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2022年08月 | ARCHIVE-SELECT | 2022年10月

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藤岡陽子    「海とジイ」(小学館文庫)

 3つの作品が連作として収録されている。

私の時代もそうだったが、少し年配の世代では、中学校を卒業して社会にでる人が多かった。
金の卵と言われて、都会へ集団就職した。そして高校を卒業して大学に進学する人は少なかった。

 私は大学に入り、学生寮にはいった。ひどい環境で6畳の部屋に3人詰め込まれて暮らした。その寮の隣部屋に、私より一回り年上、30歳の新入生が入寮してきた。

 もう私たちから見れば完全におじさんだった。
少し気味が悪かった。何で30歳にもなって大学に入学してきたのだろう。だから、誰も声をかける人はいなかった。いつも一人で食事をしたり、行動していた。

 そしてその人はよほどつらかったのだろう。夏休み前には退学してしまった。

この小説にでてくる城山は、親父は戦死して、母親に育てられる。貧乏だから小学校から、ずっと働いてきた。新聞配達、アイスキャンデーの売り子、ボタン工場でのラインの仕事・・・学校が休日の時も働くものだから、友達と遊ぶことが無かった。まったく働き詰めの人生だった。高校を卒業して、紙製品工業の会社に入った。懸命に働いた。

 その時の社長は今のままでは会社は発展しない。発展するためには、人材を育成しないとならないと考えた。

 それで城山に会社で費用を全部もつから大学に行けと言う。城山は本当に嬉しかった。城山27歳の時だった。

 城山は高校の成績は良かった。それでみっちり一年間受験勉強をして28歳で岡山の大学にはいる。

 しかし入学してからが辛かった。28歳の大学一年生はだれも相手にしてくれなかった。いつも独りぼっち。講義で席にすわっても、周りには誰も座ってくれなかった。
 だんだん授業にでなくなり、大学をやめようと思った。
そして、試験がちかくなる。その時、真鍋という学生が、城山にこれ講義のノートと言って渡してくれる。大学に入って初めて声をかけてくれた学生だった。

 「どうして僕にそんなことをしてくれるの?」
 「だって27歳で大学で学ぼうなんてすごいじゃないか。城山君が大学を辞めると聞いたんで、それはせつない。」

 そして城山と真鍋は無二の親友となる。そこからの物語も素晴らしい。胸がぐっとつまる場面の連続。

私も大学時代、30歳の新入生に声をかけてあげれば、良かったと少し悔いる。

 藤岡さんは、宮本輝が審査員をしている文学賞を受賞。宮本は藤岡さんを激賞している。
まったく藤岡さんの作品は宮本の作品を読んでいる気持ちにさせる。失礼だが藤岡さんは、まさに女性宮本輝である。

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藤野可織    「爪の目」(新潮文庫)

芥川賞受賞作品。

この小説は不思議な小説である。普通小説は」一人称か三人称で作られるが、この作品には大人の女性と少女登場し、あなたとわたしとして登場する。そのあなたとわたしが、大人の女性であったり少女であったり場面、場面で入れ替わる。だから、多少読んでいてコンフュージョンするときがある。

 登場する大人の女性は、少女の父親と浮気をしている。女性は美人でもなく、それほど魅力的でもないが、何故か今まで男を引き付けてきた。

 できるだけ、人生では、人と摩擦を起こさないよう、意見主張をせず、だから友達もおらず、人生に対する意思を持たず生きてきた。

 ただ、この女性は、視力が弱く、眼にコンタクトレンズをはめ、眼だけは繊細であった。

一方少女は視力はよく、意見主張を言い、バリバリ実行実現する子だった。

 この物語で、女性が少女に母が持っていた独裁者の物語の本を読んであげるが、そこが印象深い。

「独裁者は思春期の少女みたいに気ままに振る舞って、無数の人を殺した。活字の総数よりもずっとたくさん、殺した。独裁者はとても幸福だったというわけではないが、不幸でもなかった。独裁者は、見ないことにかけては超一流の腕前を誇っていた。彼は自分に起きたひどいことも、まったく見ないようにすることができた。彼は目をつぶり、すると肉体や精神の苦痛は消え失せた。」

 しかし、わたしとあなたではこうはいかない。傷はつけないように、細心の注意をはらって発言、行動をするが、それでも凡人は他人を傷つけてしまう。

 ロシアのプーチンはどうだろう。人を大量に殺しても、眼をつむっていればそのことは見えないし認識もしないのであろうか。

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磯崎憲一朗    「世紀の発見」(河出文庫)

 この物語の本質からはずれてしまうかもしれないが、物語を読むと時の流れの速度について思わざるを得なくなる。

 子供の頃の時間の進行スピードは、ゆっくりだったが、本当に老年期になると、時間の進行スピードは速くなる。

 しかしゆっくり考えてみると、世の中の変化のスピードは子供の頃に比べると異常に早くなっている。Faxが登場したときは驚いた。画像や文字を瞬時に距離を斟酌しないで、相手に送信できる、こんなことは信じられなかった。

 しかしネットが登場して、今はネットで瞬時に画像、文章を簡単に送受信できるようになった。固定電話や公衆電話が消え、誰もが携帯電話でやりとりするようになった。

 とにかく世の中の変化のスピードには驚くばかりだ。

この作品の主人公は、石油掘削設備の技術者として、20代の時、会社からナイジェリアに派遣される。

 宿泊は日本人出張者、駐在者専用のアパート。日本人は、仕事が終わると欧米人用のカジノや女性がはべるカラオケクラブに遊びに行くが、必ず宿舎に帰ってきて、冷えた和食を夕食として食べる。

 食堂には10年前の紅白歌合戦がいつもかかっている。毎日ぼんやりと同じビデオを見てすごす。

 掘削場所の許認可のために、毎日役所にでかけるが、誰に許認可をもらうのかわからず、右往左往して一日が終わる。掘削場所の地主は、いつも不在、海外に遊びに行っていたり、多忙と言われ、会えたためしがない。自宅まで押しかけても、いない。

 主人公がナイジェリアに着いて、その直後、すぐ技術者が30名やってくる手筈になっていたが、全くだれも来ない。

  主人公は一年たっても、鉄骨一本、ボルト一本もさわっていない。
そして、恐ろしいことにそのままの状態で主人公は11年間ナイジェリアに滞在することになる。

 主人公は思う。ナイジェリアでは何もしないうちに11年もたってしまった。
ナイジェリアの時間の進行スピードは異様に速いと心底思う。

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藤岡陽子   「陽だまりのひと」(祥伝社文庫)

 主人公の弁護士芳川は、横浜鶴見区で事務員涼子とたった2人で小さな法律事務所を営んでいる。そんな事務所を舞台に、等身大の人間たちがもがきながら紡いでゆく、6つの短編からなる連作短編集。どの物語も心に響く見事な作品ばかりなのだが、この書評では、「もう一度、パスを」紹介する。

 主人公宇津木亮治は、殺人の疑いで逮捕され留置所に拘留されている。
母親と2人暮らしをしていた亮治は、中学三年のある日、再婚相手を家に連れてくるから会って欲しいと母親に言われ、それがいやで、いつもの学校の帰り道とは反対方向に歩いていた。

 その途中にあるスーパーマーケットで、同級生のワルの2人に絡まれた。彼らが亮治にここにいて見張っているだけでいいとスーパーの裏で見張りでたたせた。その見張り中ワルはスーパーのゴミに火をつけて、火災を起こす。この時、客を避難誘導していた、女店員が逃げ遅れ、大火傷を負ってしまう。

 ワルはすぐ放火を自供、亮治は犯行を否定したが、結局犯行をしたということになり、少年院にゆくことになる。

16歳で出所した時、解体工事の仕事につく。ひたすら懸命に働く亮治の姿に感心して、こんなところにいてはいけないと現場監督の紹介で運送会社に転職。運送会社の社長が、もっと安定したしっかりした会社に転職したほうがいいと「柏原ハルテック」に紹介してくれ、柏原社長は亮治の履歴を問わず、その場で正社員として入社させてくれた。

 弟が結婚するということで、横浜の高級ホテルで互いの家族ぐるみで食事をすることになり、亮治も出席する。10年以上を経て弟、母との再会だ。食事をしていても身が持たない。それでトイレに行くと言って席をはずす。

 ロビーで声をかけられる。中学生の時のワルの一人だ。
「お前みたいな、前科者がくるようなところじゃないぞ、ここは。おまえの過去のこと、相手の婚約者には話したか。隠していると後で大事になるぞ。」

 そして、食事が終わり全員でロビーにやってくると、そのワルがまだいて、
「こいつは、・・・」と婚約者に言おうとする。思わず亮治はワルを殴りつける。ワルは倒れて、頭の打ちどころが悪く、救急車で運ばれた病院で死亡する。」そして逮捕へ。

亮治は人生に絶望して、死んでも構わないと思うようになり国選弁護人の芳川にも何も喋らなくなる。あんなに真面目に働いていたのに、しかも中学の火災の時火傷をした、店員への慰謝料はパルテックの柏原社長が立て替えてくれ、毎月の給料から5万円柏原社長に返済してきたのに・・・。

 芳川は黙りこくっている亮治に懸命に言う。
「君のこれまでの12年間は君だけのものではないんだよ。君にまっとうなサッカーでゴールを決めさせようと、現場監督、運送会社の社長、柏原社長が懸命にパスを繋いできたんだ。
罪は償わねばならないが、それは罪以上でも、以下であってもいけない。3人の大人たちは、裁判で証言台にたって君のことを話してくれるよ。」

そして、
「さあ、走りだそう。走っていないと、ゴールを決めるパスは来ないよ。」と。
藤岡さんの小説が大好きだ。

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池永陽  「下町やぶさか診療所 いのちの約束」(集英社文庫)

 東京浅草にあるやぶさか診療所をめぐって起こる出来事の連作短編集。

「珍商売始末」を紹介する。
主人公の麟太郎がやっている、診療所に最近おかしな患者がやってくる。治という町工場で旋盤工として働いている若い男である。

 いつも額から血を流して駆け込んでくる。どうしたと聞くと、酔っぱらって転んで額を打ちつけ血がでたと。麟太郎は違うな、喧嘩でもして血を流しているのだろうと思っていたが、何も言わずに、傷を縫い合わせ治療してあげている。

 これは良くないと思い、工場の社長に相談にゆく。するとびっくりするのだが、確かに傷はついているが、治は一日も休まず工場にやってきているという。

 実は治は幼いとき両親が離婚。両親はどちらも治を引き取ることができなくて、児童保護施設で育てられる。施設をでて働きだすが、時々施設に顔をだす。

 ある日治が訪問した時、施設には11人が収容されていた。うち2人は中学生、9人が小学生だった。その小学生のランドセルがひどかった。古く、ボロボロになって壊れかけていたランドセルばかりだった。

 切なく思った治は来年4月にはみんなに新品のランドセルを贈ってあげると宣言する。
しかしランドセルは3万円/個はする。とても旋盤工の給料では購入できない。

 それで治はあたり屋をすることを決意する。
路上で酔っ払いにぶつかり倒れ顔をぶって血を流す。それで、傷害で警察に連絡すると脅し、金を巻き上げる。

 しかし、いつもそううまくいくとは限らない。ある日はヤクザに絡まれ、逆に脅される。
麟太郎が聞く。
「それで今いくらまで集まっているか。」と。
「23万円」

そして麟太郎が後4万円をだしてやり、全員のぶんのランドセルを買いそろえることができた。

 池永の作品は、登場人物が善人ばかり。そして、その人物は、下町の職人ばかり。下町と言ったって今はサラリーマンが多い。イメージがちょっと古臭い。それから主人公の麟太郎も、触診と聴診器をあてるばかり、いくら街場の診療所といっても、基本的な検査をする設備は備えてある。そして、すべての物語はハッピーで終わる予定調和。どこにもひねりがなく、内容が薄い。

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池永陽    「下町やぶさか診療所」(集英社文庫)

 池永陽が小説家として登場したときは、衝撃を受けた。「コンビニ ララバイ」「走るジイサン」での登場人物の造型、物語も、常識から少し飛び越えて、これは面白い。それから池永を追いかけた。最初の作品は、元々練りに練って満を持して世の中に発表したからオリジナリティが際立っていたのか、そこから何冊を過ぎると、突然平凡な作品に変わった。それで池永作品から離れた。

 今回10年以上の時を経て、本当に久しぶりに池永作品を手にとってみた。

作品の主人公は東京浅草の診療所医師真野麟太郎。その麟太郎の回りで起きる、出来事を集めた連作短編集になっている。

 靖子の夫彰三は、就寝中に心臓が止まる。救急車で総合病院に運ばれ、そこに勤めている麟太郎の息子潤一の懸命の蘇生施術により、心臓は蘇生する。しかし、心臓が止まってる間は、脳に空気がいかなくなる。それが長いと、心臓は動いても、脳が働かなくなる。

 結果彰三は植物人間となり、意識もなく寝たきりとなる。靖子が何を呼びかけても無反応。
最初の一年間は何とか頑張ったが、二年目となると植物人間の彰三が重荷となる。
靖子はガソリンスタンドの正社員として働いているが、給料では治療費をだすのも難しい。

 尊厳死というのがあるが、尊厳死は不治の病になっていること、ものすごい苦痛に見舞われていること、患者本人が死を欲求していることが実施条件になっている。これらの条件を満たさないと認められない。植物人間になってしまうとこの条件を満たさないから放っておくしかない。

 そんな時、運送会社が倒産して、ガソリンスタンドにはいってきた靖子と同じ年くらいの村川に靖子は思慕の心を抱く。村川も靖子に引かれる。

 それで2人が夜勤のとき、村川に抱いてもらいたいと思うようになる。
靖子は男性は夫彰三しか知らない。夫を裏切った負い目で、その懺悔として彰三を死ぬまで世話をしようと決意したのである。

 しかし、その時、診療所に居候している麻世が現れ、靖子の代わりに私を抱けと迫る。村川は靖子を放り出して、可愛くて若い麻世に突進する。

 ここで靖子は村川の豹変に絶望する。そして病室に包丁を持って入り、夫彰三に突き刺そうとする。その瞬間奇跡が起きる。

 彰三の目があいて、「靖子、お前・・・。」と言う。靖子の突き刺そうとした手が止まる。
面白い作品だが、最後が安直。池永は確かに変わった。

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| 古本読書日記 | 06:21 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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伊岡瞬    「不審者」(集英社文庫)

 主人公の里佳子は、夫秀嗣と幼稚園に通う一人息子洸太、義母の治子と4人で平凡な幸せな生活を送っていた。この家に突然夫秀嗣の兄と名のる優平が現れる。秀嗣によると21年前に別れて以来全く音信不通の兄だという。里佳子は秀嗣に兄がいたことなど聞いたことが無い。しかも、多少認知症の症状がある、義母治子は優平と違うと言う。

 しかも、優平は洸太の幼稚園に最初現れ、洸太に声をかけている。
こんな怪しい優平が、里佳子の家に居候することになる。そして、それから不審な出来事が頻発することになる。

 読者はこの怪しげな優平は、誰なのか、何をしようとしているか、いかにも胡散臭い行動ばかりする優平を不審者として、物語は読者を引っ張る。

 この作品著者伊岡の小説家としてのストーリー作りは際立っている。

優平を怪しすぎると一番思っているのが主人公里佳子。洸太は、最初は怖がっていたが、すぐ優平になれ、完全になついている。

 そして、里佳子は単に優平が怪しいと感じるだけで、態度がおどおどして怯えている。 一体これはどうしたことか。興味津々に読み進む。
そして最後、伊岡はとんでもない真相を用意していた。中身は書けないが、全くただただ唖然。

 全く、伊岡の練りに練った物語作りには感服した。最後まで、読者を興奮させ引っ張ってのどんでん返し。見事な物語だった。

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柚木麻子    「マジカルグランマ」(朝日文庫)

 主人公は元女優の正子74歳。若い時、映画監督と結婚し女優を引退して、家庭にはいる。
しかし、夫の監督はわがまましほうだい、浮気はしょっちゅう、家庭は完全に崩壊していた。
こんな正子にCMのオファーがくる。そのCMは優しいお婆さんで、日本の理想のお婆さんを演じるものだった。

 このCMは大ヒットして、一躍正子理想のおばあちゃんとして大人気となる。ところが正子の夫が急死して、正子の家庭が崩壊していることが、暴露され、一気に人気は凋落、日本中の憎まれ婆さんになる。

 正子は、映画「風と共に去りぬ」が最も大好きな映画だった。今の米映画にも時々登場するマジカルニグロという役割がある。「風と共に去りぬ」では、ヒロイン スカーレットの世話役で決してスカーレットに逆らわず黒子に徹する太ったマミーという黒人の女性が登場。このマミーこそマジカルニグロである。主人公の主役の白人を支える、愛される世話役の黒人で、米映画の定番の役柄。

 正子は当然最も大好きな人物はスカーレットだが、二番目はマミーと言う。
正子はまさにCMでマジカルグランマになったが、あっけなく瓦解した。75歳になっていた正子はもう女優には復帰できない。

 しかし、ここで挫けず頑張らねばならないと立ち上がる。

何と、自分の住んでいる広い屋敷をお化け屋敷にして見学者を集める。そのお化け屋敷の名前がまたすごい。「東京ホラーハウス・午前三時の草刈り鎌~強羅川夫人~」

 もちろん強羅川夫人は正子が演じる。何と中吊りにされて、強烈な恐怖顔を観覧者にみせる。
 この幽霊正子ばあさんは一躍有名になり、ハリウッドから映画出演のオーディションの話までくる。

 まさにスカーレット。どんな困難に直面しても、持ち前の根性で立ち上がり、未来を切り開いてゆく。猛烈なストロング婆さん。

 この作品で更に驚いたのは、お化け屋敷の中味が長い紙数を費やして微細に描かれているところ。作者柚木さんの創造力に感動する。

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| 古本読書日記 | 06:42 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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伊岡瞬   「教室に雨は降らない」(角川文庫)

 主人公は23歳の小学校で働く、臨時の先生。腰掛のつもりで働くが、小学校ではさまざまなトラブルが発生。それらのトラブルを手探りで解決してゆく、連作短編集。

 私の町内でも、たくさんの学校の現役の先生、あるいは元先生、更に市の教育長までやられた方がいる。
 穏やかで、目立たない人もいるが、特に若い先生に厳しい人が多い。

町内では、色んな集まりがあるが、だいたい集まりでの発言は少なく、長老と言われる方がまとめて報告というスタイルで運営がなされる。

 ところが、この会議に先生が入ると、先生は自分の意見が唯一無二で正しいと思い込んで、鋭い発言をして、周りの言うことには、聞く耳をもたず。どうにも長老がなだめても、説得しても、主張をひくことはない。それで、先生が入る会議は、いつも深夜にまで及び、ぐったりして帰路につくことになる

 この物語に登場する音楽専任の白瀬美也子先生。厳しい先生で、5,6年生によるクラス対抗の合唱合戦でも、歌が下手で声が悪い生徒には、声はださず口パクをするように命じる。

 練習は独断で厳しく、本来なら最も歌が上手で、声もよい鈴木捷君が精神的に追い詰められ、まともな歌声がでなくなる。白瀬先生は、これを捷君がふざけてやっていると怒り、練習時廊下に立たせ、二学期の途中から三学期が終わるまで、先生を侮辱していると、音楽の時間ずっと立たせることが続いた。

 物語で伊岡が若い先生について書いている。
「とにかく、かれらは大学をでて以来、他人に叱られたりした経験がほとんどない。わずか22,3歳で『先生』と呼ばれる身分になる。保護者の中には、上場企業の役員や弁護士、医師などの人物もいる。ずっと年上で社会的地位のある彼ら、あるいはその身内の人間が自分に頭を下げる。」

 今は先生を取り巻く環境はかってと比較して、様変わりで大変苦労、過労できつい職場になっているから、こんな先生は殆どいないのかもしれない。

 作者伊岡は1960年生まれ。確かに彼らの育った時代の先生は尊敬され偉かった。

この物語は、伊岡の時代の先生像が反映されているのか、今でも先生の像はかってと変化はあまりないのだろうか。読後、しばし地区の集会での若い先生を思い出し考えこんでしまった。

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島本理生    「あなたの愛人の名前は」(集英社文庫)

 結婚している、婚約者もいる身なのに、別の男性に抱かれ、そして我が家に婚約者の元へと帰ってゆく。そんな行動をする、女性を中心に描いた6編の短編集。

 こういう小説の場合、憎悪や醜い修羅場が描かれるのが常なのだが、この作品集には一切そんな場面は登場せず、しかもそんな男女の行為も美しく描かれ、島本さん得意とする透明感溢れる作品集となっている。

 夫は、アパートの隣部屋に住んでいた。幼馴染だった。ずっとお兄さんのような感じで育って結婚した。最近は関係はマンネリで体を合わせるのも間遠になっている。平凡すぎるつまらない日々が連続して続いている。

 そんな不満を友達の澤井に言う。すると澤井はここに行ってみたらと真白施療院を紹介する。その施療院での施療は結婚していること、紹介状があることが条件。

 澤井の紹介状を持って施療院を訪れる。

真白から素っ裸になってベッドで待つように指示される。指示に従って待っていると真白がやってきて、丁寧に主人公の体を扱う。久しぶりに気持ちが昂る。その行為が終わった後料金を払って施療院を出るときには、もう来ることはやめようと思うが、また日にちをそれほどおかずに訪ねてしまう。

 ある雪が降る日、夫が若い子と喫茶店で楽しそうな会話をしているのを店の外から見つける。

 あわてて施療院に電話をして、今から行きたいと言い、施療院に行き、真白の治療を受ける。行為が終わった後、真白が言う。

 「ここに来る人は、数回で来なくなります。離婚してしまうか、別の男を見つけるか、自分の家に戻ります。」

 主人公が施療院に来たときには、入口に足跡が付いていた。しかし帰るときには足跡は消えていた。主人公はそっと雪道に足を踏み出す。足跡はつかず、ハイヒールの先っぽが蟻のように小さくついただけ。まるで自分が、この施療院に来たことが無かったように・・・。

 ちょっとチクリとする。施療院のことは消そうとしても、思い出として残るだろうに。
収録されている「足跡」という作品より。

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山田風太郎   「十三角関係」(河出文庫)

 物語の舞台は昭和20年代、回る風車にぶら下げられ、ゆっくり回るのは足、腕、血みどろの美女の首。誰からも愛されていた娼館のマダムが無残なバラバラ死体となって発見される。夫、息子、従業員、新聞記者、麻薬取締官、謎のマスク男など、当夜出入りしていた人は十二人。このうち誰が、マダムを殺害して、そのバラバラ死体を風車にとりつけたのか

 この難事件に挑戦するのが、飲んだくれで身体が不自由な探偵荊木歓喜。

通常、このような推理小説には最初頓珍漢な刑事や探偵などが登場してあれやこれやと捜査するが最終近くまで犯人がわからず進行して、最後に名探偵が登場して見事な推理で真相を暴露して事件は解決するのが定番のパターン。

 しかし、この作品は名探偵荊木が事件直後から登場して、捜査推理を展開する。
この捜査、推理場面が異様に長い。読んでいていつまでも、真相に達せず、だんだん読むのがいやになってくる。

 事件が起こったとされる時間範囲は40分。この間にマダムを殺害し、さらに遺体を解体、風車の羽に取り付けるのは不可能。ということは、殺人は事件が起こったと考えられた時間には、殺人は行われていたことになる。その場合の遺体保管場所は?

 このあたりが事件の真相を解く鍵になる。
この作品はもちろんミステリー推理小説であるのは間違いないが、殺され方、」その遺体処置に異様な美しさ、それに伴い哀切が漂う。

 戦後まもない、混乱している社会が色彩を持って描かれ、美しさを抉り出した小説ともいえる。

 白黒映画が突然カラーに変わった時を思い出させる小説だった。

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西加奈子   「まにまに」(角川文庫)

西さんが、日々のちょっとした出来事、そして大好きな音楽、心を揺さぶられた本についてつづったエッセイ集。

 西さんを作家に結びつけたのは、高校生の時読んだ、トニ・モリスンの「青い眼がほしい」だ。この作品の主人公は貧しい黒人のクローディア。

 その貧しいクローディアの家に更に貧しい家庭から保護されたピコーラがやってくる。
ピコーラは虐げられ、いじめられていた。

 そして更にピコーラを悲劇が襲う。実父にレイプされる。

この小説は、こんな文章から始まる。
「秘密にしていたけれど、1941年の秋、マリーゴールドは全然咲かなかった。」

この冒頭の文章により、凄惨なレイプ場面に西さんは引き付けられる。凄惨ではなく、その場面の文章は魅力的で、一文、一言一句目を離すことができなかった。その文章や言葉は恐ろしいことに、この上なく美しかったと西さんは書く。

 言葉に対する感性のすばらしさが西さんという作家を作っている。

西さんが女優後藤久美子をテレビでみる。

後藤久美子が言う。
「家族が一番と考えているの。」「そうすることが自然だと思うわ。」

西さんは、その時思う。こんなふうには普通言わないと。
「家族が一番と考えているんです。」「そうすることが自然だと思います。」

こんなことは、私のような凡人にはテレビを見ていて思うことは無い。瞬時に違和感を感じる西さんは、まぎれもない真実の作家だ。

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アンソロジー   「運命の人はどこですか?」(祥伝社文庫)

 運命的な恋の始まり、出合いの物語を当代人気女性作家が創作、収録した作品集。
どれも、面白い作品ばかり。その中で、熟練した読書家には評価が低そうだが、私には単純で楽しい瀬尾まいこさんの「運命の湯」が良かった。

 両親が恋人時代、最初に観に行った映画が「ロミオとジュリエット」。この映画に感動して、主人公の娘につけられた名前がジュリエット。ジュリエットはこの名前に学生時代みんなにからかわれ辛い時代を送る。

 通っている大学の通り道にあるのが、古くからある銭湯「みちのく湯」。今はどのアパート、住居には風呂があり、銭湯に行く人は殆どいなくなった。しかしジュリエットは銭湯の大きな湯舟につかるのが大好きで、ずっと銭湯に通っていた。

 そして、自分がジュリエット。だから運命の人はやはりロミオでなければならない。

どこにロミオはいるの。どうすれば巡り会えるの?友達の香夏子に相談すると、それはネットを使うべきと言われ、「ロミオさんはいますか?」とネットで呼びかける。

 ものすごい反響がある。たくさんのロミオがネット上に現れる。しかし、それらはすべて私があなたのロミオになってあげるというもので、一人も本当のロミオはいない。

 次に地元のミニコミ誌に、ロミオはいますかと呼びかける。もしいたら近くだからすぐにでも会える。
 しかし反応は皆無。

みちのく湯の番台には、いつもおじいさんが座って、ジュリエットに「今日は元気だね。」とか優しい言葉をかけてくれる。

 今のままの客の少ない銭湯では、もうなくなってしまう。ジュリエットはミニコミ誌に年末はこんな素晴らしい銭湯にいらしてください、とよびかる。少しお客は増えたかもしれない。

そんな時やってきたおばさんが、番台のおじいさんに声をかける。
「ろみおさん。元気?」と。

 ジュリエットはびっくりする。こんなちかくに探していたロミオがいたのだと。

おじいさんは言う。いい加減な親父がつけた名前。風呂屋の三男坊だったので、呂三男と名前をつけられたと。そしてみちのく湯はその日が最後の営業。年明けからは無くなってしまう。よかった最後の最後にロミオといつも会っていたことを知って。

 単純な物語だが、心が暖かくなる。

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伊岡瞬    「もしも俺たちが天使なら」(幻冬舎文庫)

 伊坂幸太郎作品を思い出させる、クライムノベル。

 チンピラが夜の公園でオヤジ狩りをしている。これを希代の詐欺師涼一が目撃。これを助けようと仲間の松岡が亮一に加勢する。チンピラに絡まれて助けてもらったのが、元刑事の義信。それから、亮一、松岡、義信が結託して大きな詐欺を仕掛ける物語。

 松岡の実家は山梨県勝沼で大きなブドウ園を経営している。そのブドウ園にイケメンの男が、働かせてくれとやってくる。
 実はこのイケメン男、関西の強大詐欺集団クロモズの一員。

 クロモズと涼一、松岡、義信が知恵と策謀の限りを尽くして丁々発止の戦いを繰り返し、最後見事に涼一組が勝ち、クロモズを打ちのめす。

 正直、その最後の手口が、公正証書の効力により、クロモズとの戦いに勝つのだが、このカラクリが難しくてよくわからなかった。
 しかし、何かそれが見事で、3人が格好良く、読んでいて爽快だった。

 この物語によると、詐欺は、3年くらいの長い時間をかけて仕込むそうだ。

 まずは、居酒屋あたりで、「あの土地にはシェールガスの貯蔵施設建設が予定されている。」と。それから、商工会議所のパーティなどにでて、買収した議員に、同じ話をしゃべってもらう。そのうちに、その話がじわじわと広がり、決定話となる。

 そして、多くの人から、お金が集まってくる。その金を持ってトンズラ。まったくそんな話は嘘話と知った時には、欲にくらんで金をだした人は大損を食うことになる。

 まあ、人生怪しい話にはのらないように注意する。これが大事だ。

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桐野夏生    「緑の毒」(角川文庫)

 社会で若くても尊敬される職業は、医師と教師である。どんな新人で技量、人格が劣っていても、その職業につけば、尊敬をこめて「先生」と呼ばれる。

 特に個人開業医の医師は、高級外車を持ち、贅沢三昧な暮らしができ、羨望の的に一般にはみられていると今まで思ってきた。

 こんな固定観念が私の世代には強固にあるが、最近個人医院が倒産することがしばしばあり、いったいどうなっているのだと唖然とすることがある。

 私の周りでも、産婦人科の個人病院、小児科の個人病院が消えた。どうも、ちょっとしたことで、評価を落として、特にネットにより、突然患者が激減して病院が消滅することがあるようだ。

 それから、この作品によると、医師のヒエラルキー社会は強固。最上位にくるのは東大の医学研者、それから総合病院の医師、そして最も地位が低いのが個人開業医だそうだ。

 この物語の主人公は開業医の川辺。彼は大学時代の同窓生、カオリと結婚する。当然、川辺は開業医になるに際して、妻カオリに一緒に医者として医院で協力してもらえることを当然と思っていた。

 しかし、カオルは市の総合病院の勤務に固執し、開業医院に移らない。
これが、川辺が妻に地位を低くみられ、鬱屈、卑屈を生む。

 更に、夫を低くみるカオルは総合病院の医師と不倫をする。しかも、それを3年間も継続する。

 この物語で夫川辺が起こすレイプ事件は、川辺の妻への劣等感、嫉妬から生まれている。
その気持ちが診察態度にもでて、患者はどんどん減ってゆく。プライドが高い妻を持つと、ゆがんだ夫は救いようのない人生を歩む。

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伊岡瞬     「祈り」(文春文庫)

 作品には、楓太と春輝という2人が主人公として登場する。2人の生き方、性格は全く違うが、どちらも人生の底に沈んでゆく歩みをする。

 楓太はアパレルの会社に勤め、営業マンをしている。しかし能力はなく、外出してはサボってばかりいる。読んでいると、ミスをすると、嘘をまじえた言い訳を口からでまかせに言ったり、他人のせいばかりにする。とにかく後先のことは考えず、口がさきにでるタイプ。
取引先から回収した金8万円を入金せず、新宿のキャバクラで取られてしまう。

 しかもむしり取られた金だけでなく、その時チンピラに因縁をつけられて、更にお金を要求され、ニッチモサッチモ行かなくなる。

 一方、春輝はとにかく何があっても自分は関わらず、他人と交流せず、常に用心、縮こまって生きるタイプ。

 春輝には特殊な能力がある。
地面に置かれている物を、空中に浮かべ、それらをコントロールすることができる。しかしこの力は緊張したり無理に発揮させようとすると実現できない。

 この特殊能力がマスコミに知られることになる。そうなれば、どうしてもマスコミの目の前で演じてもらうよう依頼が殺到する。

 しかしテレビなどに出演すると緊張して力が発揮できない。すると、インチキとか何か種があると悪質な攻撃に多く発生する。春輝はこの攻撃に反撃せず、口を閉ざし縮こまって生きるようになる。就職して仕事につくと、しばらくするとインチキ人間との評判がたち、職場にいられなくなり、職を転々とする。そして働ける場所がなくなり、ホームレスまでおちてしまう。

 世の中、失敗を口で次々繕い、その場しのぎをくりかえしても、他人とは拘わらず独りぼっちでくらしていても、どちらも、どんどん人生転がりおちて、底を這うようになってしまう。

 しかも、これに追い打ちをかけるように、悪の人間がたかり、更にピンチばかりが続く。
負の連鎖はどうしようもない。

 物語には鶴巻という唯一、男気がある、元ヤクザの幹部と思われる男が登場して、特に春輝の人生を支える行動をする。この鶴巻が魅力的に物語では唯一輝く人間として描かれる。

 しかし、物語は悲しい結末となっている。

 春輝と楓太。どうやって生きたらいいのだという暗い気持ちにさせられる物語だった。

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| 古本読書日記 | 06:16 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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川上弘美    「ぼくの死体をよろしくたのむ」(新潮文庫)

川上さん得意のシュールな短編小説集。どれも面白かったが、一番印象に残ったのが「お金は大切」という作品。

 主人公の僕は大学生の時、翔子という女の子とつきあっていた。しかし、ある日突然、「別れましょう」と言われる。「どうして?」と聞くと「あたしのことちゃんと見てくれないから」と翔子は答える。そんなことはない、カレーには福神漬けでなくキュウリのキュウちゃんでなくちゃだめとか翔子のことは何でも知っているはずなのに・・。失恋してがっかりしていると、和田明子なる女性から手紙をもらう。

 「翔子にも関係することだから、今度会ってください。」と。
気がすすまなかったが和田さんと会う。小柄な子だった。和田さんに「何を食べたい」と聞かれたので「スパゲッティ ナポリタン」と言うと、知らない喫茶店に連れていかれ、そこでスパゲッティ ナポリタンとコーヒーを注文する。

 「翔子とは友達?」と聞くと「友達じゃない」。「じゃあどんな関係?」と聞くと「お金の関係。お金が一番大切だから。」

 スパゲッティを食べ終わると、和田さんが、変なことを言う。「今晩一緒に、あなたの部屋かホテルで一緒にいさせてほしい。」と。
 一緒にいてくれたらと、封筒に入った札束をくれる。

夜部屋で和田さんとテレビを見たりしながら過ごすが全く会話ははずまない。と深夜12時になると、和田さんがプレーヤーにCDをセットして音楽をかける。そして 「一緒にワルツを踊りましょう。」と言われる。それでそこから朝5時まで和田さんとワルツを踊る。

 それから僕は、翔子のときと同じように、中途半端な付き合いを何人かの女生として独身のまま50歳になっていた。

 仕事で外回りをしていたとき、見慣れない喫茶店にはいり「スパゲッティ ナポリタンとコーヒーを注文する。食べ終わり、会計をすると店主が「お会計は12万円です。」と言う。
 あの時和田さんがくれたお金が12万円だった。

店主が言う。
 「あなたは、全然恋愛ができなかったでしょう。12万円払うと、必ず恋愛できますよ。何しろお金は大切だから」と言う。
 主人公の僕はきっぱりと言う。
「払いません」と。

 へんてこりんな物語。恋人を持つには12万円が必要なのだ。

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| 古本読書日記 | 06:38 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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伊岡瞬    「瑠璃の雫」(角川文庫)

 2つのミステリーが別々に描かれ、やがてそのミステリーが繋がってゆくという作品。

一つめは、長野県の松本で検事をしていた永瀬の一人娘瑠璃が誘拐され結果殺害されるという事件。
二つめは、主人公の美緒の生まれたばかりの二番目の弟が、窒息死するという事件。

一つめの事件がよくわからない。

 物語では、市議選で汚職があり、その黒幕が地元の有力土建会社川添土建。こんな構造だから、検事の捜査が、川添土建の汚職を厳しく追及、その追及を回避するために、永瀬の娘を拉致したのかと想像するのだが、全く永瀬が川添土建の犯罪を追及する場面が無い。

更に川添土建が、チンピラに娘を拉致して殺すことを依頼、それを実行するチンピラがいて、更に殺した遺体を発見できないところへ埋めるように何人かに要請すると、画家の竹本が受け、瑠璃の遺体を処理する。

 これは、理解できない。まず、川添土建の汚職がどんなもので、何故永瀬検事が川添土建から恨まれるのか。そしていくらチンピラでも娘の拉致殺害を受け実行するものか。更に不思議なのが、その遺体処理を受ける人間が登場するところ。読者の想像力に寄りかかり、これらの事件の真相が当然わかるはずとしているが、もう少し伊岡は丁寧に説明しないと、読者は納得できない。

 2つ目の、幼児殺しは、4歳の子が上から押さえつけて、窒息死させたと、犯人は息子に言わせる。4歳だから、親のいいなり。警察から、「上から押さえつけて殺したか」と言われれば」「そう。」と答える。警察も4歳の子に罪は問えないので幼児性突然死で処理する。

 これは、なかなか説得力があり、なるほどと思わせるが、他の真相を曖昧にしているため内容に不満が残る。

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| 古本読書日記 | 06:34 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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唯川恵   「みちづれの猫」(集英社文庫)

 猫にまつわる7作品が収録されている短編集。
私の実家は、養蚕農家だった。家には猫がいた。蚕を狙う、鼠や虫を猫が捕獲して蚕を守るからである。

 私の部落には、無かったが、養蚕農家が集まる村や部落には、そのため、猫を崇める神社があった。年に1度行われる神社の祭りは、村人はみんな猫のお面を被り神社に集まった。

 物語の主人公鞠子が、信州の祖父母の家にやってくる。祖母の千代は、認知症が進み、鞠子が誰だかわからない。鞠子が千代に挨拶をする。千代は鞠子をみて「幸子さん」と言う。

 そして「明日の猫神社祭りには信太郎さんが来てくれるの」と祖母はうれしそうに言う。
翌日夜、猫神社のお祭りに危ないからと、鞠子が千代について行く。

 神社に行くと、確かに猫面をつけた信太郎が千代の前に現れる。千代はうれしさいっぱいで、信太郎にすがりつく。

 実は、信太郎と祖父は幼馴染だった。そして、信太郎も祖父も千代が好きだった。信太郎は東京の大学に行く。千代は悲しんだが、祖父が「猫神社のお祭りで会いましょう。」と信太郎になって、千代に手紙を書く。

 そして、祭りの時、祖父は千代が信太郎に会いにうれしそうにやってくるのを見てガックリとくる。
仲に立つ人がいて、祖父と千代の縁談話がもちあがる。祖父はだめだろうと思っていたが、千代は夫として祖父を迎えた。

 その話を祖父から聞いたとき、鞠子はわかった。そして言う。
「信太郎になって、おじいちゃんは神社にやってきたんだよね。」
祖父が言う。「もう始めてから3年もたつんだ。」と。

本当に、千代は信太郎がやってくると信じているだろうか。間違いないことは、千代が信太郎も祖父も愛していたこと。

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伊岡瞬    「痣」(徳間文庫)

 作品は2020年徳間文庫大賞受賞作品。それにしても、世の中には多くの文学賞があるものだ。恥ずかしながら徳間文庫大賞は知らなかった。

 主人公は、真壁修。南青梅警察署奥多摩分署所属の刑事。読んでわかるが、警察署の分署なのである。奥多摩の田舎の分署。こんな分署の管轄内では、殆ど重要事件はおきない。

 だから、分署警察官は分署長を含め、過去に問題を起こすか、能力が際立って劣る警察官を集めた警察署ということになる。

 主人公の真壁は、分署に赴任する一年前妻朝美を殺人で失っている。当然、真壁も捜査に加わり、犯人捜査をしたかったが、身内は捜査には加われないということで、捜査から外される。その処置に納得いかない真壁は、独自捜査をする決意をして、単独捜査をする。

 これが、組織規律違反となり、田舎の分署に左遷されたのである。犯人は青沼というチンピラ。彼は逃走中に高い塀から飛び降り亡くなる。真壁は青沼が犯人ではないと思っていた。

 そして、全く刑事の仕事に対しやる気を失っていて、署長に辞職届を提出、辞職前日に分署管轄内で女性全裸死体が発見され、署長より、捜査陣に加わるよう強い依頼があり、それを受ける。

 この死体には痣があった。同じ痣が、殺された妻にもあった。妻を殺害した犯人は当然今も亡くなってはいなくて、生きている。青沼は犯人ではない。真壁の鋭い捜査が開始される。そうしているうち、また女性の全裸殺人が発生。その遺体にも朝美と同じ痣があった。

 警察の捜査は必ず2人1組で行われる。真壁はそれを無視し、独自行動をするが、その相手の刑事が、執拗に真壁にくらいつく。

 この刑事は新人刑事。変わりもので一橋大学を卒業、数か国語を話すエリートの宮下。
宮下はキャリアの試験ではなく、警察官の一般試験を受け、警察官になる。

 真壁は宮下を運転手扱いして、捜査には加わらせない。それでも、真壁の捜査について、車内で宮下は聞きながら、時に真壁の指示で独自捜査をして、鋭い推理をする。

 この真壁、宮下コンビの捜査が魅力いっぱいで、会話もユーモア満載。面白い作品だった。

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伊岡瞬   「本性」(角川文庫)

 なんとも不思議なミステリーだ。

主人公は美人でスタイル抜群の謎の女性サトウミサキ。

 最初は、お見合いパーティに登場して、冴えない40歳独身の尚之と知り合い、ミサキは即意気投合したようにふるまい、尚之とベッドインする。狂喜乱舞した尚之は当然ミサキに結婚を申し込む。生け花の師匠をしている母にもミサキを家に招待して、紹介。母親は大喜び。たくさんの金をつぎ込んだ末に、ミサキから別れを申し入れられる。怒り狂う。そんな時、警察がサトウミサキについて聞きに、尚之の元にやってくる。コンテナ詰めされた女性の腐乱死体が発見され、その捜査のためだった。

 次の章では、小田切というファミレスにバイトで勤めている青年にサトウミサキが近付いて、美貌を駆使して、体の関係を持つ。

 その次は、サボテンを愛しながら育てている、老母繁子にミサキは近付く。
そして、この後から、刑事安井宮下コンビによる捜査の物語になる。

 物語で理解不能なのは、ミサキが体まで使って近付く対象者がクズばかりで、そこまでしても、取れるお金や幸せな生活ができることなど皆無なこと。

 一体ミサキは何が目的で、こんなことをするのか全く解らない。そのモヤモヤ最後までつきまとう。わからないのは物語のタイトルである人間の「本性」?

 これを読者に考えてみろというのが作者伊岡の思いなのか。
しかし、物語は安井、宮下及びその上司牟田の登場により、俄然面白くなる。疑問を忘れるほどだった。

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新海誠     「小説 すずめの戸締まり」(角川文庫)

 新海誠「君の名は」「天気の子」に続き、アニメと小説で、同時に創られた作品。しかもアニメの公開は11月11日。小説のほうがアニメにより先行している。

 主人公は九州宮崎の小さな港町に住む女子高2年生の岩戸鈴芽。
ある朝鈴芽が登校中に、教師を目指している大学生の宗像草太に出合う。

 扉を探しているという宗像を鈴芽が追ってゆくと、山の中の廃墟に目指す扉があった。その扉を開けると、大きな災害が扉の外へ飛び出してくる。だから、その扉は出る時必ず締めなければならない。

 その災いと鈴芽と草太の死闘が、九州、愛媛、神戸、東京で繰り広げられる。東京での戦いが終わり、このまま新幹線で故郷宮崎に帰るのかと思っていたら、(そこまでの戦いもすさまじく読み応え十分)、その先、芹澤という青年が登場して、彼のオープンカーで東北に行くことになる。アニメの世界だなあと思ったのが、草太は全編、三本足の椅子になって、このロード小説に同行する。

 そして、到着した東北のある町。そこは、鈴芽の宮崎に住む前の故郷。実家は廃墟となっていたのだが、そこには鈴芽が当時書いていた簡単な日記があった。

 日記には3月3日から、毎日楽しいお母さんとの生活が書かれていた。その日記が3月11日から突然黒塗りに変わっていた。3月11日から、お母さんと一緒で今日も楽しかった。と書きたかったのだが、何日間も、何日間も書くことができなかった。そのまま、おかあさんには会えず、お母さんの妹環さんが住んでいる宮崎の田舎町に鈴芽は引き取られた。鈴芽4歳の時だった。

 一面荒廃した地に扉があった。鈴芽はその扉を開ける。そこには災いをもたらす、怪獣のミミズがいて、そのミミズと鈴芽と草太は戦う。

 扉の中には、12年前にずっと避難所で待っていたお母さんがいた。鈴芽はお母さんに、扉の外へ行こうと誘う。でも、お母さんが「扉の向こうには行けない。だって鈴芽そのものがお母さんの人生なんだから。」と。
 2011年3月11日に起こった東日本大震災。私の家の近くにも、家族と死に別れた人が、遠く離れた故郷に帰れず、住んでいる。

 この小説のアニメも大ヒットすること間違いなしだ。

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アンソロジー   「あのころの、」(実業之日本社文庫)

 作家が自らの体験を、小説に託して、最も濃縮された体験を描ける時代は高校時代のように思う。もちろん大学時代もあるかもしれないが、全てではないが、多くの大学が多数の学生を抱え、しかも受験の頚城から解放され、活動も勉強以外に、クラブやバイト、飲み会など多岐にわたり、拡散、薄められてしまうから、思春期、青春独特の物語が描きにくくなる。

 その点、高校時代は受験という強烈な枠の中に閉ざされ、そこに、夢、あこがれ、自信、悲しみ、怒り、とまどい、不安、嫉妬が凝縮され濃密に現れる。だから、物語が生まれてくる。

 この本は、経験がベースにある、女性作家たちの濃縮された高校時代を描いた作品集である。吉野万理子さんの「約束は今も届かなくて」が、私自身の過去を思い出させなつかしかった。

 吉野さんは、小学生時代は学校で最も勉強ができる子だった。しかし、高校は中学時代に優秀な子が目指してやってくる学校で、いきなり最低クラスの学生になった。吉野さんは、上智大学に進学する。高校で優秀だった子はどうなったか、今はどうかしらないが、当時週刊朝日が、東大合格者名を載せ、その週発売された週刊朝日は、異常に売れた、その週刊朝日を本屋で立ち読み、一緒に勉強した学生が東大に受かっていることを知る。

 吉野さんが、作家になろうかと思うきっかけになったのが、図書館で読んだ、本多勝一の「カナダ・エスキモー」。その明快な文章に感動して、何度も、何度も繰り返し読んだ。このあたりが凡人とは違う。まず、凡人は同じ本を何度も、繰り返し読むことはしない。

 本多勝一は朝日の記者で、「カナダ・エスキモー」は夕刊に連載されていた。私も学生時代夕刊で読み、毎日真っ先に読んだ記憶がある。

 吉野さんは、大学卒業後新聞社に就職した。その時、友達だった学生が言った。

「面接で尊敬するジャーナリストは?と聞かれたら、本多勝一と答えてはいけないよ。あの人を嫌う人が多いから・・・。」

 そう本多は、南京大虐殺を中国の主張をそのまま書いて、読者の怒りをかった。思わず、吉野さんの友達の忠告に、にやついてしまった。

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小川洋子    「約束された移動」(河出文庫)

 移動をすることをテーマに小川さんが描いた珠玉の6編の物語集。
作家は物語を作るとき、主人公を初め、登場人物の名前が物語の成否に係るため、どんな名前をつけるかでかなり悩むそうだ。

 ところが、この小川さんの作品集には殆ど、登場人物に名前が無い。唯一ダイアナ妃(ダイアナ妃は登場しない)の衣装を創ることに人生をかけるお婆さんがバーバラという名で登場するが、これも日本語のバーバが連想され、固有名から浮き上がっている。

 すべて主人公が、職業名となっている。それがいかにもその職業に誇りをもっていて、頑固な面があり、個人名より、その人となりを際立たせているようになっている。全く小川さんは、見事な作家だ。

 本のタイトルにもなっている「約束された移動」もすばらしい作品だが、これこそ小川さんだと思った作品は「黒子羊はどこへ」で、その表現文章に酔いしれた。

 村の海で船が座礁。そこに放っておかれた2匹の羊。縁起が悪いと村人から嫌われ、村はずれに住む、寡婦に押し付けた。その汚れた羊から、黒色に羊が生まれる。更に縁起が悪いと、村人は寡婦と羊を嫌うが、村の子どもたちはそうはいかない。

 毎日たくさんの子供がやってきて、黒子羊と遊ぼうとする。そして子供たちは、寡婦である園長先生に本読みをねだる。そのねだる様子の描写が最高。

「子どもはとっておきの一冊を抱えて園長の膝の上によじ登り、もそもそしながらお尻をぴったりくる位置に落ち着けた。おもむろに最初のページが開かれると、それを合図に園長は両腕で胴体を抱き寄せ、胸と背中をくっつけあい、小さな肩に頬を近づけた。彼らの唇から一つ一つ言葉が発せられるたび、ふわふわした髪の毛が鼻先をくすぐった。」

 子供と園長の様子がこれほど生き生きと描かれる文章にひたすら感動。

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我孫子武丸   「警視庁特捜班 ドットジェイピー」(光文社文庫)

 成城署生活安全課所属の早峰綾は午前一時をまわった時間、家路を急いでいた。その時、後ろから男がつけていることを察知。危ないと思い、確かめるためにコンビニに寄り、上手くまいたと思い、自宅マンションに入ろうとすると、スキーマスクをかぶりナイフを持った男に襲われそうになる。

 綾は大声をあげる。しばらくすると、スキーマスクをした男は、綾の横に倒れてピクっともしない。綾は驚き、死んでいると思い救急車を呼ぶ。

 綾は身長155CM、小柄だが、柔道四段、空手四段、剣道四段、合気道師範級なのだ。
で、被害者は綾なのに、警察が一般市民に暴力を振るい、瀕死の状態にしてしまったということで、加害者は綾ということになり、調書までとられる。

 この事件当時、警察では多くの不祥事が発生。権威は地に墜ちる寸前。何とか対処せねばということで、イメージアップ作戦にでる。そのために綾のような問題児5人(男3人、女2人)を集め特捜班ドット・ジェイピーを結成する。

 綾が痛めつけ瀕死の状態から蘇ったのが樺島慎吾。この樺島は、ドット・ジェイピーのキャンペーン会場にやってきて、騒動を起こしたり、挙句に、もう一人の女性メンバーを拉致し監禁する。この樺島にドット・ジェイピーが対決する。

 我孫子の作品はいつもユーモア満載なのだが、この作品は無理に創ったユーモアだらけでいつもの面白さは無かった。

 また、メンバーの女性は、拉致されたりした経験があり、個性が発揮されるが、問題児であるはずの男性メンバーの影が薄く、そこも残念だった。

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アンソロジー  「ここから先は 禁断のエロス」(新潮文庫)

 彩瀬まるや窪美澄など一流作家5人による官能のアンソロジー。木原音瀬の「Lotus」が印象に残った。

 新米医師の寺沢が当直のとき、遠藤という60歳過ぎの女性が、心臓発作を起こし救急車で運ばれてきた。応急処理をして点滴をしようとしたところ、静脈の点滴ルートが無い。それで足から点滴をいれることにした。しかし遠藤は足からはやめて欲しいと懇願する。そうもいかないので、無理やりズボンを脱がせ、足をだすと、その足が少女のように小さい。遠藤は普段靴下に詰め物をして、足を普通の大きさにみせていたのだ。

 その足は中国の風習で纏足だった。女の子が5,6歳になると人工的に親指以外折り曲げられ足の成長を止めてしまう。それは、歩くのを困難にして、女性が外出しないようにさせるため、また、足を布でまき、それにより蒸れた足の匂いが性的興奮を起こさせたから行われたと言われている。

 遠藤はそのことが辛く、足については子供たちにも秘密にしていた。だから寺沢にも誰にも言わないようにお願いした。

 ある日寺沢が足の布をほどいて、足の消毒をしてやる。そして小さな足の裏のくぼみに指を添えると遠藤が、恍惚した表情になりなまめかしい声を上げる。それに、つられて寺沢も心が高ぶる。そして、何回も足の消毒を行うようになる。

 もう中国では80年前に終わった風習なのに何で遠藤は纏足にされたのか。遠藤の夫は21歳年上で、遠藤が幼女のとき、許嫁となり、そこで纏足にさせられた。そう、夫の性的興奮のために、纏足にさせられたのだ。

 遠藤は、糖尿病のため、このままでは足が壊死となる。それで足首を切断する手術をする。
切断して義足にしたほうが、自由に歩けるようになる。

 手術をして、足首のない足をみて遠藤は言う。「あーあ、本当に清々した。」と。

足フェチの谷崎潤一郎作品を思い出した。

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薬丸岳    「告解」(講談社文庫)

 人生終盤になると、振り返ってみるばかりになる。自分の人生はすばらしく満足ゆくものだったと思い返す人もたくさんいると思うが、結構そんな人でも、あんなことを言わなければ、あんなことをしなければと、そんなことばかりが日々浮かび上がってしまう人も多いのではないだろうか。そんなことが、人生の終盤を引きずる。

 この物語の主人公籬翔太は大学生の時、ぎくしゃくしていた彼女から、友達と酒を飲んでいたとき、電話があり、どんなに遅くなっても言いたいことがあるから来てくれと言われ、

深夜電車も無いので、車で彼女のもとへ飲酒運転で行く。

 途中の交差点で人間を轢く。信号をみると赤だったのでそのまま轢いた人の叫び声を聞きながら引きずり、放置して逃げた。
 この物語は、ひき逃げ殺人を起こした翔太が4年の実刑判決を受け、その後出所して、世の中におびえながら生き抜く姿を描いた物語。犯した罪を克服して、更生する道はあるのか、更生とはどうなれば達成したということになるのかを描いている。

 しかし、それは本当に難しい。自分の家族、親戚にも被害は及ぶし、もちろん被害者家族親戚にも影響は及ぶ。どうしても、ひき逃げ犯の過去に常に怯えていなければならず、そのことがばれることを恐れて、職場もしょっちゅう変わることになる。

 作者薬丸は翔太をどのように苦悩から脱却させるのかと読み進むと最後にそのきっかけになることを用意していた。

 翔太が轢いたのは老婆だった。老婆は夫が高熱をだし、氷をコンビニへ買いに深夜行った時、翔太の車に轢かれた。老人である夫は発熱のため妻を自分が殺したと苛まれていた。

 その夫は、戦後まもないころ、妻が病気で入院していたとき、2歳の一人娘が病気になり、その世話ができなくて、娘を亡くしてしまう。実は、夫はその時ヒロポン中毒になっていて、そのヒロポンで娘への対応ができなかった。

どうして夫がヒロポン中毒になっていたかが、読みどころ。

翔太は自分の心に抱えていた絶望、苦悩を始めて被害者の夫に喋ることができた。それは同じ言えない苦悩を長い間抱えた被害者の夫が告白してくれたから。
 この告解で、翔太にも新しい道が開けてゆくように感じた物語だった。

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アンソロジー   「スカートのアンソロジー」(光文社文庫)

 朝倉かすみさんが、今最も読みたい作家たちにスカートを主題としてお願いして書いてもらった作品集。

 どの作品もさすがに当代一流の女性作家。発想力が豊かで見事な作品ばかりなのだが、その中でも一歩ぬきんでておもしろかったのが藤野可織の「スカート・デンタータ」。

 満員の朝の通勤電車。女性のスカートの中に手をいれようとした男が血だらけになって死ぬ。しかもちぎれた手首が、どこにいったのか見つからない。
血だらけ殺人の犯人は青木きらら。

 そして、次々に同じような事件が起きる。人々は、青木きらら現象といい、世間は恐怖に陥る。どの事件でもちぎれた手や顔の一部がみつからない。
調査すると、スカートが凶器となり、向かってくる男に噛みついていることがわかる。

 こうなるとスカートをはいている女性が恐ろしくなり、誰も近付けなくなる。

スカート履いている女性は、みんなブラシを携帯するようになる。靴を磨くためのブラシかと思いきや、まったく違って、スカートの裾の歯を磨く歯ブラシなのである。

 そして、何と自分の身を守るため、男もスカートを履くようになる。男女の区別が無くなり、誰もがスカートを身に着けるのである。

 藤野さんのユニークな発想に度肝を抜かれた。

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村田喜代子    「屋根屋」(中公文庫)

 主人公の主婦の家の雨漏りを修理にやってきた瓦職人の永瀬。永瀬は10年前に妻を亡くし精神に支障をきたしたとき、通院していた担当医の勧めで、昨日見た夢を書き留めるように勧められ「夢日記」を書くようになっていた。その結果、見たい夢に入り込めるようになり、夢を制御できるようになっていた。

 そして主人公の妻は、永瀬に誘われ同じ夢の中に入り、一緒に行動するようになる。
最初は、日本の有名な古刹の瓦を見て回る。福岡の東経寺、奈良の瑞花院、それから法隆寺の五重塔など。

 永瀬によると、屋根屋は、棟上げが終わると、すぐ出番が来て瓦で屋根を作り上げる。屋根ができあがると、内装や大工、左官屋がはいり共同作業となる。だから屋根作り職人は孤独作業となる。

だから、屋根作り職人は時々茶目っ気をだして遊ぶ。瓦に落書きをするのである。永瀬は夢の中で同行している主婦に、その落書きの瓦をみせてあげる。史実にはあるかもしれないが、観光客などは決してみることができないものである。そして落書きの殆どが恋している女性のことが書かれている。面白い話だ。

 それから2人は日本から飛び出して、フランスの大聖堂を夢で見に行く。

そしてノートルダム大聖堂を皮切りに、シャルトル大聖堂、ランス大聖堂などを2回にわけて見学する。フランスの大聖堂は、日本の寺院などと異なり、異様に高い建物になっていて、さらに天井が無い。だから建設も困難が伴う。しばしば建設中に上部が破壊落下することが起きる。バルセロナのサグラダ ファミリアが140年たっても完成してないのは、この建設の困難さが要因かもしれない。

 それから、フランスの大聖堂はやたらに大きい。これは、大聖堂が住民のシェルターの役割をしているからだそうだ。戦乱が起きたとき、全住民が収容できる大きさになっているのだ。
 物語ではこんな蘊蓄が満載で楽しい。

それにしても、夢には時間は無いのだろうか。パリでも、国内の夢旅行でもホテルに泊まる。
また、2回目のパリからの帰りは、黒鳥に2人は変身し、エ-ルフランスの航路を飛ぶ。
 だけど、目覚めると、昨夜から眠り翌朝目覚めたベッドにいる。

  それから、パリで高級レストランに行く。今までに味わったことのない美味料理やヴィンテージワイン舌鼓を打つ。こんな時夢から覚めても、味覚は残るのだろうか。そして、お金はありあまるほど持っているのだろうか

 しかし、何とも不思議で魅力的な世界だ。当然夢の中で、2人は恋心を抱く。でも、残念ながら現実で結ばれることは無い。村田さんおよそ70歳の時の作品。想像力豊かな楽しい作品を描いて、その力量に感服。

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我孫子武丸   「人形はライブハウスで推理する」(講談社文庫)

 好評のユーモア人形シリーズの4作目で短編集。6編が収録されている。
この人形シリーズの登場人物と役割をおさらいしておく。

 主人公は妹尾睦月でめぐみ幼稚園の幼稚園教諭。それに、腹話術師の朝永嘉夫、そして朝永が操る人形鞠小路鞠夫。この腹話術に使う鞠小路鞠夫が、朝永と独立した人格を持っていて、色んな事件を解決する名探偵となる。事件が発生すると、朝永と鞠夫を頼って、事件解決の助けをお願いにくる所轄の小田切警部。
 そして主人公の睦月と朝永は恋人同士で、時々少しぎくしゃくするが、2人は結婚しようと考えている。

 ある日、園児の相田瑠奈ちゃんのお母さんが、帰りの出迎えの時間になっても瑠奈ちゃんの迎えに来ない。瑠奈ちゃんに聞くと「おかあさんは、空の上のおばちゃんの所へ行って家にはいない。」と言う。
しかし、瑠奈ちゃんにはおばさんはいない。その日はお父さんが迎えに来たが、その次の日から幼稚園を休む。

 実は、瑠奈ちゃんのおかあさんには顔に痣があると、園児のお母さんから言われている。
おかあさんは、夫の暴力にあっているのではないかと。そして瑠奈ちゃんは風邪をひいたということで、幼稚園に来なくなる。おかあさんも帰ってこず、失踪したまま。

 心配になった、睦月はおかあさんの行方を探すが、全くみつからない。
それでとうとう、朝永さんの所へ行き、名探偵の人形鞠夫に相談する。

 手がかりは瑠奈ちゃんがいう、「空の上のおばちゃんのところ。」

 鞠夫が言う。
電話に登録してある、家の電話帳を見ろと。
すると、そこに宍戸麗美という女性が登録されている。これだと、睦月は気付く。
 ソラの上はシシドレミだと。
お母さんは宍戸麗美さんの家にいた。

何だか、幼稚園か小学校低学年のナゾナゾみたい。

 こんな簡単なトリックなのだが、ユーモアがあり我孫子らしい。
収録されている「ママが空に消える」より。

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