

 ホラー短編集。

どこにでもありそうな商店街のなかにある喫茶店。毎朝、3人の女性が決まってコーヒーを飲みにやってくる。3人は、幼稚園園児のママ友のように見える。仲もよさそうだ。

 しかし、少し変わっていた。コーヒーとおしゃべりを楽しむと、一人で座っている女性に一緒に座っていた女性二人がコーヒー代金として、コーヒー代にプラスして1000円を、一人で座っている女性に渡す。

 マイコは高校生の時に、ほんの出来心で、リップクリームを万引きした。それがうまくいって見つからなかった。高校時代の万引きは見つからなかったが、短大時代近くのスーパーで行った万引きは見つかってしまった。店員に事務室まで連れていかれ写真を撮られた。スーパーの店員は、その写真を壁に貼っておくと言う。しかし、事務所は関係者しか出入りしないからばれることはない。だから安心しなさいと言う。

 マイコが壁を見上げると今までの万引き女性の写真が貼りだされていた。

カオルは、夫が働かず、お金が無くなってきて、困りはて、食料品を万引きして捕まり、写真を壁に貼りだされた。

 その店員にマイコとカオルは偶然大分たってから遭遇する。すでに店員はスーパーを辞めていた。
そして元店員が、万引きのことは黙っていてあげる。だから何百万円もくれなんて言わない。毎日この喫茶店にきて1000円ちょうだい。そのくらいは大丈夫でしょうと。

 それで、毎朝幼稚園児のママ友は、商店街の喫茶店にやってくる。
恐喝は小さな金額の積み重ねで長く行うのがコツ。3人は誰からも仲良しだと見られているように。

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| 古本読書日記 | 06:14 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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岩井志麻子   「恋愛詐欺師」(文春文庫)

 世の中の、黒い部分を物語にした作品集。

 主人公の宮子はミオリという芸名で深夜のお色気番組にでている。

 司会の漫才師に聞かれる。
 「今の総理大臣は誰か?」
ミオリは甘えた声で答える。
 「アタシばかだからわかんなーい。」と。
するとお仕置き隊が登場して、画面いっぱいに広がって、下着が見えてるミオリのお尻を叩く。毎回「わかんなーい」でこのお仕置きが始まる。

 本当かどうか知らないが、芸能プロダクションで抱えている女性タレントの一握りがテレビタレントや俳優、その下がグラビアなどのタレント、そしてAV女優や接待役用に抱えている女の子。テレビに登場するようなタレントは少ないのだそうだ。

 そんな中ミオリは、バカな男に貢がせ金をむしり取ることで優雅な生活を享受している。
そのバカな男が羅列されているが、それがすごい。

 自己破産するまで貢がせて捨てた土建屋の息子、写真とビデオをネタに1000万円強請った後で奥さんにアッサリバラして離婚させた運送会社社長、娘を騙して裏ビデオに出演させられたのを知り自殺未遂をしてその後遺症に今でも苦しむ公務員、病気持ちの男に売春を斡旋して性病にさせた女子高生など。

 深夜のテレビ見ている人は殆どいないが、そんな中にもバカな男はいて、番組に手紙をよこす。
 「ミオリ様があんな番組にでていることは辛い。だけどあんな番組でしか会えないのはもっと辛い。」
 ミオリが返事を書く。
「来週水曜日あなたにしかわからない合図をおくってあげる。」
ミオリは特に何も番組ではしないにも拘わらず、男から手紙がくる。
「感激しました。あんな大胆な愛のメッセージを送ってくださったりして」

 そして、番組の外で会うことにしましょうということになる。
また毒牙にかかった、生贄が生まれる。

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井上荒野   「それを愛とまちがえるから」(中公文庫)

 いつも灰色がかった作品が多い井上作品。本作はめずらしく大人のコメディ作品だ。

  専業主婦の伽耶は、仕事熱心で性格も明るい夫匡と結婚して15年。最近はセックスレスの夫婦生活になっている。

 ある朝、伽耶が匡に聞く。
「あなた、恋人いるよね?」
 と。数日して、今度は匡が伽耶に聞く。
「伽耶もいるよね、恋人。」
そう、2人には、それぞれ恋人がいる。匡の恋人は、治療院の朱音。伽耶の恋人は大学時代夫匡の前に付き合っていた誠一郎。
 この4人、W不倫が引き起こすドタバタを描く。

 普通なら、深刻などろどろした不倫。しかし雰囲気はたまたまそこに相手がいて、流れで男女関係になってしまったという感じ。

 クライマックス。ある8月の夏の中旬過ぎ、4人で海に一泊でキャンプをする。張り切っているのが、誠一郎。避妊器具も準備、強壮ドリンクの「スーパートルネード ストロング」も何本も購入して夜に備える。

 それにしても強壮ドリンクの名前がすごい。

 キャンプ場でテントを借りる。これが、すべて2人用。そうなると、誰と誰が一緒に寝るのか決めねばならない。
 伽耶が自分は誠一郎と寝ると宣言する。結局匡は朱音と寝ることになる。
え~、キャンプ場でも、不倫相手同士で夜を過ごすのか。

 ここが物語の読みどころ。

 どうなるかは、みなさん読んで確かめてください。
結構楽しく面白い作品だった。

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岩井志麻子   「自由戀愛」(中公文庫)

 ホラー小説の第一人者である岩井が、ホラーから離れて、大正時代の恋愛物語に挑戦した作品。

 明治時代に青春を迎えた女性たちの殆どは、恋愛ということを知らずに、親が決めた男と結婚していた。それが大正時代に入り、大正デモクラシーの影響により、女性でも大学の門が開かれ、婦人公論などの雑誌も発刊され、女性が目覚めはじめ、自立する風潮が広がる。

平塚らいちょうなど、女性解放運動が起こったのも大正時代だった。この作品には書いてないがおそらく作品のタイトルにもなっている「自由戀愛」も大正時代に生まれた言葉のように思う。

 主人公の明子は、女学校を卒業、父親が創業した磐井商会の後継者である息子、磐井優一郎と結婚し、幸せな生活を送っていた。そんなとき、女学校時代の同級生の清子が出戻りとなり、不幸な生活をしていることを知る。明子は学生時代、美人であり、性格も優しい学生だったが、清子はやせ型で貧相、性格も暗かった。

 明子はそんな可哀想な清子を救ってあげようと、夫に清子を事務員として雇うようにお願いする。そして清子は磐井商会の事務員となる。

 明子は幸せだったが、結婚後6年たっても子供を身ごもらない。優一郎の母親からは石女と言われ嫌われている。

 そんな時、優一郎が清子に手をだす。そして清子に子供が宿り、男の子が生まれる。
すると、優一郎の母親は、明子を家からたたきだし、優一郎は清子と再婚する。

 ところが、清子は乳が十分でない。それで、その頃発売された脱脂粉乳を使おうとする。
しかし、優一郎の母親が許さない。子供が空腹で大声で泣き叫ぶし、痩せてゆく。それでも母親は母乳以外で育てることを絶対認めない。

 極まった清子は子供を連れて、汽車に乗る。この先、清子と子供はどうなるだろうと気を揉む。

 ところが、ふと降りた駅の近くの学校で、校長に何でもするからおいてくれとお願いして、校長は小使いとして採用する。

 え?そうなの目が点になる。そんな安直なありえないストーリーは無いだろう。かなり白けた。もっと時代背景に即した物語にして欲しかった。

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村上春樹   「猫を棄てる」(文春文庫)

 村上が父親について描く随筆。

少し恥ずかしいのだが、村上と私はたった2歳しか違わない。同世代だ。
私と自分の子供とは、頻繁ではないが、それなりに会話はできる。確かに、私の青春時代は、電話は固定電話だったし、パソコンやネットはなく、コミュニケーションは手紙が一般的だった。でも、私が老年になっても、ネットは使っているし、携帯も利用している。だから、子供と同じ環境を享受している。考えていることは、大きな差があるかもしれないが、会話は問題なく成立している。

 ところが、村上がこの作品で語っているように、私たち世代は父親と会話ができず、大きな断絶があった。

 それは父親の青春は戦争のただ中にあり、そして私たちは戦争が終わって生まれた世代。だから、父親との会話はなかなか成立しない。

 村上の父は、太平洋戦争に驚くことに3回も軍隊に召集されている。しかも一回目は手続きのミスで招集されている。だから死地を彷徨っているし、中国人の捕虜を目の前で刺殺する場面にも遭遇している。

 戦争に覆われ、死と隣り合わせした経験は、とても子供に話せるものではない。
だから、戦争世代の父親には断絶があり、総じて寡黙だ。

 村上の父親は、優秀な人で、京都帝国大学に進学。そこで戦争に応召され、戦後、すぐ京都大学にはいりなおし、大学院まで行き、卒業後は兵庫の甲陽学院の先生になる。

 村上は一人っ子で、暖かい両親の元、育てられる。そんな暮らしの中で、父と行動、会話した殆ど唯一の思いで。

 家にいついた野良猫を、父親が自転車にのり、夙川が海にでる香櫨園の浜まで、村上が後部に乗り、猫を入れたダンボール箱を抱えて行く。そして、浜辺で猫を棄て、家に帰ってきたら何と猫はすでに浜から村上の家まで帰ってきていた。

 私は、会社時代、海外出張が多かった。故郷にある日帰った時、父親が「今度はどこへいったんだ?」と聞く。
大いに、みやげ話、自慢話をしようと思い勇んで
「アメリカ」と言った。
父親が突然、顔を曇らせて、低い声で力強く言う。
「俺はアメリカが嫌いだ。」と。ここにも戦争が影を落としていた。

山のような大量な本を私は読んでいる。
村上の文章表現は、その中でも群を抜いてきらめく。卓越した才能を持つ作家だと本当に思う。

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浅田次郎   「大名倒産」(下)(文春文庫)

 この作品は、雑誌「文芸春秋」3年以上にわたり連載された作品である。
初めから、物語の長さが文芸春秋と決められていたのだろうか。大長編である。

そんなことがあるのか、前半は展開もめまぐるしく変わり、ユーモアも見事に決まり、ワクワクした作品だったが、後半は冗長になり面白さが急に消えた。こんなに長くしないで、半分くらいの長さだったら興奮して面白かっただろうと思った。

 それで肝心の丹生山藩倒産回避は、どのように実現したか。
丹生山領地に流れる川に鮭が大量にやってきて、この鮭の味が秀逸、江戸の市場に持ち込み高値で売れる。鮭が丹生山藩を助ける。

 しかし、流石に鮭だけでは、藩財政を立て直すことはできない。

決定的になったのは、大量の埋蔵されている金鉱脈が発見されたこと。

 実は、この財政再建が可能になったのは、もちろん藩主和泉守の才覚や懸命の努力、伊兵衛という江戸金貸業の丹生店の店長の頑張りによって実現したこともあるが、鮭は、江戸に大量に運ぶのが難事業。この輸送に七福神の宝船が使われ藩財政を助ける。

 それに金鉱脈の発見。これも七福神が裏で術を使って実現させている。
つまり、財政再建は、七福神の力により実現させていたのである。

浅田の意図がわからないでもないが、神の登場が、少し安直すぎ、失望した。
もう少し知恵を絞って、神に依存するのではなく、人間の力で倒産危機を克服する方法を創造してほしかった。

 大名の財政再建の物語は上杉鷹山が有名だと思うが、こんな場合、主人公は真面目で人間の鏡のように描かねばいけなくなる。

 浅田のこの作品には、浅田特有のユーモアが欲しい。だから七福神や貧乏神が物語に必要になったかもしれない。

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浅田次郎    「大名倒産」(上)(文春文庫)

 丹生山松平藩3万石は積もりに積もった借金が25万両、金利が12%、とても返すことなど不可能。倒産が目の前。

 当時の12代藩主は、倒産を目論み、藩主を4男の松平和泉守信房に譲り、自らは不正蓄財を蓄え、後生憂いのないようにして、江戸郊外の柏木村の下屋敷に隠居。百姓をしながら趣味に遊びに悠々自適の暮らしをする。

 最初から不思議だと思うことが2点ある。

大名倒産ということになれば、当然幕府はその藩をお取り潰し、改易を命じる。そんな時、大名はどうなってしまうのか。

 これが心配ないようだ。丹生松平は譜代大名。松平という姓からわかるように、幕府徳川に先祖を辿ると繋がる。大名が倒産すると、大名藩主やその家族は、別の大名に預けられる。大名は、預かった家族を丁重に扱う。だから改易があっても暮らしは殆ど変わらない。

 それからもう一つ藩の後継者が4男とうのも不思議。たまたま、和泉守の兄は早死にしたり、病弱で後を継げなかった。一人3男は後継者になり得たが、これが前代未聞の馬鹿。庭造りには天才的才能を発揮するが、それ以外はどうしようもないうつけ者だった。

 4男の和泉守は、12代藩主が町人に手をつけてできた子供。そのため、藩主取り巻きの間垣家に養子としてだされ、本家松平家とは切り離され育てられた。

 12代藩主はこの和泉守に大借金の責任をおっかぶせるために、間垣家から和泉守を取り戻し後継藩主にしたのである。
 ところがこの和泉守は糞が付くほどの真面目。それで、倒産寸前にある藩を立て直すことに真正面から取り組む。

 その奮闘を作者浅田が独特のユーモアを散りばめて物語を描く。この散りばめたユーモアが絶妙で、笑い一杯の作品となっている。

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| 古本読書日記 | 05:42 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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アンソロジー  「彼の女たち」(講談社文庫)

 80年代に生きていた女の子たち、そのころライブハウスで活躍していたロックバンド ガーゼ・スキン・ノイローゼのボーカル ジェイは彼女たちの人生、運命に大きな衝撃を与え、人生を変えていった。

 その女性たちにジェイはどんな影響を与え、人生を変えていったのか、5人の女性作家が描き、物語に仕立て上げて行くめずらしいジョイント小説。

 最初の小説、嶽本野ばらの「プリンセス・プリンセス」の導入部分が斬新。
主人公の原田日利美は中学3年生、もう夏が過ぎると言うのに、どこの高校に進学するか決まっていなかった。
 そんな時父親によびつけられる。

「お前は高校に行くのか。」
「はい」
「行ってどうする。」
「どうするって・・・・。勉強とかクラブとか。」
「勉強やクラブが好きなのか。」
「好きというほどではないけれど、みんな行くし。」
「高校は義務教育ではないぞ。どうせ最後は結婚をするんだろう。早く社会にでて、色んな人に出会えば、それだけいい結婚ができる可能性がある。」
 何を言っているのかわからない。お母さんが味方になってくれるだろうということでお母さんに相談する。
「ママうちには高校へゆくお金がないの。」
「私立は少し無理かも知れないが、都立に行けれるくらいの蓄えあるわ。」
「じゃあどうしてお父さんはあんなことを言うの。
「パパはね、あなたは高校へ行く権利はあるけど、私たちは行かせる義務はないのよと言ってるの。どうどこか間違ってる?あくまで貴方の意思を尊重しているのよ。こんな物分かりのいい親がありますか?」
「じゃあ行く。」
「どうぞご自由に。その代わり、学費は自分で何とかするのよ。」
「そんなの無理だよ。そんなお金持ってるわけないじゃん。」
「最初は大変だろうから、入学金と最初の授業料は無利子で貸してあげる。」

面白い。ぶったまげた。でも、この後は急に物語は平凡になる。残念だ。総じて、その後の作家の物語も平凡だった。この冒頭を除いては。

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村山由佳   「BAD KIDS」(集英社文庫)

 村山が描く高校生青春小説。

主人公は高校生の工藤都。奔放な性格で素行の悪さが目立つ。20歳離れた年上の著名写真家北崎毅と交際し、都も写真撮影の才能をめきめき上げている。

 もう一人の主人公は同級生の隆之。ラグビーの選手をしていて、スポーツ推薦で大学ラグビー部を目指している。

 正直、年寄りの私には、これが高校生の小説かとついてゆけない。あまりにも、自分の高校時代とかけはなれすぎている。私の時代の高校生はうぶで、純粋だった。

 20歳年が離れている男に抱かれる一方、都は隆之に恋している。その隆之は、幼馴染のチームメイト高坂宏樹に恋している。同性愛である。

 都は、性行為を終わったときの気だるそうな自らの裸の写真を、文化祭の作品として展示し、大問題を引き起こす。

 そして、都と隆之の狂おしいいばかりのラブシーン。
これは、高校生の小説ではない。大人の小説である。

 唯一、あー高校生だなという部分。

坂上という都の担任が、大学進学せず写真の専門学校へ行くという都に言う。
「可能性は限りなく広がっているのに、何も今それをひとつに絞り込むことはないじゃないか。将来進む道を決めるのは、大学を出てからだって遅くはなかろう。」

それに対して都が思う。
 それは違う。
あたしの可能性は、進む道をひとつに絞った先に広がっているのだ。

 この部分にであって、何とかこの小説は高校生小説だったんだと再認識した。

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辻村深月   「傲慢と善良」(朝日文庫)

 ネットの婚活サイトを通じて知り合った、西沢架(かける)と板庭真実は、結婚を約束して式日時、式場予約をして順調な交際をしていた。

 架はイケメンで父のビール輸入販売会社を継いでいた。もちろん恋愛経験も豊富で、最近まで深く付き合った恋人がいた。しかしすでに40歳。一方真実は、35歳まで恋愛経験が無く、架が初めての恋人だった。

 そんなある夜、真実が突然失踪した。架は真実から2か月前からストーカーに狙われていると相談を受けていた。それで、警察に届けたが、警察はまともにとりあってくれない。仕方なく、架は自分で真実を見つけるために行動を開始する。

 当然他の読者と同じように私も、真実がどうなってしまったのか、その真相を追求するミステリーが展開すると思い読み進む。確かにそれも物語として語られるが、どうもそれとは違う雰囲気が漂うと思いながら読み進む。

 まず架は、彼女の実家のある前橋にでかける。そして、そこで、彼女の両親や交友関係のあった人達に会い、真実の故郷での人生を把握してゆく。また、真実が前橋でも結婚相談所に男性2人を紹介してもらっていて、彼らに会えば真実がどこにいるかわかるのではないかと、話を聞く。

 ここで、真実の辿ってきた人生が詳細に描写される。しかし彼女の行方についてわかるようなことは全く明かされないし、雰囲気さえない。

 そして、あいまいのまま突然章が変わり、何と真実が、失踪してから何をしていたか語る物語に変わる。
そこでわかる。いくら架が調べても真実の行方は、わかるわけがない。何と真実は、仙台に行き、震災で残されていた家族の写真をきれいに拭き、再生したり、新しい震災後の地図を作るボランティアをしていたのだから。

 この物語は、恋愛、結婚とは何かということを深く追及しているが、そんな中で、印象に残った部分があり、それを紹介したいと思う。

 実は、結婚のため、真実は仕事をやめ、送別会を退職の直前に開いてもらっていた。送別会を開いていた居酒屋に、学生時代の知り合いがたまたまきていた。この知り合いは以前、架にも紹介し、知り合いから結婚を羨ましがられていた。

 その居酒屋で、彼女たちにつかまり、送別会解散後、真実は飲みに付き合わされた。
そこで知り合いの一人が言う。彼女たちと架が飲んだ時、架に「真実は結婚相手、恋人として何点か。」と聞くと、架が「70点かな」と答えたと。

 真実は、自分の知らないところで、彼女たちに架が会っていたこと、そして自分が結婚相手として70点だと架が答えたことに大きなショックを受ける。

 自分は架は、恋人、結婚相手として100点だと思っていた。だから初めて人生の大決心をして、彼に抱かれた。
当然彼も自分は相手として100点だと確信していた。しかし70点とは・・・。せめて80点はなければ。70点とは、裏切られたと思いがする。それで、その夜、架がアパートに帰る前部屋をでて失踪した。

 この話、いっぱい描かれるエピソードの一つで、辻村さんはあまり関心度合いは高くないと思っていたら、最後のクライマックスでもこのことが再登場し、辻村さんと思いがあったと私はうれしくなった。

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朝井リョウ   「発注いただきました!」(集英社文庫)

 落語の芸に三題話というのがある。お客から、3つの言葉を提示され、即興でその3つを入れて噺を作る芸だ。

 この本は、朝井が色んな企業から、テーマやその企業が製造販売している製品をいれて物語を作ってくれと依頼され、創った物語を収録している。

 それにしても朝井は能力が優れた作家だ。

通常作家は自らの中に湧き上がったモチーフ、テーマをもとに、物語を作り上げる。この作品集を作るのにどれだけ時間を要したか知らないが、モチーフ、テーマを他人から決められそれに従い物語を作る、それも全作品が面白く読み応えのある作品に仕上がっている。まさにすごい作家である。

 この作品集の中で、今の若者の持っている特徴を印象的に表現しているのが「引き金」という作品。早稲田文学からの依頼で書いた作品。

 主人公の僕の高校の友人は同級生だった倉本。高校3年のとき、僕はワルの同級生から強要され万引きをした。倉本は女性を盗撮した。2人は停学処分となる。それで2人は学校に行けなくなり自分の部屋に引きこもり状態になる。

 ある夜、僕が部屋にいると、白い煙がふすまから入ってくる。驚いて「火事だ!」と叫んで、両親と兄とともに家から飛び出す。しかし煙の正体はドライアイスだった。そのことによって、引きこもりから抜け出せた。しかし、倉本の引きこもりは、僕が大学にはいった今でも続いている。

 大学にはいると、びっくりしたのだが、高校とおなじくクラスがあったこと。大学とは、自分で科目を選択して、その科目の授業だけ出席すればいいと思っていた。

 それがうっとうしい。クラスでは音頭をとる奴がいて、合コン、飲み会に連れ出される。いつも、途中でゴメンと言ってひきあげる。2次会には参加したこともない。酒もあまり飲めないので。でも、故郷に帰り倉本から聞かれると大学生活は楽しいと言ってしまう。

 何か寂しい。みんなとワイワイした方がいいように私は思うのだが。そんな私の思いを作者朝井リョウ描いてくれる。

「今いる場所から出なくても生きていけて、テレビの音量は22以下で、食後はすぐにお風呂に入れて、生まれたときから何不自由なく生きてこられた自分たちの存分に愛しすぎてしまっているだけだ。現状維持さえできればそれでじゅうぶん生きていけると感じられる国にいるから、わざわざ自分を変えようなんて思えないだけだ。」

 しかし、ありとあらゆるイベントに下らないと思いながら参加している自分がいる。今度は二次会にも参加してみようかとも思っていて、そんなことを思っている自分に期待すらしている。

 この裏腹の気持ち。青春を上手く表現している。

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宮部みゆき   「さよならの儀式」(河出文庫)

 宮部みゆきの近未来描写を中心としたSF作品集。

人間の行う労働の殆どはAIロボットが行う世界になっている。

主人公の若い娘さん、長い間連れ添った家のロボットが動かなくなり、ロボット工場に創られた、相談室にやってきた。

 彼女はそのロボットをハーマンと呼んだ。近未来では、ロボットのことをロボットと呼ばずに、製造会社名で呼ぶのが一般的だった。ホンダ製ならホンダ君である。

 ロボットは当然人間ではなく機械である。彼女の持ってきたロボットはハーマン社製で、古い初期のロボットである。すでに部品は無いし、再生が困難なものだった。だから、もう廃棄せざるを得ない。

 しかし、一般の製品とAIロボットは異なる。数十年にわたって、一緒に生活してきたのである。ロボットにはひとかたならぬ愛情を注いできた。だから、廃棄はすんなり受け入れられない。

 何しろ娘さんは、両親でなくハーマンが自分を育ててくれたと言うのである。

 面白いのだが、日本ではロボットの形状は人間型となっているが、西洋では四つ足型となっているところ。

またロボットも初めから完成までロボットが造り上げることができるが、最終工程だけは、人間が造っている。人間は神が創造したもの。だから最後は人間に造ってもらわねばならなかった。最終工程の人間は神なのかもしれない。

 壊れたロボットは、工場に続く、ブースに集められた。娘さんはハーマンに会いたいと、相談者にお願いする。ハーマンは第五ブースにいる。相談員が娘さんを第5ブースに連れてゆく。

 そこにはたくさんの壊れたロボットがいた。そして、全部のロボットが補助電池が切れるまで動いている。しかし動きはみんな同じ。両腕を上げ下ろし、屈伸をするだけ。これではどれがハーマンかわからない。

 しかし娘さんは、奥の檻にいるロボットの所に走ってゆく。すべてのロボットは音声認識能力も発声能力も失っている。驚くことに娘さんは手話でハーマンと会話をしている。

 ハーマンは両手を胸のところに持ってきて、極めてゆっくりと手を開いて、左右の手のひらを娘さんにむける。それで終わった。ハーマンは頭部をうなだれ、手がごとんと落ちた。

 娘さんは言った。ハーマンはこう言っていますと。
「ワタシヲ シナセテクダサイ。」

 人間とロボットガが最後に通じ合う。その手段が手話というのが、感動を呼ぶ。

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中島京子   「キッドの運命」(集英社文庫)

 中島京子が描く、SF近未来小説集。
最近、続けて同じテーマの作品を読んだ。中島作品に続いて、宮部みゆきの「さよならの儀式」この書評の後、宮部作品の書評を書く。

 私は入学した大学の経済学部で、何をとちくるったか、今は化石になってしまったマルクス経済学を選択した。当時は学生運動の名残が強く、近代経済学などを選択することは日和見だと、多くの先輩に強制され、しかたなくマルクス経済学選択になった。

 マルクス経済学によると、人間は資本家階級か労働者階級に属するかの2分に分けられる。労働者階級は、彼らの労働を労働価値として売ることによって、資本家階級に搾取支配され、非人間的な地位に置かれる。

 それで、労働者階級はその地位を解放させるために、支配階級である資本家階級と戦い、これを打ち破り労働者が主人公となる社会を実現させる、これが本来人間のあるべき姿としてマルクス経済学は描く。

 で、革命後の社会はどんな社会か?労働者は抑圧から解放され、労働者が中心の世界となる。社会の発展のため、他の人達のために働く姿が実現して、労働者は労働することを最高の喜びを感じる社会となる。

 中島さんの作品では、労働から解放された人々の世界がどのようにして実現されたかは明確に書いてはいないが、殆どすべての労働はAI、ロボットが人間にとって代わって行うことによって人間は労働から解放された世界を実現したと思われる。

 それで、マルクス経済学では労働が、喜び、幸せの実現に結びつくのだが、中島さんの物語では、労働は、わずかに残るが、それに従事している人は最低の人間として認識される社会となっている。

 現代社会では、働かざるもの食うべからずという社会価値観が基本にあり、特にひきこもりについては最低として忌み嫌われるひとたちに分類されるが、この作品では、普通の一般的人々に分類されている。

 というより、労働が人間の必要ごとでは無くなるので、人と交わる必要性が無くなり、ひきこもりが普通一般の有り方になるのである。ひきこもりは一人で生きることが本質であるため、他人とのコミュニケーションが不要となる。驚くことに近未来では日本語が死滅している。

 それから面白いのが、一日が12時間になっていること。人間は夜8時になると、一斉に眠り、目覚めると朝8時になっている。眠っている12時間が一瞬になり存在が無くなっていること。

 面白い。中島さんのおかげで、マルクス経済学の呪縛から解き放された気持ちになった。

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法月綸太郎  「法月綸太郎の消息」(講談社文庫)

 法月がリスペクトする海外のミステリー作家の作品のオマージュ作品集。

 海外ミステリーに詳しくないため、どの作品からの動機付けがあった作品かわからないが、きっとあるだろうとは思うが、私にとって奇抜だと思ったのが「殺さぬ先の自首」という作品。

 都内の所轄署に40過ぎの男がやってくる。名前は棚橋洋行。昨夜知人である、藍川佐由美神田の画廊オーナーを彼女の自宅で、文鎮で殴り殺した。だから逮捕して欲しいと。
動機は死んだ女房の恨みを果たすため。殺害死体は車に詰め、埼玉の山奥に捨てたと。

  それで、警察が画廊に電話して確かめると、犯行のあった時間、藍川は京都に法事にでかけていて、その後関西方面の客を訪問していたという。画廊のスタッフが藍川の所在を突き止め生きていることを確認。それで、警察は棚橋には引き取ってもらう。

 ところが、そこから5日後、藍川の殺害死体が発見される。場所は自宅マンションではなく、藍川が経営する画廊。

 面白いのは警察は棚橋を呼んで、あんたがやったのではないかと問い詰める。棚橋が言う。
「何を言っているんですか、すでに私は藍川を殺していて、遺体は山の中に埋めているんですよ。同じ人を二度殺害はできませんよ。」と、警察が頭を抱えるような回答。

 この作品を読んでいると、マインドコントロールというのは恐ろしいと感じてしまう。

 棚橋は藍川に対する恨みを信頼できる占い師に相談する。すると占い師は具体的殺害方法まで示して、藍川のマンションで棚橋が藍川を殺害すると予言する。
 棚橋はこの予言を自分がしてしまうと思いこんで、殺害期日を過ぎた日に警察に自首する。

 最近は統一教会のマインドコントロール問題が社会問題となっている。
そこでの実態を知ると、この作品のようなことが起こってしまうことは不思議ではないのだと感じてしまう。

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土屋賢二  「長生きは老化のもと」(文春文庫) 

 週刊文春の長寿コラム「ツチヤの口車」の名エッセイを収録したエッセイ集。このエッセイ集、いつも出版を楽しみにしてきた。

 どのくらいこのエッセイが続いてきたが忘れたが、当初土屋さんはお茶の水大学の教授をしていて、奥様に対する自虐エッセイも面白かったが、学生諸君に対する自虐エッセイも屁理屈が最高で面白かった。

 最近このシリー本がお見かけしなくて、少し寂しい思いがしていた。待望のエッセイ集を手に取って驚いた。
 屁理屈屋の土屋さんが、このエッセイによると老人ホームに入居しているらしい。
長い月日をかけて私は土屋さんのエッセイを楽しんできたのだと過ぎ去った日々に思いをはせた。

 変わらぬユーモア一杯のエッセイを紹介する。

「質問について、瞬間的に答えられない質問があるのですか。」
「間違いが怖くて哲学ができるか。とにかく反論され続けたら何も言えなくなるのは事実だ。」
「それが夫婦間でもあるのですか。」
「そうだ。口を開くたびに否定され、怒りを買っていると何も言えなくなる。」
「怒りを買うような行動をしなきゃいいんです。」
「違う。無実なんだ。家の中で食事をした後、何気なくそろそろ帰らなきゃと言っただけで怒りを買う。」


小学校で血液の循環を教えていた先生が逆立ちをしてみせ、こう言った。
「ほら顔が赤くなったでしょう。じゃあ、ふだん立っているとき、どうして足が赤くならないの。」
すると、生徒の一人が答えた。
「先生の足は空っぽじゃないから。」

100歳になった老人が長生きの秘訣を聞かれる。
「運動をせず、毎日煙草を20本吸う。酒は二合、脂身の多い肉を食べることだ。」
何しろ100歳の人が言うのだからだれもおかしいとは言えない。
これと同じような答え。

DeNAが巨人に6-0で負ける。記者がラミレス監督に聞く。
「DeNAは何が足りなかったのでしょうか。」
ラミレス監督が答える。
「7点」

土屋さんには、これからも老人ホームネタでもいいから頑張って発信してほしい。

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今邑彩    「鋏の記憶」(中公文庫)

 ホラーミステリー中編集。

サイコメトリーという言葉がある。これは、ある物にさわると、その物を所有していた人物のことや、その人物の秘めた感情や体験したことを、感知できる能力を持っていることを言う。そんな能力を持つ、桐生紫が主人公。紫の夫は警察に勤める刑事。

 紫のところに、高校時代の遊び仲間で現在売れっ子漫画家になっている二瓶乃梨子から電話がある。アシスタントが突然辞めたので、お金ははずむから、紫に手伝って欲しいと。

 紫はしぶしぶこの依頼を受け、乃梨子のマンションに行く。驚くことに、乃梨子の部屋はがらくた、ゴミの山。仕事が終わると、乃梨子が好きな物を持って帰っていいよと言う。

それで、ゴミの中から鋏を手にとってみた。するとその鋏から、子供を刺して、その子が大量の血を流して死んでしまう姿が浮かぶ。

 乃梨子はその鋏を拾った場所を覚えていて、その近くで、鋏を使って子どもが殺害された事件があったかどうか聞きまわる。
 そして、あるお婆さんから、近くの札幌から転勤してきた夫妻の母親が鋏を振り回していた子供の鋏を取り返そうとしている時、誤って子供を刺してしまうという事故があったことを聞きこんでくる。

 しかし、再度鋏を紫が持つと、その話は嘘、刺したのは子供。母親が刺したのではないと紫が言う。

 そんな事件が30年前にあったかどうか、夫を通じて夫の知り合いの札幌県警OBに調べてもらう。すると子供殺しの事件は無いが、子供の失踪があり未だ見つかっていない事件があることがわかる。その子供の名は松永明彦。

 札幌から転勤してきた夫妻は杉原。その子の名は正樹。子供は一人しかいない。しかし鋏には子供が子供を刺したという記憶が残っている。これはどういうことか。
紫の夫進介が、正樹の取り調べと名推理が、真相を突き止める。

 明彦と正樹が杉原の家で、鋏を持って遊んでいるとき、謝って明彦が正樹を刺し殺してしまう。そこで、杉原夫妻は明彦が正樹であると説得して、明彦を正樹として育てあげる。

 ここで、物語は普通終わる。

 30年後に、正樹は実は明彦だと松永家は知る。そのことが、どんな混乱を巻き起こすかを、物語には必要ないと思われることを、今邑さんは更に詳しく描く。

 作者今邑さんは、理屈好きの長野県出身。私も長野県出身。久しぶりに同郷の人に会ったと今邑さんに親しみを感じた。

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樹林伸   「ドクター・ホワイト心の臨床」(角川文庫)

 シリーズ完結編。
この完結編では、医師たちのドロドロした争いが主たるテーマになる。

前作と今作で、天才診断を行う主人公の白夜の正体が明らかにされる。

この作品には、日本有数のIT起業家で大資産家の海江田誠が登場する。彼は4年前に経営の第一線を退き、運動神経系が冒され全身の筋肉が萎縮してゆく不治の病、筋委縮性側索硬化症、通称ALSを病んで全身不随の床にあった一人娘、朝絵のために熱海に瀟洒な別荘兼入院施設を作り一緒に暮らしはじめていた。

 実は主人公白夜は、この朝絵のクローン人間として作られた。そして作られてから12年間この施設に閉じ込められ、その施設を脱出して彷徨っていたところを、新聞記者狩岡により保護されていた。

 朝絵がALSと診断したのが、ALS診断の第一人者だった、現在の高森創業病院の院長である里中。

 ところが白夜は、朝絵を診て、体の全ての機能が衰えていくことが特徴であるALSなのだが、朝絵の舌の動きは正常であることを見て、朝絵はALSでないと診断。即ちALS診断の日本第一人者である里中が誤診したと断言する。

 その誤診を見破った医師がいた。30代の若い医師の水樹。水樹は、里中に引っ張られ30代の若さで高森総合病院の副院長に抜擢され、異例の出世を遂げていた。

 実は、水樹は里中院長の誤診を突き止め、院長を強請っていたのである。誤診した患者が日本の大資産家の娘であること、ALSの権威者が誤診したということで、これが世間に知らされれば、里中の権威は地におち、医師としてやっていけなくなる。そこを水樹はついたのである。

 現在理事長である麻里亜の兄の高森医師は、汚職事件の濡れ衣をきせられ隠れているが、彼が突然現れ朝絵の大手術を行う。

 ここが最大のクライマックスで手に汗をにぎる。もちろん手術は成功する。

ドクター・ホワイトシリーズ、文学としての価値は低いかもしれないが、緊迫した場面の連続で非常に面白かった。私は、通常文学より肩肘張らずに読めるエンターテイメント小説を好む。

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| 古本読書日記 | 05:35 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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樹林伸   「ドクター・ホワイト神の診断」(角川文庫)

 シリーズ第2弾。
第2弾でのテーマは癌治療について。

 高森総合病院で、重篤な病気で亡くなった、病院創始者高森巌の曾孫にあたる高森麻里亜が、癌患者でグラビアアイドル、カンナの治療について言う。

「手術で癌を切る。放射線で焼く。抗がん剤で癌細胞を殺す。この3つを行うしか癌治療の方法はない。」

しかし、放射線照射は、正常な細胞を破壊する。抗がん剤の薬事承認は、従来の抗がん剤に新しい薬を混ぜた抗がん剤と従来の抗がん剤のままの投与した患者とどちらが長く延命できたかで、新しい抗がん剤が承認されることを繰り返す。

 つまり日本では、癌の治療は癌削除、放射線照射、抗がん剤投与のステレオタイプの治療しか方法が無く、他の治療は全く承認されない状態になっている。

 巷間、製薬会社が、自分たちの利権のために他の治療を開発、認可をさせないようにしているということが、まことしやかに噂されている。

 主人公の天才的、病気診断を行う白夜が言う。

「抗がん剤の中には、ドセタキセルのように著しい白血球減少作用があり、そのせいで起こる日和見感染により肺炎などで死亡する患者も少なくありません。しかも、抗がん剤の多く、いえ殆どが発がん性があることがわかっています。」
 しかし、日本では、こうしたことによってできた癌が発見されると、また同じように摘出して、放射線、抗がん剤と同じ治療を繰り返す。しかし癌細胞には転移しない細胞もある。
しかし人間の白血球であるリンパ球の中のNK細胞やT細胞は、活性酸素で傷ついて変異を起こした細胞を異物だと感知して殺します。そうやって、変異した細胞が分裂して大きくなり、病気としての癌になってゆくことを防ぐ仕組みが、人間の免疫システムには備わっているんです。」

 本より写すだけで、よくわからないところが多くあるが、人間の持つ本来の免疫力を強化してゆけば癌を克服できるのではと思えてくる。

もし癌の治療が、製薬会社やそれに連なる政治家、官僚の利権により制約を受けているとしたら悲しい限りだ。

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樹林伸  「ドクター・ホワイト 千里眼のカルテ」(角川文庫)

 フジテレビ午後10時からの月曜ドラマで放映されたドラマの小説版。
小説が先か、ドラマの脚本が先か、わからないが、章単位に映像シーンが変わり、本当にテレビドラマを見ている様で、驚いた。

 物語は公園で早朝ジョギングをしていた新聞記者の狩岡将貴の前に、白衣だけを纏った美少女が現れるところから始まる。その美少女を保護して、将貴が自分の部屋に連れて行く。

 少女の名前は白夜。

現在学校では、社会性を身に付けるために、集団あるいはグループで勉強したり、社会でのあるべき行動を学んだり、そして他人に迷惑をかけない、協力して作業するという同調圧力をかけられながら活動する。個性や能力に応じた勉強ではなく、同じ進度で勉強するが、それが本当によいかこの物語を読むと考えてしまう。

 今流行りのオンライン授業を取り入れ学校へは行かず、自宅で個別に行うようにしたら、斬新な能力が開発でき、すごい人材がでてくるのではないかと思える。

 病院で最も大切なのは、正しい診断を行うこと。誤診をして、間違った治療をすることは最もやってはならないことである。

 主人公の白夜という主人公、何故そうなったのかわからないが、12歳まで白い建物に幽閉されて、徹底的に医学を学んで育てられる

 白夜と記者の狩岡は、高森総合病院に新設された診断協議チームに組み入れられる。そして、多くの誤診を白夜が天才的能力を発揮して、正しい診断に切り替える。面白いのは医学に天才的能力を発揮するが、年齢は12歳、それで他のことは幼時能力しかなく、考えや発言が幼時並み。ここの落差が面白い。

 今は日本ではみることは無くなったが、犬に噛まれて起こる病気に狂犬病がある。知らなかったが狂犬病は病気にかかると、一週間くらいで死に至る病だそうだ。だから、もし狂犬病にかかっても、日本ではあり得ない病気だから症状がわからず誤診をしてしまう。

 白夜はある患者の症状から、狂犬病にかかっていると診断。狂犬病は犬から鳥に伝染し、その鳥に噛まれても、人間に伝染する。

 先進国では、狂犬病は滅亡した病気のため治療方法がわからない。白夜は唯一狂犬病を治癒させたウィスコンシン小児病院の治療手順を覚えていて、その通りに治療を行い、完治させる。

 この狂犬病との診断と治療の描写は緊迫感、臨場感があり、感動した。

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原田ひ香   「彼女の家計簿」(光文社文庫)

 原田さんの作品は、タイトルだけを見ると、日々の暮らしで困難に遭遇し、それと格闘する姿をデフォルメして面白おかしく描くドタバタ小説かと想像してしまう。ところが実際の作品は、深く重く、ずしりと心に響く読み応えのある作品ばかりである。

 主人公の瀧本里里は人生を踏み外し、シングルマザーとして娘啓と2人で暮らしている。ある日、分厚い封筒が届けられる。開封してみると、戦争のはじめから戦後少し経つまで、五十嵐加寿という女性がつけていた家計簿があらわれた。この家計簿は、風俗関係についていて、年老いていった女性たちの生活を支援するNPO「夕顔ネット」の代表三浦晴美から届けられたものだった。

 この家計簿を書いた加寿は誰なのか。家計簿を送ってきた晴美と加寿とはどういう関係があったのかを辿る物語である。

 これを里里が調べてゆく。そして里里は、加寿が里里の祖母であり、更に里里の母である朋子、2人が壮絶な人生辿ったことを知る。
その人生に、NPOの代表の晴美の辛い人生、更にそのNPOを頼ってやってくる元AV女優の野村みずきの現在抱えている苦闘が被さる。

 戦争直後、加寿は代用教員に採用される。そこで木藤という先生に恋心を抱く。そしてその木藤からプロポーズされる。加寿の夫善吉は、戦地から帰ってくるが、生きる気力を失い、何もしないでボーっと一日を過ごしている。加寿は娘朋子の育児から、食料の買い出し、苦しい生活を一人で切り盛りし、先生までしながら奮闘している。夫善吉をはじめ誰も、その苦闘を助けてくれない。

 もうこれはダメと思っていた時に木藤から声を掛けられる。しかし、結婚している加寿は家から出られない。すると木藤が駆け落ちしようと誘ってくれ、待ち合わせ場所まで行かねばと夜家をでる。しかしその途中で追いかけてきた夫善吉に谷に突き落とされ深い傷を負う。

 その時の加寿の気持ちが、この物語で作者原田さんが言いたかったこととして書かれる。

「木藤先生は言いました。僕と結婚してくれたら、加寿さんにはこんな苦労はさせない。学校の教師なんてやめさせて家事に専念させる、と。あの時、加寿ははっきりとわかったのです。加寿は仕事を続けたいのだ、と。わたしは、木藤先生と逃げるつもりはなく、駆け落ちを断りに行ったのだ。わたしは何よりも仕事を続けたいのだ。」

 仕事に貴賤はあるかもしれないが、人間は男性、女性問わず、どんな仕事であっても続けたいのだ。社会や人々と関わりを持っていることが何よりも大切なことなのだ。

作者原田さんの強い思いがほとばしる。

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今邑彩    「よもつひらさか」(集英社文庫)

 ホラー短編集。本のタイトルになっている「よもつひらさか」を紹介する。

主人公の私は、娘の奈津子に言われ、山陰の小さな村に奈津子に会いにやってきた。
奈津子は見合いで結婚を約束した相手を無視して、男と駆け落ちする。それから年賀状の交換をするくらいで、会ったことは無かった。この度、孫が生まれたから会いにきてと言われて、でかけたのだ。

 山陰の小さな駅に着くと、「ひらさか」という坂があり、その坂道を上がりきったところの家が駆け落ちし嫁いだ家があると奈津子が手紙に書いてきた。確かに「ひらさか」という文字が、目印の大きな石に書かれていた。ただ、坂は「ひらさか」でなく、ひらの上にまだ判読できない文字が書かれていた。坂はずっと遠くの山まで続いていて、長い坂だった。これを一人で行くのかとげんなりしていると、一人の男にあう。自分も村に行く。一緒に行きましょうという。
有り難く思い一緒に歩きだすと、その男がとんでもないことをいう。

 この坂は古事記にものっていて、正確には黄泉比良坂、よもつひらさかという。

この坂を下ったところは、亡くなった人がいる黄泉の国。この坂を歩くと、死んだ亡者が現れ、亡者に連れられ下って行くと、連れられた人は亡くなり、黄泉の国に行ってしまう。
と言って、亡者に連れられて亡くなってしまった人の話をいくつもする。

 普通は村に行くときは、この道を通らず、迂回して行くのだが、今日はあなたという連れがいるから一緒に行くことにしたと言う。

 長い時間歩くがなかなか村に到着しない。不安になって時計をみると、時計は駅に着いた時間でまっている。そこで連れの人に何時か尋ねる。すると、自分は少し前に間違って谷から川に落ち、そのとき足を骨折、そして時計も落とし、時間はわからないと言う。

 え?骨折! どうして彼は今歩いているのだろう。

その時彼がガムをどうぞとガムを取り出す。このガムを食べたら、黄泉の国に連れていかれてしまうと思った瞬間、何と上り坂が下り坂になっていた。
 この「下り坂」が効果十分。思わずひやりとした。

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今邑彩   「人影花」(中公文庫)

短編ミステリー集。
本当に短い作品だったが「もういいかい・・」が印象に残った。

あの老人がまたやってきた。いつも一人でやってきて、焼酎一杯だけで、閉店までいるあまり有り難くない客だった。

 その晩老人がぽつりと言う。
「もういいかいという声が聞こえたよ。」

その夜は雨が激しく降っていた。しかも夜中だ。外でかくれんぼをして遊んでいる子供たちがいるわけがない。それで
「そんな声は聞こえません。」とバーテンが答える。

老人は「また聞こえた」と言って、その声についてぼそぼそと語りだした。
老人が小学生の時、吉川雅樹という子が都会から転校してきた。吉川は背も高くスマートで
勉強もでき女の子にも人気があった。それが生意気に見え、誰も吉川には近付かなかった。

 ある日吉川をいじめてやろうと、老人を含めて神社でかくれんぼをする。吉川は友達ができたと喜んで鬼になった。
吉川が「もういいかい」と繰り返している間に、老人を含めた子供たちはみんな家に帰ってしまう。

 その晩は夜にかけて大雨になった。
次の朝、吉川は学校を病気で休んだ。吉川は大雨にずぶぬれになって夜中神社で発見された。激しい風邪を患い、2日後に死んでしまう。死ぬまでうわごとで「もういいかい」と言い続けた。

 それから、老人が大学受験や就職に失敗したとき、必ず「もういいかい」という声が聞こえてくるようになる。それからというもの不幸なことが起こるたびにいつも「もういいかい」という声が聞こえる。

 老人はその都度、「もういいよ」と声を上げざるを得なくなった。もう振り向いて探してくれ。俺は目の前にいるじゃないか。

 そんな告白を聞いたときから老人は店に現れなくなった。
老人が告白した次の日、常連の客が教えてくれた。
「今日、あの老人が小学生の男の子の手をつないで、橋をわたっていたよ。」と。

短い作品だが、心に残る作品だった。

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伊坂幸太郎選  「謎005」(講談社文庫)

 今から4,50年前のミステリー短編を伊坂幸太郎が選んだ作品集。

4,50年前、懐かしい作家が並んだ。当時、最も有名だった作家といえば、夏樹静子。
その夏樹の「パスポートの秘密」を紹介する。

 設計事務所に勤めている主人公の節子が、社員旅行で香港に行く。
レパルスベイにあるクラブで、知り合いを偶然見る。彼の名前は高薗竜平。しかし、パスポートを覗いてみたら名前が畠忠雄となっている。

 実は、節子はこの2人を知っていた。

節子は4年前、父親の紹介で竜平と見合いをした。竜平は、大資産家の息子で、大学をでて、2年間民間会社に勤め、実家に戻り、財産を相続して、資産管理をして暮らしている。

 畠忠雄は父親が、高薗家の下働きをしていた。
竜平は、資産家の息子だけあって、人を見下すところがあり、そこがいやで縁談を断った。
どうして、竜平が忠雄名義のパスポートで香港にいるのか。

 節子は帰国して、調べてみる。すると、縁談を断った直後、繁華街で殺人事件があり、迷宮入りとなっていた。目撃者の証言によりできた似顔絵が竜平にそっくり。

 そこで高薗家に行って、竜平のその後はどうなっているか聞くと、竜平は北海道で牧場を経営していると言われる。
 忠雄に会う。忠雄は本当のことを言うことを渋っていたが、しつこく尋ねると白状した。

 実は、竜平は繁華街で人殺しをしていた。では、何故パスポートは忠雄名義にしてあるのか。香港に逃げている間竜平名義だと、時効に換算されない。だから、パスポートを忠雄名義に偽造していたのだ。

 そんな時、香港警察から日本の警察に紹介がある。忠雄名義のパスポートを持っている男が、交通事故にあい、記憶喪失になったと。日本の警察が調べると、忠雄は日本を出国したことは無いという。じゃあ、このパスポートを持っているのは誰なのか。警察が調査を始めるところ、竜平がこれから追い詰められることを匂わせ物語は終わる。

 今は殺人での時効は無くなった。まだ海外旅行が一般的では無かったころ、懐かしい思いがする作品だった。

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伊藤たかみ   「カンランシャ」(光文社文庫)

 不倫が重なり合った小説。

主人公の直樹は、京都で人材派遣の会社を興し、新しい市場を求めて東京に進出。前の会社で大学の後輩で飲み友達の隆一も東京に来ていた。

 直樹は京都から東京に浮気相手の愛を連れてきていた。その浮気について、直樹の妻いずみから隆一は相談を受ける。それをきっかけに隆一はいずみに恋をする。隆一はすでに妻信子とは離婚をしている。

 作者伊藤は、芥川賞作家。表現も練られていて、質が高い。それが影響しているのか、それぞれの不倫について、狂おしいような高ぶる表現がなく、静かである。

 不倫は、夫、妻はうしろめたさがあり、隠そうとするからか、不倫をしていても、心から楽しんでいるような雰囲気が醸し出されないから、表現が静かになるのかもしれない。

 そんな物語を突然突き上げるような感情が迸る場面がある。

飲み屋で、隆一が直樹に迫る場面。

 「身体のどこかに、人生を全部失っても構わないからって、ささやきかける部分がある。そこに火がついたらもう、自分の人生や他人への迷惑なんて計れなくなるんです。消えない熱が身体のどこかに生まれてしまうんですよ。どこにあるかもわからないのに、それをどうやって消せって言うんです。」

 そして隆一は直樹にいずみを譲ってくれとお願いする。

伊藤渾身の力をこめて描いた部分かもしれないが、この部分が作品そのもののトーンから遊離して浮き上がってしまっている。

 そして、芥川賞の伊藤だから、他の不倫物語とは異なった発想、結論があるかと思って読んだが、中味は平凡のまま終了してしまう。凡作だった。

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今邑彩    「卍の殺人」(中公文庫)

 今邑彩のデビュー作。

萩原亮子は結婚の約束をしていた恋人安東匠の実家を訪れる。匠の実家は広大な土地を持ち、ワイン醸造をしている資産家だった。そして、匠自身は安東家の子供ではなく、養子として安東家に入っていた。実は、安東家の息子と安東家から布施家に入ったもう一人の息子は亡くなっていて、後継者は匠がなることを祖母から求められていた。

 しかし、匠は安東家に嫌われながら育てられたため、後継者になることを拒否し養子離脱をしようとしていた。もちろん、婚約者の亮子も安東家にはいることを拒否していた。

 この安東家。家の造りが中央のホールを軸にして、安東家と布施家が卍の形になっていた。

この卍の家で、布施家に嫁いだ安東家の娘品子が殺され、匠の兄美徳が死体となって発見され、 そして、次に品子の夫、隆広が殺される。3つの殺人事件が起こる。

これらの事件を、匠が見事な推理をして解決させる。この作品320ページの作品なのだが、解決が260ページまででなされる。しかし、まだ残りが60ページもある。

 残り60ページに一体なにが書かれているか、いぶかりながら読み進む。

実は、匠は画家を目指していて、その師匠小原が、匠の推理を聞いて、それはおかしいと新たな推理を展開。そして今度こそ事件の真相を突き止める、二重構造になっていた。

 この作品を読むと、単独犯行でなく、共犯者がいる犯行、しかもその犯行計画と仕込みに長い時間をかけると、トリックの範囲が大きく広がることがわかる。

 トリックの仕立てはいずれも平凡だったが、単独犯と複数犯における謎解きが一つの作品で楽しめる面白い作品だった。

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| 古本読書日記 | 06:23 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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伊藤たかみ  「助手席にて、グルグル・ダンスを踊って」(河出文庫)

 伊藤たかみのデビュー作であり、文芸賞受賞作品。
高校3年の夏から冬にかけてを描いた青春群像劇。

 セックス、無免許での車の乗り回し、不良グループとの喧嘩、暴力。高校でのミスコンテスト。もうこれでもかというくらい、高校生の過激さと、虚しさを描く。

 そして結論が最後のページに主人公の父の新しい恋人シーナによって語られる。

  「世の中は、グルグル、回っているでしょう?だけど、キミも回っているの。みんなグルグル回っているのよ。忘れないでね。自分も回っていることを。・・・・・・

 世の中は複雑に回転するように見えるの。でもホントは、みんなその場所で右か左に廻っているだけ。時々速度を変えながらね。グルグル、グルグルってやっているのよ。動くのをやめた時、世の中のことがみんな理解出来るのはそのせいなのよ、きっと。なんだ、こんなことかって。

 キミくらいの年にはずっと悩んでいた。今でも時々そんな不安を思い出すの。だからそのたびに私は回転するのを、止めてみようかと思う。だけど、やっぱり止められないわ。私の回転だもの。私だけの、単純で愛しい回転だから。

 それがわかれば、私たちはずっと幸せになれる。そんな難しいことじゃないのよ。幸せになるのって。良いときも、悪い時も回っていなさい。恋をしている時も、怒りに震えている時も、いつも回っていなさい。そして、きっと目を開けているのよ。どんなに目が回りそうでも、しっかりと開けていなさい。私たちのするべきことって、たったこれだけなんだから・・・。」

 人生ずっと廻り続けているとは思わないが、確かに高校生や青春時代は、無我夢中で回っている。

 石原慎太郎の「太陽の季節」や映画「ウエストサイド物語」を彷彿とさせる作品だが、中味は伊藤たかみの頭のなかで作られた作品のように思え、前述の2作より迫力、リアリティで劣っていると感じた。

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| 古本読書日記 | 05:49 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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