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2022年07月 | ARCHIVE-SELECT | 2022年09月

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甘糟りり子   「マラソン・ウーマン」(幻冬舎文庫)

 作者甘糟が42歳の時、年がら年中、足の捻挫に見舞われてきた、「右距骨下関節不安定症」の手術を受け、その一年後ロンドンマラソンで完走するまでを描いたエッセイ。

 当然、完走までには、それなりの苦闘、それに伴う心の浮き沈みはあるが、アディダスの専用スタッフがつき、徹底的なトレーニングを施し、シューズもウェアもアディダスの最高の品が提供され、さらにR-BODYというトレーニングと専用の講師が用意される。

 さらにフィンランド製の特殊心拍計、スント72000円を身に着け、走りのトレーニングの課題、問題が検討され、次への練習に反映されていく。全く至れり尽くせりである。

 こんな状況の中、甘糟当人の辛さをどんなにデフォルメして表現しても、これだけの支援と条件の中で、ロンドンマラソン完走は予定調和の中で達成されるのは、読者にはわかっていて、甘糟の苦労の叫びは正直伝わってこない。

 正直、こんなことを本にしてはいけないなあと感じてしまった。

そんな中、このマラソンとは関係ないが、甘糟がファッション誌などにエッセイを書きまくっていたとき、小説家として甘糟を世に送り出した、幻冬舎の編集者石原の言葉が心に残った。
「甘糟さんは、もしかしたら、小説家に向いているかもしれない。」
「どうしてですか?」
「あのね、甘糟さんは言葉が意識の外にあるタイプだと思う。」

よく作家は、小説を書いているとき、登場人物が自分に住みついて、勝手に動きだし、そしてその時言葉も勝手に生まれてくる時があり、そうやって書き上げた作品は素晴らしい作品になると小説家は言う。

 なるほど優れた作家というのは、言葉が意識の外にあるのか。こう表現した編集者石原の言葉はすごい。

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| 古本読書日記 | 06:07 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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我孫子武丸   「怪盗不思議紳士」(角川文庫)

 終戦後間もないころ、戦災孤児の主人公草野瑞希は、ひょんなことから、名探偵・九条響太郎の助手を務めることになる。九条の宿敵は、怪盗「不思議紳士」。ずっと2人は、名だたる対決を繰り返すが、決着はついていない。

 ある日、この「不思議紳士」絡みの捜査を依頼されるが、そんな矢先、九条の乗った車が炎上爆発、九条は亡くなってしまう。
 「不思議紳士」をおびきだし、何とか彼を捕まえたいと考えた、九条の助手瑞希は、俳優の山田大作を九条の替え玉にし、九条の名前で東京駅のトイレでおびきだそうとする。

 そんな時、「不思議紳士」からの、予告状を、子爵龍宮寺家の令嬢、龍宮寺百合江が受け取る。

「来る6月15日、貴宅に所蔵の品々をいただきに参上致します。ご歓待は無用のこと。」
これに主人公瑞希、九条響太郎の替え玉山田大作、警察、更にGHQのスミス少佐が「不思議紳士」龍宮寺家所蔵品盗難阻止に備える。

 この物語は、古典的探偵小説では、よくあるパターン。こんな厳しい警戒の中、どうやって所蔵品を怪盗が盗むのかというのが見どころ、読みどころ。

 そこが確かに面白いのだが、警備、警戒が犯行予告日の一週間前から始まり、かつ犯行日までの経過描写が長すぎて間延びする。
 もちろん、犯行日の描写は、なかなか面白かったのだが。

それから、何でGHQの少佐が、犯行阻止のためにいるのかが不思議に感じる。

 この作品で我孫子が言う。
戦争末期、米軍は東京大空襲を行い、東京を焼野原にする。
ところが、子爵、伯爵の豪邸は、その回りを含めて、空襲は行わなかった。
実は、空襲を行う前、子爵、伯爵は、所蔵品、宝物は戦後すべて米軍、米国に差し出すので、命だけは助けて欲しいと命乞いをしていた。

 事前に該当子爵、伯爵家の住所を示した地図を米軍は用意していて、そこは空襲を避けたと。
 こんな作者我孫子の説はさもありそうなことと思った。

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| 古本読書日記 | 06:03 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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甘糟りり子   「産む、産まない、産めない」(講談社文庫)

 子供を産む、産まないことによって引き起こされる問題を8つの短編により表現する作品集。このテーマは多くの小説家により描かれ、解決はできないことが多いが、書き尽くされている。

 第一話は、執行役員まで約束されている、女性社員がその直前で妊娠。出産育児休暇を取得すると、役員は諦めなければならないところに追い込まれる。

 第二話は、年の差が離れた男性と結婚するが、この男性は結婚の経験があり、前妻との間にできた男子高校生を引き取る。男性と主人公の間には生まれてまもない女の子がいる。

第三話は、医者という仕事を持つ妻と結婚した、化粧品会社の営業社員。妻が妊娠した。
妻は当たり前のように、夫に育児休暇を取得して、子どもの世話をすることを求める。
 主人公の会社は、男性の育児休暇制度はあるが、誰も利用したことは無い。案の定思い切って上司に休暇の申し出をするが、てんで受け付けられない。妻と会社の間で主人公は弱る。

第四話。老舗呉服店に嫁いだ主人公。妊娠する様子が無い。姑に早く男の子を生むよう、ねんがら年中圧力をかけられる。

 そのほかには、やっと授かった子がダウン症だった。それから、高校生の娘が妊娠。娘は絶対産むと言ってきかない。それから折角授かった子が死産する。それから子宮ガンになり子宮を全摘出の手術を受け、子どもを授からない身体になってしまう。

 それぞれの話は短編だから、中には明るい結末を迎えるものもあるが、それなりに苦しい最後を迎え、解決に至らないものが多い。
 全部ではないが、今の世の中では、まだこの作品集のなかでで起きた問題は、すっきり解決するものは少なく、長い将来にわたって問題とむきあっていかねばならない。読んでいて気が重くなる。

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アンソロジー   「7人の名探偵」(講談社文庫)

 講談社が本格ミステリー文庫出版30周年を記念して、7人の推理小説作家に依頼して書き下ろしてもらった作品集。7人が豪華。歌野晶午、法月倫太郎、有栖川有栖、綾辻行人、我孫子武丸、山口雅也、麻耶雄嵩。

 どれも、作家の力がみなぎっていて力作揃い。歌野の作品「天才少年の見た夢は」だけはミステリーというより、戦争の色が濃い作品で、異色をはなっている。

 書き出しがドキっとさせる。

「戦争が始まった。
 我が国には戦争の永久放棄を掲げた最高法規があるから永久に平和なんだよと大村先生は言っていたのに、外は火の海、瓦礫の山だ。先生の嘘つき詐欺師お花畑。」

 名探偵少年、鷺宮藍が閉ざされたシェルターの中で無残な死が次々発生するなか、名推理を駆使し危機を脱する。この藍の正体は、戦争やテロ撃退のために開発されたロボットAI.

将来の戦争や警察の指揮は、人間ではなくAIが人間に代わって実行する。

 好みの問題があるかもしれないが、私は有栖川有栖の「船長が死んだ夜」が面白かった。
犯人が人殺しをした部屋から逃げる。しかし、逃げる通りには、防犯カメラがある。それを避けるために、部屋の食器棚の上のボックスにおいてあったビニールシートを取って、カメラのところにそのシートを敷き、その下をくぐってカメラ撮影を防ぐ。

 この犯人は背の低い年寄りの女性で、しかも高所恐怖症。とてもビニールシートを食器棚の上から取ることはできない。
 ではどのようにしてビニールシートを高所から降ろすことができたのか。
この方法が実に面白い。トリックはこうでありたい。

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| 古本読書日記 | 06:02 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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甘糟りり子   「長い失恋」(講談社文庫)

 世界で名だたる豪華ホテルを舞台にした哀切と欲望が交錯するラブストーリー10短編が、収録されている作品集。当たり前だけど、甘糟さん、詳細にホテルの部屋から見える豪華な風景を描く。甘糟さん当たり前のように登場する豪華ホテルを利用しているのだなと思い、別世界の人だと溜息がでてしまう。

 もう今から30年以上前、香港に出張した。当時はわが社の製品は、国内で売れていて、海外市場にはあまり力をいれていなくて、海外出張というのは、海外での展示会に、出張するだけというのが実情だった。

 香港への出張のホテルは、現地の代理店がとってくれた。代理店が気を使ったのか、驚くことに、マンダリンホテルのスィートだった。

 部屋の扉を開けると、だいたいはそこが部屋になっていて奥にベッドがあるというのが今までの宿泊部屋だったのが、その部屋はドアを開けると、廊下があり、何と部屋が3つもあった。最初の部屋が、応接、会議室。次の部屋が食事部屋。もちろん飲み物、つまみはただ(まあ部屋代にはいっているのだが)、その奥に寝室、浴室、洗面所があった。ベッドはふかふかの布団で、キングサイズ。

 夜全く眠れなかった。ベッドは4分の1しか使わない。縮こまっていた。最初で最後、海外出張でホームシックにかかった。
 この作品集で同じような経験が書かれているのが「広すぎた夜」。アメリカの大女優が日本にやってきて、新作の宣伝をする。その下働きをしているのが配給会社の新人澤村由香里。

 この大女優、同じようなことを幾つもの雑誌インタビューに聞かれ、頭にきて、インタビューを切り上げて京都に行ってしまう。その夜大女優が宿泊する予定だった部屋が、グランド ハイアット東京のスィートルーム。

 女優が泊まらないため、由香里が宿泊することになる。有頂天になり、恋人や友達に来てもらおうとするが、いずれも断られ一人宿泊となる。すると寂しさがこみあげてきてどうしようもなくなる。私のマンダリンホテルでの経験と同じ。

 確か私の時の宿泊料金が25万円だったと思う。こんな料金会社に請求できず、当時の規定料金を会社に請求。人事部の同僚が、領収書が無いことを不審に思い「どうしたの」と尋ねてきた。実情を話すと、「そのまま請求しろ」と言ってくれて25万円を通してくれた。
全く持つべき者は、同期生と心から思った。

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| 古本読書日記 | 05:59 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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我孫子武丸   「ディプロトドンティア・マクロプス」(講談社文庫)

 京都で探偵事務所を開設したばかりの主人公の私のところへ女性と女の子の2人から依頼がある。女性は、失踪した大学教授の父を探してと一方女の子はカンガルーのマチルダさんを見つけてという依頼。捜査を始めたところ、私は暴漢に襲われ、そこで、この2つの依頼は関係があることがわかる。

 このあたりまでは、通常のミステリーの雰囲気。この後どうやって2つの失踪がつながっていて、失踪したカンガルーマチルダと大学教授の行方をつきとめるか興味津々で読み進む。

 そして比較的早い段階で教授が見つかる。
教授は、組み換え遺伝子を運ぶベクターという運び屋を開発していた。そして、教授の開発したベクターを使用すると、通常のマウスが3倍の大きさになってジャイアントマウスに変わる。

 そして、ケガを負って死にかけていた私の体を新陳代謝を促進するために、教授がこのベクターを主人公の私に注入する。
ここからミステリーの雰囲気がガラリと変わる。

 身長が2mを超えたと思ったら、数日後には4メートル30,翌日には6m、その翌日には10mに達する。そして、滞在していた体育館の天井に頭が届くまでになる。

 何しろ、世間で何が起こっているか、29インチのテレビが体育館に置かれていたが、とても画面を見ることができない。

 そんなときカンガルーのマチルダも教授のベクターにより、6mの大きさになっていて、京都市内を怪獣のように歩き回っていた。

 ここからマチルダと私の戦いが始まる。
正統派ミステリーがとんでもない怪獣映画、ウルトラマンのような物語に変わった。

何これ、唖然、茫然。とても、うまく物語を飲み込めない。想像力が飛びすぎ。

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| 古本読書日記 | 06:23 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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我孫子武丸   「まほろ市の殺人夏」(祥伝社文庫)

 まほろ市で起きる殺人をテーマに春夏秋冬、4作品のうち夏を担当した我孫子武丸の作品。その他、有栖川有栖、倉地淳、 麻耶 雄嵩が別の季節を担当している。

 今はどうか知らないが、出版不況で本離れを少しでも食い止めようと、祥伝社が400円/冊の文庫を出版したなかの一冊でもあり、長編というより、中編作品といってさしつかえない作品となっている。

 まほろ市に住む新人作家の君村、処女作が文学賞を受賞するが、その作品が全く売れず、そのまま消えてしまうのではという苦しい状況の時、出版社経由でファンレターが届く。

差出人は同じまほろ市に住む四方田みずき。色々妄想が広がりどうしてもみずきに会いたくなり、手紙をだす。何とか会う約束を取り付け、会いそれなりに楽しい時を過ごしたが、その後メールをしても、携帯電話をしても、全くなしのつぶて。

 大学6年生の友人小山田にそそのかされて、手紙に記載されているみずきの住所まで小山田と行く。ところがその小山田が真夜中海に死体となって浮かぶ。

 この作品叙述トリックを駆使してできあがっている。例えば、君村が初デートしたとき、君村は相手をみずきと呼ぶが、相手の女性は自分のことを四方田とは言うが、自分がみずきだとは決して言わない。また、みずきはデートに幼い子を連れてきて妹と紹介。そして家には双子がいると言う。君村はみずきの妹が双子だと思うが、みずきだと思われる女性は、妹が双子であるとは言わない。

 それが、小山田殺人に結びついてくる。ストーリーは単純。ミステリーの入門書としてはいいかなと思う。

 それより、君村がまたデートしたくて、みずきと連絡しようとするがみずきとコンタクトできない。ひょっとして何かがみずきに起こっているか、最悪みずきに嫌われたのではないかと不安が募る。それを鎮めるのに、8時になれば、みずきは必ず家にいるはず。その8時までコンタクトするのをやめようと決心。そして、8時まで電話やメールをやめる。その8時までの長いこと。

ここが青春。いいなあこの8時までちょっと苦しく色々悩むところ。

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| 古本読書日記 | 06:20 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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安部龍太郎    「葉隠物語」(日経文芸文庫)

 葉隠とは、佐賀鍋島藩の2代目当主である鍋島光茂に仕えた山本常朝の談話を、田代陣基が書き留めたものである。「武士道と云ふは、死ぬこととみつけたり」「恋のはまりの至極は忍ぶ恋なり」などの名言は、よく知られている。

 若い時三島由紀夫の「葉隠入門」を読んだ。三島がこれが真髄という部分は古語で描き、格調高い、難しい表現満載の本だったため、途中で投げ出した。

 この安部作品は、口語体でわかりやすく書かれており、これならわかると思い手にとってみた。

 そして、「葉隠」とは、ただ一度しかない有限な人生を、どうすれば、意義深く生き抜くことができるかいうことが描かれていることを知った。

 「葉隠」には「曲者」と言われる人間がしばしば登場する。「曲者」というのは、人間としてはひねくれていて問題がある人間と今は思われているが、「曲者」は「葉隠」では真の武士道の体現者として登場する。

 そしてこの曲者」に対し、肝がすわらぬダメ人間は「すくたれ者」として表現される。

例えば会社で、間違っていることは、上司や経営陣に堂々と具申する「曲者」と多くの人間が経営陣はひどいと思っているが、現実に経営陣と対話の場面に直面すると、たちどころに臆病の「すくたれ者」に様変わりすることを私たちは知っている。

 そうなってはならないために、「葉隠」を気餅を入れて読むべきと思う。

しかし読んでもなかなかなあ・・・。あーあ情けない。

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梨木香歩   「椿宿の辺りに」(朝日文庫)

 私たちが不慮の事故で死んだり、不治の病に倒れたり、絶望的な不幸に襲われることがあるのは、偶然に起こることではなく、ずっと古い時代に、先祖が虐殺される悲惨な事件に遭遇していたり、自然を破壊したりしてきたためで、それらのことが、今の病や絶望的な不幸につながっている。こんな梨木さんの思いが展開する物語。

 この作品の主人公は化粧品会社に勤める佐田山幸彦。

ある夜、肩から腕にかけ、我慢できないほどの鋭い痛みに襲われ、何をしても治る気配がない。困って2歳年下の従妹の海幸比子に相談すると、同じような痛みに悩んでいた海幸比子から自分の痛みを治療してくれた、仮縫鍼灸院を紹介される。

 そんな時、貸家にしていた故郷の実家から、借主が貸家契約をやめるので契約破棄をするため、山幸彦に帰省してほしいとの連絡が来る。同時にもう死にかけている祖母から実家の家屋敷を始末する時、家の敷地にあるお稲荷に詣でるように、祖父藪彦から厳命されていることを聞く。

 このお稲荷に詣でるようにというお願いは、祖父藪彦から、仮縫鍼灸院で超能力を持つ仮縫氏の双子の妹の亀子にも届き、山幸彦の肩の痛みの原因が、山幸彦の実家にあると確信した亀子とともに山幸彦は実家のある椿宿に向かう。

 亀子は時空を超えた世界を感じとれる。仮縫鍼灸院で、痛みを克服した海幸比子は、「どういう物語が、その人に一番効くか」わかる能力がある。

 その椿宿で、村人から、実家で江戸時代に起きたお家騒動や、古代の山や川の移動、キツネ使いの伝説を聞く。古事記や日本神話につながる物語が家や椿宿には重なり合ってきた世界があった。

 そして山幸彦と亀子は、山幸彦の家の中に、その重なりあった世界が、淀んでいることを感じる。それで、淀んでいた部屋を開け放し、空気を流れだしてやり淀みを無くす。

 病気になった時、病院に行くのではなく、実家に帰り戸締りしてある戸を開け放ち、空気を流すことが病気を治す近道のような不思議な雰囲気のする物語だった。

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黒崎視音    「六機の特殊 蒼白の仮面」(徳間文庫)

 黒崎さん、ごめんなさい。書店の新刊文庫コーナーで6冊まとめて購入した際、間違えて購入したい本ではなく、この本を購入してしまった。しかし、家に帰って調べると、このシリーズはすでに、6冊も出版されており、大人気シリーズになっていることを知った。

 そして読んでみると、結構面白かった。だから、黒崎さんにごめんなさいなのだ。

作品は、人質立てこもり事件や、爆破予告事件に投入される警視庁特殊部隊、通称特殊強襲部隊SATが登場。この部隊を率いる土岐小隊長と隊員が必死の活躍で事件を解決する7作品が連作形式で収録されている。

 通常SATのような特殊部隊が活躍するような作品は、敵との戦い場面が、現実を飛び越えて急にアニメのような世界になってしまうが、この作品は、ギリギリ現実に踏みとどまって、描かれる。そこが素晴らしい。

 タイトルにある蒼白の仮面は、犯罪マニアが集うサイトの管理人のハンドルネーム。先般の安部元首相の殺人犯のように、世の中生きていても仕方ないような貧困で苦しい生活、しかも全く脱出する道も閉ざされていて。もう死ぬしかない。死ぬ前に大きな事件を起こしてその後死のうとする人が今の世の中には確かに存在する。

 そんな人間をサイトに集め、事件を引き起こさせる人間を抽出し、別のサイトに誘導、社会に衝撃を与える事件を引き起こすのが、犯罪サイトの管理人「蒼白の仮面」。

 テロのような無差別事件を起こして、死のうと思い込んでいる人が、少なからず存在している今の社会。本当に「蒼白の仮面」のようなサイトが存在すれば、無差別殺人事件が発生するのではと思ってしまう。

 この作品、すこし残念なのは管理人「蒼白の仮面」が何故世間を破滅させようとするのかその背景がきちんと描かれていないところ。

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我孫子武丸  「眠り姫とバンパイア」(講談社文庫)

我孫子が、少年少女用に書いたミステリー。

主人公は小学5年生の相原優希。そして、アメリカに留学した家庭教師を継いだ、新家庭教師萩原歩美(女性でなく男性)が登場する。優希は、アパートで母親と二人暮らし。

 優希がある晩、寝ていると、お父さんがやってくる。大好きなお父さん。楽しい会話を楽しむとお父さんは夜明け前、窓を開けベランダからどこかへ消えてしまう。

 その夜は雪が降り積もっていたはずなのに、朝起きると、ベランダに積もった雪にお父さんの足跡が無い。実際お父さんは、玄関から出て行ったかもしれないと思い、玄関を開けてみるがそこにも足跡が無い。優希はお父さんとメールも交わしている。

 家庭教師の萩原は相原家でお父さんのことは見たことも、聞いたことも無い。不思議と思い前任の家庭教師に電話で問い合わせる。

 すると前任家庭教師は「それは変だ。お父さんは、優希が2歳の時、交通事故でなくなっている。」と報告を受ける。

 そして」当時の新聞を図書館でみると、確かに父親は、深夜トラックと衝突。同乗した女性は即死。父親は病院に搬送されたが、病院で死亡が確認されたという記事がでてている。

 優希は嘘を言う子ではない。夢か寝ぼけて父親と会ったのかもしれない。しかし、次に父親に優希があったのは、母親が仕事で外にでていた昼間、一人で優希がアパートの部屋にいた時、父親に会っている。しかもその時、母親が仕事を上がってアパートに帰ってくる。だから父親の姿を見たはず。でも、母親は父親を見ていないと言う。
 と言うことは、やはり優希が嘘を言っているのか。

ちょっと無理があり、笑ってしまうのだが、実は事故の記事の載った次の日の記事に、亡くなったとの記事は誤報で、亡くなっていなかったという訂正記事が載っていたことが明らかにされる。

 母親は、雪の夜中にも、昼にも父親がやってきたことを知っていたのだが、見てないと言い張る。そして、父親が外へでて帰るのを手伝っていた。

 でも、それだけでは、優希の証言がすべてクリアにならない。そこで我孫子はそこに決定的なトリックを差しはさむ。

 作品のタイトルが素晴らしい。眠り姫の童話。そしてバンパイアは、人間の血を吸って生きる。父親は大量の輸血をすることで、死から免れていた。

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甘糟りり子     「みちたりた痛み」(講談社文庫)

 甘糟さんの描く紹介した作品は、私の想像を突き抜けた上流階層の人々の生活が、描かれる。普通作家が描く、上流階層の人達の生活は、何となくこんなものじゃないかという想像できる範囲で描かれる。しかし甘糟さんは違う。甘糟さんがどんな生活をしているのか知らないが、この作品で描かれる上流階級の人々は読者の想像をはるかに超えている。

 この作品短編を集めた連作集になっている。この連作集に上流社会に属している、映画製作者の大沢がでてくる。

 大沢の世界では、愛している異性を恋人と呼ばず、すべて愛人と呼ぶ。恋愛というのは、それがずっと続き、生涯関係を添い遂げると願う関係を言う。しかし愛人関係というのは、いつかは終わることが前提としている関係を言い、上流社会では恋愛は無く、あるのは愛人関係だけ。

 さらに大沢の世界。山のようにお金があっても、更に金を儲けようと、忙しく事業をおこなっている人は、その世界の住人にはなれない。それは、われわれから見れば、退屈ということになるが、もうあふれかえるほどお金があって、何もせずにそのお金を使いながら暮らす人を指す。

 大沢が言う。

「大衆には判りやすいリアリティってもんが必要なのよ。けど、リアリティなんてものは本当はないんだよ。この世の中にさ。大衆ってやつは意地汚いほどそれを求める。それには、鮮明なあいまいさ作んなきゃならないんだ。」

 そんないわゆる高級といわれる店や、遊び場所を造れば、その商売は成功する。しかし、上流階層の人々はそんな一般世界に存在する店、場所とは異なる非日常な特別な場所を作り一般の人々を完全にシャットアウトして集まる。

 しばらく、異世界を描く甘糟さんの作品シャットアウトに付き合いたいと思っている。

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黒木亮    「巨大投資銀行」(下)(日経文芸文庫)

 銀行や保険会社はバブルがはじけ不良債権を大量に抱え、青息吐息の状態になる。
もちろん、多くの銀行で法律違反の飛ばし行為を行う。

ここに、外資投資会社はつけ込む。
中身はよくわからないのだが、これを飛ばしにさせない、新しい金融商品を開発して別の銀行、投資会社に売り込む。
 こんなことをしても、損失は消えるわけではないのだから、いずれ破綻せざるを得ないのだが・・・。

主人公桂木とファーストスイス証券東京支店ディレクターの藤崎の会話が外資投資会社の本質を表している。

「三つ目はもっと激しい日経リンク債を買わせるのだ。業界じゃレスキュー債とかモルヒネ債とか呼ばれている。こいつらは、証券会社にとっては実においしい商売だ。組み込まれているスワップやオプションの価格は投資家にはわからないから、抜き放題というわけだ。」
「どれくらい抜くんです?」
「債券を百億売ったら最低でも、2億、3億。5億、10憶抜くのもしょっちゅうだな。」
「いくらモルヒネを打っても癌は治らん。徐々に体力が弱まって、最後に死ぬ。」
「これからは、この手の損失先送りビジネスが花形になるだろう。
「大蔵省は?」
「見て見ぬふりだ。生保や銀行が赤字決算になったら、自分たちの責任になるからな。」
「誰も責任をとらずに問題を先送りしようとする。そこにビジネスチャンスが生まれ投資会社がハイエナのように食いつく。」

 この作品を読んでびっくり。製造会社は、製品の売れ行きに対応するため、夜勤、遅番、早番という勤務体制があるのだが、外資投資銀行でも、世界は24時間機能しているということで、早番、遅番、夜勤という勤務体制をとり、しょっちゅうテレビ会議を行い、市場対応しているところがあるそうだ。

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黒木亮   「巨大投資銀行」(上)(日経文芸文庫)

 主人公は桂木。桂木は日本の巨大銀行、東都銀行に勤めていたが、東都を退職して、アメリカの巨大投資銀行モルガン スペンサーに就職。そこで、種々の投資商品を仕組み販売に成功して、頭角を表し、そのノウハウをぬるま湯に浸りきっている、日本の大手銀行や証券会社に導入しようと奮闘する物語。

 アメリカで発展した金融工学を駆使して、多くの新しい投資商品が登場。正直それらが、何のための商品なのか、難しくて殆ど理解できない。

 じゃあ、面白くないのかというと、そんなことは無い。この物語は投資商品を背景にした、国際、国内の経済の動きを描写している物語で、難しい投資のメカがわからなくても、十分に楽しめる作品になっている。

 それにしても、アメリカの投資会社の雇用、解雇の現実はすさまじい。
もちろん、雇用される時、ノルマが提示される。このノルマをクリアーすると、年収が最低でも5千万円。大幅にノルマよりオーバーすると数億円というのも珍しくない。

 で、昇給、賞与、解雇は実績により実施されるのかと思いきや、必ずしもそうではないようだ。上司に嫌われれば、仕事の実績にかかわらず、解雇を宣せられる。

 一般社員も同じ。退職では、一か月分の給料と、一か月分の退職金が払われ、その通告を受けると、解雇通告された会議室からでてきて、自らの机を整理して、会社のIDカードを事務所入り口の段ボール箱に投げ入れ、それで終了。2度と会社に来ることはない。
 実にあっさりしている。

日本の希望退職のように、時には人事部門もいれ、何回も面接の上、退職をするなんてことは無い。数分の通告で完了するのである。

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黒木亮    「トリプルA」(下)(幻冬舎文庫)

 企業格付会社というのは日本では日本格付研究所が1985年に設立して始まった。

 企業格付というのは、借りた資金を発行体(資金借入者)が、償還期限までに返済できるか、対象発行体を調査して、格付するこという。

 この格付けには発行体が格付けを依頼する依頼格付けと、格付会社が勝手に格付を行う勝手格付けと2つある。

 依頼格付けは依頼する発行体が数百万円を支払い行われるが、勝手格付けは依頼なしで行うから、どうやって収入を得るのか。格付け結果表を各企業に販売し、その収入で経営する。一冊63万円だそうだ。

 日本会社の格付けは、勝手格付けだったが、格付けの重要性が高まり、アメリカの格付け会社が日本に登場して、依頼格付けが主流となった。依頼格付けでないと収入が少なすぎうま味が無いのである。

 アメリカの格付け会社は大きな営業部隊を持ち、企業を回って、格付け依頼を獲得しようとする。

 当初はアメリカの格付会社も、きちんと金融工学に基つ‘いて格付けを行っていた。借金漬けの国としての日本の格付けは、アフリカのボツアナ以下だった。これに財務省や政治家が怒った。何で、日本が資金援助している国のほうが格付けが高いのだと、国会に格付け会社を呼びつけ詰問したこともあった。

 しかし、こんな格付けをしていては、数百万円も払って格付けをしてもらう意味がない。企業が資金を集めようとしても格付け会社から投資不適格の格付けをだされると、資金集めが困難になり、中には資金ショートで倒産する会社もでてくる。

 だから依頼発行体である会社は、少しでも良い格付けをつけてもらうように、格付け会社に要求するし、格付け会社も実力より高い格付けを行うという完全な利益相反が起こるようになる。

 格付けの正当性を確保するために、格付け会社のスタッフは依頼者と食事をしたり、金品の授受を就業規則で禁止している。こんな行為が発覚すると、当事者は即刻解雇となるそうだ。

 しかしそんなことを遵守していると、格付け会社は事業が成立しない。
日本の会社の格付けも当初はひどかったが、それが突然、格付けが上がることがこの作品にもでてくる。

 しかし、当時はバブルがはじけ、高い格付けを入手しても、倒産、廃業する会社がでる。そうなると格付け会社への信頼は一気になくなる。

 それで格付けにはまった人々は大きな人生ドラマを否応なく経験することになる。

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黒木亮    「トリプルA」(上)(幻冬舎文庫)

 バブル崩壊からリーマンショックまでの金融界を中心とした出来事を、企業格付け会社からの視点で描いた作品。

 私の勤めていた会社は明治の初めの創業で、昔のことは知らないが、少なくても戦後は赤字をだしたことは無かった。ところが、私の同期が社長をしたとき、リーマンショックが起こり、その時唯一赤字を経験した。

 リーマンショック、何となくどういうことが起きたのかうろおぼえに覚えていたが、この作品でよくわかった。

 クリントンの大統領時代、低所得者階層にもお金を貸すための「コミュニティ再投資法」が成立、施行される。

 この法律により、貧困者層にも金が貸され、多くの貧困者層の人達が住宅ローンを組み金を借りた。金を貸した銀行は、このローンを証券にして、投資会社に販売した。

 貸したローンは最初の2年は固定金利で利率が2%。しかし3年目から9%に跳ね上がる。30万ドル借りると30年ローンでは3年目から金利だけで、年2万7千ドルを支払わねばならない。当時の貧困層の平均年収が2万ドル。年収を全部払っても足りない。これに元本も返済せねばならないのだから、住宅ローンを返済することは不可能。

 で、返済の見通しのない、証券をどうして投資会社は購入したか。

全く日本のバブルと構造は同じ。建国以来アメリカは不動産価格は上昇をしていて、下がることは無かった。だから投資会社が所持している証券は高価格で売れることが見込まれ、貧困層の人が払えなくても、投資会社は大儲けできると踏んでいた。しかしバブルははじけ証券の価格が急降下したのである。

 この作品を読んでいると、会社時代のことを思い出してしまう。

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湊かなえ    「落日」(ハルキ文庫)

 脚本家の甲斐千尋のところへ、映画監督の長谷部香からメールが送られてくる。今度撮影する映画の脚本を制作して欲しいと。

 長谷部香は新進気鋭の映画監督。「一時間前」という作品で、処女作でありながら、国際映画賞を受賞している。
 一方甲斐千尋は、師匠の脚本家大畠のもと、勉強しながら脚本家を目指すが、大畠に叱られっぱなしで、もう脚本家をやめようかと感じている。そんな自分に大畠先生を飛び越えて、何故直接映画監督から脚本作成の依頼がきたのかいぶかりながら作成の準備にはいる。

 長谷部香の映画のテーマは、15年前、千尋の故郷の町でおきた「笹塚町一家殺害事件」。
 事件は、この家に住む立石一家の長男力輝斗が、妹の沙良を刺殺し、その後自宅に火をつけ両親も殺してしまった事件。
 すでに力輝斗は、殺害を自白し、裁判で死刑も確定している。

千尋は故郷に何度も通いながら事件を丹念に調べ上げる。一つ事実を知ると、別の事実が知りたくなる。それをつなぎ合わせるとあるとんでもない事件の事実が浮かび上がる。

 一方、監督の長谷部は、千尋が拾い上げてくる事実から、真実は何だったのか、知ろうとする。

 実は監督の長谷部は幼い頃3年間だけ、笹塚町に住んでいたことがある。殺人事件が起きたときは、すでに笹塚町を離れていたのだが、3年間住んでいたアパートの隣部屋に立石一家が住んでいた。よく、長谷部香は、母に叱られ、ベランダに締め出された。その時、ベランダの境壁から手をだし、隣の部屋の幼い子の手を握り合った。この手は長谷部は力輝斗の妹沙良の手だと思っていた。

 しかし、千尋の調査により、この手は力輝斗であったことを知る。そこから事件の事実は変わらないが、真実は全く事実とは異なる驚きの中味がわかることになる。

 湊さんは言う。事実は知りたいことを調べ上げた結果を言い、そこから何が本質なのか想像をして作り上げるのが真実だ。そして真実を創り上げることこそ小説家の仕事だと。

 タイトルの落日というのは、事実を調べ上げることで、事実は作家により真実として朝日として蘇ってくるものと。「落日」というタイトルの味わい深さをこの作品を読んで実感した。

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中島京子    「夢見る帝国図書館」(文春文庫)

 日本に図書館ができたのは明治5年。当時は「書籍館」といい、福沢諭吉が海外を視察して、海外には「ビブリオテーキ」が存在。このビブリオテーキを造ることを諭吉が政府に説いた。

 この小説は上野でであった2人の女性が、日本の図書館の歴史をたどりつつ、図書館小説を書くまでの物語。
 もちろん2人の歴史をたどる道も面白いが、途中途中で太字で挟まれる、図書館の逸話が面白い。

 樋口一葉や芥川龍之介、宮沢賢治、谷崎潤一郎、林芙美子、永井荷風もこの帝国図書館を愛していた。当時は書籍を借りるのではなく、毎日通って図書館で本を読むのが一般的だった。

 もう恥ずかしくてしかたないのだが、名作宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」。ジョバンニは宮沢賢治でカムパネルラは恋人か妹のことだとずっと思ってきた。

 しかしよく読むとカムパネルラは男性。しかし、読み込むとわかるのだが、男だからといって、友達ということではない。賢治は確かにカムパネルラを愛していた。

 戦後、GHQ統治時代に1人の軍服を着た、ベアテ・シロタという女性が帝国図書館に駆け込んできた。そして、海外の憲法に関して書かれている本を全部貸してくれと言う。

 ベアテ・シロタは戦前ウィーンから母に連れられ日本にやってきた。日本では作曲家山田耕作に師事して音楽を学ぶ。その間に、ヒットラーのヨーロッパ戦争が起こり、ウィーンに帰れなくなった。仕方なく戦時中はアメリカに留学した。そして戦後GHQの一員として日本に再度やってきた。ベアテは、多くの憲法を読み込み、日本の新しい憲法では、男女平等をうたわねばならないと条文にいれた。

 帝国図書館は日本国憲法作成にも貢献していたのだ。

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黒木亮   「冬の喝采」(下)(講談社文庫)

 この物語でひときわ異彩を放つのが、戦争で満州にも行った、暴君狂犬の中村清監督。
とにかく、選手への罵倒がしつこく、最後には部をやめろ。それに訓示のお言葉が長い。2時間に及ぶこともしばしば。

 絶対君主で、監督の謂ったことはすべて正しい。だから反抗せずに従え。
この足元に生えてる草と土を食べろと言ったら、絶対食えと言って、自らしゃがんで、草を獲り、土を掴み、口へ頬張る。

 選手にはしかし、決して手をださない。成績が悪かったのは監督である自分が悪いと言って、自分の頬を拳骨で思い切り殴る。そして口から血をふくその場で倒れる。

 箱根駅伝で拡声器を持って伴走車にのり、選手を激励する。そして大声で「都の西北」をがなる。早稲田は人気大学だから、沿道から「早稲田がんばれ!」と大きな声援が送られる。
すると中村は拡声器で沿道にむかって叫ぶ。

 「今走っているのはヘボ。こんなヘボに声援はいらない。」走っている選手はガックリ。

  こんな無茶苦茶子供のわがままそのままのような監督。そんな監督が、よく家に部員をよんで夕食を食べさせてくれた。その時はいつもステーキ。黒木が、中座してトイレに行くと、いつも次の間で、奥さんと子供がめざしを食べていたそうだ。

 そんな、中村監督。黒木ら卒業生の部員お別れ会のとき、励ましの言葉に続いて、ハーモニカを吹いてくれた。

 曲はフォスターの「オールドブラックジョー」。哀切いっぱいのメロディー。戦地満州でハーモニカを吹く中村監督の姿が浮かぶ。もちろん物語にはちゃんと歌詞も書かれている。

 それから、この物語で大変なことが暴露される。作者黒木の実父母は、黒木を産んだ直後に離婚して、黒木は養子に出される。実父母は、黒木を養子に出した後、よりをもどして再婚している。黒木の実父母は、黒木を取り戻そうとしたが、法律に阻まれ願いは叶わなかった。

 黒木は大学をでた30年後に、実父母の居所を突き止め、家を訪問している。
父親は学校の教師をして定年になっていた。実父母の家で会話する。実父は、戦前陸上の選手で、箱根も走った経験があった。このエピソードは味わい深い。

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| 古本読書日記 | 05:55 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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黒木亮    「冬の喝采」(上)(講談社文庫)

 今や国際金融を題材に物語を書いたら、右にでる者がいないといわれるまでになった大流行作家の黒木、中学生の時に、郷里北海道の深川の書店で陸上競技雑誌に出合い、中学から高校、そして早稲田大学で陸上競技に打ち込む。早稲田では、日本の歴史に残るマラソンランナー瀬古俊彦と同じ競争部で活動し、大学3年の時箱根駅伝で2区の瀬古からトップで襷を受け取り黒木は3区を走った。

 そんな黒木の学生時代のランナーの物語を、黒木ではなく主人公金山の名前にして、描いたのがこの作品。

 黒木はもちろん忠実に陸上ランナーとしての自分を中心に作品を描いているが、素晴らしいのは、バンカラな青春も丹念に描いている。そこが、単調なスポコン物語でなく、味わい深い作品に引き上げている。

 私が中学を卒業した時、これからみんなバラバラになると、村の卒業生がみんなで、お別れパーティを開いた。パーティは今は無い、村の保育園で行われた。黒木の高校でのお別れ会も深川の保育園で行われた。酒など飲めないから、ジュースとケーキでのお別れ会だった。一緒に別れる、女子高校卒業生がみんなでイルカの「なごり雪」を歌った。

 黒木はうまいなあと思ったのは、その歌詞を作品で書いているところ。それが、お別れ会の場面を読者に印象付けている。

 それから、早稲田に入学。最初は同好会に入り、活動していたが、一年たって瀬古がいる
名門競争部に入部したくなり、合宿場にゆき、入部を申し込む。そして、あの有名な中村清監督に「準部員」としての入部を認めてもらう。

 新一年生の入部者と共に、歓迎会が開催される。もちろん酒も入った歓迎会だ。
そこで無理やり歌を歌わされる。音痴だから簡単な「知床旅情」を歌う。先輩が声あげ叫ぶ。
「今、金山(黒木)がお経を大きな声であげます。」と。

これだよな。青春の風景とは。陸上一辺倒の物語じゃなくよかった。

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| 古本読書日記 | 05:44 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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立川談四楼    「恋文横丁 八祥亭」(小学館文庫)

 立川談四楼、師匠立川談志や、その弟子たちの鬱屈、喜びを描いたら、文章力、表現力も抜きんでていて面白い。それで、この作品はどうだろうと思って手に取ってみた。

 5編の短編が収録されている。この本に収められている物語は、立川の完全な創作で、彼の経験は何も表現されていないように思われる。

 そして、完全創作となると、正直中身が薄く、こんなにもつまらないものになってしまうのかと唖然とした。

 例えば、この作品集で活躍するのが八祥という男。この八祥は、警察官なのだが、ある地面師の捜査で、警察上層部に異を唱えて、結果警察業務から、はずされ、現在は仕事は無く、得意の落語を演じ、地方の施設などをまわり糊口をしのいでいる。

 八祥が、仕事からはずされたのは、地面師を実際に行った男が、有力政治家の息子。その息子を守るために父親の政治家が、捜査に圧力をかけ、捜査をストップさせる。これで貧乏クジをひいたのが八祥というわけ。

 正直、こんなことで、末端の捜査官が、組織から飛ばされ、干されるなんてことがあり得るだろうか。全く、納得感がない。

 それから、交通事故で脳死判定された子供から、心臓移植がなされる。物語では、移植を受けた人が誰なのか突き止める作品がある。

 これは守秘義務もあり、難しいだろうなと読み進むと、その移植に立ち会った元看護師からあっさり情報が入手される。これもあり得ないな。

 こんなひねりもなく、奥行きの無い作品。立川談四楼は小説家としての能力が無いのではと感じてしまった。

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黒木亮     「貸し込み」(下)(日経文芸文庫)

 大淀銀行支店の最上顧客だった宮入悠紀子は突然脳梗塞になり、痴ほう症の症状がでる。

そこから、大金が動きだす。当然、お金が動くたびに、宮入の印鑑やサインが必要となるが、多くの書類が宮入の署名ではなく、銀行関係者が偽造していた書類がでてくる。また借入の申込者は、印鑑までも偽造してある。

 たくさんの書類には、当然宮入のサインがなされているが、脳梗塞痴ほう症の被害者が、判断力があったのかが事件の真相の焦点となる。

特に理解できないのが、宮入が21億円を借りいれた直後、このお金を定期預金に付け替えたこと。この操作は両建預金として、法律違反だそうだ。

 しかし、ローンと定期預金では、金利が定期預金の方が低く、こんなことをやれば、被害者は損を被ることになるから、こんなことはするわけない。誰かが、宮入に嘘をついてやらせたのである。

 具体的な不正事件のからくりはよくわからなかったが、預金はあれば、銀行員が引き出すことができる。

 例えば、銀行にあるお金を仮払い伝票で出金し、そのお金を預金者である宮入に手渡し、そこで宮入に出金伝票を書いてもらう。

 また、事前に宮入のサインと印鑑を小切手手帳に金額欄空白のまましてもらい、それで適宜銀行員が金額を記入して、お金を引き出す。
 宮入が判断力が失っていれば、銀行員がそれにつけこむ隙ができる。

 それから、ATマッケンジーに借りていたお金を返金するため4億2千万円が引き出される。この返金が2つの伝票によりなされている。

ひとつは、3億1785万円。これは、260万ドルの返済にあてられている。その日の為替レートが1ドル、122.25銭だから。で、もう一つの1億215万円がどこへ送金されたのか不明になっている。

 これらの不正がすべてではないが、物語で明らかにされる。
なかなか、面白いのだが、銀行のお金の出し入れの仕組みがもうひとつ不明のため、雰囲気はわかるのだが、少し消化不良になってしまった。

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| 古本読書日記 | 06:49 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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黒木亮    「貸し込み」(上)(日経文芸文庫)

 黒木さんは、国際金融に関して、多くの印象深い作品を描いているが、この作品は日本の銀行においてバブル後に行われた不正融資事件を扱っている、黒木さんにしては珍しい作品である。

 この作品で思い出したのだが、2000年に入って数年後、旧三和銀行で28億円の不正融資が行われ、そのうち数億円にのぼる金額が使途不明になった事件があった。

 この作品では21億4000万円の融資がなされ、そのうち17億円が何者かにより引き出され、その大半が使途不明金になった事件が起きたということになっている。
 作品は上下2巻になっていて、大作であり、しかも内容がやけに詳しい。

と、思っていたら、作者黒木さんは、かって三和銀行に勤務していて、この詐欺事件に巻き込まれていたことを知った。

 この事件が明るみになった時、黒木さんは、すでに三和銀行は退社していて、ニューヨークで仲間といっしょに投資会社を設立、活動していた。

 物語では、三和銀行は大淀銀行、不正融資先は宮入悠紀子さんとなっている。宮入さんは、当時アメリカ系の大手コンサルタント、ATマッケンジー社の日本代表。ATマッケンジー社の日本代表は、最低でも年収1億円。多い人は20数億円にもなる。

 ある日、ニューヨークの黒木さん、作品では右近氏のところに、大淀銀行の当時、右近の上司だった課長から電話がかかってくる。そして、宮入悠紀子について、どんな取引をしていたのか聞いてくる。しかし当時は大淀銀行の該当支店では宮入は最重要顧客の一人で一介の担当者が担当することは無い。だから右近は、支店の最重要顧客である宮入は電話してきた当時の課長か支店長が直接担当していて、自分は宮入に会ったこともなく、やりとりしたこともないと返答する。

 その直後に宮入に不正融資をしていたことが週刊誌によりなされる。
そして、銀行はこの不正融資の実行者はすべて右近が行ったこととして、右近にすべて責任を押し付けようとしていることを右近は知る。

 この作品を読むと、銀行というのは、こいつが不正事件の実行者と決めると、不正のストーリーを作り上げ、それにそった伝票類を作成し、まずい書類は、廃棄したとして、表に出さなかったりするところだということがよくわかる。そして、同じ銀行の無実の行員を全くうしろめたさを感じず、実行犯にしたてあげる。ひどい所だ。安心して勤めることができない。

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司馬遼太郎    「ロシアについて」(文春文庫)

 今多くの人が、ロシアについて関心を持っている。そんな時、司馬がそのロシアについて書いている本を発見し、司馬はロシアについてどんな考えを持っていたのか知りたくて手にとってみた。

 作品はロシアの歴史や文化についての記述は少なく、司馬のロシアに関する作品「坂の上の雲」や「菜の花の沖」で描かれた、主として日本とロシアの関係についての思索、記述が殆どを占めていた。

 そんな本来のロシアについて、少ないがなるほどと思った記載を紹介しておきたい。

 ロシアが国として登場したのは、新しく、1547年ロシアツァーリ国が最初だそうだ。
もちろん、それまでにも国ともいえない小国があった。それの最初が何と驚くことに、キウイ公国で9世紀に誕生している、ロシアでの最初の国家はウクライナだったのだ。

 ロシアに国家が生まれなかったのは、モンゴルに生まれた匈奴をはじめとする騎馬民族の力が強大で、当時ロシアに点在した、原始的農村集落を、常に破壊してしまっていたから。最初にできたキウイ公国もロシア人が作った国ではなく、スウェーデン人が南下して作った国だ。

 1547年に創られたロシアツァーリ国のツァーリはシーザーからきている言葉で皇帝という意味。

  ロシアというのは権力者ツァーリがいて、その他はすべて農奴と規定されてきた国。だからロシアは簡単に政変が起きる。ツァーリの首さえとれば、それで政変が起きてしまう。今、誰かが、プーチンを殺害すれば、全く今と異なったロシアができるのだ。

 それからロシアは、他の国々の領土を侵略してできあがった国。それゆえ、交渉で北方領土を返すということは絶対ないそうだ。
 そんなことをもししたら、あちらこちらから、領土を返せという要求がいっぱいでるので、交渉なんてありえない。

 だからクリミアもウクライナの一部をロシアが占領したなら、国際世論がロシアを非難しても、その領土をロシアが返すことは絶対ないと司馬は言う。

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綿矢りさ   「生のみ生のままで」(下)(集英社文庫)

 逢衣の恋人、彩夏はその後、俳優として売れに売れ、とうとうタワマン、最上階の35階の部屋で2人で暮らすまでになった。

 上巻でのラブシーンは、情熱的なのだが、作為的で自然でなく嫌悪感が残ったが、この下巻でのラブシーンは印象的で、素晴らしい。

 総ガラスばり、遮るものは何もなく太陽だけがさんさんと輝いている。
「彼女の吐息や喘ぎ、うめき声はどんな言葉より雄弁で、私も言葉ではなく動物としての野生の耳をそばだて、彼女の生理的な声に従った。初めて、どんな刺激的な言葉でもこういうときに口にすると白けることを知った。いくら扇情的な言葉でも、抑えきれないため息にはかなわない。本当の意味で言葉にならない音で声帯を震わせるのはこのときだけだ。低くても高くても抑えていても人種を超えて否応なく理解させ、一気に動悸と呼吸と体温を上昇させる。
 燦々と太陽が降り注ぎ限りなく自由になれる、言葉の必要ないこの海で、私たちはただ無心に泳ぐだけ。」

 これ以前に書かれているラブシーンが空回りしてぎこちなさを残していたのは、このシーンを描くためにあったのだとしたら、綿矢りさは大変な作家だ。

 そう、これからの世界。愛する人がたまたま同性だったということが、自然なこととして受け入れられる時代になってきたことが十分実感できる作品だった。

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綿矢りさ   「生のみ生のままで」(上)(集英社文庫)

 主人公の逢衣は、恋人の颯とある夏秋田のリゾート地湯沢に旅する。そのリゾートに颯は幼馴染の琢磨を呼んでいた。琢磨は彼の恋人彩夏を連れてきていた。逢衣は、彩夏の人になじまない言動に彼女を嫌っていたが、リゾート地で起こったハプニングに、帰った東京で彩夏と再会した。

 そこで彩夏から逢衣が好きだと言われる。逢衣は戸惑ったが、彩夏の熱心さに自分も彩夏が好きだと言う。そして、2人は彩夏の部屋で同棲することになる。

 彩夏はある芸能事務所に所属していて、俳優を目指していた。
 逢衣は、彩夏の積極的な誘いに中々女性を愛するということがうまく飲み込めないが、その後、2人はめくるめくような恋に陥る。リゾート地に愛し合う恋人同士ででかけたのに、
恋人の女性同士が恋人になり、それぞれの男性は振られるという奇妙な出来事が起きた。

 綿矢さんは、小説家としてありとあらゆる能力と言葉を駆使して、彩夏と逢衣のラブシーンを描く。

 しかし、多分綿矢さんも経験したことのない世界。情熱だけが空回りして、想像で描いても、私が鈍感なのか、綿矢さんは無理しているなあ、と思いが強く、女性同士の愛が伝わってこない。

 ダブルデートしたカップルが、相手の異性に魅かれ、恋人同士が壊れるならわかるが、カップルの女性同士が恋人になるという前提が読んでもどうしてそうなるのかわからず、もやもやしたままで下巻に進む。

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海堂尊     「氷獄」(角川文庫)

 4編の作品が収録されている。

少し前になるけど、義父が亡くなった。亡くなる一年前くらいに、病院の主治医から、義父によいからと別の病院を紹介され移った。

 その病院で主治医と看護師長より、義父が暖かい気持ちで天国に導かれるようにお祈りしましょうと言われて驚いた。その病院はホスピスで、一旦入院したら、死ぬまでその病院で過ごし、退院することは無い病院だと知った。義母は泣き叫び、病気を治さない病院など病院じゃあないと文句を言った。

 この作品集の「黎明」ではこのホスピスをテーマにしている。
章雄の妻千草はすい臓がんになり、その癌がステージⅣ。全身に転移して、治療が不可能な状態だった。そこで、その病院に併設されているホスピスに移ることになった。
 このホスピスを取り仕切っているのが黒沼看護師長。黒沼と章雄との会話が真に迫る。

「先ほど奥様と話されていた時に、少々気になったことがございましたので、このフロアの方針をご理解いただきたいと思いましてお越し願ったのです。」
「はあ、どないなことでしょう。」
「奥様に、これからいろいろ調べて、できることは全部やってあげたい、というようなことをおっしゃっていましたね。」
「あいつには苦労を掛け通しやったんで、せめてそれくらいはしてやりたいんです。」
「そういうことは、ここではやめてほしいのです。ホスピスというのは、静かに死を迎える覚悟を作るところです。生半可な希望は毒になります。」」

その日の章雄と妻千草との会話。
「あの看護師長に、何か言われたんか。」
「最先端の医学でも治療の術はないのだから、希望を持たないように、ゴールまで一緒に完走しましょうって。・・・治療法はないから、いろいろ試すのは、医療資源の無駄使いになるって言われたわ。穴の開いたバケツに水を注ぐようなものだって。人は誰でも最後にたどりつく場所は一緒で、その流れには誰も逆らえないなんて、言われてみてその通りだわ。今までに死なずに済んだ人はいないんだから。」
「だからって、何もそんな言い方をせんでも・・・。お前はそれでええんか。」
「いいも悪いも仕方ないじゃない。希望はなくなったけれど気持ちは楽になったわ。」

その通りだけど、この状況は結構辛い。ちなみにこのホスピスでは「患者さん」とは言わず「お客さん」と呼ぶ。

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江宮隆之   「直江兼続」(学研M文庫)

 直江兼続は、初陣の戦いで、上杉謙信の眼にとまり、謙信より、兵法を叩きこまれる。その極意は、戦いには義がなければならないということ。

 謙信が死没して、息子景勝が後を継ぐ。そして兼続は景勝の第一の家臣として、景勝を支える。

 秀吉が亡くなった時、後継者である秀頼はまだ幼少であった。秀吉は5大老、5奉行を呼び、秀頼を支えるよう指示し、当然5大老、5奉行はそれを秀吉に誓った。

 しかし、5大老の中の家康は、他の大名と姻戚関係を結んだり、説得をして、秀吉亡き後は、自らに従うよう活動を始めた。そして、それに歯向かう5大老の一人前田利長を力で屈服させる。

 同じ5大老の一角だった上杉景勝と家臣直江兼続は家康の行為に信義が無く、反抗していた。上杉景勝は秀吉末期に、越後から会津、米沢藩に改易されていた。

 家康は秀吉死後、自らが、秀吉を継ぐ。それで4大老に上洛するよう求めた。しかし上杉景勝と直江兼続は、自らの主は秀頼であり、家康ではないとして、上洛を拒否。その拒否と家康の裏切りを非難する書状を家康に送る。

 これに激怒した家康は、上杉景勝を征伐するため、会津に向かい戦いを起こす。

ところが、途上で、関ヶ原の戦いが起こり、踵を返して、家康軍は関ヶ原に向かう。

 この時こそ、家康を叩き、上杉が天下をとるチャンスだった。直江兼続は、藩主上杉景勝に家康軍を追って、叩き潰そうと進言したが、景勝は関ヶ原は天下分け目の決戦、終わるまでに数か月はかかる。そのころを狙って、家康と戦えばよいとして、会津に全軍を帰らせた。

 数か月かかるだろうと思われた関ヶ原の戦いはなんと、たった一日で終了。家康率いる東軍が西軍を破った。

 家康天下が決まったとき、上杉景勝の名代として、直江兼続は江戸城を訪問する。
この時、家康の家臣、本田正信に「家康の戦いには義が無い。」と詰め寄る。本田が答える。

「大儀や義で戦いを行う武将などいない。すべては自分の利になるかで戦いは行われる。」
そして、かの有名な言葉を吐く。
 「織田が捏ね、羽柴が搗きし天下餅、伸して丸めて食うは徳川・・・」

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王城夕起   「青の数学」(新潮文庫)

 大学でも、理系、文系と別れているのだから、確かに2つの系列に別れている世界が存在する。体育会系がどちらに所属するか不明だが、殆どの人達は文系だろう。文系には音楽、吹奏楽、文化祭、弁論、歴史、文学など、高校時代青春を打ち込めるフィールドが多く用意されていて、その活動はみんな馴染があるし映像も浮かんでくる。

 こんななか、理系の人達はどんな生活を送っているのか、全く想像がつかない。
しかし、この作品を読むと、理系の人達も、文系に負けず劣らず、同じような高校青春時代を送っていることがわかる。純粋理系の人達とは、文系の人達とは全く交わらず、文系、理系の人達は全く相手の世界を知らないまま青春を送る。

 数学大好きという学生には、ネットで勝負する場所もあり、その勝負をみつめ応援したり解説したりする熱い戦いの場所がある。数学研究同好会なるクラブもあり、夏には合宿だってある。数学オリンピックもあり、この物語では京という天才女子高生が2年連続金メダルを獲得している。

 毎年、数学論文は一万件も国際的に発表されている。
この作品は青春をひたむきに走り、身体に宿る熱い情熱を数学にぶつける高校生青春小説。

 作品で主人公の栢山が、ネット上で72時間でどちらが多くの数学の問題を解くか戦いの場面がある。眠らず、すべての時間を数学問題にあて、息もたえだえになりながら、相手を追い詰める。その栢山の描写は、マラソンの死闘をみているような雰囲気。

 作品はライトノベルだが、中身はチンプンカンプン。のっけから、数字は無限かという問いがあり、無限という回答があり、では素数は無限かという問いがあり、数字自体が無限なのだから、素数も無限と回答すると1から100までの中には素数は25個あるが100001から100100の中には6個しかない。本当に無限?と念を押されるとドキっとしてしまう。

 これに対する回答、最小の素数から考えられる最大素数のすべてを掛け算してそれに1を足した数字は必ず素数になる。だから素数も無限という文系にはくらくらするような回答。

 こんなことが描かれるから文系頭にはとてもライトノベルというわけにはいかない。でも数学大好き人間には物足りない内容だろうなとも思う。

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辻村深月   「ツナグ想い人の心得」(新潮文庫)

 ツナグは使者とも書き、死者との面会ができる力を持った人のことを言う。渋谷歩美は祖母からその力を受け継いで、会社員をしながら使者の務めも行っていた。

 この作品はツナグにより死者と面会する、5短編が収録されている。

 死者との面会の物語となると、当たり前なのだが死者が生存しているとき、熱い交流のあった人がなくなって。その人にもう一回会いたいという物語になる。

 しかし、この作品集では、全く異なる作品が収録されている。それが「歴史研究の心得」という作品。

 依頼者は鮫川という老人。鮫川は新潟県出身で、校長まで務めた、郷土史研究家。
そして鮫川が面会したい人が、郷土の中級武士上川兵満。上川は、農民をとりまとめている庄屋のような役割をしていた。戦でも活躍している。この上川に鮫川は大きな興味があり、会いたいという。

 上川が生きた時代は戦国時代。没したのが1587年9月7日。あの豊臣秀吉が聚楽第を完成させた年。今より400年以上も昔のことだ。
 もちろん、鮫川が会いたいといっても、上川がそれを望まなければ、面会はかなわない。

 ツナグの歩美が、死者とつなぐ鏡を通じて、上川の意向を確認すると、上川も会いたいと答える。面会場所は都内の最高級ホテル。指定された部屋で上川は待っている。

 鮫川が、上川に興味を抱いたのは、上川が生存中に美しい短歌を残していたから。
それで、高貴な雰囲気があると人と想像して、鮫川が会うと、いかにも粗雑な無骨な人間。

 よくこんな男が、あんな見事な短歌を造ったものだと、感心して聞くと、自分は文字の読み書きはできない。あの短歌は、部下に作ってもらったのだと鮫川がっくりの返答。

 戦国時代の人間が、現代に現れると、面会者以上に目をまんまるくして、面会者を質問攻めにする。
 「今の将軍様はだれだ?」「この明るい灯りはどうして消えないのか。」「こんなにたくさんのでかく、高い城があるのか。」「道を走っている動物は何なのだ?」
 これを、鮫川が戦国武士に説明するのは至難の技。それにしても戦国時代の言葉がよく現代に通用したものだと感じた。

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