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2022年02月 | ARCHIVE-SELECT | 2022年04月

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堂場瞬一   「グレイ」 (集英社文庫)

 東京の大学にはいり2年生になった波田はアルバイトで生活費を稼いでいた。肉体を使うバイトを中心に行ってきたが、重労働のわりに、バイト料が安く、もっと稼げるバイトはないか探していた。そんな時、アンケート調査で日当10000円(小説は1980年代前半)の割高のバイトの募集案内を見つける。そこでそのバイトに採用され、アンケート調査をする。

 このアンケートの多くは企業から依頼され、企業はその調査結果を参考に新商品を開発する。ここで、波田は目覚ましい活躍をして、調査会社の社長北川から契約社員として雇われる。

 そしてある日、山養商事という会社を向かいのビルから視察。その会社からでてきた顧客に、商事会社ではどんな会話がなされたか、調査する仕事をする。その調査の途中で、波田は」何者かにより、殴打され気を失い縛られ投げ出される。

 ここから物語は、スピード感が増し、次々流転する。

 実は、この調査会社、企業からの依頼調査の他に、老人の一人暮らしや、夫婦だけの人を対象に調査して、その内容を、詐欺商法をしている組織に販売し、大きな金を稼いでいた。

 波田は、傷つけられ、危ない橋をわたりながら、その黒い商法の真相を追求する。そして最後にこの商法の影の親玉、民自党の政調会長梅木まで到達する。

 結構この作品面白いなと思って読んだが、民自党の政調会長が登場したところで、白ける。

いくら民自党の政調会長が黒幕であっても、軽々にそれが暴露されるとは思われない、とにかく、不正の裏には、政界大物がいるというステレオタイプの安直な発想。その不正がどういうからくりで、大物政治家につながったか。そこを丹念に暴かないと白ける。政調会長の登場で急に作品が安っぽくなってしまった。

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高嶋哲夫    「M8」(集英社文庫))

 この作品は、2つのテーマから書かれている。

例えば南海トラフ大地震は、100年から150年の周期で起きていること、そして平時からプレート境界面がゆっくりすべるという現象が起きていて、このゆっくりが急にすべる速度の変化があれば地震が発生する。それは必ず起きることで、例えば今後30年の間に50%は大地震が起こるという予測くらしかできなくて、いつ発生するかは不明ということに現在の技術ではなっている。同じように東京都直下型地震の発生日も予測不能。

 地震発生日は、プレートの動き、現象を観察しながら予測をたててゆく方法と、幾つかのプレートの動きをスーパーコンピューターを使いシュミレーションを行い予測する方法がある。

 しかし、コンピューターシュミレーションは阪神淡路大震災の発生日予測を大きくはずれたため、学会ではこの方法は異端扱いとなっている。

 しかしスーパーコンピューターの性能は当時より格段にあがっている。作品の主人公瀬戸口はスーパーコンピューターによる地震発生予測を追求している。

 その方法で学会とのせめぎあいがこの作品の一つのテーマ。

そして瀬戸口は、実際の日は作品には書かれていないが、ある日の午後1時に東京直下型大地震が発生すると予測し、漆原東京都知事に備えるよう進言する。漆原都知事は疑念を抱いたが、演習というかたちで対応を指示する。1時になっても地震は発生しなかったが、何と1時20分に大地震は発生する。

 もう一つのテーマは地震により、どんなことが発生し、それに対し行政や人々がどんな対応をしたのか、発生後2日間を300ページ近くを費やし詳細に描く。作者の執念には驚嘆する。

 そして最後、諏訪内総理に語らせる。
「地震は一瞬にして起こる。その一瞬で何万人が亡くなり、多くの家が倒壊し焼ける。人々は行き場を失って途方に暮れる。我々はこの一瞬のために、もっと税金を使うべきだった。一万人の死傷者を10分の1、100分の1に減らす、親を亡くした子、子を亡くした親を最小限にするためにもっと時間と金を費やすべきだった。それが真の政治というものだ。」

 重い言葉だけど、地震対応は漂にはつながらない。いつ起こるかわからないから。確実な予測ができるための科学技術の進歩が待たれる。

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望月諒子   「神の手」(集英社文庫)

  デビュー作。推理小説として、サスペンスとして、最高傑作と森村誠一、大森望が大絶賛している。

小説専門誌の編集長三村のもとへ、来生恭子という名前の女性の小説が、高岡真紀という名前の女性から送り付けられる。しかし調べると来生という作家志望の女性は失踪していて行方不明。それに全く関係ないように思える、男児誘拐事件が起きる。

 これらの事件に、雑誌フリー記者の木部美智子が挑む。

拉致された男児は小説家来生恭子によって殺される。殺した後の処理が彼女の小説に描かれる。

「死が始まっている。
 彼女がわたしを解体し始めている。
 わたしは刻一刻と人であった記憶を失っていくのだろう。そして生への執着を。
 彼らがそれを見ている。
 両側の多くの目がそれをじっと見届けている。」

最近は世の中がいやになり、無差別殺人を起こす人間が時々でてくる。彼らの動機は、自分は死にたい。たくさんの人を殺せば、国によって殺してもらえるからと言う。

同じ小説に描かれる。
「わたしは今、あらゆる思いから引き離されて、疼く本能を抱えた骨一本となって、ここに 破滅する。」
死ぬことを切望する。その過程に満足と陶酔がある。

それをぞっとする表現で描く。サスペンス、ミステリーというより完全にホラー作品だ。

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堂場瞬一    「蛮政の秋」(集英社文庫)

 メディア3部作の2作目。この後「社長室の冬」に続く。

この作品は、ネットメディアにおされて、新聞の凋落が始まり、このままでは新聞がなくなるのではということが物語の背景になっている。

 大手新聞社は政治家と組み、メディア議連を組織、下等な情報、スキャンダラスの情報などネットが流す情報を規制することを目指す。一方、日本の大手ネットビジネス会社は、ネット議連の議員にお金を配り、規制反対に寝返るようお願いする。

 この大手新聞社と政治権力の癒着、違法献金を追求解明し、表ざたにしようと、主人公の新聞記者南と野党の論客富永代議士が活躍する姿を描く。

 しかし本当に新聞はなくなるだろうか。確かに幾つかの新聞社は経営が行き詰まり、無くなる会社もあるかもしれない。年寄りのせいかもしれないが、新聞が消滅するとはどうしても思えない。

 新聞とネットでは盛り上がる情報が全く異なる。新聞は、ウクライナ問題、コロナ感染などが主記事となるが、もちろんネットでも新聞と同様な記事は掲載されるが、話題になるのは、立憲民主のCLP問題や、東京新聞の望月記者を描いた映画「新聞記者」などスキャンダラスの話題が中心。

 私は、朝日、東京、産経を購読している。産経がCLP, 「新聞記者」を少し取り上げていたように記憶しているが、朝日、東京は全く記事、話題にしていない。

 ネットと新聞では随分読み手の関心が違うものだと思った。
では、新聞がすべてデジタル化したらどうなるのか。

新聞の収入は、新聞販売数と広告による。デジタルでの収入は、記事購読に対する課金と広告料で賄うことになる。それから、新聞にはさまるチラシもばかにならない。

しかし、今の物理的新聞に掲載する広告料と同じ広告料は取れないだろうし、この作品でも書いてあるが、もし課金を実施すれば、購読者数は大幅に減るだろう。そんな媒体に広告を載せる企業が多くあるとは思えない。

 新聞とネットは掲載する情報の内容をすみ分けて生き残っていくだろうと思う。

 それにしても、堂場は多作すぎる。この作品も内容は薄い。

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| 古本読書日記 | 05:45 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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真保裕一   「ダブル・フォールト」(集英社文庫)

 町工場を経営している戸三田宗介が金融業者成瀬隆二を彼の事務所で刺殺する。その時事務所には成瀬以外は誰もおらず、目撃者もないし、付近を聞き込みしても、異常なことがあったなどの証言は何もない。そして、戸三田はそのまま事務所から逃亡するが一夜あけた朝、最寄りの交番に駆け込み自首する。

 この殺害犯の弁護を高階法律事務所に戸三田の家族が依頼する。所長の高階はこの弁護を主人公新米弁護士本條務に担当させる。

 殺人は、懲役10年以上、死刑まではいかないが無期の刑となることが多い。
高階は、殺された成瀬の過去と現在を徹底的に調べ、成瀬の方が戸三田より凶暴で、悪辣であることを暴けと本條に指示する。

 なるほどと思ったのは、裁判過程。
高階は、凶暴な成瀬が最初、戸三田を襲ってきた。それを避けるために戸三田が刺殺。正当防衛だったと主張。たとえ正当防衛ではないにしても、過失致死で殺人ではないと主張する。

そして、裁判は、検察の殺人の主張にもその証拠はないため、結局殺人の決め手なしということで過失致死として刑期3年の判決言い渡される。

 へえ、こんな主張があるのだ。大概は10年以上の実刑になるのに。面白い。

しかし、物語はここからで、本当に過失致死だったのか。ここから、成瀬の娘香菜が一人で調査を開始する。この行動に新米弁護士本條が巻き込まれる。

 そして、それは香菜には切ない真実となったが、戸三田は意志を持って成瀬を殺害したことを突き止める。執念が真実に至る。
 真実がわかったのに、何故それが香菜にとって切ないことになるのかは本を手にとって確認して欲しい。
 なかなか読み応えのあるミステリーだった。

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| 古本読書日記 | 06:22 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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小杉健治    「最終鑑定」(集英社文庫)

 主人公の江崎伸介は、帝都大学法医学部の助教授だったが、我が国の法医学の権威嵯峨教授に逆らい、大学から追放され、クラブの女性のヒモのような暮らしをしていた。

 ある日、布施源蔵のアパートで源蔵の妻幾重が死体になってみつかる。部屋の鍵はかかっていたままで外から誰か侵入した形跡はない。源蔵が殺害したのではと警察は疑ったが、源蔵が首をしめた痕跡が無い。幾重は生まれつき心臓が弱く突発性心筋症という難病を患っていた。源蔵は朝起きたらすでに妻は死んでいて自然死と主張、しかし警察は殺しと判断、
源蔵を責め立て、自白に追い込む。

 精神鑑定というのは、鑑定する医師により、結果が異なることはしばしばある。物理的な死因は、法医学の医師により明白にわかるものだと思っていたが、医師により、鑑定が異なり、死因の特定が法廷で争われることがあることをこの作品で知った。

 鑑定は検察が選んだ鑑定人は、警察よりの鑑定を提出するし、弁護人推薦の鑑定人は被疑者の立場にたった鑑定書を法廷に提出する。

 嵯峨教授は法廷医学の権威で、自分のだす鑑定書は無謬であり、彼の鑑定内容を批判したり、疑問をはさむことは許さず、批判者は、学会から追放された。

 その被害にあい、無職となった江崎は、幾重死事件鑑定に権威者嵯峨をひっぱりだし、彼の鑑定を別の弁護側の鑑定医に否定させ、嵯峨の権威をズタズタにし、嵯峨の人生を破壊しようと目論む。

 そして結局検察からは嵯峨の鑑定を含め2つの鑑定書が提出され、同じく弁護側からも2つの鑑定書が提出されたが、いずれの鑑定書も死因の決め手を欠き、死因不明により源蔵は無罪となる。

 作品は料亭の女性、高級クラブの女性がからみあう。小杉はこの絡み合いを多くのページを割いて描く。
 私にはそこが、読んでいてうるさく、あまり集中できなかった。この女性とのからみは小説の半分くらいでよかったのではと思った。緊迫感が薄れる。

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篠田節子   「介護のうしろから『がん』が来た!」(集英社文庫)

 篠田さんの母親は90歳半ば、認知症が進行して、家で篠田さん介護をしていたが、とても手に負えず、老健に入所になる。

 それからが大変だった、家での介護から解放されやれやれと思っていたところ、篠田さん自身の乳がんが発見される。ステージ1と2の中間くらいのガン。乳ガンには温存という手法と完全削除とその後再建という方法がある。

 篠田さんは、入院した聖路加病院の医師のサジェスションに従い削除、再建方法を選択する。再建というのは、形成外科によりなされ、シリコンなどを使い、外形上乳房を作るという手術。この手術で驚いたが、乳輪は刺青により作るそうだ。

 篠田さんのすごいのは、この時「鏡の背面」を執筆中。聖路加は入院部屋が全部個室で一泊3万円もかかる。それで病院の近くのビジネスホテルに泊まり、手術に備えるのだが、手術直前まで「鏡の背面」を執筆。手術直後でも「鏡の背面」を校正最終仕上げをして完成させた。

 この作品私も読んだが。児童保護施設の施設長に、勤める女性が施設長になりかわり、施設をのっとろうとする。
その女性は施設長に完全になりきるため、アパートの一室を借り、鏡を使い表情しゃべりだけでなく、心の中まで、施設長になるため、強烈な訓練を毎晩する。

その場面は鬼気に迫り鳥肌が立つほど、強烈。え~えあんなすごい小説をガンと闘病手術直前、直後に書いていたのか。全く他の作家ではありえない。

 文学賞で芥川、直木賞はどちらかというとこれからの活躍を期待する賞だ。文学界では吉川英治賞をとれば名作家と称される。篠田さんは「鏡の背面」で吉川英治賞を受賞している。

 病気の部位が違うから単純比較はできないが、私も20日前に病院にかつぎこまれ緊急手術を受けた。

 篠田さんは手術後25日でタイに旦那さんと旅行にゆく。自費だからエコノミークラス。
それで、食事、泳ぎを満喫する。当然酒類も味わう。

 私も手術後2日で病院から追放されたが、やっと20日近くなって、食事が以前の8割ほど食べるまでに回復した。海外旅行などとても考えられない。老人になった所為か体力の回復がままならない。

 この本を読んで、今晩から缶ビールを飲んでみようかと思った。

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| 古本読書日記 | 06:35 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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今村夏子   「父と私の桜尾通り商店街」(角川文庫)

 表題作を含む7編が収録されている短編集。

今村さんの作品には、どこか一般にはなじめない変わった人物が主人公になる作品が多い。
普通そんな作品は、主人公は個性的だが魅力的で最後はその個性が輝き終わる作品が多いのだが、今村さんの作品は、その個性が変わりすぎていて、最後まで一般と交わることができなくて終わってしまう。

 主人公の私は、桜尾通り商店街の一角でお父さんと住み、パン屋をしている。店は商店街にあるのだが、商店街振興組合の会員としては認められていない。お母さんが、私が3歳のとき、振興会の組合長と不倫に陥り、失踪。そこから、組合員をお父さんは除名される。

 そんな中、商店街では完全にはぶせにされ、更にあのパン屋のパンにはねずみの糞が混じっているなどと風評がまきちらされ、パンの売れ行きもどんどん落ちている。

 たしかに鼠はいた。主人公の私が幼い頃、お父さんと夜寝ていると、天井を走り回る鼠の音がした。その走る音に合わせて、お父さんは鼠の競争の実況中継をしてくれた。

 私のお祖母さんは90歳半ばで健在。しかし今は殆ど寝たきり。そのお祖母さんの面倒をみなければならないため、お父さんは店を閉め、実家に帰ることにした。そして、今残っている材料を使い切ったら、店をたたむ。

 そんなある日、店を閉めようとしていたとき、女性の客に声をかけられる。女性はコッペパンを買ってくれたのだが、財布を忘れたという。私は残り物だから代金はいいですというが、女性は引き下がらない。

 そして翌日代金80円を持ってまた店にやってくる。そしてまたコッペパンを買う。コッペパンだけでは味が無いと思い、ジャムとバターを塗りこんで、女性にわたす。女性は「まあおいしい」と言って、店をでる。

 女性はそれから毎日同じ時間にやってくる。私はその都度色んなサンドイッチを作り女性に渡す。それから何日かたったある日、女性がやってきて、
 「実は今度花屋の隣にパン屋をだします。それでご挨拶と思い毎日やってきました」と。
 挨拶に来たと告白した日を最後に女性はやって来なくなった。

 そして私はしばらくして、その女性をみかける。その女性のあとをつけてゆくと、新装開店したパン屋に女性は入ってゆく。

 店のまわりには、小学生の集団がパンを買おうとしている。



私は「こっちの店にもおいしいパンがあるよ。」と集団に声をかける。すると小学生が、「もう店やめるだろう。」とか「鼠の糞がまじっているだろう。」と言い出す。

 しかしすぐ後、一人の子が「あの店のサンドイッチはおいしい」と叫んだのを皮切りに、皆が「お菓子もおいしい。」などと口々の叫ぶようになる。

 それで私は、「夕方5時においで。」という。5時に店で待ち合わせ。
あわてて私は店に帰り、お父さんにパンを作ってくれるようお願いする。しかしもうパンを作る材料が無い。私は、材料は今から私が買ってくる。しかしお父さんは「もう疲れて無理だ」と言う。

 そして5時。楽しみにしていた子供たちがやってくる。

ここで物語は終わる。この後どうなったかわからないが、それでもパン屋は愛されていたんだということがわかり、読んでいる私は少し微笑んだ。

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原田ひ香   「三千円の使い方」(中公文庫)

 この本、2,3日おきに、新聞の広告欄に今話題の本として宣伝がのる。本当にベストセラーになるくらいに売れているのかと疑問に思っていたところ、この前病院に行き、そこの小さな書店の売店にこの本が山のように積まれていた。

 なるほど売れているのだと思い、早速購入して読んでみた。
たった3千円で毎日をやりくりする、生活が厳しい女性の話かと思って読み始めたが、そんな雰囲気はなく、すこし面食らった。

 祖母琴子をはじめ母親智子、娘の真帆、美帆、御厨家3代にわたるそれぞれのお金の貯め方、使い方についてを中心に描いた物語だった。

 それにしても母智子が何となく切ない。

ガンになり、手術をして1週間の入院をする。そして退院の日。夫は仕事があるからと、娘2人も用事があるからと迎えに来ない。仕方なく友達の千さとに来てもらい、病室にある洋服など私物を家に智子とともに運んでもらう。

 夫は大手の会社に勤めているが、家に帰ると無言でテレビをつけ、黙々と智子の作った夕食をとり、家のことは一切しない。

 智子、退院した日くらい、家で身体を休めたい。しかし夕食を作らないといけない。病身をひきずるようにして、スーパーまで行き、食材を買って家に帰り、夕食を作り、食卓にならべる。

 夫は、それが当たり前のように、テレビをつけ、夕食を口に運ぶ。
智子は心底夫が憎いと感じる。

 友達の千さとも夫の不倫にあい、熟年離婚の手続が進行中。智子もだんだん離婚が現実味をおびてくる。

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加納朋子   「我ら荒野の七重奏」(集英社文庫)

 息子が中学生になって吹奏楽部にはいる。もう中学生になったのだから、それほど手はかからないと思っていた主人公の山田陽子。ところが吹奏楽部にはとてつもなく大変な「吹奏楽部親の会」があった。3年間の親の会での陽子の活躍、奮闘ぶりをユーモアたっぷりに描いた作品。

 冒頭からびっくりすることが描かれる。

吹奏楽部の晴れの舞台は年度末3月に開催される定期演奏会。当然学校でパイプ椅子を並べてなんてみすぼらしい場所での開催というわけにはいかない。場所は例年市民ホール。

 しかし年度末は、どの学校も色んな部の発表会、演奏会を市民ホールで行うため集中する。
市民ホールの予約は先着順。年度末の受付は8月から始まる。
 そのため、予約受付開始日の2日前からホール入口に並ぶ。これを親の会が担当する。もし予約がとれなかったということになれば、大騒ぎとなるからである。

 6月に親の会から通達があり、それに従い、都合がつく時間を申請して、それに基づいて親の会幹部が調整して各自の並ぶ当番の時間が決められる。並ぶのは3時間交代。
 ビニールシート、懐中電灯、パイプ椅子、寝袋、蚊取り線香などを用意して、夜中は並ぶ。

しかも4人単位。何も並ぶだけのために4人も必要ないのではと幹部に文句を言う。
すると幹部が答える。

「直前に都合が悪いと出られない方がいるので、どうしても余裕がいるんです。それに市民ホールは閉まっているのでトイレが使えません。それで公園のトイレを使うことになります。このトイレまで15分真っ暗のなかを歩きます。痴漢がでたり、暴漢に襲われる危険もあります。だから規定では5人となっていますが、今回は4人となります。」

 おまけに陽子の当番の時間に猛烈な雨が降ってくる。雨除けなど持ってきてないし、できる場所もない。場所を離れてしまうと、他の人達に取られてしまう。
 仕方ないからシートの下にもぐりこんで雨をよける。

ここから陽子のトホホぶりや、見違えるほどの奮闘が開始する。

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川上未映子    「愛の夢とか」(講談社文庫)

 谷崎潤一郎賞を受賞した短編集。
川上さんの書く文章は本当にすばらしく、ずっと印象に残る。

「三月の毛糸」という作品で、京都のホテルに泊まった若い夫婦。何もすることがない。そんなとき夫が窓枠に腰かけてぼんやり外を眺める。その時の表現。

「それから立ち上がって今度は窓枠に腰かけ、色々な物の境目が数秒ごとにあいまいになってゆく夕暮れの街をみおろしていた。」
これは、夕暮れに溶けてゆく街の風景が、本当に時間の移ろいがたった2行で的確に表現されている。見事だ。

 また別の短編。

 ある著名な小説家が亡くなったことが今朝の新聞にでていた。
その作家の作品は高校3年からつきあっていた雨宮君が大好きでいつも読んでいた。雨宮君とはよく植物園でデートした。その時も、その小説家の本を読んでいた。

 そんな雨宮君とは5年後に別れた。雨宮君は「好きな人に出合ってしまった。」と言った。
私は、「出会ったのはその人ではなくて私じゃなかったの。」とかみつくように言った。

 そして、別れても、その小説家が亡くなったら次の日、また植物園で会おうと約束した。

小説家が亡くなったのは別れて12年後。

 新聞報道の翌日、重い腰をあげて私は植物園に電車に乗ってでかけた。
植物園についたが、雨宮君はいなかった。先に来て帰ったかもしれない。それから2時間植物園で雨宮君を待った。しかし雨宮君はやってこなかった。

 植物園から駅までとぼとぼ歩いた。電車では疲れ切って眠気に襲われた。あと3駅で降りる。しかし眠気がすごい。寝たらどこに行ってしまうだろう。

 でも3駅目の駅で私は降りて、アパートまでの道を歩いて帰宅した。
植物園に出かけなければ、いつものようにアパートでぐだぐだと一人で過ごしただろう。

植物園は遠く、本当に疲れた。それにしても、私には長い一日だった。
 収録されている「日曜日はどこへ」より。印象深い作品だった。

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堀川アサコ  「定年就活 働きものがゆく」(角川文庫)

 60歳になった主人公の妙子。会社では、65歳まで働くことができるが、周りの女性社員からは陰でババアと毒づかれていたり、信頼していた上司が栄転になり、いやけがさして60歳で定年退職する。

 当然まだ働くつもりで就職活動する。

60歳過ぎて女性が再就職するのは相当大変だろう。この物語はその大変さを身に染みて味わう物語だろうと読者は想像する。ところがあにはからんや、会社は3つ受けるが何と2社で採用される。努力もする。医療事務の講座に通い資格もとる。この資格試験には満点で合格する。

 しかし受かった会社はどれも変な会社。一社は、会社でパソコンが、旧型が一台のみ。
しかも伝票の集計は、何とそろばん。そして、女性社員は当番でトイレ掃除をする。これに驚き妙子は一日で会社をやめる。
 まあ今時こんな会社はないと思うが。

落とされた1社が、医療事務資格満点で臨んだ、街の眼科医院。
当然、最も合格してもおかしくない職場。
何故不採用になったのか。実は採用されたのは、医療事務の講習にきていた若いピチピチの女の子。しかしこの子は講習には一回来たのみ。
そんな女の子を鼻の下をいっぱいのばして医院長が採用したのだ。

 街場の企業の採用基準はいい加減なところが多いし、やっぱし60歳を過ぎての再就職は厳しい。

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竹林七草 「お迎えに上がりました国土交通省国土政策局幽冥推進課5」(集英社文庫)

 国土を不法占拠する地縛霊を立ち退かせるための幽冥推進課の職員夕霞、課長はいるが、実質業務を遂行する人間は夕霞だけで、後は怪異のみ、その夕霞が活躍する、連作短編集。

最初に収録されている「いつまでも心配しなくていいんだよ」がよくできている。

 東日本大震災からの国土交通省の復興拠点の一つ、気仙沼事務所。そこの倉庫で怪異現象が起きているとの一報がはいり、夕霞と猫のオバケ百々鬼が向かう。

事務所では、こんなに忙しい時に何しに来たと一応小野寺課長が面倒をみることで担当にあてがわれたが、小野寺課長を含め完全に邪魔者扱い。仕方なく怪異現象が起きるという倉庫にゆく。

 そこには線の切れた電話機がある。そして毎日地震が起きた14時46分に電話が鳴る。その電話を取ると、「幸司ちゃんと休んでる?津波が来るよ。お父さんとお母さんが助けに行くから待っててよ」と菅原幸司君に声かける母親の電話だ。その電話は津波が来る15時50分に「にげてえ!」との母親の叫びで終わる。

 実は幸司君は地震の日の朝熱があり学校を休む。しかし午後には熱が下がり学校へ遊びに行く。そこで地震にあうが、先生の誘導で校舎の屋上に避難し津波の被害から逃れる。

 両親は何回も幸司は家にいると思って電話するがつながらない。そこで、心配になって避難していた高台から、家に向かう。その途中で、津波に遭遇し、流され亡くなる。

 両親が、異界から電話してくるのは、息子の幸司の生死はどうだったのか、母親の懸命の「逃げて!」の叫びは通じたのかを知りたいから。

夕霞は、幸司君が預けられていた祖父母の家から幸司君を見つけ出し、倉庫に連れてくる。
幸司君には生気が全く無かった。自分が母親から言われた通り家にいれば両親は死ななかった。両親が死んだのは自分の所為と悩み自殺未遂を繰り返していた。

 両親と電話をした幸司君。自分も死んで、両親の元に行きたいと訴える。
しかし両親は叱る。
 「今こちらにきても勘当する。ちゃんとしっかり生きて結婚して嫁さんと孫を見せに墓まできてくれ。」
 この両親の言葉に幸司君は立ち直る。

 ありきたりの作品だが、作者の真っすぐな気持ちが伝わってくる。

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恩田陸    「歩道橋シネマ」(新潮文庫)

 恩田さん得意の少しだけ現実を飛び越えたホラーの色合いが感じられる18話の短編集。

「悪い春」という作品が少し刺激的だった。

私の会社時代の上司はしょっちゅう今の若い者は就職する前に自衛隊に入隊させ、そこで社会生活の基本や規律、精神の強化をさせるべきと言っていた。

 日本でボランティアという言葉や活動が盛んになったのは、1995年阪神淡路大震災が起きてから。このボランティアという言葉に政府がとびつく。

 徴兵や自衛隊という言葉は、国民は拒否反応をしめす。それで政府は平和サポートボランティアという制度を創設する。平和サポートボランティアは、2年間志願兵としてボランティア活動をする。そうすれば多額の年金が支給される。だからボランティア志願の上限は50歳とする。

 しかも政府は民間企業と結託して、ボランティア活動を経験した人間を優先的に採用する。

 こんなことをすると、国民とくに子を持つ親が反対するかと思いきや、親は大企業への就職は確実になるし、子どもも社会人として一人前になり、しっかり者になるから、このボランティア制度を前向きに受け入れる。

 政府は、人気アイドルを動員して、中東への派兵ではなく派遣壮行会を大々的に行う。志願した若者も大喜び。もちろん彼らへの激励ソングもアイドルグループが熱唱する。

平和、ボランティア命名が人々を引き付ける。
恐ろしいことだ。そんな時代がやってきそうな気がする。 

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堂場瞬一   「社長室の冬」(集英社文庫)

 全国紙の一角である日本新報は、発行数が300万部を切り、このままでは倒産というところまで追い込まれていた。この窮状を打開するために、アメリカの有力ネット情報誌AMCに身売り交渉を社長の小寺が行っていた。

 ところがこの小寺が急死。その後任に新里がつき、引き続きAMCとの交渉にあたることになった。そして交渉の補助として、甲府支局の地方記者、誤報で失敗した主人公南が社長室に異動し、あたることになった。

 500ページにならんとする大長編。しかし、内容が上滑りで中身が薄い。つまらない作品で読むのが苦痛だった。

 まず発行部数300万まで落ち込むと、経営上どんなに数字の上で追い込まれ、更に部数が減少するとうなってしまうか明らかにしないと、大変だ、苦しいといくらたくさん書きこんでも、全くリアリティを感じない。

 更にAMCに身売りするということは、新聞発行は諦めて、ネット上での記事配信となる。それが時流のように描かれるが、そうなった場合、配信はどんな形となり、日本新報はどのようにして、利益を産み出し、それがどんな見通しになるか明らかにしないと、特に社員は納得できるものではないし、多くの利害関係者は反対する。

 新聞は時代遅れの紙発行では苦境は乗り切れないし、ネットでの発行は時代の趨勢であることは明白。だから、この点は当たり前のことだということを前提で物語は、そこが本当なのか全く掘り下げずに進行する。

 しかし、私にはその前提が正しいのか疑問がある。

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| 古本読書日記 | 06:04 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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小池真理子    「夜の寝覚め」(集英社文庫)

 そろそろ老年に入ろうかという中年の女性が、戸惑いながら、自分を無理に納得させながら、男との恋とセックスに溺れていく姿を描く6編の作品集。

 どの作品も似たような作品だが、しばしば読者を引き込みはっとさせる見事な表現があり、最後まで読者をひきつけたまま引っ張る。

 「花の散りぎわ」という作品で、主人公の千景が相手の士郎が送っていくというのを断る。
仕方なく、士郎は駅まで一緒に行こうという。その時の士郎の言葉。

 「しゃあないな。ほんなら駅まで送るわ。ついでに駅前のコンビニに寄って、ティッシュを買うてくる。ええこと、教えたろうかぁ。千景ちゃんと愛し合った後、千景ちゃんが、ぎょうさん使いはるから、うちのティッシュ、すぐになくなってしまうねんょ。」

 これは中年の恋でないと書けない。更に小池さんでないと書けない。

そして、この作品の中での、最高の表現。「旅の続き」という作品の中での主人公弓子の述懐。
「いったい自分は何人の男と寝てきたのか、と今も時折、弓子は考える。わけもなく裏寂しい夜などに、白い紙を出してきて寝た男の名を書きつけてみる。」

 これも、何となく書けそうな文章だが、小池さん以外の人では、書けない文章。
まったく溜息がでる。こんな文章にまたであいたくなって、しらずしらずのうちに小池さんの作品を手にとっている。

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| 古本読書日記 | 06:24 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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大橋歩    「日々が大切」(集英社文庫)

 大橋さんは著名なイラストレイター。「週刊平凡パンチ」の表紙のイラストを作成していたことで有名。

 作品は衣服や生活用品、その他雑貨など、大橋さんお気に入りの用品についての紹介エッセイ。私が一番疎い苦手なジャンルの作品集。果たして、世捨て人のような私の意識と交錯するようなエッセイはあるのか心配しながら手に取った。

 大橋さんは、早朝家の前の公園で、犬の散歩をする。私も、毎朝4時に起きて犬の散歩にでかける。大橋さんは、そのため午後10時半には床につくそうだ。世捨て人の私は何と20時過ぎには床につく。

 散歩、雨の日には大橋さんはゴム長靴を履くそうだ。ゴム長靴か。さすがに子供の頃は履いたが、大人になってからは殆ど履いたことはない。歩く道が、どんなところも舗装されていて、水たまりも少なく、水たまりがあってもよけて歩ける環境になっているからだ。

 小さい時は、雨降りのときは、必ずゴム長靴を履いて学校に行った。ちょっとした浅瀬に泥鰌がいて、ゴム長靴で水たまりに入って、泥鰌をとった。田植えにもしばしば履いた。

 小さい頃の普段着や学生服には、すべて継当てがあった。祖母や、母親が破れた衣服を年がら年中継当てを造っていた。正月やお盆が待ち遠しかった。その時だけ継当てのない衣服を着れたから。継当てのない服を一張羅と言った。

 少し前に身体を壊して入院をした。嫁さんにスリッパを持ってくるようにお願いしたらルームシューズというのを持ってきてくれた。驚いた、実に軽くて、履き心地が素晴らしかった。自分の家では、裸足かスリッパ。早速、ルームシューズを使おうと思っている。

 大橋さんは家ではルームシューズを使っている。これが履きくたびれて底に穴があいてしまった。それでもめげずに継当てをして使っているそうだ。何継当てして!。

 本の著者紹介欄をみたら大橋さん昭和15年生まれ。思わず納得。

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| 古本読書日記 | 06:21 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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澤田瞳子   「泣くな道真 大宰府の詩」(集英社文庫)

 菅原道真は大宰府に流罪となるまでは、右大臣。右大臣の上には天皇がいるだけで、政治の最高位にいた。しかし、時の左大臣藤原時平の策謀により失脚し、博多大宰府に飛ばされる。菅原道真は、日本人に学問の神様として崇拝されている。だから、たとえ飛ばされても、態度、風格もあり、大宰府にいても、立派な業績をたてたものと思っていたが、作者澤田さんは、道真は大宰府に赴任したとき、恐慌状態に陥っていて

  「おぬしら、甘言を弄して、わしをどこぞで謀殺するつもりじゃな。ええい、その手はくわぬ。放せ、放せ」の狼狽ぶり。それからは、あてがわれた部屋から一切出ず、引きこもり生活。とても、右大臣まで務めた人間とは思えない小心、いじけ男として道真を描く。ここが澤田さんらしいところ。

 この道真のお相手役となるのが、大宰府役所きっての怠け者龍野穂積。この穂積のどうしようもないぶりも面白いのだが、穂積を推薦した小野葛根の妹小野しず子、後の小野小町のいじけ腐った道真の尻をひっぱたき、ぐいぐい引っ張り上げる男勝りの姿が面白い。

 最後彼女のリードで、にっくき朝廷に意趣返しに成功。道真は蘇るがその直後小野しず子は大宰府を後にし、東北出羽の国に旅立つところもかっこいい。

 登場人物が実に個性的に生き生きと描かれてい、ユーモアも満載で本当に楽しい作品だった。

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| 古本読書日記 | 05:49 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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安東能明   「聖域捜査」(集英社文庫)

 寝転がって、気楽に本でも読もうかって時は、だいたい警察物を読む。受け身で読んでも、頭にはいりやすいから。すみません安東さん。そういうことだから、警察物の需要が多いのか、本当に警察物の本は多い。書店に行くと溢れかえっている。

 この作品の主人公は警視庁生活安全部の特別捜査隊を率いる40歳の結城警部。警視庁入庁以来、交通課と地域課を行ったり来たり。いつか捜査一課の刑事となり事件捜査をしたいと思っているのだが、生活安全部、風俗やダフ屋、万引きなどを取り締まる部門に勤務で事件捜査は殆ど行わない。それでも、腐らず、取り締まりのなかで事件が起きると、捜査一課の向こうを張って、捜査を行なおうと頑張っている。

 私の日課である犬の散歩の途中に、ゴミ屋敷があった。すごい屋敷で、ゴミに囲まれて外から中の様子は見えないし、玄関がどこなのかもよく見ないとわからないほど。家に入るには体を横向きにしてカニの横ばいのようにしないと入れないほどだった。ゴミ屋敷ができると、関係ない人までが、そこの屋敷にゴミを持ち込むなんてことがあり、近くの住民が弱っていた最近どういう経過があったのかしれないが、家は取り壊され、ゴミも撤去され更地となった。

 この作品にもゴミ屋敷が登場する。この屋敷には年老いて身体が不自由な女性と、その息子が住んでいた。

 徘徊老人がいる。徘徊老人というのは、むやみやたらに、あてもなく徘徊することはあまりなく、だいたい幼少の頃育った場所、あるいはそこに似た風景のところに行くことが多いと聞く。

 このゴミ屋敷に、老人ホームを飛び出して、2KMも歩いてしょっちゅうやってくる老婦人がいた。その時、必ず近くの畑からキャベツを獲り、そのキャベツをゴミ屋敷に放ってゆく。そしてそのキャベツからうじが沸いて、やがてうじがモンシロチョウになる。

 実は、徘徊老人の娘は、売春をしていて、ラブホテルで殺害される。遺体のあった場所には、ウジむしがわいて、たくさんのモンシロチョウが舞っていた。

 その殺人犯人にゴミ屋敷の息子が容疑者として上がったのだが、証拠不十分で逮捕されなかった。しかし母親である徘徊老人は、殺害犯人はゴミ屋敷の息子だということを知っていた。

 だから息子が捕まるまで、ゴミ屋敷往復を繰り返していた。

 その執念が、結城たちを動かし息子逮捕につながった。
 娘を思う、母親の強烈な執念を感じる、この作品集に収録されている「ゴミ屋敷」という作品。

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| 古本読書日記 | 06:01 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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酒井順子    「紫式部の欲望」(集英社文庫)

 「源氏物語」は日本文学史上最高傑作である。しかし読んだ人は少ないだろう。なにしろべらぼうに長いのである。54帖100万字もある。

 その大長編にエッセイストの酒井順子が古語辞典を片手に完読。そして「源氏物語」の真髄を面白く、わかりやすく解説しているのが本書。

 主人公の光源氏は王族の子孫。一説には藤原道長とも謂われ、紫式部はその恋人だったとも謂われている。
 光源氏は地位も権力もあり、美麗で女性がすがりつき抱かれたい憧れの男性。それゆえ女性は光源氏よりどりみどり。
 平安時代。女性は自分の姿を人前にさらさない。着るものは十二単で体形は全くわからないし、容貌は扇子で顔を隠しわからないようにしている。

 それに、寝屋は現在のように電灯がなく、真っ暗。娘を抱いているつもりで、実際はその母親を抱いていたりするなんてことがしばしば起こる。

 「源氏物語」がすべて、美女ばかりを源氏が抱いているのでは、平凡な物語になってしまうが、そこは天才女性作家紫式部、とんでもない醜女を登場させている。
それが末摘花。

 なにしろ、その前段で、男たちの間で「こんな女性」がいいと品定め談義をしている。
それは、「雑草がからみついて荒れ果てた門の中に、思いの他可愛い人が住んでいる。ぐっとくる」ということになり、光源氏も「ボロ家萌え」となり、あるボロ家に忍び込む。そこに待っていたのが末摘花。

 抱いているときはわからなかったが、翌朝シルエットをみて「ああみっともない」と嘆く。

その鼻が「普賢菩薩の乗り物とおぼゆ」と式部は表現する。
普賢菩薩は釈迦の脇で白象に乗っている。つまり彼女は象並みの鼻の持ち主だったのである。そしてさらに式部は書く。

 あきれるほど高く長い鼻の先は少し垂れて、そこがまた赤くなっていると。更に、それでも下のほうが長く見えるということは、相当に長い顔ということ。痩せて、肩のあたりは、着物の上からでも気の毒なほど痛そうに骨ばってみえる。

 更に女性というのは恐ろしい。酒井さんは末摘花について極めつけの言葉を発する。
我が国の文学史上最もブスな女性と。

 それに比べ男は優しい。
光源氏は、この末摘花を思いやり、生活面のこともこまめに思いやり、門番の衣服まで面倒をみてあげたそうだ。

 これだから光源氏は女性からもてる。

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| 古本読書日記 | 06:06 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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真保裕一   「脇坂副署長の長い一日」(集英社文庫)

 物語は深夜スクータの転倒事故から始まる、転倒現場にはスクータは残されているが、運転手がいない。スクータの所有者を調べると、持ち主は鈴木巡査部長の母親。母親に聞くと鈴木巡査部長が一人で運転して真夜中でていったという。更に主人公の脇坂副署長が警察の宿直室で就寝していると、息子の洋司が盛り場で喧嘩騒ぎに巻き込まれて負傷したとの報告がある。

 この事故事件が4年前の収賄事件の証拠紛失問題につながり、9年前のある事故死につながってゆく。そこには警察内部の派閥抗争があった。

 この小説のユニークなところは、事件は派閥抗争が背景がることを突き止めてゆくのが、この街の中学卒業生だった仲間が協力して行われるところ。もちろん並行して、主人公の脇坂も追及してゆくが・・・。

 しかも追求する元中学生のリーダー的役割を果たすのが、この街が生んだアイドル。このアイドルは、事件追求のため、警察署の一日署長に志願して街へ帰ってくる。

 発想はユニークなのだが、事件のもととなった収賄事件がどんな事件だったのか詳細が明らかにしていないため、何故アイドルや元中学生が真相を暴くために行動する肝心なところが迫真を持って描くことができていない。

 面白さ半分というところか。

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| 古本読書日記 | 05:54 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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大沢在昌    「烙印の森」(集英社文庫)

 芝浦の人気のない運河沿いにたたずむバー「ポット」。ここに集まるのは、元傭兵のマスターをはじめ裏稼業に携わる者ばかり。盗聴のプロ、ニューハーフのボディーガード、そして主人公の犯罪現場専門のカメラマン。

 主人公が犯罪現場撮影にこだわるのは、伝説の殺し屋フクロウの正体を暴くため。フクロウは殺人を行った現場に必ず戻ってくるといわれている。だから、現場に集まった野次馬たちの写真を撮り、フクロウの正体を暴くためだ。

 そして、ある日主人公はフクロウに狙われはじめる。

この作品は、変わったハードボイルド小説だ。
普通ハードボイルド小説は、ヒーローは私立探偵だったり、一匹狼の殺し屋だったりする。
もちろん彼らが人生の底辺を彷徨う存在になってしまった背景は簡単に小説で触れられるが、その背景は物語とは関係ないものになっている。

 ところが、この作品では、後半が少し過ぎたところから、何故主人公が犯罪現場専門のカメラマンになったのか、その人生を詳細に描く。まるで主人公の半生を描いている人生記になっている。ハードボイルドの色彩が殆ど消えてしまっている。

 しかしこの人生記がフクロウの正体を暴く鍵を握っていることになる。
ハードボイルドの影は薄いが、人生記としては味わいのある作品になっている。でも、大沢の他の小説とトーンが異なり、少し驚いた。

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| 古本読書日記 | 07:16 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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恩田陸   「上と外」(下)(幻冬舎文庫)

 この物語では、恩田さん得意のファンタジー、アドベンチャーワールドが縦横無尽に展開する。

何しろ、クーデターにより、ヘリコプターからジャングルに放り出され、獰猛なヒョウが王として君臨する「王の部屋」への侵入、そこで行われるマヤ儀式による成人式、そして王との対決、更に、大地震、火山の大噴火と次々大災厄が発生。

 この変化についてゆくためには、頭脳や目線が作者恩田さんと同じでなければ、起きていることが理解不能となる。

 さっと、物語の場面を読み次へ進むのだが、目の前の画面が頭に入っていないため、再度前に戻り、恩田さんに見えている画面を確認する。こんなことをやっていると、起伏の激しい、次々に展開してゆく作品のだいご味が伝わってこない。

 想像力、記憶力の衰えた自分には、こういう作品はもう無理のような気がしてきた。
読み終わって溜息しかでない作品だった。
 そして年老いたことに強い悲しさを感じた。

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| 古本読書日記 | 05:52 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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恩田陸    「上と外」(上)(幻冬舎文庫)

 不可思議な物語だ。考古学者の父親賢と別れて暮らす家族、母親千鶴子、主人公で長男連、その妹千華子。夏休みに父親賢の発掘調査をしている中米のG国に家族全員で過ごすためにやってくる。

 のっけから、この家族の冷たい関係が描かれる。妻千鶴子は愛し合っている恋人が東京にいる。だから一年ぶりに夫と会うのに、完全に冷え切った関係にある。そんなふしだらな母親と娘千華子は完全に憎しみあっている。

 千鶴子は離婚届を持ってきていて、夫賢に押印させる。しかも、娘千華子は、賢の子ではなく、今度千鶴子が結婚しようとしている男の子供であることが示唆される。つまり、錬と千華子は兄妹ではない。

 こんな複雑な家族が、よく一緒に過ごそうとG国までやってくるものだ。この家族関係だけで、大きな物語になる。

 こんな家族がチャーターしたヘリコプターが遺跡発掘現場に向かう。そこで、G国でクーデターが起こり、練、千華子はヘリコプターからジャングルに放りだされ、賢千鶴子夫妻はそのままヘリコプター基地にもどり拘束される。

 ここから放り出された、練と千華子の死闘のアドベンチャー物語が始まる。
面白いと思ったのは、こんな都会のもやしっ子が、とても厳しい環境にあるジャングルで生き抜いてはいけないだろうと想像するのだが、恩田さんは違うと書く。

 「不思議なもので、ジャングルを歩くのも4日目になると、身体がどんどんそれに順応してゆくのに気付く。
 まず平衡感覚が鋭くなる。最初はでこぼこした地面を歩くのに四苦八苦していたのに、足の裏も体も、傾斜や凹凸のある個所にいちいち抵抗を感じなくなり、無意識のうちに、身体の中心がぶれないようにバランスを取っている。目は正面を見ていても、勝手に足がひょいひょい木の根や石ころをよけるようになるのだ。・・・・
 また、皮膚感覚が敏感になる。これまでは背中の一部や首の後ろだけだったのが、今では身体の表面全体で周囲の情報を受けていることを実感する。まるで、自分の周囲が360度見えているような感じなのだ。」

 そうか、苛酷な環境に放り出されると、人間は本来持っていた動物の本能的なものが目覚めてくるのだ。
 恩田さんの持つ、深い洞察。感服した。

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| 古本読書日記 | 05:50 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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町田康    「湖畔の愛」(新潮文庫))

 ときに龍神が天翔る伝説がある九界湖の畔にたつ、今にも潰れそうな九界湖ホテル。個性的面々、支配人新町、フロント係美女あっちゃん、雑用係で少しい怪しいスカ爺がゆるゆるで客を迎える。そこで起こる破天荒な出来事を恋愛を織り交ぜて描く、笑いと恋の物語3話が収録されている。

 新入社員で社会人をスタートした時、最初の3年間は関西で過ごした。休みの時はよく花月劇場にでかけ演芸を楽しんだ。

 当時は、西川きよし、横山やすしを頂点に上方漫才が全盛の時代だった。上方漫才は、もちろん脚本はあっただろうが、横山やすしの演技は普通そんなことはしないだろうと思われるところまで演じるが、でもやすしだったらやるかもしれないと思わせる限界まで演じ、

その限界点での演技が面白く爆笑を誘い、劇場は沸きに沸いていた。その限界をとびぬけたありえない演技をしていたら白けて面白さはなかったろうと思った。

 偏見かもしれないが、この漫才と対照的だったのが吉本新喜劇だった。それは、リアルの限界を超えたしゃべくり、演技が目立ち私には殆ど面白さを感じなかった。

 この町田の作品は、吉本新喜劇を彷彿とさせる。

例えば、ライブハウスで歌うボーカル。
「その無の状態を陶然として聞きほれていると曲解したボーカルの女性はますます感情をこめて歌い上げ、感情が入るあまりついには嗚咽、号泣し、しかしそれでもやめないで涙、涙、涎を垂れ流して歌い続け・・・。」号泣までで止めておけばいいのにと思う。この大げさが関西、町田なのか。

 しかしシャープで笑いがいっぱいになる見事な部分もあった。3流大学である立脚大学演劇同好会が宿泊した時のあっちゃんの言葉がそれ。
 「だいたい立脚大学なんて聞いたことありますう?ないでしょ。要するに、卒業したことが逆に重い十字架になるようなFランクの大学なんですよ。就職なんて絶対ないんですよ。」

ぶったまげた。これは切れ味するどい表現だ。

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| 日記 | 05:51 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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誉田哲也    「あなたが愛した記憶」(集英社文庫)

 誉田は青春小説や警察小説、ミステリーと幅広いジャンルの小説を描く多彩な小説家である。彼のデビュー作は「妖の華」。紹介している作品は誉田が原点に回帰したホラーサスペンス作品である。

 興信所を営む主人公の曽根崎栄治の所に、高校3年生の民代がやってくる。そして、自分は栄治が昔愛していた真弓と栄治の間にできた娘だと言って、2人の行方不明の男を探してほしいと依頼する。栄治は、突然現れた娘と主張する女の子に対しうしろめたさもあり、その依頼を引き受ける。

 さらに、その時、2人の若い女性が殺される連続殺人事件が起きていた。手口は全く同じ。女性は拉致監禁され、犯人に犯され、女性が生理になると、殺されるという事件。

 人探しを依頼した女子高生は、行方不明の2人の男のうち1人が、女性殺しの犯人だという。

 実は、女性殺しの10年前、全く同じ手口の女性殺し事件が起きていた。その犯人は捕まり、刑務所に収監中に自殺した。だから同じ手口であっても、今起きている事件とは全く関係ないはず。

 ところが関係があるのだ。ここからホラーが始まる。人間には、生んだ母親や父親の記憶を持って生まれてくる人間がいる。つまり生まれた時に、頭の中にすでに両親のどちらかの記憶が存在しているということだ。

 10年前の拉致強姦事件の犯人が父親の息子として父親の拉致強盗の記憶を持って生まれてきたのだ。この父親が事件を起こした快感を持った息子が、今同じ事件を起こしていた。

 ホラーなのだから、それもありとは思うが、どうもしっくりこない感じが最後までつきまとう。やっぱりあり得ないミステリーの解決はどうしてもごまかされているのではと思ってしまう。

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| 古本読書日記 | 06:02 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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佐々木譲    「沈黙法廷」(新潮文庫)

 一人暮らしの老人が、殺害される。捜査線上に浮上したのが、山本美紀という個人で家事代行業をしている中年女性。そして、山本美紀の周辺では複数の60代男性の不審死が起きている。東京の隣県、埼玉で起きた不審死。状況証拠のみで山本美紀を警察は逮捕、検察は起訴、裁判に持ち込むが判決は無罪。管轄の東京赤羽署は、埼玉同様山本美紀を殺人で逮捕し裁判に持ち込む。そして、その時から、容疑者山本美紀は黙秘に転じる。

 長い、大長編、738ページにも及ぶ。正直内容は、それほど目新しいものでもなく、またこんなに長編になるような物語ではない。特に公判部分が全裁判にわたり、詳細に描かれる。この部分が不必要な部分まで、描かれ、更に捜査の過程で描かれた内容が、殆どコピペしたように、同じ文章でしつこいくらいに繰り返される。

 佐々木は、法廷をリアルに描きたかったのだろうが、そのくどさが緊張感を薄れさせてしまう。
 もっと内容を凝縮して、スリルとサスペンス溢れる小説にしてほしい。

法廷を丹念に描き、読者に提示したいという佐々木の誠実さは買うが、しまりのない同じような中身を繰り返し読む者には辛い。

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| 古本読書日記 | 06:11 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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篠田節子    「鏡の背面」(集英社文庫)

 薬物やDVなどで心的外傷を負った女性たちの収容施設で火災が起きる。そしてその施設の創設者で聖母、マザーテレサと称されていた小野尚子が焼死する。

 多くの人達がその死を悼む中、数か月後、警察がやってきて、焼死人は小野尚子と別人であることを施設に告げる。
 死人はだれか、小野悦子に取材のしたことがあるフリーライターの知佳が、ある身代わり事件を追ってきたライターの長島の導きにより真相を追求してゆく。

 この事件の鍵を握る女性として、半田明美という小劇団に所属する女優が登場する。

その半田明美が恐ろしい。女優を演じるのではない。例えば、セリフの無い通行人で出演する。通行人を演じない。身体すべてだけでなく、心まで通行人になりきるのである。人間全部が通行人そのものになるために、血のにじむような努力をする。

 半田明美の行動について篠田が描く。

「小野尚子になりきるために、四方に巡らせた鏡を使い、ビデオを見ながら、徹底して表情、所作、口調、言い回しを真似ただけでなく、その発想を把握し、小野尚子らしき受け答えを完璧に自分のものにする。そして小野尚子をよく知る者さえ騙し倒す。」

 ドッペルゲンガーは何かの拍子に、潜んでいる別の人格が表出するのだが、この小説の場合は、訓練と努力で、能動的に別人間を作り上げるのである。

 そんなことができるのかと驚愕する。小説の世界は妄想が縦横にかけめぐる。

それから、一般的に神は天に召しまし、人間を救いたもう者として存在なされると思われているが、この作品を読むと、神は小野尚子やマザーテレサの心のなかにいて、正しい行動をさせ、そのまま辛くとも、神を信じて前にすすめと励ましているように感じてくる。

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今野敏   「寮生-1971年函館―」(集英社文庫)

 主人公の僕は、道央の小さな港町の中学を卒業して、函館の全寮制の進学校、ここでは、著者今野が学んでいた名門函館ラサール高がモデルとなって思われるがーに入学、そして、一年生用の寮に入寮した。すると、入寮のわずか2日後に、2年生の寮生が、寮の屋上から転落死をとげる。

 実は、入寮時、2年生による、毎年の恒例行事である、新入寮生を指導する入魂会という行事が行われていた。そして、この入魂会を企画実行した2年生のうち必ず誰かが今年と同じように転落死するという伝統があった。事実昨年も今年の転落死と全く同じ事態が発生していた。

 この転落死事件の真相を、主人公の僕と仲間の寮生が追及する物語になっている。
著者今野の高校生時代1971年が色濃く反映している物語なのだが、どうしてかわからないのだが、全く高校生の香りが漂ってこない。

 南沙織の「17歳」、尾崎紀世彦の「また逢う日まで」からジャズの数々、サッカー部から男子校での茶道部まで、舞台では用意されているのだが、まったくそれらが融合せず、言葉だけが舞い散るという小説になっている。

 こんなリアリティのない、青春小説にはあまり遭遇したことはない。

また、途中から犯人らしい高校生があぶりだされてくるが、この高校生が犯人では、あまりに単純でひねりがないから、最後とんでもないどんでん返しがあるのかと思っていたら、そのままあぶりだされた高校生が犯人になり、あまりにもの平凡さに驚いてしまった。

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横溝正史   「扉の影の女」(角川文庫)

 西銀座クラブ モンパルナスのホステス、夏目加代子の訪問を金田一耕助は受ける。

一昨日の夜、仕事の帰り途中、人殺しの犯人とぶつかる。殺されたのはボクサー臼井銀哉。その白井を巡って恋敵になっていた江崎タマキ。このままでは犯人にされてしまう。江崎タマキを助けてほしいと。

 それで、名探偵金田一耕助の捜査と名推理が始まる。

他にも、交通事故にみせかけた殺人があったり、殺人場所に「叩けヨ ギン生 タマチャン」と書かれた紙きれが落とされていたり、殺害場所に遺体がなかったり、たくさんの怪しそうな人間が登場したり、同性愛者まで登場する。怪しさのてんこ盛り。
 登場人物の造型もいかにも怪しげで見事。誰が犯人だろうとわくわくしながら読み進む。

そして、最後の「運命の十字路」でいつものように金田一耕助が登場して名推理を披露する。
ところが、その推理では犯人は誰なのか示されない。
 そして最終章「蛇足」で犯人が判明する。
その犯人を知って驚く。犯人は作品の中に全く登場してないのである。
こんなのミステリーではあり得ない。横溝正史はおかしくなったのではないか。

 調べてみると、この作品を書いていたころ、横溝正史は大不調。作品を書く意欲がまったくなくなっていた。それで過去に発表した短編を加筆修正して、長編化をしていた。

 この作品も短編を長編化した作品だそうだ。

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| 古本読書日記 | 05:57 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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