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2022年04月 | ARCHIVE-SELECT | 2022年06月

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黒木亮    「リスクは金なり」(講談社文庫)

 以前に比べ、国際金融小説作家がすくなくなったように感じる。今は、紹介した黒木亮、真山仁くらいしか思い浮かばない。

 本作品は、黒木が国際金融マンとして活躍していたころを描いたエッセイ集。

黒木は、高校の時陸上競技を始め、早稲田大学に入り、また走りたくなり、陸上部に入部する。そしてびっくりしたが、3年、4年の時、箱根駅伝に出場している。そして、4年の時では3区を走り、2区を走った瀬古よりバトンを渡される。首位を走っていたのだから、当然カメラは黒木亮を真正面に大きく映す。大歓声の中を走る。箱根駅伝でトップを走ることはすごいことだと感動する。

 黒木は知的能力、体力とともに、人並み以上に優れていて、かつ将来に対する生き方を持ち、それに向かって懸命な努力をするとても凡人にはできない生き方をする。

 真山の作品は、息をもつかせず、緊張した場面が続き、興奮が絶えることはないが、黒木の作品は、緊張する場面の間に、普段の登場人物の暮らしや食事、街の風景が見事な描写でさしはさまれる。文章も練れていて、描写は、文学的香りがふんだんにして、素晴らしい。

 よくこんな見事な描写が描けるなと思っていたら、このエッセイにその訳が書かれていた。
 それは、30代半ばにであった開高健の「輝ける闇」を再読した時。

「30代半ばなって読み返し、眩暈がするような衝撃を覚えた。一つ一つの言葉が紙面から立ち上がり、ナイフのように切りつけてきた。それから開高さんの本を読み漁った。開高さんの作品は、内容とは別に、文章そのものが途轍もないほど魅力を秘めている。言い回しや言葉の使い方に新鮮な驚きが溢れている。小説に限らず、エッセイの躍動感も素晴らしい。」

 なるほど開高健か。私も大好きな作家。開高健がベースにあるなら、黒木亮は間違いなく素晴らしい小説を生み続けるだろう。

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黒木亮    「赤い三日月」(下)(幻冬舎文庫)

会社時代、ほぼ新入社員で貿易の仕事についた時、研修で輸出では相手バイヤーから輸出信用状(lC)を入手すればもうとりっぱぐれは無いから、出荷船積してもよいと教わった。

 そして輸出信用状をトルコのバイヤーから入手し、船積をトルコに向け実行した。通常国内取引では、取引相手が信用できるか、信用調査をして、問題なければ取引を開始する。

 私が貿易の仕事を始めたころは、海外は本当に遠かった。特に新興国は遠かった。日本国内では取引先の状況を知るには相手先を訪問できるし、調査もでき状態は知ることはできる。

 しかし、海外バイヤーから突然注文があっても、出荷してよいか、全くわからない。
こんな場合、新規バイヤーに輸出信用状(LC)の開設を依頼する。

 バイヤーは買いたい商品があれば、最寄りの銀行にゆき、予め十分なお金を積む。結果銀行は、輸出信用状を作成しバイヤーに発行する。つまり、信用状があれば、たとえバイヤーが支払いできなくなっても、信用状を開設した銀行が代金支払いを保証してくれるのである。

 ところが、輸出信用状を入手し、船積を行ったのだが、何と代金支払いがなされなかった。
早速、トルコのバイヤーに問い合わせをする。バイヤーは当たり前だが、すでに銀行には代金支払いしているとの回答。

 そうなのだ。バイヤーは支払っても、トルコ国が支払いできなくなっていた。トルコが多重債務国になり、国自体の支払いが滞ったのである。

 まいった。大きなチョンボだと、社内からは、白い眼で見られた。
しばらくすると、トルコ大使館の公告があり、トルコからの決済金が未入手の人は、証拠書類を持って、トルコ大使館に出頭するようにとの。1500万円くらいだったと記憶しているが、船積書類を持参して大使館にでかけた。そこで大使館で債務金額の確定がなされ、代金の支払いが確約された。支払いは年一回、15年分割払いということだった。

 ショックだった15年間これからずっと失敗を背負うのか。15年後はもう中堅社員を過ぎ幹部になるころだ。

 この物語の主人公但馬もトルコに振り回された。私も、規模は小さいが、トルコに振り回された。この作品を読んで、トルコ事件をにがにがしい気持ちで思い出した。

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黒木亮     「赤い三日月」(上)(幻冬舎文庫)

 新興国が、国策の半官半民会社で大きな商売をする。この作品では、トルコの会社が砂糖やタバコの生産輸出をする。葉タバコや砂糖は完成品になって、海外に輸出して会社は初めてお金がはいる。それまでにかかる費用は、借入で賄って、輸出代金を入手して、かかった費用は業者に支払えればいいのだが、そんなことをしたら生産費用支払いがショートする。

 その借入金が大きな金になると、国が間に入って、各国の銀行に借りいれのオファーをする。
銀行は一行だけで、金額が大きすぎて貸し出しができないので、幹事銀行が各行に貸出条件を提示して、貸出金のシンジゲートローンを組成する。

 この場合、新興国からの返済が確実かに、ローンの組成の成否がかかる。

 また、ローンを組む側は、主幹事になるとたくさんの手数料がはいり、ローンが組成すると主幹事銀行にはおおきな収益がはいる。だからシンジケートローンの主幹事になるために銀行は熾烈の競争する。

 この物語は、主人公東西銀行ロンドン支店の国際金融課の但馬が、トルコを担当、その奮闘をリアルに描く。

 日本とトルコは遠い。この物語、途中で湾岸戦争が勃発する。すろと、日本の銀行本店は、トルコは戦争当事国でもないのに、もうトルコは滅んでしまうのではという雰囲気になり、一切の投資はまかりならぬということになる。これを克服するための、ロンドン支店に勤務して中東を担当する主人公但馬の奮闘と情熱が読んでいて感動する。

 それから、私の会社時代は全く意識しなかったのだが、一流銀行の大卒行員というのは、同期とか、同クラス行員の出世について異常に気になるようだ。そんな銀行内部の出世競争も垣間見えて面白い。

 ビジネスマンの奮闘だけでなく、ロンドン、アンカラ、イスタンブールの街もていねいに描いていて、なかなか味わい深い小説になっている。

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有栖川有栖   「ペルシャ猫の謎」(講談社文庫)

 7編のミステリー短編が収録されている。

有栖川の作品の殆どは、推理作家の有栖川有栖と名探偵犯罪学者の火村大学助教授のコンビが事件に挑むスタイルの作品となる。この短編集に収録されている「赤い帽子」は所轄のアルマーニを着込む森下刑事と疋田刑事が、事件を追う警察小説。

 ビジネスホテルにチェックインした赤い帽子を被っていた男が、大阪の街を散策するからとホテルから外出したまま、深夜溺死体になって発見される。

 この男、その夜ホテル近くのバー「ウィーン」に初めての客として飲んでいたことがわかる。

 店は混んでいてざわめいていたが、ママが2人の会話で、男は相方の質問に答えて「今ビオラをやっている。」と答え。相方が「長く続いてるね」と言っているのを小耳にはさむ。

 工場現場の服を着てあまり音楽を嗜んでいるような雰囲気でない2人だったので、ママが変だと森下、疋田刑事に話す。

 刑事2人はビオラは餃子の効き間違いじゃないかと想像したりする。
2人が大阪の南の小さな工場や商社が集まっている街を車で走っていると、「鋲螺」という看板が目につく。
このとき森下が閃く。バーでママが聞いたのは「ビオラ」ではなく「鋲螺」(びょうら)ねじの一種だったのではないかと。

 これが事件の解決に結びつく。

 ありふれたトリックではあるが、最近の複雑すぎるトリックで辟易としていたので、この単純さが新鮮だった。

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有栖川有栖    「暗い宿」(角川文庫)

 国際ホテル、リゾートホテル、温泉旅館、廃業した田舎の旅館、4つの宿泊施設で起こる事件、いつもの小説家有栖川有栖と社会犯罪学者の火村助教授が真相を追う。

 ミステリー小説が登場して200年以上がたっている。そのため、トリックは出尽くして、新しいトリックが生まれにくくなっている。

 最近のミステリーは辻褄はあってはいるが、そんなトリックは現実にはありえないだろうというトリックばかりになり、結構読んでいて白けることが多い。

 この作品集の、最後の作品「201号室の災厄」。面白い。

 火村、東京で有栖川と夕ご飯を楽しみ、割引券を譲ってもらったため、超高級ホテルに宿泊する。ホテルの高級ラウンジでお酒を楽しみ、酒に酔い部屋に戻る。そのとき部屋番号を間違え、東京公演を終えた、ロックのスーパースターミルトンの部屋にはいる。

 ミルトンも部屋に戻る前、お酒を飲んでおり、そのまま寝てしまう。30分ほどして目覚めたら、驚くことにベッドの脇の通路に寝る前には無かった女性の絞殺死体がある。

 ミルトンは自分はやっていないと必死に火村に訴える。窓の鍵、ドアの扉にチェーンがかかっていて、外から人が侵入はできない。

 火村が入念な捜査を行う。ミルトンの隣部屋にはコンサートツアーのロードマネージャーのフランキーが宿泊していた。ミルトンは部屋の鍵をフランキーにも預けていた。

 そして、火村は推理する。女性はミルトンが部屋に戻る前には殺されていて、ソファの影に死体はあった。殺したのは隣部屋のフランキー。フランキーは女性を殺し、ソファの陰に隠す。同時にピアノ線を死体にひっかけておき、ベランダの窓からミルトンを見張っていて、ミルトンが寝たのを確認して、ソファの陰から死体を引きずりだしておく。

 ミルトンの表情が歓びに変わる。犯人はフランキーなんだと叫ぶ。
すると火村が言う。そんな非現実的なトリックはあるわけない。そして人差し指でミルトンを差し、だから犯人はお前だ。と言う。

 これは正直目がさめた。謎解きをひっくりかえす。面白い。更に、火村シリーズは常に有栖川視点で描かれるが、この作品は火村視点で描かれている。これも新鮮だった。

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内田樹   「街場の現代思想」(文春文庫)

 世の中「勝ち組と「負け組」の二極化が進んできた。相似形になるが同様に「バカ組」と「利口組」の二極化も明確になってきた。

 しかし、「バカ組」と「利口組」は二極化は進行中ではあるが、まだくっきりとはせず、その中間組が存在している。
こんな格差社会において真に必要な文化資本戦略とは何かを解き明かす作品。その論旨を裏付けるため、人生相談まで盛り込んでいる。

 「バカ組」の中でも、自分は「利口組」と錯覚したり、「利口組」になろうとしている人たちが多く存在する。この人たちを内田はプチブルと呼ぶ。

 そしてプチブルたちは、その存在維持のために、せつないほどの努力をする。

 プチブルの中味とその人達の行動、思考方法について内田が絶望的分析をしている。

「『蜘蛛の糸』で極楽をめざすカンダタのように、プチブルは中間状態であるという点で、運動性と開放性を意味している。それと同時に自分をより下の人間たちを足蹴にし、排除することで相対的上位を固定的に確保しようと望む点で、停滞性と閉鎖性を体現している。
 プチブル文化資本家たちは、文化資本の獲得による社会的上昇を目指す限りにおいて好ましい存在のように思われる。しかし、その運動性を担保する支配的感情が、焦燥感、飢餓感や嫉妬や軽蔑であり、あらゆるところに差別化の指標を探しまわり、自分の相対的優位に排他的にしがみつこうとする限り、忌まわしい存在である。」

 そして、カンダタのように「バカ組」におちてゆくのである。

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デイヴィッド・ヒル   「僕らの事情」(求龍堂)

 主人公のネイサンは15歳の少年。そして親友のサイモンは幼い時に筋ジストロフィーを発病、病と闘っているがユーモアあふれるネイサンの同級生。

 筋ジストロフィーは幼い時に発病して、その時が身体の最盛期で、そこからどんどん衰え、だいたい10代で亡くなってしまう。

 もうやせ細って、車いすも動かせず、乗るにも誰かに抱えてもらわねば乗れないほどになった時、サイモンが言う。
 「夢の中では、歩いたり、走ったりしているんだが、夢はとろいから、なかなか現実に追いつけないんだ。」
 こんなユーモアをさらりと言う。

物語は随所に15歳らしいユーモアが満載。悲しい物語なのだが、ウィットの効いたユーモアで、雰囲気は明るい。普通日本のユーモア小説は、無理やりひねりだしたユーモアばかりで、現実離れしているが、この物語はユーモアが現実的で上手く物語に溶け込んでいる。そんな中に、足はひざが一番大きくなったなんて言うところに遭遇すると、うるっときてしまう。
 身体が最も大きく成長する時代に、日々やせ細り、縮んでゆく。やはり悲しい。

シャワーくらい、一人で浴びられると言って、サイモンがシャワー室にはいる。そのシャワー室からいろんな音や声が聞こえてくる。

 するとサイモンのお母さんが、音や声に耳をすまし、今服を脱いでいる、今シャワーの場所まではって行ってる。座ったそしてシャワーを浴びてる。石鹸をつけて今身体を洗っている。

 うめき声が聞こえてくる。
うめいているんじゃなくて歌を歌ってるのよ。シャワー室からでて、今身体を拭いている。今パジャマとガウンを着ている。

 そしてシャワー室からサイモンの声が聞こえる。
「おれはひと晩じゅう、床に寝てないといけないわけ?」
「車いすに乗るのを手伝ってという合図。さあシャワー室にいかないと。」
お母さんの優しさを感じる。

ストーリーはどこでもありがちなだが、その暖かさは群を抜いている。

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田中正明    「パール判事の日本無罪論」(小学館文庫)

 大東亜戦争が終了後、戦勝国から選ばれた判事により、戦勝国が選んだ日本の28人の戦争犯罪人被告の裁判、いわゆる東京裁判が開かれた。

 戦勝国が敗戦国の被告人を裁くのだから、被告人全員が有罪の判決を受けるのが当たり前のことだったが、インドから選ばれたパール判事は、驚くことに、被告全員無罪であると主張した。

 この裁判では、戦勝国検事により三種55の訴因があげられている。
三種とは
 ①平和に対する罪
 ②殺人の罪
 ③通例の戦争犯罪及び人道に対する罪

①は、被告人28人が共謀して、戦争を起こした罪ということになるが、実は裁判がカバーしている範囲で、日本は18回内閣改造をしている。それぞれの内閣が変わった要因の中に、戦争を共謀するような内容は無く、被告にされた28人が共謀している事実証拠は無かった。

②は別として、③が奇妙である。
まず、この裁判の形態。国際裁判であるなら、裁判官が戦勝国出身だけというのは公平ではない。中立国や当然敗戦国からも裁判官が出なければならない。

 人道的観点というなら、当然敗戦国だけでなく戦勝国においても、犯した罪は裁かれねばならない。広島、長崎に原爆を投下した罪も当然裁かれるべきである。

 更に裁く根拠になる法律が、罪を犯した時には存在していなかったにも拘わらず、占領国であるアメリカのマッカーサーが都度、マッカーサーチャプターを発令して裁かれる。当然、裁きは起こした時点での法律で行われるべきなのにであるにもかかわらず。

 ポツダム宣言では、日本の国体は維持されると宣言されている。ということは、裁きは日本の法律で行われるべきであって、戦勝国の法律を持ち込んで裁いてはならない。

 パール判事は、当時の国際法に照らして、上記のような観点から、この裁判は戦勝国が単に敗戦国を罰するために行った裁判であって全く無効と審判している。

 被告28人のうち、裁判の過程で2人亡くなり、1人は精神異常と判断され、25人が有罪判決を受けた。

 パール判事の主張に従って、全員無罪という判決だったら国民はどう思ったのだろうか。納得する国民は少なかったようには思う。それほどに多くの国民に犠牲者は発生したのだから。それでも、法治国際体制のもとでの国家であるなら、気分感情ではなく、あくまで法律に従って判決は行わねばならないと思う。

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森見登美彦   「夜行」(小学館文庫)

 森見作家生活10年を記念して刊行された作品。直木賞候補作品となった。

10年前、英会話スクールに通っていた仲間6人が連れ立って鞍馬の火祭の見学に行く。そこで女性の仲間だった長谷川さんが失踪する。そして全く行方がわからないままさらに10年がたちまた仲間が京都に集まり、鞍馬の火祭を見学に行くことになる。

 主人公の大橋は、待ち合わせの場所に行く前に、市内で長谷川さんらしい人を見かける。その長谷川さんらしい人をつけてゆくと、ある画廊に入ってゆく。大橋が入ってゆくと、すでに女性は消えてしまっていた。画廊では、岸田道生という作家の個展が開かれていた。飾られていたのは銅版画でタイトルは「夜行」。日本の48か所の夜の風景を描いた連作で、すべての作品に、一人の女性が描かれていた。

 更に「夜行」に対応する作品として「曙光」という作品がたった1作があるのだが、それは誰も見たことは無い。

 鞍馬に集まった大橋以外の4人が、夜が深まったとき、それぞれが旅した時の不思議な体験を語りだす。それは、尾道、奥飛騨、津軽、そして天竜峡。これらの地で、みんなの話には必ず幽霊が登場。そして、不思議の話では岸田道生の銅版画と同じ風景が登場する。

 物語、夜が永遠に続くのではないかと思われるような4人の体験話と、長谷川さんはどこに消えてしまったのか、もしや銅版画で描かれていた女性ではないかと思わせながら、幻想的に進行する。

 森見が得意とする明るいユーモアのある雰囲気は全く無く、どんどん不思議な闇にはまってゆくような雰囲気の中へ、読者は導かれる。

 幻想的な物語だった。

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カレン・キングストン  「新ガラクタ捨てれば自分が見える」(小学館文庫)

 作者カレンは風水学、スペース・クリーニングの専門家。独特の手法でスペース・クリニングについて描いた本2冊は世界的ベストセラーとなっている。

 スペース・クリーニングとは日本の断捨離と考えは似ていて、とにかく家のゴミはすっぱりと捨てようという考え方。

 建物の中で起きた出来事は、すべての壁や床、家具などの室内の物質に記録される。これらは、汚れと同じように何重にも積もっている。溜まったガラクタは、空間のエネルギーがスムーズに流れる妨げになる。

 ゴミ屋敷のように、家の中にゴミを貯めると、エネルギーがそのゴミに留まり、エネルギーが流れることが無くなる。こういう環境にいる人は新陳代謝が無くなり、うつ病になってしまう。

 この本を読んでいると、我が家の大量にあるまさにガラクタである本を想起してしまう。一時期には1万冊を優に超える本が我が家にあった。

 自分の部屋に崩れ落ちそうな本の山。2階の真ん中の部屋には、本棚からあふれ出た本がある。そして押し入れをあければ本また本。

 嫁さんから、2階の床が抜けるから再三再四本を処分するよう言われた。言われた当人は本のベッドを作り、仰向けに寝ると目と鼻数センチ先に天井があるようにしたいなんて妄想しているからいけない。

 さすがに怒った嫁さんが娘にいいつけて、ブックオフに半分ほど持ち込んで処分をした。
そして、娘がブックオフから持ち替えたお金の額を知って、まさに私の本はガラクタであったことを知った。

 本は、読まないでつんどくだけで、家に放置されている場合が多い。そして本棚からあふれでて色んな場所に本が放りだされている。ベッドの脇、中にはトイレに本が積まれている家もあるそうだ。

蔵書は持ち主の信念やアイデアを象徴している。古い本が積みあがっていると、段々新しいことにチャレンジすることがなくなる。理屈っぽくなり、心や家はかび臭いエネルギーが滞留し、新しいエネルギーの流れを止めてしまうと著者は強調する、

更に、著者は言う。蔵書が多い人は偏屈になり、社会的生活が難しくなると。
かなり私には偏見のように思えるが・・・。

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和田竜    「小太郎の左腕」(小学館文庫)

 時は戦国時代。西国の両雄、戸沢家と児玉家は、正面から対峙。その戦いを支える、
戸沢家の武将林半右衛門、児玉家の武将花房喜兵衛は戦場で終わりなき戦いを続けていた。

 しかし、現実の勢力は児玉家が戸沢家をしのいでいて、攻め込んだ児玉家に対し、戸沢家は自らの城、碧山城に籠城する作戦にでる。

 しかし、籠城に備えた食料は15日間分、籠城1か月が過ぎ、餓死するものまででてしまう。最後には死体を食べたり、仲間を殺し食べるものまで出る。

 そこで、半右衛門がとった手。雑賀衆にいる、わずか11歳の火縄銃の打ち手名人の小太郎を傭兵として雇いいれること。

 雑賀衆というのは、和田さんの作品「忍びの国」にも登場する、戦国時代吉野あたりに存在した集団。この集団は、幾つかの小さな領主が集まった集団。集団を率いている領主は存在しないで、民主的運営により、持ち回りで集団の領主を決めていた。

 領民は通常百姓をして生活の糧を稼いでいるが、それだけでは生活できず、他の戦国領主の傭兵となって糧を稼ぐ。

 また種子島に伝えられた火縄銃。その後、大阪堺に伝えられ、製造されたことが有名なのだが、実はそれ以前に雑賀衆が買い入れ、製造を始めていた。その火縄銃を小太郎が使う。

 攻め上げてくる、児玉家の軍団を小太郎の火縄銃で蹴散らす。それで、児玉家武士の戦団が崩れる。その戦いの時、半右衛門は小太郎に言う。攻めあがってそしてくる児玉家の兵を指さしあいつが、お前のおじいさんを殺したと。その兵士をめがけて小太郎は弾をはじく。

 しかし、実際は、半右衛門が小太郎のおじいさんを殺害していた。
武士は嘘をついてはいけない。この嘘により、戦いには半右衛門は勝利したが、とんでもないしっぺがえしを食らう。そのしっぺがえしが物語のクライマックス。

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市川拓司    「そのときは彼によろしく」(小学館文庫)

 小学生から中学生にかけ、主人公の智志と絵が上手の佑志、そして花梨はゴミ捨て場を遊び場にして結びつき大事な友達同士となる。

 それから15年後、20年後の3人の人生の物語を描く。

この作品がいいなと思ったところは、作者の市川が悩み、恋する行動を何の衒いもなく、正直に描いているところ。
唸ったのは、15歳のとき智志の母さんが入院している時に、父親が1500kmも離れた場所に転勤となり、家族3人が離れ離れにならなくなる、智志が電車に乗って花梨と別れる場面。

 真昼間プラットフォームで、女性の花梨がいきなり智志を引き寄せて、互いに人生初めてのキスをする。しかも初めはぎこちなかったのだが、2回目からは激しいキスになる。初めてに限らないがキスは、夜に紛れたり、屋外でも人目を避けてする。

 しかし市川は人前で堂々とキスをさせ、それを直球勝負で真正面から描く。このひねりのないところに感動する。

 15年後、智志は小さな「アクアプランツショップ」を経営していた。その店に雇ってくれ、更に住むところがないので、店に住まわして欲しいと美女が訪ねてくる。彼女は森川鈴音。ファッションモデルと女優をしていたが、それをやめて智志の店にやってきた。

 この鈴音は実は幼馴染の花梨だった。最初のキスの相手、智志も花梨も互いに最も大好きで、15年間ずっと想い続けていた。
 しかし、この時、智志には、結婚相談所からの紹介で、結婚を約束していた美波がいた。

花梨は智志にパリに行くと言う。智志はいつ日本に帰国して、また会えるんだと聞く。このときの花梨とのやりとりが良い。
 「また、いつかね。」
 「だからそれがいつなんだ。」
 「いつだかわからないことを、いつかと言うの。」
実は花梨はパリに行くことはなく。ここから小説はファンタジー小説に変わる。

 作者市川がこの小説でいちばんいいたいこと。
幸せは愛されることではない。愛し、愛し続けること。こんなストレートの作品もたまに読むと新鮮で感動もひとしお。

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涌井学著、川村元気原作 「世界からボクが消えたなら」(小学館文庫)

 大ベストセラーとなった「世界からネコが消えたなら」の続編。この作品では消えるのが猫ではなく、暮らしの必須アイテムが突然消える。それによって起こる出来事を主人公の猫キャベツの視点から描く。

 ある日の夕方、猫のキャベツがぶらぶら街を散歩していると、同居人のご主人様と会う。
しかし、いつものご主人様と様子が違う。ご主人様だと思った男は「自分は悪魔だ。」と言う。

それで、この世からある物を消す。宣言した翌日に宣言した物が消える。そして最初は電話をこの世から消すと宣言する。
 若い頃、電話は一番大切な物だった。
どうしてかわからないが、恋人と面とむかって会話をすると、張り切って会いにきたのに、会話がはずまない。まったくぎこちないのである。

 ところが、歩けば10分もしないところに住んでいる彼女。電話で話をすると、盛り上がって何時間でも話せる。電話のおかげで、恋が成立していた。こんな時、電話が突然消えたら、うぶな私たちの恋はすべて消滅してしまう。

 そして悪魔が指摘した通り、突然電話が消える。しかし、消えてしまっても、それが普通のこととして、暮らしは継続される。
 電車の中で、手に持っていた携帯が消えて、皆が本を読んでいるように変わる。それが普通のことで誰も違和感を感じない。
 更に面白いことに、街の看板や、ネオンから書かれていた電話番号が消える。広告チラシからも消える。

 携帯電話が消えるのだから、メールもできない。
ということは、コミュニケーションは直接か、はがきや手紙になるのか。

 そういえば若い頃の手紙は電話どころではなく、大げさで高ぶった感情がそのまま書かれていた。書いたら当然すぐ返事が欲しい。毎日心待ちに手紙を待っている。それが来ないときのショックはたまったものでは無かった。

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日向夏    「なぞとき遺跡発掘部」(小学館文庫)

 主人公、考古学専攻の田中灯里は、雑草やタンポポを食べざるをえないほどの極貧生活をおくっている。そのために遺跡発掘のアルバイトで食費を賄う。発掘のアルバイトは大学の研究室西枝教授とイケメンの先輩古賀の依頼により行われる。

 発掘では、ニセ物が発掘されるだけではなく、たまに埋められた死体までが発掘されることがある。
 そんな発掘事件が起こる連作ミステリー集。

この作品集、小説について勘違いがなされている。
とにかく、読者を獲得し、本を売るためには、登場人物のキャラを際立たせねばならないと思い詰めているように思われる。

 作者日向が意識的にそうしたのか、編集者がプレッシャーを強くかけたのか。
 それで、肝心のミステリーの謎解きは完全におざなりになっている。本来書き込むべきところを間違えている。

 小学館もこんな作家の間違った育て方をしていてはいけない。才能ある作家がどんどん潰れてしまう。
 何だか、本が売れないスパイラルに陥っている原因の一端をみたような気がした。

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濱嘉之    「完全黙秘」(文春文庫)

 福岡グランドホテルで開かれたパーティで現職の財務大臣が刺され殺される。当然犯人は現行犯逮捕される。こんなことがあるのだと初めて知ったが、この犯人は、取り調べから裁判を通じて完全黙秘を貫き、被疑者を特定できず「博多東13号」として、判決を受ける。

同じような被疑者特定不能の男が蒲田で公務執行妨害で10年前に捕まり、この男も「蒲田1号」として、判決を受ける。掌紋判別の結果、この完全黙秘の被疑者が同一人物だということがわかる。

 この被疑者は誰なのか、警察学校同期で友情があつく、有能な4人、主人公の公安部の青山、組織犯罪対策部の大和田、刑事部捜査1課の藤中、刑事部捜査2課の龍が、警察内部の組織的圧力、政治家、暴力団からの圧力に屈せず、事件の本質を暴く姿を描く。

 この物語、所轄、警視庁、警察庁のそれぞれの組織が対立、組織役割がくどいほど、詳細に描かれ、読んでいて混乱する。

 どうして、警察について、ここまで描けるのか。不思議に思ったのだが、作者濱が実は公安部に20年以上勤めていたことを知り、なるほどと思った。

 捜査の結果、完全黙秘の博多東13号に繋がっているのが、経済ヤクザの宮坂であることを突き止められ、ここから暴力団、政治家まで繋がってゆく。
 ここが、ダイナミックで興奮する。面白かった。

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七尾与史    「偶然屋」(小学館文庫)

この物語は、クライアントの依頼により、出来事を偶然に起こったように装い、それによってクライアントの要望に応える商売、「偶然屋」の短編連作集である。偶然屋が引き起こす出来事もあるが、起こった事件が偶然に起きたように思えるのだが、それが偶然では無いことを解き明かす、流れで進行してゆく。

 この物語では、人間は、民族や集団で固まり、その中に外れた民族、集団を徹底的に排除攻撃して抹殺しようとすると描かれる。

その民族排除で起こった悲劇がルワンダの大虐殺。これは、治めていた統治国フランスが行った植民地の分割統治政策に起因している。

きっかけは、フツ族の指導者である大統領が、飛行機事故で死亡。これがツチ族の仕業であるとマスコミが報道。

元々、ルワンダはフツ族、ツチ族が仲良く住んでいたが、フランスが2つの民族の住む場所を分け、徹底的に対立させた。その結果フツ族によるツチ族の大虐殺が始まる。
結果、ツチ族100万人が虐殺される。

 超有名私立中学校でこれと同じことが行われる。特進クラスで実力テストが行われる。その結果慎也は13位。五十嵐は18位。点差は16点。担任の宇田川はルワンダ大虐殺をまね上位15人はユウ族16位以下はレツ族に区分けする。

 そしてルールが宇田川先生より発表される。
①レツ族はユウ族の生徒を呼ぶときは「さん」つけで呼ぶ。
②レツ族は給食のデザートをユウ族に献上する。
③ユウ族は掃除、窓ふきは免除されレツ族がこれを行う。
④レツ族はユウ族の求めに応じて、ユウ族の荷物運びをする。

人間は、差別、区別する人間を創ることが本能的にあり、そして差別、区別した人間を抹殺するか完全に奴隷化する。ロシアとウクライナの戦争が思い起こされる。

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川村元気    「理系。」(文春文庫)

 日本の理系における第一人者15人との対談集。
どの対談も、刺激的で、心が躍った。

特に面白いと思ったのが、AIの日本の第一人者東大大学院教授の松尾豊との対談。松尾さんは日本の「ディープランニング」の第一人者。

「ディープランニング」とは何か。限りなく人間に近い自己学習型の人工知能。画像や映像など映っているものの特徴を自動的に獲得する知能のことだ。例えば、AIが最も苦手だったことは、猫と犬を前にして、どちらが犬か猫かを言い当てることが難しかった。しかし。「ディープランニング」の進化により、人間の認識率をAIが上回るほどにまでなってきたそうだ。

すごいと思ったのは、車を何台か並べて、AIの進化したロボットを何台か横に置く。
すると少し時間はかかるが、ロボットが車にのり、アクセルやブレーキ、ハンドルの機能を習得し、車を運転しだし、レースを行うまでになることだ。

 この「ディープランニング」開発利用の分野では、日本は世界をリードすることになるだろうと松尾さんは言う。

 日本はロボットを敵対者としてではなく味方家族のように扱ってきた。鉄腕アトム、ドラエもんのように。また、カイゼンのように現場に強い。将来「ディープランニング」の進化により、建設現場の各種作業、農業全般、外食産業の調理、接客。工場での食品加工、スーパーやアパレルの陳列や補充。警備や介護の殆どはロボットが行う。一部では導入が始まっている。

 難しいと思われている、笑う、怒る、泣くなどの感情表現も、その感情の原因となる事象を多重、多層に認識させておいて、感情表現ができるロボットができてくるそうだ。今の「ディープランニング」の技術水準で、一発コント芸ができるそうだ。

 ということはロボットのお笑い芸人が登場してくる。少し想像ができない。ロボット芸人はあまり面白そうではないような気はする。

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宝積光   「都立水商1年A組」(小学館文庫)

 自分の人生を振り返ると、平凡な道を歩んだとつくづく感じる。敷かれたレールに乗って、小学校、中学校に行き、そして高校は進学校、大学を終え、一般企業に入り、途中に何回かあった実質退職強要の希望退職の対象にもならず、定年まで勤めた。ありきたりの人生だった。

 この作品の主人公淳史は、中学校で濡れ衣を着せられたカンニング事件で勉強の意欲を喪失したため、レベルの最低の、新宿歌舞伎町にある都立水商に入学する。この高校、日本で初めて、水商売を学び、卒業後は水商売の道にはいるため27年前に創立された高校である。

 バーなどの経営を学ぶ科から、キャバクラ科やSM科、たいこ持ちを学ぶゼミまである。座学ではなく、実践中心になるから面白い。そしてSM科のS専門の松岡尚美が生徒会長という設定もユニーク。この松岡に主人公の淳史は憧れている。

 最初の入学式、学校の特徴紹介。作者宝積の力が入っていて、圧巻。それが終わると普通の高校とあまり変わりなく話のパワーが落ちる。

 たまげたのは校歌。

「ネオン輝く歌舞伎町
 栄華の巷と共に生きる
我ら街の子うたかたの
夢を彩る夜の花
ああ水商
咲けよ咲かせよ
都立水商業高校

僕はホストだ君はゲイ
胸張る我等水商健児
友と語らう学び舎に
輝く未来桃色の
ああ水商
つげよつがせよ都立水商業高校

北はススキノ南は中州
ママと呼ばれる先輩たちは
水商乙女のあこがれよ
愛をみせます殿方に
ああ水商
いけよいかせよ
都立水商業高校」

この校歌に触れると、自分の人生の平凡さが際立つ。

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| 古本読書日記 | 06:05 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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佐々淳行   「謎の独裁者・金正日」(文春文庫)

 たくさんブックオフに注文した本の中に、この本が紛れていた。今は北朝鮮は金正恩の時代、今更金正日について書かれた本を読むのは気がすすまないなあと思いながらページをめくりだした。

 読みだすと、この本は金正日について書かれた本ではないと知った。どちらかと言えば、外事警察課長として著者佐々の奮闘記だった、だいぶ自慢記の雰囲気もあるが・・・。

 金正日についての記述の多くは、拉致事件で書かれる。事象としては書かれるが、どうして金正日が日本人拉致を命令、実行させたのかは不明だった。

 第2次世界大戦終了直前に突然日本に宣戦布告して、攻めてきたソ連、この結果何と57万2千人もの日本人がシベリア抑留生活を強いられる。極寒の厳しい環境に耐えられず、亡くなる人も多数でた。

 この厳しい抑留生活を逃れるための唯一の方法が、共産主義者になることだった。ソ連は共産主義に賛同し、活動が期待できそうな抑留者に対し、共産主義者にするために徹底した洗脳教育を施した。

そして、これはと思う人についてはスリーパーになることを誓わせた。スリーパーというのは、日本帰国後は、すぐにスパイにはならず、通常の暮らしをしていて、その人がスパイで使えるとなると、静かにソ連スパイが近付いて、ソ連スパイとしての業務を指示する。

 当時はソ連が欲しい情報の一番は、アメリカ軍基地の活動内容と武器の詳細、それから日本の政治家をソ連のために働かせること。抱き込んだ政治家には数千万円のお金を与えた。

 この本を読んでいると、日本がロシアに築いた、天然ガス、石油供給基地サハリン2,
もちろん、エネルギー、資源の安定供給のためもあるが、この基地からお金を吸い上げている政治家がいるため、基地を手放すことができないのではと思えてしまう。

 シベリアで抑留された人達には少なからず、共産主義に洗脳された人がいた。その中には、「岸壁の母」の歌が流れる、日本の港に着いて、家族の元へは帰らず、代々木の日本共産党に直行した人が大勢いたそうだ。

 そういえば、このころの共産党は一番活気があった。こんなことも、その要因になったのか。

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| 古本読書日記 | 06:01 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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星新一    「凶夢など30」(新潮文庫)

 ショートストーリー集30作収録。

会社の仕事というのは、基本的には集団、組織で行われる。よくでる杭を求めるなどと言われるが、個性的な人や、でる杭は、本質的に会社は求めない。

 出る杭が、経験を積んで、頭角を表し、登場した場合は、認められるが、そもそも本質的に集団行動が不得意で、協力的行動ができない人は、イコール仕事の能力が無い人に分類され、村八分状態になり、馘首対象になる。

 主人公がいつものように会社帰りにビヤホールによる。するとやっぱり馴染の中高年グループが楽しそうに笑い声高らかに会話を楽しんでいる。
 何をあんなに楽しく話しているのかと聞いてみると、
「酒は甘口に限る。甘口が最高。」と皆が喋り、盛り上がっている。

主人公は不思議だと思う。世の中「酒は辛口」だと言う人は多いが「酒は甘口」だと言う人は殆どいない。

 会社の同僚にも見えないし、学生時代の友人にも見えない。いったいどういう仲間か、一人を捕まえて聞いてみる。
 「趣味ですよ。同好の士が集まって語り合っているのですよ。甘口の酒を愛する、知識人クラブっていうんですよ。」

 楽しそうなので、主人公も会に入れてほしいとお願いする。すると入会するための審査があり、申し込みは受け付けるが、会員が認められるかは2,3日待って欲しいと言われる。

 それで3日後、主人公の入会は認められたか、聞いてみる。
すると「残念ながら認められなかった。」と言われる。どうして認められなかったか聞くと、大多数の会員は認めるに賛成したのだが、数人が認めないと否定する、会の規則に従い、反対が少数により、少数決で認可されなかったと言われる。

 面白いなあ。少数者たちのうっぷん晴らし。楽しそうだけど少し切ない。
収録されている「甘口の酒」より。

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| 古本読書日記 | 05:53 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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下村敦史    「悲願花」(小学館文庫)

 下村さんこの作品は、手を広げすぎた。多分結末をどうするか、決めないまま書き出したように思う。

 主人公で工場事務員をしている幸子は、17年前の小学生の時、夜中に怖い男の人が家にやってきて、大声で両親を怒鳴りつける。両親は土下座をしてひたすら謝る。そして、男の人が帰ると、両親の大喧嘩が始まる。

 ある日家族でテーマパークに行き、2泊3日の贅沢をして、帰ったその晩、カプセルを飲まされそうになったが、幸子は飲まないでふとんの下に隠す。そして真夜中家に火がつき、両親と妹は亡くなるが、幸子だけ助けられる。

 17年後、家族の墓参りに行ったとき、母親くらいの雪絵という女性と墓で出会う。

 この雪絵という女性シングルマザーで3人の幼い子を育てていたが、育児が大変で、かつ別れた夫からの慰謝料の払いも止まり、途方に暮れ、3人の子をつれ、車で川に飛び込む。
しかし、雪絵と美香という子は助けられるが、2人の幼子は死んでしまう。

 ここから幸恵と幸子、さらに美香が幸子と体験が同じということで、交流が始まる。心中を試みて、生き残った人達の交流。これは想像するのが、難しい。下村も評論家のようなリアリティのない描き方に陥る。

 そして、これは失敗作だなと思って読み進むと、郷田と言うサラリーマン金融をしている男が登場。この男こそ、幸子一家を心中に追い込んだ男。幸子は郷田に復讐をするということで、ネットを使って郷田を追い込む。ところが、心中のあった17年前、郷田はまだサラ金会社をやっておらず、トラック運転手をしていたことがわかる。誰が心中に追い込んだのかまったくわからなくなる。

 ここから物語は異様に緊迫感がでて、盛り上がる。被害者と加害者がぐるぐる入れ替わる。
しかし、最初に提示された2つの家族の心中が霞んでしまい、物語をどう収拾したらよいか作者はわからなくなってしまった。

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| 古本読書日記 | 06:15 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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川村元気   「ブレスト」(角川文庫)

 作家であり、映画製作者でもある川村元気が、ハリウッドの偉大な映画監督達に呼ばれ、映画の企画を議論しあうという川村の想像企画会議を描いた作品。

 映画を私は高校時代にものすごくたくさん観た。友達の親父が映画館を経営して株主招待券をくれたから。3年間で800本近く観た。
当時はスペクタル映画。「ドクトルジバゴ」「ベンハー」「十戒」それに対抗するように流行したニューシネマ「イージーライダー」「明日にむかって撃て」などが面白かった。

 しかし、高校をでてから、映画をお金を払って観ることが馬鹿らしくて、全く観なくなった。

 何しろ、あの「タイタニック」を嫁さんと観に行って、10分もたたないうちに眠ってしまい、嫁さんにひどく怒られた。

 その「タイタニック」の監督が、有名なジェームス・キャメロン。この本によるとキャメロンはカナダの大学を中退。喫茶店のウェイトレスと結婚。生活費を稼ぐためトラック運転手になった。

 その後、よくわからないのだが、地元歯科医グループから資金を援助してもらい、短編SF映画を製作。これがハリウッドの目にとまり、ハリウッドに引き抜かれて「ターミネーター」の監督となる。この映画の製作費は500万ドル。しかし作品はあたり、次作「ターミネーター2」は製作費は20倍の1億ドルとなる。

 そして私が眠ってしまった、「タイタニック」の監督をする。
「タイタニック」は全世界興行収入最高記録の18億ドルを記録とんでもないヒットとなる。

 キャメロンのすごいところは、これで終わらなくて、次の12年ぶりの作品「アバター」が何と興行収入が27億ドルと空前の大ヒット。トラック運転手から超大富豪に。
まさにアメリカン ドリームを地でゆく、ものすごい人だ。

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| 古本読書日記 | 06:13 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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海老沢泰久    「スーパースター」(文春文庫)

 昔のプロ野球は、先発投手は完投するのが当たり前だった。そのうちに抑え投手がでてきた。巨人の宮田や南海の江夏がその典型。その頃は抑え投手は9回だけを投げるということではなくて、先発が7回を投げれば、8,9回は抑えが投げる。一試合2人の投手でまかなうのが標準だった。

 ということは、中継ぎ投手というのは、必然的に敗戦処理投手ということになる。だから、成績が下位や、最下位のチームは、中継ぎ投手がやたら多く登板することになる。

 この物語に登場する、中継ぎ、敗戦処理投手の山崎。チーム成績は5位と低迷。期待されてない投手のため、すでに不必要投手としてシーズン終了後トレードを言い渡されている。登板するイニング数は1回か2回。だから、登板イニング数は90回にも及ばない。

 この年、山崎投手は残り15試合を残して、登板試合数は70。監督は日本記録を作ってあげると宣言する。

 登板試合数の日本記録は西鉄の稲尾投手。78試合。そして、イニング数は何と404イニング。稲尾はその年勝利数が42勝。これにセーブが10.つまり稲尾は西鉄80勝のうち52勝に貢献している。

 そしてシーズン最終試合。この試合に登板すれば、稲尾を抜いて、シーズン最多登板試合数を記録し名が残る。

 最終回監督はピッチャー交代で山崎を指示する。
しかし、山崎は監督指示には従わず、一人球場を去る。
稲尾に対し全く失礼だし、トレードの屈辱が待っているのだから。収録されている「記録」という作品から。

 海老沢はこの作品集。名前は変えてあるが実際にあったことを物語にしている。
本当にこんなことあったのだろうか。いくら考えても、思い出さない。

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| 古本読書日記 | 06:53 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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はらだみずき   「海が見える家」(小学館文庫)

 都会暮らしに疲れて、田舎に住んで新しい暮らしを始める。こんな物語はその後、田舎の人々の温かさや素朴さに触れ、田舎暮らしを謳歌する物語か、田舎の人々のしきたりや人間の近さに息苦しさを感じ、そして村八分にされ、田舎暮らしに失敗するパターンか2つに別れる。

 この物語もそのパターンを踏襲しているが、少しひねってある。田舎物語に親子物語が被さっているところ。

 主人公の文哉は、大学を卒業してある会社に就職する。しかしその会社はブラック企業で2年間勤めたが、耐えられず退職する。文哉には姉がいる。出版社に勤め、今は北海道にいる。姉も文哉も父親が嫌い。実は、文哉が幼いころ、親は離婚して、文哉は母親を知らない。

 小学生の時、父親と大喧嘩をして、それ以来父親とは殆ど口をきかない。父親は不動産会社社員として、黙々と働く。その姿も文哉は嫌っている。何が人生楽しくて生きているのかわからないから。大学からアパート暮らし。今までに1回しか家に帰ったことが無い。

 そんな文哉のところに、突然知らない男から電話がある。文哉の父親が亡くなったと。
そして遺体のあるのは南房総の病院。そこに、北海道に住んでいる姉と南房総にゆき、火葬して、遺骨を引き取る。それから少しして、遺品整理を家でする。

 その時、文哉に電話してきたカズさんに行き会う。

 カズさんの家は、南房総で民宿をしていて、父親は学生時代、仲間と一緒に、カズさんの家によく来て、サーフィンや海釣りをしていた。大学を卒業した父親は、不動産会社に就職。そして、娘と息子を育て上げ、30年ぶりにカズさんの村にやってくる。

 「子供を育てあげたから、これからはやりたいことをやる。」と。そして古くなった村の公会堂を買い取り、そこを終の棲家として暮らしはじめる。仕事は便利屋。村にある別荘の管理と、一人暮らしの老人の買い物をしてあげたり、家の修繕をして、収入を得る。そして、大好きなサーフィンと釣りを毎日楽しむ。

 別荘の住人や村の人達に大感謝されていた。
父親を偲ぶ会が行われる。30人くらいが集まると予想されたが、その倍以上の人が集まる。

 あんな不愛想で生きているかわからないような父親が見事な人生を実現している。
それを知った、失業中の文哉は、カズさんから釣りとサーフィンを教わりはじめた。

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星新一    「夜のかくれんぼ」(新潮文庫)

 短編およびショート、ショート集。

近い将来の世界では争いごとの心配は全くなく、平和で幸せな世界が広がっている。これもすべてコンピューターのおかげ。すべての指示はコンピューターによってなされ、人間はその指示により、忠実に働き、暮らす。

 仲睦まじい夫婦にコンピューターから手紙が届く。

「あなたがたは性格が不一致です。このままではやがて破局を迎えます。衝撃を少なくするためにも、今すぐ離婚しなさい。」
「わたしたちお似合いの夫婦でうまくいっていると思っていたけど、間違いだったんだね。」
「コンピューターが知らせてきたんだから、そうなんでしょうね。せつない気もするが、コンピューターは正しいのだから、仕方ないわね、わかれましょう。あなたいい人みつけて再婚して。しあわせ祈っているわ。」
「おまえもな。じゃあさようなら。」

 これが、エフ博士は気に入らない。そこでコンピューターから解放される菌の開発を行い成功。

 これは、コンピューター機能を破壊するのではなく、部品に菌を付着させ、それがだんだん伝染してコンピューターをダメにする方法である。

 これでコンピューター支配から脱却するぞとエフ博士が宣言する。

そんなエフ博士のところに、コンピューターから手紙が届く。
「コンピューターから指示が届くと、ありがたくて涙を流してしまう菌を開発してください。」と。
 エフ博士は、重要なコンピューターからの指示だと、喜々として開発に着手する。

収録されている「勝負」という作品より。皮肉が効いている。

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星新一   「ブランコの向こうで」(新潮文庫)

 主人公の僕が入ってしまった不思議な世界。連作短編集。

ある日の学校からの帰り道、主人公の僕は、もうひとりの僕に出合う。その僕についていって知らない家に入ると、そこから僕は出られなくなる。見たことのない風景が広がる。そこから僕の不思議な、旅が始まる。色んな人が眠ったときにみている夢の中に入ってしまう。面白いのが、夢の中で、その人が寝てしまうと、その人の現実に生きている世界にはいる。

 会社時代は常に悩みを抱えていて、眠れない日も多くあった。退職して自由になったから、眠れない日は殆ど無くなった。眠りにはいる時は、とんでもない大富豪になった自分を想像している。この作品集の中で「皇帝ばんざい」が印象に残った。

 僕は城のバルコニーにいた。城の広場には、多くの群衆がいた。そのうち皇帝がバルコニーに登場した。群衆は大声で「皇帝バンザイ」と叫ぶ。そこに、50歳くらいの男が、引きずり出されてくる。その男に皇帝が言う。

「こいつは、いばりちらし、よくばりで、人間性がなく、うすぎたなく、いじわるで、だらしなく、悪いやつだ。わしに謝れ。」と。

 男が土下座して謝る。すると、皇帝は「悪いことを認めた。明日みんなの前で処刑する。」と宣言する。群衆は「害虫は殺せ、殺せ」と叫ぶ。

 皇帝は部屋に戻り、眠りにつく。すると、バルコニーにいた皇帝の世界が現実の世界に転換する。

そこは、古くてぼろいアパートの一室。その一室で、酒を昼間からあおり、家賃を大家から督促されている、みじめなショボクレおじさんがいる。世の中から見捨てられたおじさん。それは、かの皇帝だった。皇帝になった夢を見ていたショボクレおじさんが嘆く。

「おれがこんなにみじめになったのは、勤めていた会社のせい。ばかだ、ダメ人間だと毎日言われ、罵声をあび、会社を追われ、それから、全く仕事が見つからないせいだ。」

ショボクレおじさんの目の前には新聞がある。大成功した会社の社長の記事が載っている。
 その会社の社長は、皇帝の処刑を待っている50歳くらいの男だった。

皇帝を夢に見ている、ショボクレおじさんの気持ちが痛い。

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| 古本読書日記 | 06:19 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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大沢在昌    「魔女の盟約」(文春文庫)

 祖母により売春婦として地獄島に売られた、主人公の水原。売春組織を破壊して韓国釜山に逃げる。そこに現れた中国上海の女性警察官に救出され上海に行く。

 助けた、上海の女性警察官の名は白理。

 実は白理は、黄というマフィアのボスに、子どもと夫を殺され、その復讐を遂げるため、黄を探す。それに主人公水原が加わる。

 最初の韓国を舞台にした部分は、物語の動きが少なく、少しダラけるが、黄探しのために行った上海から最後日本にやってくるまでの物語は変転し、激しく動き面白い。

 大沢作品にはめずらしく、中国上海がリアルに描けている。大分突っ込んだ調査に基づいてこの作品は作られていると感じた。

 中国は漢民族が大多数を占めるが、実は何と55の少数民族が居住している他民族国家である。いくつにも別れて存在していた少数民族国家を侵略して、現在の中国に組み入れ現在の中国がある。そんな中国について大沢は書く。

「中国では、民族が違えば、考え方も生き方もちがうと思うのが当たり前。ちがう民族の考え方を押し付けたら争いになる。中国の歴史には、そういう戦争がいくつもあった。そのたびに何万という人が死んだ。共産主義で無かったら、中国はバラバラになっている。ソビエト連邦が、共産主義を捨ててバラバラになったように、中国もバラバラになるよ。バラバラになったら、強い国が弱い国を支配する。今は、中国人はみんな一緒。でも、そうなったら、弱い国の人間は、強い国の奴隷になる。そして戦争が起きる。」

 この作品は2008年の国際情勢を背景に書かれている。しかし、私たちはこの指摘されている状態の混乱と戦争をロシアとウクライナで目の当たりにしている。

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司馬遼太郎  「義経」(下)(文春文庫)

 下巻は、有名な一の谷の戦い、八島の戦い、そして平家が滅亡する壇ノ浦の戦いを詳細に描く。義経と平家の戦いである。

 義経は戦いについては、戦術を綿密にたててのぞむ。戦術を立てて戦う、史上初めての武士だ。それまでの戦いは、個人同士が自らを名乗って戦う、個人の戦いだった。義経は個人の戦いを集団の戦いに変化させた。

 驚くのだが、頼朝は殆ど戦をしていない。平家との戦いも義経が行い、頼朝は鎌倉にいすわり続けた。それから義経は、平家を打ち破ったということで、日本最初のアイドルスターになった。京都で通りを歩くたびに、多くの女性が群がった。その人気はすさまじかった。

 これが、頼朝の警戒心を煽った。このままにすれば、やがて義経は自分を襲い、天下を取ってしまうのではないかと。更に、義経は後白河法皇から、冠位を賜る。通常冠位は、武士の頭領が、天皇、上皇に上奏して授けられるものなのに、義経は直接上皇より授けられる。これが、義経、頼朝兄弟の完全な対立の原因となった。

 それにしても、頼朝も配下の武士からの人気が無かった。義経を討つために、2000人にも及ぶ武士から、参集する武士を募った。しかし集まったのはたった50騎。

 ところが、義経ももっと集まらなかった。頼朝は、義経を京都から追い出し、義経は行き場をなくし、育った奥州平泉に逃げ、そこで自害する。

 最近は、気楽に読めるから、ハードボイルドや警察小説を読む機会が多い。
そんな小説の多くでは、悪の権化として政治家や、中国マフィアや暴力団が自明のこととして登場する。

 その政治家が何をしているため、悪なのか。マフィアと暴力団が、具体的に何を争っているのか説明がなく、派手な戦いをしても、モヤモヤ感が増すばかりで、納得いかない小説が殆ど。

 それに比べ、この作品もそうなのだが、司馬さんは、事態の背景、登場人物の心情風景を丁寧に説明する。正直しつこいくらいに。

 この丁寧さが読んでいて、深い感動を呼ぶ。

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司馬遼太郎    「義経」(上)(文春文庫)

 源義経の生涯を描く。

義経が京都で生まれた時、父親義朝は保元平治の乱で平家に敗れ、殺害される。兄頼朝は、伊豆に流刑され、義経は奥州平泉の藤原氏に預けられる。

 その後、頼朝が関東の武士の支持を背景に、平家を富士川で迎え撃ち、平家は戦わずして遁走、この戦いに義経は奥州よりはせ参じる。

 頼朝はその後、東国の統治に力を注ぎ、関東全域を支配下にする。この時、木曽義仲が信州、北陸を抑え、上洛の機会を狙っていた。倶利伽羅峠の戦いで義仲は平氏を破り、更に、平氏は京都を一時的に去り、義仲が京都を支配する。

 しかし義仲と配下の武士は、市中で乱暴狼藉を繰り返し、京都は阿鼻叫喚の状態に陥る。たまりかねた上皇は、頼朝に義仲討伐を命じる。この頼朝に義経も加わり、義仲を討ちとった、宇治川の戦い、粟津の戦いまでが上巻で描かれる。

 全く義経については知らなかった。義経の母親は常盤御前。名前からして高貴の身分の出だと思っていたが、この作品で、市中一般に住む身分の低い娘で、公家の雑士女として仕えていた女性。そうか、義経の悲劇のもとはこんなところにもあったのだ。

 頼朝の妻は、頼朝が流罪された伊豆で、頼朝の監視役をしていた伊東祐親の三女八重姫。この八重姫が、祐親が留守の間に頼朝と結ばれていたことに激怒して、八重姫を別れさせ、別の男のところへ嫁にやる。

 その次の妻が有名な女帝北条政子。北条家は伊豆の豪族。しかし、平家の系統。この北条家を配下にしたい。それで前出の伊東祐親を通じ、北条家から嫁を迎えようとする。

 頼朝は北条家の娘は欲しいが、その美醜から長女政子ではなく、次女が欲しかった。しかし、祐親は、頼朝のためには政子をもらうべきと考えた。それで、何と頼朝の次女へのラブレターを次女ではなく政子に渡す。その晩頼朝は指定された寝屋に行く。そこには次女ではなく政子がいて驚愕する。しかし、政子は懸命に頼朝に仕える。更に政子はとどめを刺すために、次の夜に自ら頼朝の寝屋に訪れる。

 司馬さんは、何かの史料によってこんなことを書いたのか。それはないだろう。司馬さんの創作だろう。それにしても、大胆な創作だ。

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葉室麟    「いのちなりけり」(文春文庫)

 好みの問題だけど、私はこの作品のような物語が好きだ。政略結婚させられてしまった2人。本当は相思相愛なのだろうが、事情があり別れ、その後2人は歴史の波に飲まれ、波乱万丈の人生を歩む。しかし、離れている間の17年間に、2人は互いに愛していることに気付く。そして、心はどんどん近くなる。美しい純愛物語。

 佐賀鍋島藩の支藩の一つ、小城藩の重臣で、龍造寺家庶流の天源寺刑部の才色兼備の娘咲弥、夫と死に別れ、主人公で、馬乗士70石の部屋住み雨宮蔵人と結婚する。しかし咲弥はまだ夫が亡くなり短いこともあり、結婚に確信が持てない。

 そこで床入りの時、咲弥が蔵人に言う。
「あなたの心を表す、最も大切な歌を教えてください。」
しかし、歌の素養など全く無い蔵人は答えられない。それ以降2人は寝所に近付くことはなかった。

 その後、島原の乱で生まれた小城藩藩主元武と咲弥の父親刑部との確執が表面化。元武は蔵人に刑部を始末するように命じる。刑部は蔵人の舅である。そして刑部は蔵人に殺害される。

 その後、蔵人は藩の禁を破り脱藩して、京都に行き、古今集を始め和歌の探究にいそしむ。
一方、咲弥は水戸光圀に預けられ、その美貌と博識により奥女中となる。

光圀に誰か好きな人はいるかと咲弥は問われ、いますと答える。恋人かと聞かれ、きっぱりと咲弥は言う。「夫です。」と。父親が蔵人に殺されてでも。

 この先、咲弥と蔵人は再会を果たすが、そこに鍋島藩からの討手がやってくる。そこで討手との対決に勝利した蔵人が咲弥に一番好きな歌を読み上げる。その姿が美しい。
しかし、まだ、この物語では2人は結ばれていない。

 この作品3部作になっていて、次作に続く。

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