fc2ブログ

2022年05月 | ARCHIVE-SELECT | 2022年07月

| PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

早瀬利之    「リタの鐘が鳴る」(朝日文庫)

 主人公リタはスコットランド、グラスゴー郊外の小さな街、カーキンティロボで開業医カウン家の長女として生まれる。この家に、大阪摂津酒造よりスコッチウィスキーの製造のため派遣された竹鶴政孝が寄宿した。そして、長女リタと政孝は恋におち、カウン家の反対を押し切り、結婚、日本へ2人で帰国する。大正10年1月である。

 この作品は、リタの日本での困難を描くとともに、政孝のウィスキー製造にかける、情熱を同時に描く。しかし物語の中心はリタと政孝の愛情物語。

 しばらく前にNHK連続テレビ小説で放送された「マッサン」の物語である。「マッサン」は欧米社会では相手を名前で言わずニックネームで呼ぶため、リタが政孝につけたニックネームである。

 私はテレビ小説はみていないが、関連の小説はいくつか読んでいて、リタ、政孝については多少知っている。

 政孝は、勤めていた摂津酒造が本格的ウィスキーを製造するため、スコットランドに派遣されるが、帰国すると摂津酒造は経営が傾いていて、ウィスキーが創れず、ウィスキー生産の野心を持っていた、寿屋(今のサントリー)に移る。そして京都山崎に日本で最初のウィスキー蒸留所を造る。

すこし時間がかかったが、徐々にウィスキーは売れ始め、サントリー躍進に貢献する。すると、社長の鳥井は政孝に横浜にビール工場を造ることを命じ、ビールの製造販売を目論む。しかしどのようにしても、サントリーのビールは全く売れず、このことで政孝と鳥井は確執が生まれ、政孝はサントリーを退社する。

 政孝はどうしても、日本でスコットランドと同じウィスキーを造りたかった。

私は会社時代、スコットランドに取引先がありしばしば出張した。その時、取引先にウィスキーの蒸留所を案内してもらった。この作品にもよく登場する北海に面したエルギンにある「マッカラン」の蒸留所も訪問したことがある。

 その時あの豊潤なスコッチウィスキーが生まれるためには、2つの要素があると思った。一つは美味しい水、そしてヒースの中に咲くピート。ピートは麦芽を乾燥するときに使う材料で、これによりウィスキーの香りが生まれる。

 そしてこの2つを持ち合わせる日本の土地が北海道の余市にある。政孝はここで、ウィスキーを造りたかった。

 資金は大阪の2人の富豪からだしてもらう。しかし。気の毒なのは妻リタ。大阪や横浜には、わずかながら西洋人もいるし、西洋風の暮らしもできる、しかし北海道の小さな町余市には西洋なるものは皆無。しかも気候はスコットランドより厳しい。更に戦争で、英国人はスパイとみなされ、常に特高から目をつけられ、日本人社会からは遠ざけられる。

 ここでの献身的なリタの姿には感動する。
リタは戦争中に肺結核になり、外出ができず、ずっと家の中での暮らしとなる。結局故郷に帰れたのは生涯一回のみ。母親の死に目にも会えなかった。ただひたすら政孝のために一生を捧げた。

 政孝の製造したウィスキーは最初殆ど売れず、会社は倒産寸前に追い込まれた。
しかし、会社を戦争が救った。政孝のウィスキーが軍隊の買い上げ品となった。そして、戦争直後、今度はGHQがすべて買い上げてくれた。

 戦争がなければ、政孝のニッカウィスキーは今は無かった。そこが少しホロ苦い。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 06:19 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

梅原猛     「梅原猛の授業 仏教」(朝日文庫)

 宗教の歴史、仏教宗派のそれぞれの中味をわかりやすく、京都洛南高校付属中学校で行われた12回の授業を収録している。 それぞれの宗教の成り立ちを説明してもよいのだが、書評が長くなりそうなので、
簡単な宗教の成立と歴史について、知ったことについて記載しておく。

 1万4千年前に東アジアで米を中心とした農業文明が起こり、それに2千年遅れて西欧に小麦生産牧畜、狩猟の文明が起こった。それから、都市文明が起こる。都市文明が起こると、物質文明が起こり、それを統制する精神的原理が必要になり4大聖人が登場してくる。

 ソクラテス、第2イザヤ、孔子、釈迦である。
イエス・キリストはたちまち西洋をキリスト教で染め上げた。東南アジアや日本は仏教が普及し、中国は儒教国家になった。

 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は根本は同じ。一神教。神が人間を統制し、人間が動物、植物の上にたち、支配している構造。それに対し、仏教は人間はみな平等、米農業が基本であるから、人間だけでなく、植物にも神が宿るという考え方。仏教はインドとネパールの国境の村で生まれたが、インドは人間は身分カーストによって分けられるヒンドゥー教が普及していて、仏教はインドでは普及せず、中国を経由して日本にわたってきた。

 知らなかったが、釈迦という小国があって、釈迦はその国の偉い人という意味で、実際釈迦はゴーダマという人だった。

 西欧、中東、アフリカ文明は狩猟、家畜を養い、小麦生産を行う文明。だから、木は伐採、植物は動物のエサになる。一方、東洋文明は米生産が中心の文明。そのためには水が必要。水を利用するためには、森林が重要。だから、文明が始まったメソポタミア、アフリカでは、植物が消えて、多くが砂漠に変わった。
一方、アジアでは森林、植物が大事にされ、多くが残った。

 そんな背景が、」それぞれの文明に登場した宗教にはあった。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 06:00 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

あさのあつこ   「花宴」(朝日文庫)

 主人公紀江は、勘定奉行西野新佐衛門の娘で小太刀の名人。もちろん、父親新左衛門は道場主なのだから当然名人である。その父の道場の一番の弟子が三和十之介。そして紀江と十之介に縁談の話が持ち上がる。

 2人は、十之介の申し込みにより手合わせをする。結果は引き分け。縁談はまとまることになるが、式の直前、十之介の兄が殺害される。

 十之介は犯人を追って、仇討ちにむかう。仇討ちは、それが成し遂げるまで、藩には帰れない。そのため縁談は破談となる。

 紀江は父の勧めにより、小太刀の腕はそれほどないが、人柄が優れている、やはり父の弟子である、勝之進と結婚する。
 しかし、紀江には十之介姿がずっしりと心に残っている。本当の気持ちは十之介にある。

勝之進と、それでも、安定した生活を送っていたとき、何と、十之介が仇討ちを成し遂げ、藩にもどってくる。
 紀江に対して、十之介も愛する心を持っている。紀江と十之介はどうなってしまうのかという恋物語。

 しかし作者あさのさんは、かなり捻った結末を用意して、結局2人は悲恋な関係で終わる。

この恋物語、ラブシーンは全く描かれていない。ところが、あさのさんこれはラブシーンではないのかという描写がある。十之介と紀江の小太刀、立ち合いの場面である。

「十之介が竹刀を持って迫ってきた。紀江の竹刀はその打ち込みを柔らかく受け止めた。力まかせに跳ね返すのではなく、抱きとめる。しなやかに、優しく抱くのだ。二本の竹刀は睦合うように絡まり、音をたて離れた。
十之介の上気した顔が間近にある。・・・・・その顔は、殺気や闘気ではなく、恍惚とした、殆ど喜悦にちかい情が発光している。
 こういう相手に巡り合えた。巡り合い、剣を交わすことができた。至福ではないか。この瞬間、今、全てが満たされた。望むものは何一つない。身体の真ん中を悦楽が吹き通ってゆく。」

 すごいなあ。ラブシーン以上に、読んでいて少し興奮してくる。あさのあつこの力量に愕く。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 06:06 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

曽野綾子   「あとは野となれ」(朝日文庫)

 私は、宗教を信じる者ではないが、クリスチャンの中には、マザーテレサのように、本当に地を這うような活動をして頭が下がる人達いることに感動する。

 曽野綾子さんも、根っからのクリスチャン。クリスチャンはシスターになれば、」世界の果てまででかけ、そこに苦しむ人、困難に遭遇している人があれば、理屈抜きに献身的にその人達に寄り添い、自らを犠牲にしてまでも、活動する。その姿は超人的である。

 曽野さんの活動も、本当に驚愕的。
戦争後、まもなく韓国のらい病患者施設への支援、ウガンダ、ツチ族、フツ族の内乱に対する行動、マダガスカルのアベ・マリア産院への支援。これらの活動は、すべて曽野さんは現地に足を運んで支援している。そして、すべてが物語になり、感動的な作品になっている。

 その物語の背景を中心にこの作品では語られる。
曽我さんは、13歳半のとき敗戦の日を迎えた。
 それまでは東京は度重なる空襲を受けた。
その度に、防空壕に逃げ込み、その中で恐怖で震えていた。そして祈った。
 「明日まで生きていたい。」
そして、明日が間違いなく生きていられるという日は来るのだろうか。

 戦争が終わったからの現在まで、自殺をしようとか、人を殺そうとか、そんなことはお笑い草。戦争中は、生きる権利まで、一切の選択権を持たなかったと曽我さんは言う。

 そして平和とは何か。曽我さんはきっぱりと宣言する。
「人々が意味なく、不自然に死なないことである。」
重みのある、心の奥底まで響く言葉である。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 05:47 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

池波正太郎   「チキンライスと旅の空」(朝日文庫)

 池波作品が魅力的なのは、小学校をでただけで、株屋の奉公人になり、いわゆる学歴には無縁であったことも一つの要因の気がする。今も昔も、小説家というのは、高学歴で、定められた枠の中で、作品を創る。池波は全くそんな枠外で、作品を創る。

 池波の魅力的なエッセイを収録した作品である。
池波のいいなあと思うエッセイがこの作品集にも載っている。

 池波は関東大震災のあった年に生まれている。生まれた日は、たくさんの雪が降っていた。

 父親は、その日会社を休んで、二階の八畳の部屋で炬燵に入って酒を朝から飲んでいた。池波が生まれたとき、産婆が2階にやってきて叫ぶ。
「生まれましたよ。男のお子さんですよ。」
しかし、父親は炬燵にもぐったまま。
「寒いから明日見にゆきます。」

すごい、父親。でも、池波は、そんなお父さんが大好きと書く。

 池波の食のエッセイ。もちろん、高級料理も散見されるが、うれしくなるのは、こんなエッセイに遭遇した時。
 「人間という生きものは、苦悩・悲嘆・絶望の最中にあっても、そこへ熱い味噌汁が出てきて一口すすりこみ、
(あ、うまい)
と感じるとき、我しらず微笑が浮かび、生きがいをおぼえるようにできている。」

これが、他の作家やグルメ評論家には書けない。「うーん」や「甘やか~」ではとても池波にはかなわない。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 06:04 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

アンソロジー   「京都迷宮小路」(朝日文庫)

 京都を舞台にしたミステリーを収録した作品集。何篇かはすでに読んでいる作品も含まれていた。

 サーカス団の団長行天驚介が神社の祠の前で殺される。その晩京都は雪が降っていたが、死体には全く雪が付着していない。団長は確かコートを羽織って外出したはず。そのコートは、近くの川から発見される。それにしたって、全く雪が付着していないなんてことは有り得ない。

 実は犯人は、着ていたセーターの中にたくさんのホッカイロをとりつけておいた。ホッカイロのとりつけられない頭の部分は祠の屋根の下にあったので、雪は付着していない。

 これでは大変だろうな。そのまま死体を放置すれば、ホッカイロ装着が露見し、犯人に結び付く。だから、すべてのホッカイロを殺害した後、とりはずし、犯人自らに装着しなおさねばならなかったのだから。

 それに犯人は、どのように足跡を積もった雪につけることなく、殺害現場にたどりつけたのか。道中の木々にロープを張り渡し、ロープの上をサーカスの術により、歩いてきたのだ。すごいトリックだ。収録されている有栖川有栖の「除夜を歩く」より。

 京都のある大学で新設薬学部の建設工事が行われていた。その建設現場から金印ならぬ銀印が発掘された。これは、かの金印と同じ、当時中国魏の国より送られたものではないか。
しかし、この銀印を分析すると中に鉛が含有されていることがわかる。魏の国が、そんな不純物のはいった印を贈ることは考えられない。

 実は金亡者の学長が、ある骨とう品屋から、シーボルトが医塾で使用していた銀の匙を500万円で購入する。これが紛い物であることが別の専門家から鑑定される。それで、学長が銀加工者に頼み、銀印の金型を造り、そこに溶かした匙を流し込んで、銀印を造り、遺跡に埋めておいた。

 薬学部を建設しているのだから、銀印でなく、シーボルトが使っていたものとして、医塾のスプーンだったほうが、薬学部の宣伝になっていただろうに。収録されている門井慶喜の「銀印も出土」したより。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<


| 古本読書日記 | 06:01 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

桜木紫乃    「光まで5分」(光文社文庫)

 北海道の片隅の町で、義父におかされ辛い日々を送っていた主人公38歳のツキヨは、絶対に知り合いに会う可能性が無い、沖縄にやってきて「竜宮城」という風俗店で働く。

 作品には3人の男が登場する。

1人は万次郎。地方の有名な歯医者の息子で、実家の歯医者を継いでいたのだが、女性トラブルを起こし、歯医者を飛び出し、沖縄でタトゥーハウス「暗い部屋」というシェアハウスで、闇の歯医者と入れ墨彫をしている。

 もう一人はヒロキというホモの男。ヒロキは万次郎に背中にモナリザの入れ墨を彫ってもらっている。

 更にあと一人は南原という「暗い部屋」を所有している男。この南原という男は、ツキヨを気に入っていて、竜宮城にツキヨを指名してやってくる。後ろのポケットに札束をねじこんでいて、竜宮城のママ経由でツキヨに万札を何枚も惜しげもなく渡す。

 実は南原は、もう死にたいと思っている万次郎を沖縄まで連れてきて、歯科医院の万次郎の母から、万次郎を養う費用として大きなお金を毎月もらっている。そこからツキヨへのお金もでていた。

 ヒロキの飼っている猫が死ぬ。遺体を埋めるために、ヒロキの出身の小さな島、奥志島に南原ら男3人とツキヨが行く。

また南原が自分の母から金をもらっていることを万次郎が知るが、南原はそれでお前が生きていられるのだと居直られる。南原は悪の権化のような男。南原はツキヨも犯す。

 大悪党の南原の毒牙にからめとられていく、万次郎、ツキヨ、ヒロキのたどりつく先の運命はどうなるのかが読みどころ。
 ツキヨのあっけらかんとした生き様が印象に残る作品。光の速度でみれば、人間生まれて死ぬまでは5分間。たった5分。だから明るく生きようよという作者桜木さんの声が聞こえてくる。

 桜木さんは、旭川に住み、北国の人々の苦しい生活、やるせなさを暗いトーンで描くことを得意とする作家だ。

 この作品の舞台は明るく、光が強い沖縄が舞台。私は桜木さんの暗いトーンの作品が好きだ。沖縄の明るさは桜木さんには似合わないと感じる。かなり面食らった。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 日記 | 06:52 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

原田ひ香   「事故物件、いかがですか 東京ロンダリング」(集英社文庫)


 事故物件というのは、

 入居希望者が不動産取引の対象となる不動産で前の住人が
通常ではない理由で死亡し心理的瑕疵が発生してしまう物件
のことをいう。

 通常でない死亡というのは、自殺、殺人、火災、地震による死、それに病死だが、死んでから発見までに長い期間があったり、孤独死も事故物件の対象となる。

 こんな死があった場合、大家や不動産会社は、借り手に対し、契約前に不動産の部屋が事故物件であることを通知しなくてはならない。事故物件であることを、通知しないで貸すと法律違反となり、貸し手は罰せられる。

 ルームロンダリングということは一般に存在するものだと思ったが、作者原田さんの造語らしいことを別の記事で知った。本当だとしたら原田さんの創造力はすごい。

 事故物件であることを、事前に借り手に提示するということは、なかなか借り手が見つからないため、貸し賃を大きく値引きしないと貸すことができないということである。

 それでは、貸し手は困るので、こんな場合、事故物件に一か月住んでくれる人を探す。この住んでくれる人には報酬を払う。そうすると、前の借り手が、変死したことが消滅し、通常物件として、借り手を探すことができる。
 これをルームロンダリングというのだそうだ。なんとも見事な造語だ。

 この作品、ルームロンダリングを中心に8つの物語から構成されている。

 ロンダリングは違法の匂いがムンムン。だからその行為は街の小さな不動産屋が行う。しかし、ロオダリングは大手不動産屋も手をだしたい。それで街の不動産屋に手をのばす。悪の手だ。

 こういう類の小説で、原田さんのもう一方の旗手として、垣谷美雨さんが有名。
垣谷さんは、タイトルで問題が何かを明確にして、その問題から生ずるトラブルを徹底して掘り下げるが、原田さんは、その問題から派生する事象も取り上げ、人生模様としての小説に仕上げる。その手腕は見事。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 06:49 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

夏川草介   「勿忘草の咲く町で」(角川文庫)

 主人公の桂は、松本郊外安曇野にある総合病院の研修医師として働いている。そこで、起きる出来事4話が収録されている。

 松本から離れた田園地帯にある病院のため、入院患者の6割が80代、2割が90代、老齢患者ばかりの病院。なにしろ、病院が退院できても、退院先は施設。死ぬまで病院と施設を往復している患者が殆ど。それで、病院スタッフは年がら年中、死に遭遇する。

 桂の指導医の谷崎は「死神」とあだ名されている。もう死の直前にある患者は、簡単な処方をするだけで、そのまま死なせてあげる。それは、寿命なのだからしかたないことと言って、延命治療は行わない。亡くなる患者の殆どが、80代、90代。天寿をまっとうしたのだから。

 この物語は、死ということに直面してどう対応するかの問題が提示されている。内科部長の三島が、桂に言う。

 「医療は今、ひとつの限界点にきている。『生』ではなく『死』と向き合うという限界点だ。乱暴な言い方をすれば、大量の高齢者たちを、いかに生かすではなく、いかに死なせるかという問題だ。医学の側には、残念ながらほとんど何の準備もできてない。一部の学会からは看取りのガイドラインのようなものはだされているが、内実の伴わない空虚な文言しか並んでいない。一方で社会においても、どうやって死んでいくべきかという問題と正面から向き合う人もすくない。自宅で家族を看取ることが稀になった現代では、ほとんどの人が死に触れたことがなく、考えたこともなく、無関心になってしまっているのだから。こんな死に無知な人々に対してどのように医師は接するべきか、これはとても難しい問題なのだ。」

 しかし、どのように死をむかえるべきかという、問いに人間は答えをだせるだろうか。
なにしろ、死んだ人とは話すことはできないのだから。

 それに谷崎のような医師は、病院にとってはいらない存在だ。
もし、総合病院から延命治療を除いたら、病院は赤字になってしまう。延命治療代が高額で利益の源泉になっているからだ。

 夏川の作品は、医療問題を突き付けてくるが、深刻さは無い。それから、安曇野の風景描写がすばらしい。彼は夏目漱石が大好きと読んだことがある。読んでいて「草枕」を彷彿とさせる。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 06:01 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

垣谷美雨   「姑の遺品整理は迷惑です」(双葉文庫)

 最近はコロナがあり、テレワークも一般化したため、自然を求め、東京を脱出して田舎に住いを移す人が多くなった。どんどん田舎に転出する人ばかりかと思っていたが、私の知り合いにもいるが、田舎から都会に戻る人も結構いる。老夫婦だけになり、身体もあまり動かなくなり、車の運転も危なくなる。田舎では暮らすのが難しくなり、街へ戻ってくるのである。

 この作品の主人公望都子の義父母も街帰りして、アパート3DKの4階に住んでいた。義父が死に、義母も突然死ぬ。そして、遺品が残る。

 我々の世代の両親というのは、断捨離なんて言葉はしらない。広い一軒家から、ありとあらゆる物をアパートに持ってきて3DKの部屋に詰めきる。この遺品整理に義娘の望都子が格闘する。

 物語はしつこいくらい、異常な量の遺品を、多くのページをさき描写する。

突然死だったため、冷蔵庫には消費期限切れの食料が満杯。服や着物が満杯のタンスが三竿。
押し入れもすべて色んなものがギューギュー詰め。天井裏には、いろんな物が入っている箱やアルバムが積み上げてある。それから大量な食器に調理器具。わけのわからない石や消火器まである。

 義父母だから、息子の夫が整理をすればよいのだが、男というものは、こんな場合だいたい仕事にかこつけて整理を拒否する。

 エレベーターの無い4階、階段を使って、遺品を持ち運びせねばならない。そんなことをしていたら1年以上かかる。その間、家賃を払い続けねばならない。
 会社の先輩のアドバイスで遺品整理会社に頼もうとするが、見積もりが96万円。
茫然自失。

 しかし老夫婦というのは、ちゃんとこの状態を解決する遺品も残してくれてある。
それは近所との強いつながり、暖かい関係、彼らの手助けによって遺品はきちんと整理される。

 みんながそうだとは思わないが、義父母の残しておいてくれた遺品に納得。良かった大量の遺品が整理できて。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 06:03 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

宇佐見りん    「かか」(河出文庫)

 若干19歳、史上最年少で三島由紀夫省を受賞した作品。ご存じの通り、作者宇佐見はその後第二作「推し、燃ゆ」で芥川賞も受賞している。

 読み始めて驚く。文体が変わっている。母親を描くカカ文体なのか、主人公のうーちゃんが作り上げたうー独特の文体なのか。関西弁に近いが、それとも異なる宇佐見が創り上げた文体で物語は描かれる。正直、この文体で、物語を書かねばならないのか、最後までわからなかった。また、最後に近くなり、宇佐見が息切れをして、標準の文体になってしまっていたことも、宇佐見は無理しすぎと感じてしまった。

 主人公のうーちゃんは19歳。父親の浮気が原因で、離婚した母親に連れられ実家に帰り、そこで弟、従妹の明子と一緒に住む。明子は母親夕子が亡くなったためひきとられていた。

 母親は、父親依存症で、父親がいなくなると、酒におぼれ、完全に精神をこわし、自傷行為を繰り返し手が付けられないようになっていた。祖母、うーちゃんの母親は、先に生まれた夕子が一人で不憫で可愛そうだからしかたなく生んだという。

 仕方なく生まれてきた母親から生まれたうーちゃん。だから、母親が自傷行為をして身体を傷つけ痛がると、同じようにうーちゃんも痛くなる。母親がお腹が痛くなるとうーちゃん、も痛くなる。

 それでうーちゃんは思う。救いようの母親を造ったのはうーちゃんなのだと。
母親がガンの手術をする前日うーちゃんは熊野に普通電車に乗り、生まれ変わった新しい母親をうーちゃんが造るために旅立つ。熊野には新しい子供を造ってくれる神様がいるのだ。その熊野で、うーちゃんは強烈な腹痛に襲われる。出産の痛みか?しかし、それは単なる生理痛だった。

 母親の手術は成功したが、うーちゃんや弟を生んだ子宮は無くなっていた。
物語はここで終わる。うーちゃん一家のその後はわからない。でも幸せになる予感は微塵も無い。

 正直、この作品のどこが良いのか理解できなかった。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 06:02 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

井上章一   「関西人の正体」(朝日文庫)

 かって関西は、政治経済、文化の中心だった。その時代の関西は、畿内と呼ばれ、近畿とはそこからきていた。そして近畿と関所を挟んで、東側を関東と呼んだ。関東は地方で、田舎を表していた。

 しかし、政治も経済も文化もその中心は、関東に移った。結果、関東から関所を挟んで西の地域は関西とよばれ蔑む対象となった。だから、色んな名称に関西など付けてはいけない。

 それなのに、空港は新関西国際空港、関西美術館、関西学院大学、関西大学など関西とつく場所が多くある。大学は近畿大学が正統なのである。

 新東京国際空港、東京ディズニーランドは所在地が千葉県にも拘わらず、東京と名がついている。

 新関西国際空港は泉佐野市にあり、泉佐野市は大阪府内にある。だから空港は新大阪国際空港にするべきだった。何か関西人の卑屈さ、自信の無さが感じられる。

 以前東北で「みちのくプロレス」というプロレスが大流行した。
このプロレス、正義で強いレスラーは、東北地方出身のレスラーで、悪役のレスラーが関西地方出身のレスラー。

 悪役はみんなマスクを着けていた。そのマスクのデザインが全部カニ道楽のカニが描かれていた。

 私は会社に入って最初の赴任地が大阪だった。
大阪では、阪神ファンでなければならなかった。マスコミも新聞テレビラジオすべて阪神を応援していた。

 もし誤って「自分は阪神ファンではない」と公言しようものなら、村八分にされ、存在を消された。大阪から本社に異動。当時はインターネットもスマホも無い時代。そんな時、阪神がセリーグの覇者になり、日本シリーズに出場していた。

 アメリカや、ヨーロッパの駐在員から、5分おきに今野球はどうなっとる?と電話がかかってきて、びっくりした。当時の国際電話料金はバカ高かったのに。

 阪神ファンの熱心さは異常だった。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 06:12 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

瀬尾まいこ    「傑作はまだ」(文春文庫)

 瀬尾さんは、物語の設定がうまい。

この物語、主人公の作家加賀野のところへ、突然息子と名乗って、智が訪ねてくる。加賀野は引きこもり作家で、最初はアパート住いだったが、郊外の旧家に引っ越し暮らしている。この旧家がばかでかく、二階には5部屋もある。

 こんな家に1人で住んでいて、全くといっていいほど外出はしない。人との交流が極端に嫌う。

 これに対し、息子を名乗る智は、明るく社交的。智にこんなことを言われる。
「外にでれば、どうしたって知り合いが増える。知り合いが増えれば、摩擦も起きるし、自分以外の人の悲しみに触れる機会だって増える。ひきこもりでいれば、気持ちが通じなくて、イライラしたり、相手の反応に不安になったりすることも、ないから、ストレスもたまらないしさ。実は引きこもりって心身ともに健やかにいられる究極の状態なのかもな。次は小説じゃなくて、引きこもり健康法でも書いたら?」

 実は、大学2年のとき、無理やりに連れられ、飲み会に加賀野はいく。その時、あぶれ同士の美月をアパートに連れてゆく。そこで、恋愛感情も無いにもかかわらず、美月を抱いてしまう。

 しばらくして美月から電話があり、「子供ができた。一人で産んで育てるから、毎月養育費だけ送ってほしい。」と言われる。それから20年。

 養育費の10万円を美月に送ると、
「お金届きました。」とだけ連絡があり、そしてその時の子供の写真が同封されてくる。それ以外なんの連絡もない。

 息子が二十歳の時、連絡が無くなる。そして、突然25歳になった息子智がやってきたのである。

 社交的で明るい息子が突然やってきて、加賀野を当たり前の世間にひきずりだす。それで2年間に一回しかあったことのない隣人と挨拶を交わしたり、回覧も回すようになる。大人になって、他人との交流はゆっくりと進みだす。

 智との交流でだんだん世界が広がってゆく、加賀野の描写がうまい。
そしてクライマックス。加賀野が25年ぶりに実家を訪ねる。

 大人だって変化するものよと瀬尾さんの優しい手が背中を押している。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 06:38 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

河合隼雄    「おはなしの知恵」(朝日文庫)

 日本や世界にある昔話を取り上げ、そこから蔓延する、家庭内暴力、思春期の悩み、親子関係の崩壊など、現代人が抱えている大きな課題の原因を考察する作品。

 たくさんの昔話が取り上げられているが、誰でも馴染のある「桃太郎」を取り上げる。

まず、何と言っても不思議なのは、桃太郎が人間からではなく桃から生まれたことである。古事記では、イザナギが死んだ妻イザナミを黄泉の国に訪ねる。この時、黄泉の国の禁止戒律をイザナギが破ったため、イザナギが黄泉の国から追われ逃げる。その途中イザナギはこの世と黄泉の国との境にある黄泉比良坂で桃の実を3つ買い、これを投げると、黄泉の軍が逃げ帰ったという話がのっている。

 桃は古来より悪霊を防ぐ呪力があるものと考えられていた。そこから、桃には神霊が宿っていると考えられ、つまり桃太郎は神の子であるとなった。

 日本各地に残っている桃太郎は、怪力はあるのだが、粗暴で堕落している子供だったと描かれているものが多数ある。

 爺さん婆さんは、桃太郎が神の子なのだから良い子に育てねばならないと頑張る。桃太郎は暴力を振るい抵抗するのだが、爺さん婆さんは、暴力を振るわず桃太郎を育てる。家庭内暴力に対応する育て方が示唆されていると河合は書く。

 桃太郎の話で傑作だと思ったのは、地方により、実は桃太郎には弟桃次郎がいたという話がある。そして、桃次郎は童謡になって歌われている。

 兄きに似てない桃次郎
 よわむし、寒がり、ひねくれや
 よいやさ、きたさ

 大きくなったが 桃次郎
 鬼にうなされ、しっこたれ
 よいやさ、きたさ

そして最後は
 村の広場にすえられて
 おしりをぶたれて、泣きじゃくる

となる。

何か桃太郎、桃次郎の出現によって、更に親しみがわく。
実に、面白い。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 06:34 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

森絵都    「カザアナ」(朝日文庫)

 四十数年前、会社にはいった時、国際競争に立ち向かうためには、日本の賃金は高すぎるという分析がはじまりつつある時で、ぼちぼち賃金の安価な国に生産を移すということが始まりだしていた。

 当時は、中国は自由経済社会が成り立っていなかったので、進出先は韓国や台湾が多かった。私の会社も韓国提携先を見つけOEM生産をした。

 この間ニュースでびっくりしたのだが、韓国のサムスンの平均賃金は1440万円/年もある。日本はトヨタが880万円、これでも高額と思うのだが・・・。下手をすると、韓国企業が安い労働力を求めて日本に工場進出をするような時代になってきている。

 日本はバブルがはじけて以来、全く成長が止まった。国やグローバル経済を引っ張ってゆく技術や事業が無く、次々他の国に追い抜かれる状態になった。

 この作品では東京オリンピックが開催された20年後の日本を扱っている。すでに、世界から遅れてしまった日本は、観光革命と称し観光立国として国をまわして行こうとしていた。しかも、民族主義が権力者により徹底され、髪の色まで黒でなければならなくなった。

 物語は、中学生理宇の住む家が、観光革命によって景勝特区に指定され、厳しい規定により、一刻も早く庭の手入れをせねばならなくなったところから始まる。
 この規定からはずれると、特別支援居留区に強制移動さえられ、地獄のような生活を強いられることになる。

 追い詰められた状況の中、株式会社カザアナという造園会社から、平安時代から継承されている怪しき力を持った人たちがやってきて庭を造り変え、淀んだ状態にあった庭に風穴をあけてゆく。

 国がこんな風になってしまうと、一人の権力者の横暴がまかり通り、まわりはすべて、彼につきしたがうだけの存在となる。

 平安時代に横暴の限りを尽くして、権力についた平家を、この風穴たちと一緒にたちむかい、平家を倒したのと同じように、現在の権力に立ち向かう4つの話が収録されている。

 やはり、この話を読むと、プーチンを想起せざるを得なくなる。ロシアにカザアナを貸したくなる。

 他の作家がこのようなディストピアを描くと、暗鬱な雰囲気になるのだが、さすが森さん、軽やかにあくまで明るい雰囲気で物語を進める。そこに作家の優れた力量を改めて認識する。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 06:31 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

秋山仁    「秋山仁の数学渡世」(朝日文庫) 

 理学博士、数学の権威者秋山仁のエッセイ集。数学についてのエッセイも面白いが、難しいエッセイが多く紹介が私には難しいが、一般のエッセイも面白いもの驚くものもあり、そちらを紹介する。

 東京のある名門私立中学生が歓迎のバス旅行をする。
バスガイドが道中みんなで歌を歌ってゆきましょうと呼びかけた。
 生徒たちは小学生唱歌はつまらないと言うが、しかし流行歌など一般の歌では全員で歌える歌が無い。
 やっと目的地に近付いた頃、皆が一斉に歌いだした。
それは皆が通っていた塾の「塾歌」だった。
すごいな、今の塾には「塾歌」があるのか。驚いた

 秋山さん、旧友に新幹線のなかで出会う。今シンクタンクに」勤めている。
彼は大学を卒業して大手企業に就職した。そして数年で「ふくしゃちょう」となった。おかしい。彼は仕事はミスばかりのダメ社員で、まわりから迷惑がられていたのに「フクシャチョウ」とは。

 あまりにも会社で使い物にならないため、コピーどり専門にさせられていた。
「副社長」ならず。「複写長」になっていたのだ。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 06:04 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

朝日文庫編   「ぐでたまの『資本論』」(朝日文庫)

 資本論は19世紀中旬にドイツの社会主義者マルクスによって第一部が完成し、19世紀末に第3部が刊行された3巻の社会主義、共産主義のための理論書。

 私が大学に入ったころは、「資本論」を読み切ることが義務のような雰囲気があり、私も挑戦はしてみたが、最初の10ページで挫折した。
この本は、人生の生き方を、資本論からの引用により、示した作品になっている。少し強引な解釈もあり、本当かなあと首をかしげる部分も散見される。

  今の社会をみていて、よくわからないのが、資本家と労働者の違い。
資本論1巻4章 貨幣の資本への転化からの引用
「彼と貨幣所有者とは、市場で出会い、お互いに対等の商品所有者としての関係に入る。ただ、一方は買い手であり、他方は売り手である。したがって、両者は法律上平等な個人であるということで、区別されるだけである。」

 これを生きかた論で現代になおすとこうなる。
「企業と労働者を比べると、雇用する側にあたる企業のほうが上のように、どうしても感じてしまう。でも、法律上は平等な関係。こちらは労働力を売る側で、向こうは買う側というだけ、萎縮せずに堂々と働こう。」

 企業側が資本家階級となるのだろうが、資本家というのは、企業の誰を指すのだろうか。今の多くの企業は、労働者の中から社長になった人が多い。それゆえ資本家というようにはなかなか思えない。と言って投資家が資本家かといえば、中にはモノ言う株主の存在もあるが、殆どの投資家が企業経営にたいしモノ言うということが無い。

 昔は、労働者階級であることが意識され、集団としての力もあり、資本家階級と対峙することが多く、労働組合は企業に対しても、社会に対しても強い影響力を持っていた。

 しかし、今は労働組合最大の組織「連合」をみても、企業や資本階級に対し融和的になり、資本家階級を倒して、労働者中心の社会を造ることなど考えられないようになった。

 社会主義、共産主義がかっては理想社会と思われたが、今は専制君主を産み出す社会となり、弾圧や言論統制で人々を締め上げる道具となった。そして、世界にはそんな国が多く存在している。そういえば、日本共産党の志位委員長も、内部では批判を許さず習近平より長く20年以上も委員長の座にいる。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 06:02 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

ビートたけし   「浅草キッド」(講談社文庫)

 ビートたけしがツービートとして世にでる前、浅草フランス座で師匠深見千三郎と過ごした青春時代を描いた自伝小説。

 この作品本当にビートたけしが書いたのだろうか。たけしの特徴である、弾けるような毒舌も無ければ、天才たけしの面影も殆ど皆無。これは口述筆記でもなく、たけしに取材した誰かが、その内容を編集執筆して、たけしに了解をもらい作品にしたのではと思ってしまった。

 内容は平凡だが、それでも、変わり者の筆頭である師匠深見千三郎とたけしのことゆえ、これはと思える箇所もあった。これをもっと大げさに拡大して書けば、たけしらしい作品になったのに。

 深見千三郎は、軍需工場で誤って、左手の第二関節から先をすべて失ってしまっていた。これが原因で舞台からは遠ざかっていたが、時々舞台にでて左手を頭にかざし、「指が頭にささっちゃった。」あるいは、ストリップ女優たちの前で、指を口に咥えた仕種から、てのひらを口から出す。そして「あーあ!指を全部食べちゃった」とやる。

 すごいな、さすが天才たけしの師匠。失った指を芸にしてしまう。

師匠はしょっちゅうたけしに数万円の金を与えて、競馬の馬券を購入してくるよう言いつける。そして、その馬券はすべてのレースで「7-8」。そんな端の馬券の馬がくることはまず無い。

 たけしが競馬場から帰ってくると、師匠が買った馬券をよこすように言う。そんなはずれ馬券は全部捨てたとたけしは言う。
 はずれ馬券など、競馬場に捨ててしまっちゃったと。
それは、うそ。たけしは預けられた数万円で違う馬券を買っていたのだ。

 こんな面白いことがサラサラと書いてあるのが残念。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 06:02 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

石原慎太郎   「湘南夫人」(講談社文庫)

 巨大企業、北原グループの社長が急逝。そのグループを非嫡子である志郎が引き継ぐ。引き継いだのは会社だけでなく、亡くなった前社長の未亡人紀子まで、妻にして引き継ぐ。

 そして志郎の遠戚にあたる、野口夫婦とともに、湘南に大邸宅を構え同居する。
野口は音楽評論家をしているが、いつか誰かに日本オリジナルの交響曲を作ってもらい、演奏会を開き、お金を稼ぐ野望を持っている。更に野口は紀子に恋心を抱いている。

そんなところへ、野口の妻良子の甥で自衛隊少佐の明が、派遣先のソマリアから戻ってきて、 湘南の邸宅で暮らすようになる。明は、ソマリアで一緒だったスウェーデン兵からもらったという拳銃をみんなの前でみせびらかす。実は、明も紀子に恋心を抱いている、三角ならぬ四角関係である。

 野口は平井という作曲家をみつけ、彼に交響曲を作るよう要請する。交響曲は完成するが、演奏者がいない。メインとなるピアノは、母親が天才ピアニストだった紀子をかつぎだす。
 そのほかの演奏者はプロにお願いしたいのだがその費用がない。ところが、その費用の手立てができる。

 一方明は、最新武器の先端部品を北原グループで製造できるよう、防衛省と話をつける。
ところがそれをもっと大きい企業にとられる。野口がコンサート費用捻出のために、大企業に技術を流していたのである。

 そして新潟でのコンサート。明が保護役として、紀子についてゆく。そこで中越地震が起き、泊まっていた旅館が崩壊。助けがくるまで明と紀子は暗闇の中、何日も抱き合う。」

 この物語、石原が油がのりきった頃に書いた作品だと思っていたが、実は死ぬ3年前に書かれた作品だった。

 解説を担当している息子の石原良純によると、慎太郎は脳梗塞をおこした後だったが、車いすで、机まで良純が運んであげ、そこで慎太郎は執筆したと書いている。

 四角関係、武器製造から平和の象徴である音楽界、最後は中越地震、そこでの強烈なラブシーンと、物語がどんどん変転する。慎太郎87歳での作品。作品の出来は別として、87歳の石原のストーリー創造力には驚愕する。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 05:59 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

又吉直樹    「人間」(角川文庫)

 殆どテレビを見ないから、又吉については知らない。漫才コンビ「ピース」でM-1グランプリ4位となっているから、多分面白い人気者なのであろう。

 しかし作品を読む限り、真面目で考え方も常識的、これで本当に面白い漫才を演じられるのかと首をかしげてしまう。

 又吉は太宰治を尊敬、そのなかでも「人間失格」に感動して、何回も繰り返し読み直していると聞く。太宰は、無頼派に属する作家。無頼派には、田中英光、織田作之助、石川淳、檀一雄、坂口安吾などがいる。時代がそれを許したのか、破天荒な作品が多いのだが、生活も非常識、一般常識から大きく外れた生き方をして、それが作品に反映している。

 で、彼らが生きた時代が創り出したのかと思ってしまうが、必ずしもそうではない。
現在でも、亡くなったが西村賢太、それから車谷長吉、町田康がいて、異彩を放っている。彼らと比べると又吉は正直平凡と感じてしまう。

 例えば、この作品、同じシェアハウスで芸術家を目指している影島に小学生の時、先生が象を描いてごらんと指示をだす。

 街の風景の中に象がいる絵を影島は描いたのだが、先生の指示があってから10秒後に描きだした。その10秒の間に、象が動いて、しっぽしか見えなくなる。それで、街の中に象のしっぽだけが描かれた絵になってしまった。

 これは面白い。ここからこの話はどう広がっていくかとわくわくしたのだが、先生が
「調子にのるな。」と頭をひっぱたいて終了。

 この話を萎ませてはいけない。無頼派であるなら、徹底的に話を常識の枠を破り、あり得ないほど破滅的にしなければ。こんなところが又吉の限界。そして、この常識枠を又吉は超えられないような気がする。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 06:01 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

村田紗耶香    「生命式」(河出文庫)

 本のタイトルにもなっている作品を含め、作者村田が自選した短編集。
今の世界から離れた星新一や筒井康隆の世界を描いていると思わせる作品が多い。しかし彼らの作品と異なり、村田さんの作品はかなり毒がある。

 少し前に世界一の富豪の一人、テスラのCEOイーロンマスクが日本は消滅する国と指摘した。老齢化が進み、出生率がマイナスになり、人口減少が止まらず、そのうち消滅してしまうと予想したのである。
しかし、世界も日本も変化して、今のままでは済まない。

 タイトルになっている「生命式」とは今でいう「葬式」に近い概念。しかし、今の葬式とは大分異なる。

 亡くなった人を偲んで式参加者が死んだ人の身体を料理して食べる儀式。だいたいが鍋料理となる。

そして、参加者は死んだ人の生まれ変わりを創造するために、式終了後、参加者同士で受精という行為を、あちらこちらで行う。このころになるとSEXという言葉はなくなり、すべて受精と言われるようになる。そして受精は、秘め事と思われ、人のいない所で行うものでは無くなり、恥ずかしさも消え、公園など普通一般の場所で行われるようになる。

 こうなると、多くの子供ができるようになる。生まれた子供は、もちろん受精した人達が育ててもよいが、国が施設を作り、そこで育ててくれる。

 国が育てている間に、育ての親がみつかり養子となることもあるし、仕事につき独り立ちできるまで、施設で育つこともできる。
 つまり、殆ど生まれた子は、国の子となるのである。

この村田さんの発想は、面白いと思うし、意外に将来は家族という概念が消え、こんな世界がやってくるように思える。
 そうなると日本では、生まれる子供がどんどん増える。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 05:55 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

黒木亮    「鉄のあけぼの」(下)(日経文芸文庫)

 黒木の作品は、国際ビジネスでの熾烈の戦いを描きその見事な緊迫した作品で多くの読者を得た。

 この作品は黒木にしては不思議な作品だ。川崎製鉄を興し躍進に導いた稀有の経営者とされる西山弥太郎の人生を書いている。

 西山と同時代で有名な経営者といえば、松下幸之助、本田宗一郎、井深大である。彼らは名経営者として、多くの作品が出版され、人々の賞賛を浴びている。

 しかし、正直、この本を手にとるまで、西山の名前は知らなかった。
製鉄業界では日本製鉄の永野重雄、稲山嘉寛、住友金属の日向方斉が有名。西山は知らなかった。しかも川崎製鉄が超一流の製鉄会社という認識もなかった。

 もちろん、西山の千葉製鉄所の建造。その際、世界銀行からの融資獲得。岡山水島製鉄所の建造での手腕。戦争直後の大労使紛争の収束での活躍については、読んでいて、すごい手腕だと感心した。

 しかし現在は、川崎製鉄という製鉄会社は存在しない。日産のゴーンにより鉄鋼供給会社から締め出された日本鋼管が川崎製鉄と合併してJFEホールディングに変わっている。

 黒木は何故、西山を取り上げて作品にしたのだろうか。
正直、戦後すぐの経営者は、幾多の苦難はあるが、日本経済は拡大基調、人々の生活も向上。お金を持ってくる力があったらだいたいの経営者は成功している。

 正直製鉄業界は、国際競争力を失い、今は苦境にたっている。

 こんな時に西山が登場して、この苦境を突破する経営をできたなら、名経営者と賞賛するが、
現在において、西山を特別な能力の秀でた経営者と認めることには躊躇してしまう。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 05:52 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

黒木亮    「鉄のあけぼの」(上)(日経文芸文庫)

 戦後まもない1950年、川崎重工から分離させて川崎製鉄を立ち上げ、躍進に導いた西山弥太郎の半生を描いた物語。
 全体の書評については、下巻を紹介するとき書く。

中国との戦争についての、作者黒木の記述が胸をつく。

「昭和12年7月7日夜、北京郊外の盧溝橋付近で日本軍の駐屯部隊に向け一発の銃声が発せられた。日本軍はこれを盧溝河対岸の中国軍からのものと判断して応戦。小競り合いとなる。一旦は幹部の話し合いで停戦となったが、7月中には北京とその周辺で本格的戦闘に突入。8月には上海に飛び火。全面戦争になった。
 日本は、米国の中立法に抵触して米国からの軍需物資輸入が停止することがないように、宣戦布告は行わず、戦いを戦争ではなく「志那事変」と呼んだ。」 

 ロシアがウクライナとの戦争を特別軍事作戦と呼びあくまで戦争ではないと主張している。日本軍の呼称とそっくり。そして、日本もロシアも簡単に作戦は成功すると思っていたが、長期化、泥沼化になってしまう。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 06:38 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

窪美澄    「いるいないみらい」(角川文庫)

  子供と家族をめぐる5つの作品が収録されている。
最後に収録されている「金木星のベランダ」が印象に残った。

主人公の繭子は、親に捨てられ、18歳まで施設で育った。高校卒業後、運送会社の事務員をして、その後製菓専門学校に通い、卒業後パン屋3軒で働く。その3軒目で同じパン職人の栄太郎に会い、将来店を持つことを、約束する。2人は休日のとき、いろんなパン屋をめぐり、パンを食べ、最高のパンを作ろうと技術を練り上げる。

 そして35歳の時、古い2階家を購入、1階で子羊屋というパン屋を開く。最初は苦戦したが、メロンパンが評判を呼び、経営は順風満帆になった。

 43歳の時、栄太郎が子供が欲しいと言い出す。しかし、繭子はお父さんもお母さんも知らない。とても子供を育てられるとは思えない。でも、そのことは栄太郎に内緒にしている。

 困った繭子は毎日閉店間際にやってくる90歳にもなろうとする老人節子さんに、思い余って相談する。
 節子さんは青春時代を戦争時代に過ごす。多くの男の人が戦死して、結婚相手が見つからず、90歳になるまでずっと一人暮らし。男女平等なんて概念がないなか、女性が一人生きることは大変だった。

 繭子の悩みを聞いて、節子さんが言う。

「欲しいと思ったものが手に入らないこともあるの。手に入らなくても、欲しい、欲しいって手を伸ばすのが人間だもの。だけど、すでに持っているものの幸せに気づかないことも時にはあるわね。それに、欲しい欲しいと思っていて、諦めたときふいに手にはいることもある。あなたは、私の大切な娘、そして旦那さんは私の息子。年老いて、突然可愛い子供が手に入った。ご主人には何でも話しなさい。怖がることはないのよ。」

 繭子はこの言葉に勇気をもらって、栄太郎に話す。栄太郎が答える。

「繭子は何でもうまくいかないが口癖。しかしパンもそうだけど、俺よりいつも上手くパンを焼く。自分の子供が欲しいと言ってるのではない。繭子と一緒に子供を育てたいんだ。」

2人はしばらくして、施設に2人の子供を探しに行く。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 06:36 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

黒木亮   「排出権商人」(角川文庫)

 1997年で京都で開催された国際会議COP3で決定された京都議定書。地球温暖化を防ぐため1990年比で2008年から2013年において、排出温室効果ガスの削減量が決定され、日本は6%の削減することが決められた。

 しかし、日本ではそれまで原発の稼働推進を含め、温室効果ガスの削減が進められていて、とても6%の削減は無理だった。

 この削減を守るため、決定された削減率以上の削減できた量を、削減できない国や企業に売るための証券、排出権が作り上げられた。この排出権の売買により地球規模での温室効果ガスの削減を実現しようとするわけだ。

 大手エンジニアリング会社で総合職女性第一号として採用された主人公松川冴子は新設された地球環境室長に抜擢された。しかし室員は松川を含めたった3人で、この排出権売買に取り組むことになる。

 温室効果ガスの削減には2つの方法がある。現実に削減が実現できている工場などを探し、その技術を日本の工場に移植してガスの削減を実現する。

 もう一つは、削減実現のプロジェクトを他国で立ち上げ、ここで得た排出権を日本の企業に販売する。
 この仕事は大変である。物語はマレーシアから始まる。イスラム国なのに養豚が盛ん。しかし国の規制が厳しく、発生した汚物やメタンガスの削減技術が確立されている。この技術を日本の養豚場に紹介、導入を目論もうとする。

 更に中国ウィグル地区や山西省などを飛び回り、太陽光発電の設備を作ることを説得。そのための資金集めをして、プロジェクトを計画実行する。

そこで生まれた排出権を日本企業に販売する。新しい仕事だから役所の手続き、整備することから始めねばならない。その際には、役所の人間に賄賂が必要となる。困難極まる仕事だ。

 世界の役所をめまぐるしく飛び回る松川の仕事ぶりは、超人としか表現しようがない。
結果最後は3人で始まった室のスタッフは18人に増える。そこまでの壮絶な松川の戦いが熱く描かれる。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 06:27 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

黒木亮   「トップ・レフト」(祥伝社文庫)

 黒木亮のデビュー作。

トップ・レフトというのは、大きな金額の投資案件を多くの投資会社、銀行などに募って、投資をまとめる。そのまとめた会社名が作成した目論見書の一番上の左端に書かれ、これより上や端に書かれる会社がない会社を指す。非常に名誉のことであるとともに、手数料を最も多く手に入れる会社を指す。

 この作品、日本最大手の自動車メーカーのイラン工場の建設投資案件1億5千万ドルのトップ・レフト獲得をめぐり、大手都銀のロンドン支店次長今西と、元は今西と同じ都市銀行のライバルで、アメリカの投資会社に移った龍花との熾烈な競争を描く。

 ややこしいのは、この投資先が自動車メーカーのトルコ支店。投資金額は、自動車メーカーに返済能力は十分あるのだが、トルコが多重債務国家になっていて、トルコが国として支払い能力がないのではということで、投資会社や銀行を集めるのが大変なこと。特に、今西の大手都銀の本社審査部門がトルコへの出資は否定的でこれを突破することが大きな壁となる。

 その困難を克服して、今西の大手銀行はアメリカ投資会社の龍花をやぶりトップレフトを占めることに成功。これでバンザイと思ったら、ここにカラ売り屋の謎の男伊吹が登場して、自動車メーカーのトルコ法人の株を空売りして、今西の大手都銀は窮地においこまれる。最後まで息をつかせない緊張の連続。面白い小説だった。

 私の会社時代。営業関連の仕事で海外出張した時は、超一流まではいかないが、一流ホテルに宿泊できた。ところが、海外工場への出張の際の宿泊先は、環境が悪い田舎で劣悪だった。だいたいは宿泊施設を借りたり、プレハブを建ててそこで食事をしたり、みんなで寝泊まりした。

 この小説でも工場建築現場はイラン。しかも当時は、戒律の厳しいホメイニ時代。酒などぜいたく品を持ち込めば、取り上げられるだけでなく、刑務所に留置される。

 建設も自動車会社や建設メーカーの人間が行うのではなく、3次、4次の孫請け以下の会社の人が行う。こんな人は、外国語もできない。それで、多くの日本人の大工、左官屋さんが入国で捕まり、そのまま刑務所に連行される。

 一旦連行されると、2,3か所刑務所に回されどこへ行ったのか行方不明になる。そんなことがこの作品でも描かれる。海外、特に生産工場での仕事は、苛酷である。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 06:24 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

村山由佳   「てのひらの未来」(集英社文庫)

 1999年にスタートした村山さんの「おししいコーヒーの入れ方」シリーズ。完結したのが2020年。全部で19巻が発行され、発行部数は累計540万部。ベストセラーシリーズである。

 この作品、主人公の勝利、いとこの「カレン」、カレンの弟の「丈」3人の同居生活を中心に、勝利視点で描かれているが、「てのひらの未来」はシリーズのアナザーストーリーとして刊行された。勝利をとりまくたくさんの人達が登場するのだが、そのとりまく人達に焦点をあて、恋はもちろん、それぞれの生き方を描いている。もちろん勝利とカレンの物語も描かれている。

 多くの登場人物の結節点になっているのが、カレンの兄さんがやっている喫茶店「風見鶏」。

 そのマスターが喫茶店について言っている。
「駅から少し歩いた静かな環境で、時間帯さえ選べば落ち着いて読書なんかもできる。小腹が空けばピザトーストかサンドイッチか、定番のケーキくらいはでてくる。どこにでもあるような喫茶店だが、コーヒーだけはいつ行ってもきっちりと旨い。うちは、あくまでそういう店なんだ。」

 そんなどこにでもありふれた喫茶店が、地方都市から消えて久しい。今喫茶店は規格型のセルフサービスの店か、駅のターミナルくらいでしか見られなくなった。ありふれてはなくなった。

 私の家のまわりにも、少し年老いたおばさんがやっている喫茶店があった。朝7時からやっていて、30年前に行ったころは、モーニングサービスを食べているサラリーマンの人がいた。

 しかし店が閉店してしまう頃は、近所の老人たちの将棋広場になっていた。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 05:57 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

小杉健治   「弁護士・水田佳 電網私刑」(朝日文庫)

 私が読んでいて最も肌にあうのが小杉健治だ。文章が素直で優しく、次から次へと頭に染み込んでゆく。そして、物語のプロットもはっきりとしていて、無理がない。

 今は、完全にネットに殆どの人が支配されている。私は、本も新聞を読むし、ニュースだけだが、テレビを見る。しかし、嫁さんは、家事をしている以外は、IPADかスマホにずっとかじりついている。朝も疲れ切った顔で起きてくる。未明までIPADで検索しているからだ。

 少し前に謝って町から振り込まれた4630万円を詐取した男がいた。一般ニュースより早く事件がネットで流れ、同時にそれは誰か、写真付きでネット上にアップされ、その人物について、あること、ないことが膨大な数、ネット上にあげられた。

 また誤送金してしまった町役場の事務の女性についてまで、暴露されていた。さすがに実名までは明かされていなかったが。

 この物語、不幸な家庭で育った男が、少年時代に謝って万引き犯にされ、少年院に入れられる。そんな時、ある一家に男が押し入り、娘さんとその母を刺し殺し、父親を傷つけて逃走する事件が起きる。その直後から、犯人の名前とその犯人の生活ぶり、少年院に入所経験があること、極悪な人間などがネットで拡散された。そして後追いになるが、ネット情報者の期待に応えて、少年院入所経験者が逮捕起訴される。そして、入所経験者も自分が殺したことを自供する。

 この事件の裁判で国選弁護人となったのが、主人公の新人弁護士水田佳。水田がどうしても腑に落ちないのが犯人と被害者に殆ど接点がなく、殺害動機が無いことである。

 そして調べてゆくと、殺害された娘が、これもネットで活躍していたインフルエンサーだということがわかる。

 娘はネットで評判になったレストランを食べ歩き、悪口をネットでまき散らす。ネットは恐ろしい。その結果客足が落ち、倒産してしまうレストランがでてくる。ネットが事件をよびおこし、冤罪もつくりあげる。恐ろしいほどのネット依存社会だ。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 06:03 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

朝日新聞山形支局   「ある憲兵の記録」(朝日文庫)

 山形県上山市に住んでいる土屋芳雄さんは、昭和6年、満州国の関東軍独立守備隊に入隊、その後、昭和9年に関東軍憲兵隊の憲兵として終戦まで務めた。

 その間中国人を捕まえ、筆舌にしがたい拷問を行い、多くの中国人を死においやった。
土屋さんは加害者であり、その行為が陰惨極まりないため、実態について口を開かないできたが、戦争は残酷で平和を願う気持ちから、自らの憲兵の体験を語った。その土屋さんが語った作品、本書は憲兵の記録である。

 私たちは、今映像により、ウクライナにおけるブチャの惨劇を見ることができるが、それと同じことが当時満州では行われていた。
 普通に通りを歩いていて、憲兵に怪しいと睨まれたら、拘束される。そうなれば、この本を読むと生きて戻ることはまずありえない。

 拷問は、だいたい3日間行われる。その間に拷問に耐えられなくなり、反日分子だと嘘を言ってしまう。その直後即銃殺。

 徹底的に拷問に耐える。
拷問1日目は、鉄棒に両手を縛りぶら下げる。そして10キロ以上ある石を足に結びつける。その直後関節がバリバリと音をだして、くだける。そのまま数時間放っておく。そしてこん棒で身体を打つ。

 2日目は、真っ赤に燃やした焼き鏝を裸にした背中にあてる。

 3日目は水攻め。ここまでくればまず被害者は死んでしまう。

そして、更に、驚いたのが、土屋さんの通訳が性病にかかる。人間の脳味噌が性病に一番効くと言って。土屋さんに殺した人間の脳味噌を抉り出してもらい、丸焼けにして食べる。
土屋さんは舐めるのが精いっぱい、味は無かったそうだ。

 こんな出来事がこれでもかと明らかにされる。とても読み切れるものではない。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 05:47 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

高樹のぶ子    「格闘」(新潮文庫)

 30年以上前のことだが、高樹さんが「光抱く友よ」で芥川賞を受賞。この作品を読んで感動して、一時期高樹さんの新作がでるたびに、読む、熱心な高樹読者になったことがあった。「透光の樹」「百年の予言」「水脈」「満水子」、どの作品も素晴らしかった。

 それから長い空白があって。この作品を手に取った。主人公は作家である「私」。

 私はたくさんの作品を書き出版してきたが、書き上げた作品のなかに、失敗作があり、その作品だけは本にはしなかった。その作品が「格闘」というタイトルの作品だった。

  「格闘」はノンフィクションで、取材相手は孤高の柔道家羽良勝利。羽良は、オリンピックに出場したわけでもなく、唯一日本チャンピオンになった過去が一回あるだけ。それほど目立った戦績もないが、勝利する時は、天才的な切れ技で鮮やかに勝つのが特徴だった。

 柔道の白装束は死に装束を表しているそうだ。だから試合も死合なのだ。
道場や試合場には神棚が必ずある。戦いは神の前で行われ、勝負は神が決めるものだと羽良は言う。

 そもそも柔道の勝敗は、卑怯な手により決まる。で、その卑怯な手は、選手が意識して行うのではなく、神が選手に代わって、技を打つ。

  羽良は高校の時の柔道部の指導顧問は松本。松本は同じ高校で教師をしていた康子に恋をし、やがて2人は結婚する。しかし、羽良は康子を恋し、康子も羽良を恋していた。松本は羽良に対して、自分と対決して勝ち、更に街の守り神社にあるご神体の銀杏の大木を切り倒したら、康子を羽良にあげ、さらに家の改築のために貯めていたお金を逃走と当面の生活資金のために提供することをもうしでる。

 そして、松本顧問を投げたおし、ご神体を切り倒して、羽良は康子と逃げる。
そして、私は、康子と逃げた羽良がセックスをしても最後までいかず、途中でやめてしまうということまで知る。

 こんなところまで知るということは、作家の私が羽良を恋してしまっていることを私は痛感する。しかも、松本顧問の家には、康子の写真が遺影として飾ってある。

 作家の私が、ドロドロした松本、康子、羽良の関係に当事者として入り込み、更に複雑な関係になる。このドロドロの関係が、異様な興奮を醸し出す。

ランキングに参加しています。ぽちっと応援していただければ幸いです。
<

| 古本読書日記 | 06:18 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

| PAGE-SELECT | NEXT