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2021年07月 | ARCHIVE-SELECT | 2021年09月

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重松清     「ハレルヤ!」(新潮文庫)

 ここずっと重松作品は読んでいなかった。重松の初期の作品はユニークで面白かったが途中から、とにかく登場人物が安易に泣く作品ばかりになって、泣くことをもっと他の言葉で表現できないのかと怒りまくる自分がいることを認識して、重松から遠ざかった。

 少しは変わったかなと思い本作品を手に取ってみた。
この作品は重松の青春時代を反映している作品だった。物語の調子は以前の作品に似通っているが泣く場面は何とたった一か所だけだった。

 大学時代、大学祭にまだデビューしたてのロックグループRCサクセションを呼んだ。
こんなことを言うと、非難ごうごうとなるだろうが、全くその良さがわからなかった。
RCサクセションはロックの殿堂にその後なり、忌野清志郎が亡くなったときには4万人の葬儀参列者が集まり大きな話題となった。

 しかしRCサクセションは不思議なグループで大ヒット作品も無ければ、ヒットチャートをにぎわしたことも殆ど無い。どうしてこんなにファンがいたのか不思議でしょうがなかった。

 物語は大学時代、忌野清志郎を神と仰ぐ、5人の大学生が金管楽器をメインにバンドを組み、ライブハウスや学祭で演奏していたが、音楽の才能が際立っていたわけではないので、卒業後解散、そこでバラバラな人生を送る。それから23年後清志郎の死をきっかけに集まり、今の自分たちの状況、バンド時代の思い出、歩んできた道を語り合う内容。

 バンド時代は喧嘩もあったが、青春が輝き、未来も輝いていることを信じて疑わなかった。
しかし、人生の折り返し46歳の状況は、厳しい辛酸を舐める時代になった。

 全員は紹介しないが、ハクブンは財閥系の一流会社に就職。安泰と思っていたら、所属の部門が切り離され、別の会社と合併。そのとき課長だったがみるべき成果が無いといわれ、左遷を覚悟したのだが、今はどこも左遷ではすまない。簡単にクビ。今はアルバイトと夜間交通整理人でしのぐ生活。妻には愛想をつかされ離婚。

 キョウコは、子どもに恵まれなかったが、この年齢になって妊娠。しかも双子を出産。夫は会社に海外転勤を申し出て今はインドネシアに赴任。キョウコは夫は逃げたなと思う。
そして帰国しても自分の元には帰ってこないだろうと思っている。

 23年後、現実は厳しく重い。しかし、重松の物語だから、最後は未来に向かって頑張ろうというトーンで終わる。確かに人生40代半ばが一番苦しいし頑張りどころ。そんな人たちの応援歌になっているが、それでも、この5人の将来は厳しい。

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| 古本読書日記 | 06:21 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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三浦しをん    「ののはな通信」(角川文庫)

 ミッション系のお嬢様学園に通っている、ののとはなが高校時代に文通から始めた交際が20年後に終了するまでを描く大河小説。

 文通が始まったのは昭和59年、終了するのが2011年。小説は2人の交わす書簡メールで綴られる。
 前半は、「秘密の花園」川端康成の少女小説の雰囲気。ののとはなは文通を通じて、愛し合う関係になる。
 ここが高校時代のハイライト。

 与田という教師が登場。この与田が、上野という女生徒とたびたびホテルで愛し合う。与田は妻がいるが、この妻も教え子。この密会現場をののとはなが押さえ、ホテルに2人で入るところを写真にとる。しかし、これで何かがが始まることは無く、全く理解が不能なのだが、ののが与田を誘い同じホテルで密会する。しかも、この時の写真がネットで拡散。ののは停学を喰らうが、与田にはお咎めなし。与田のような悪者は、徹底的に厳しい制裁を加えてほしいと納得できないまま読み進む。結局与田はその後、系列の男子高校へ転勤。そこをやめ予備校講師になったことが、だいぶ物語が進んで明らかにされる。

 はなは当然ののとは愛を誓いあった仲なのに、裏切られたと怒り狂う。
そこは、何とか静まり、ののは東大へ、はなは私立女子大へと進学。2人の交流は続くが、今度ははなが外交官を紹介され、2人は結婚する。そして2人の愛の交流は一旦終了する。

 それから20年後、はなは大使夫人となってアフリカの小国ゾンダに夫と駐在。一方ののはフリーの雑誌記者になっている。ののは悦子さんという恋人と同棲している。

 この作品、前半は手紙の交換も女子高生らしく、純情と憧れがないまざって読み応え十分なのだが、20年後の後半がよくない。

 交換書簡体がメールに変わるが、全くメールらしくない。一つのメールが小説数ページにわたり、こんな長いメール交換はあまりない。しかも内容が、通常のしゃべりの交換でなく、小説や評論の文章になっていて、全くメールの実感が伴わない。

 無理やり、書簡体を通したため、現実から遊離してしまった。
頭で考えた文章をメール体に翻訳してほしかった。

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| 古本読書日記 | 05:58 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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米澤穂信    「本と鍵の季節」(集英社文庫)

 高校2年の図書委員コンビ、堀川次郎と松倉詩門が、事件の謎に迫る5編の作品集。

この作品集、単なるミステリーではなく、コンビの高校青春物語になっているのが特徴。
少し奇抜な物語構成になっているのが2編目の「ロックオンロッカー」。

堀川が、いつも行っている理容室に松倉を誘う。新規の客を紹介すると、理容代金が2人とも4割引きになるからだ。

 店に入ったのが、閉店時間近いこともあったが、客は堀川と松倉の2人だけ。それにしても客がその2人だけということは不思議だ。いつも、髪をカットしてくれる近藤という店員がやってきて挨拶してくれるが、それを遮るようにして、今まで話をしたことが無い 店長がやってきて、今日は店長自らがカットをしてくれると言う。

 そして、店長は「貴重品は、絶対にお手元においてください。」と袋を手渡ししてくれる。

更に不思議なのは、カットの途中で
「閉店時間が近付いていますので、申し訳ありませんがお会計をお願いします。」
いくら閉店時間を過ぎても、レジでの会計時間などわずか、すべてが終了してから会計してもいいのではと。
 しかし2人はカットの最中に会計を済ませる。

通常のミステリーは、事件が起きてから真相を追求するストーリー仕立てになる。
しかし、この物語は一向に事件が起きそうもない。どうなっているのだろうと首をかしげながら読み進む。

 ここから松倉の推理が始まる。

 この店デはロッカー盗難荒らしが最近起きている。それは、「貴重品はお手元に」というところをわざわざ「貴重品は絶対にお手元に」と言っている。しかも代金はカットの途中で払わせる。

 盗難の犯人は理容室のスタッフの中にいる。しかも店長はその犯人は近藤だと気が付いている。だから自らカットを店長がする。多分予約も全部断っていたが、堀川の予約は近藤が受けたために断れなかったのだろう。と。

 そして松倉が指摘していた通り、近藤がロッカー荒らしを行い、近藤は捕まる。

事件が最後に推理した通り起こる。逆のストーリー展開も確かに味わい深い。

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| 古本読書日記 | 06:42 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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須藤靖貴   「消えた大関」(PHP文芸文庫)

 外国人大関荒把米(アラバマ)は、大関で2場所連続優勝していて、横綱審議委員会に横綱昇進の諮問がなされていた。十分に横綱になる資格は十分だったが、外国人力士の横綱昇進に審議委員が難色を示し、横綱昇進は見送られた。

 それでも次の場所、優勝か、それに準じる成績を残せば、横綱昇進は間違いない。そんな場所で荒把米は前半に不可解な連敗をし、しかも場所中に失踪、失踪した先で殺し屋に襲われる。

 物語は、瑤子というスポーツ新聞記者が登場して、名推理を展開する。彼女の推理がすっきりしていて、素晴らしかったのに、その後色んな事件を起こさせ、本筋がぼやけ、締まりのないミステリーになってしまった。

 相撲でよくわからないのが、相撲の訓練の基本は四股を踏むこと。四股を踏むことを真剣に鍛錬をしろとよく言われるが、それほどに四股を踏む鍛錬が重要なのかが全くわからない。

 この物語で四股を踏む鍛錬が最も重要かについて書かれている。
「腿やふくらはぎを強化するなら、もっと有効なマシントレーニングもある。しかし相撲という競技は、土俵の外に出されるか、転んだら負けだ。自分の体重を下半身がしっかりとコントロールできることが最重要だ。四股を踏むとき、足一本に全体重がかかる。この不安定な姿勢を反復することで抜群の安定感が得られる。
 土俵際、投げの打ち合いになる。互いに片足を跳ね上げ、もう一本の足を踏ん張って相手を投げるわけだ。頭を下げ、片足を高く上げた状態から勝負になる。この姿勢が取れない力士はそれ以前に淘汰される。どんな不安定な体勢になっても片足で立っていられる訓練なんだ。その体勢からでも上半身の力をだせるんだ。」

 なるほどよくわかる。少し相撲がおもしろくなりそう。

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| 古本読書日記 | 06:36 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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七尾与史    「歯科女探偵」(実業之日本社文庫)

 現役歯科医である七尾が描く、歯科ミステリー連作集。

3篇の中編が収録されている。1篇目からだんだん盛り上がるスタイルで3篇目が本格ミステリーとなっている。3篇は形式上独立した物語になっているが、クライマックスの3篇目のための仕掛けが1,2編めにちりばめられており、1,2編目もおろそかに読んではならないようになっている。

 錦織早苗が経営する錦織デンタルクリニックは原宿表参道にある。錦織は歯科医だが、もう一人月城この葉が歯科医として勤務し、名探偵として活躍する。

 この葉の父親月城葉太郎は歯科医と同時に大学の法歯学医としても仕事をしている。
法歯学というのは、殺人事件など起きると、遺体を解剖することがたびたびあるが、その解剖を行うのが法医学で、その中で歯形や歯の並び、形状を分析するのが法歯学となる。

 主人公のこの葉は、ピアニストになることを目指していた。しかし13年前、父親葉太郎があるビルの階段から転落し死亡する。警察は事故死とする。更に、自宅が火事になり、この葉は逃げたが、母親は逃げ遅れ死亡する。この葉は、歯医者を経営する叔母さんの家で育てられる。この結果、この葉は、ピアニストを断念し、歯科医になることを決意する。

もう一つの事件の主人公中神香織は幼い頃浜松に住んでいた。その時浜松では連続幼女殺人事件が7件も起きていた。そして、最後の1件を香織は目撃していた。

 中神香織は、大学時代、この葉の父と恋愛関係にあったのだが、自分の家で毒物を飲んで死ぬ。警察は自殺として処理する。

 この葉は父親から、もしも父親に災難があい死んだら、この歯型の人間を探してほしいと金属で作られた歯形のネックレスを渡されていた。

 香織の自殺、父親の転落死、歯型の金属ネックレスが連結して、事件が一本につながる。
このつながっていく過程の描写の手際が素晴らしく、読者をひきつける。よくできたミステリーである。

 我が家の回りは、ほとんど老人の家。若い女性などついぞ見たことはない。ところがこの物語でもそうだが、近くにある歯医者は、医院長が30代半ばの美女、周りのスタッフも全員女性で、この人たちがすべて美人。どこからこんな若い女性を集めてくるのか不思議。

 以前は歯科医は嫌いだったが、今は時々歯の調子が悪くならないものかと願っている。

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| 古本読書日記 | 06:33 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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福田和代    「東京ダンジョン」(PHP文芸文庫)

 ダンジョンというのは地下牢という意味。この物語では地下迷路というところ。

鬼童征夫は東大からハーバードに進んだ新進気鋭の経済評論家。セミナーを毎週開催し過激な主張で若者の一部の心をつかむ。ただし鬼童の言葉使い、情熱的発言スタイルには引き込まれるが、内容は真っ当で、常識的考えの域はでない。

 この鬼童の理論に感銘を受けた若者7名が、東京の地下鉄を中心に、地下街、下水道など地下に爆破物を仕掛けたとネットで宣言。

 この7人の潜伏場所をつきとめ逮捕し、爆破物のある場所をはかせる。これが実際の爆破に間に合うか、手に汗にぎる展開を期待したが、後半内容が大きく変化。

 犯人のリーダー大学3年の朝宮がネット動画で訴える。

「私は今大学3年生で就職活動をせねばなりません。大学3年を終えても4割の学生は就職先がみつかりません。最終的には2割は就職できないと思われます。こんなことを言っても被害妄想じゃないかと思われるかもしれません。たとえば戦争中に十代、二十代を過ごした世代のことを考えると、恥ずかしくてとても言えません。少なくても、自分自身は恵まれた環境にあったという自覚もあります。今夜食べるものに困った記憶もなく、学校だって大学まで行かせてもらっています。恵まれているじゃないかと叱られるのを覚悟の上で、あえて言いたいのです。僕らが生まれてきた時代は、物質的にはとても豊かで恵まれているかもしれませんが、なにかが間違っている。とても苦しいし、こんなに平和で安全な暮らしをしているというのに、それが続くという確信がない。明日になれば崖っぷちから転がりおちているのではないかという不安にいつも苛まれている。」

 え?これが、爆弾を地下に仕掛け、地下鉄を全面的に止め、膨大な乗客に迷惑をかけることを引き換えにする主張、宣言なの?いくら頓珍漢の学生でも、こんなことはしないだろう。

地下爆破と、その動機に落差がありすぎる。
 こんな物語はありえない。

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春口裕子    「悪母」(実業之日本社文庫)

 この作品は、ママ友の嫌らしさ愚かさ、恐ろしさをこれでもかというくらい描いた連作ミステリーである。物語では、嫉妬、恨み、憎悪などにより、多くの事件が発生する。

こんなには、事件は発生することは無いだろうが、ひとつ、ひとつはどれも発生するだろうと思わせ、それが物語に納得感を与えている。

 この物語は、子どもを介して友達ができるのだが、動機はすべて自分の子供のためが根底にある。

 学校のクラスは、勉強、スポーツ、クラブ活動により、あるいは、発生する問題はいじめ、不登校など、基本はクラス内で収まる内容が殆ど。だけど都会の学校は少し違う。習い事の幅が広くなる。この物語では、タレント養成塾や将棋塾に異常に熱心に通わせている親子が登場する。

 また有名幼稚園、小学校に他人の子供を落とすため、ネットに誹謗中傷を投稿したり、対象の学校に受験相手を貶める手紙を送ったりする。表面はママ友を装っているが、内実は我が子のために悪辣なことは、後先を考えずに実行する、そのすさまじさは恐怖さえ覚える。

 友達。それは、人生の時々において、会社のため、仕事のため、家族のため、夫のため、夢のため、恋人のためと自分に言い聞かせて、必死に友達との関係を創り、守ろうとする。

 しかし、その関係は必要がなくなれば手放す時がくる。

この物語の主人公、佐和子が独白する。
「自分の願ってきたことは、いつも一つだった。たくさんはいらない。一人でいい。自分が一番に思うその相手から、一番に思われたい。ずっとずっと思われたい。なのにどうして、どうにもならない。小学校でできた友達も、中学校でできた友達も、高校も大学も、卒業すればおしまいで、会社だって退職すればそれっきり。必死に紡いだ友情の糸は、節目がくるとプツプツ切れて、二度とつながることはない。だからまた一から紡ぐ。長く長くつながり続ける糸たちを横目に見ながら、せっせせっせと新しい糸を。今度こそと願い、いつまた切れるかとビクビクしながら。」

 うーん溜息ばかり。辛いなあ。

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堂場瞬一    「焔」(実業之日本社文庫)

プロ野球の名門チームスターズの看板選手沢崎は今シーズンが終わればFAの権利を取得する。このFA権を行使して、来季は大リーグいりを目論んでいる。

 自らの価値を最大に高めるために、ペナントレーズの優勝。現在打率、打点、本塁打で一位をすべて争っている。全部でトップを獲り、3冠王の称号を引っ提げて大リーグいりできたらと考えている。残り5試合を残し福岡イーグルスとペナント獲得で熾烈の争いをしている。3冠王に関しては、去年スターズに移籍してきた神宮寺が沢崎の前にたちはだかる。

 この沢崎の大リーグ入りの代理人をしているのが、沢崎の高校時代の野球部の同僚藍川。藍川も沢崎の価値を上げるために暗躍する。
 この暗躍や、神宮寺との三冠王争いは、なかなか面白い。

しかし、半ゲーム差での首位イーグルスとの最終戦から、堂場の熱情が高まりすぎ、文章が劇画調、大げさになり、これはだめだとがっくりとする。

 何しろ、沢崎が全打席ホームランを打つと宣言し、4打席ホームランを打つところから白ける。さらに最後の5打席目の描写。

 「大道がワインドアップをする。一瞬沢崎を睨みつけると、低く沈み込むようなフォームから二球目を投じた。これだ。このボールを俺は待っていた。再び時の流れが穏やかになり、ボールの綺麗な上向き回転がはっきりと見える。これこそ、大道の最高のボールだ。内角高めに入ってきて浮き上がり、振り出したバットの上を通りすぎるようなボール。
 沢崎は自然にスウィングを微調整した。心持ち体を伸ばすようにし、胸のマークよりわずかに高い位置にバットの軌道を思い描く。全身の筋肉が、コンマ何秒の単位でその修正に従った。ボールを呼び込む。つまらないファウルなんか打ちたくない。このままレフトスタンドへ、いや、場外へ一直線だ。背筋がぴりぴりと緊張し、踏み出した左足が土に突き刺さる。」

 たった一球のボールがこんなに長い表現になる。読み通すのが苦しい。

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芦原すなお  「山桃寺まえみち」(PHP文芸文庫)

 芦原さんの直木賞をとった「青春デンデケデケ」は本当におもしろかった。この作品は直木賞受賞後に書いた最初の作品。

 山桃寺まえみちにある小さな居酒屋「福乃」のママ ミラちゃんは現役の大学生。この「福乃」をやっていたお祖母ちゃんが体調を壊したため、一年間大学を休学してミラちゃんがママとなり切り盛りをしている。

 その一年間、へんちくりんな客を中心に、ミラちゃんと交わった人々の交流を描く。

 ミラちゃんの父親は小説家になると言い、離婚をして家族を放って失踪する。それで母親は再婚する。義父は真面目な人である。

 この真面目な義父が突然、ミラちゃんに大事な相談があると電話をよこす。普段全く交流がないのに。それで喫茶店で会うことになる。

 義父が言うには、実は職場の囲碁クラブの同僚たちと2泊3日の旅行に行ってきた。
その時、宴会でコンパニオンが入った。その一人と、宴会後、ホテルをでて海辺まで散歩にでかけた。でかけると、コンパニオンが体をあずけてきた。そしてしばらくすると、キスをしてきた。仕方なくそのキスを受ける。

 もうしばらくすると、今度は義父が我慢できなくなり、コンパニオンにキスをした。
気が付くとその先はホテル街だった。それで成り行きにまかせてホテルにはいり性行為をした。

 自分はミラのお母さんと結婚したとき、絶対妻は裏切らないと誓った。しかし自分は妻を裏切った。懺悔の気持ちが一杯。自分はどうしたらいいのだろうと。

 こんなことを娘に相談する男性がいるわけない。
しかも、ホテルにはいるまでの行為を微細に語る。仮に相談するにしても、妻にたいして裏切り行為をしたの一言だけでいい。

 微細に言ったのは、堅物の義父が、自分に起こった興奮事を誰かに喋りたくて我慢できなかったからだ。何か男の勲章のように。義父はこれから、ありとあらゆる人を捕まえて、
この話を大げさに脚色して、気持ちをいれて喋るだろう。

 芦原さんは、恋や不倫になれない男を本当にうまく表現している。

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モノカキ・アエル   「くちぶえカルテット」(実業之日本社文庫)

 高校へ入学して、吹奏楽部にはいったが、引っ込み思案だったり、少し生意気だったり、周囲の人達に溶け込むことができず、浮いてしまった4人が、口笛に活路を見出して、見事な演奏をするまでの感動の青春小説。

 口笛について、4人の生徒の一人真子が解説する。

「あなた、口笛で音がでる仕組みについて、ご存じ?口の中に空気の圧をかけて乱気流、ノイズを発生、口腔内で共鳴させているの。ヘルムホルツ共鳴っていうのよ。そうすることによって増幅された口笛の音は、人の耳にとって聞き取りやすい周波数域になる。口笛の音は、人の口からでる音でありながら、かなり遠くまで聞こえるようになっているの。だから口笛はすごいのよ。
 口笛は舌の位置や形、唇の広げ方、口腔内の広さによって音を変える。練習を積めば3オクターブまでだせるようになるし、ビブラートだってできるようになる。息を吐きだすときだけじゃなく、吸い込む時にも音を出す技術を身に着ければ、間断なく音を出し続けることができる、とても有能な楽器なの。」

 この作品によると、ある民族は遠く離れた人と、口笛を使いコミュニケーションを取っていたことも書かれている。

 試しにYOUTUBEで確かめてみた。驚愕の動画に遭遇した。特に、口笛世界一の奏者分山貴美子さんの演奏は素晴らしかった。

 作者モノカキ・アエルさんはVtuber小説家の第一人者。

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鳴海章    「鎮魂 浅草機動捜査隊」(実業之日本社文庫)

 以前、我が家に、何の用事もないのに、ごはんちょうだいとかお金ちょうだいとしょっちゅうやってくる女の子がいた。いつも着たきりスズメで、汚れていた。追い返しても、追い返してもしつこくやってきた。変だなあと思ったのは、小学校へ行っていてもよい年頃なのに全く学校へ行っている様子が無かった。そのころ私も社会制度がよくわからず、困ったなあと思っていたら、数か月でやって来なくなった。

 通報により、現場に駆け付けた女性刑事小町。その現場には明らかに覚せい剤中毒で昏睡状態になっていた裸の女とその横に息絶えた赤子がいたところから物語は始まる。

 物語によると、現在の日本には、居所不明児童生徒は全国に12-300人いるそうだ。これは、家族と一年以上連絡がとれなくて、登校してこない子の数。

 それ以上に問題なのが、戸籍のない、つまり出生届がだされていない就学年齢の子供が150人程度はいるようだ。
 この女性の横で死んでいた子供も、出生届が出されていない、あるいは出すことができない子供。
 そのことが、事件の背景となっているミステリーである。

 海外では、子どもの基本的人権が固く守られる。国連でも定められている。家庭内暴力やDVで子供が窮地においやられる。国連条約では、そんな子供たちはしっかりとした家庭に養子縁組されねばならないとしているが、日本では殆どの子が18歳まで保護施設で過ごし、養子縁組される子供は10%しかいない。

 そういうことが、物語の進行にあわせて、日本の子供問題として描写される。
 ミステリーとしては謎解き仕掛けの要素が殆ど無く、凡作である。
子どもの高い貧困率もあり、日本の子供問題は深刻な状況であると物語は訴える。

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市宮早記    「新選組のレシピ」(PHP文芸文庫)

 主人公神崎花は料理の専門学校を卒業し、京都の老舗料亭「桔梗」に就職する。下っ端の料理人は、腕を試すのは、まかないの料理を作り、それを他の料理人に認めてもらうこと。

 ある日料理長に呼ばれる。料理長はお前の親父は神崎智弘といい、料理長は花の父親の弟子として鍛えられた。そして花の料理は、神崎智弘の味がすると言う。

 その父親はある日突然失踪して行方不明となる。
そして主人公花も交通事故で意識不明となり、突然幕末の時代に蘇り、新選組の料理人になっている。

 私は現在袋井市に住んでいる。この袋井がどこにあるか、あまり知らない人が多い。隣の磐田、掛川は知られているのに。

 袋井の知名度をあげるため、名前は忘れたのだが、ある市役所の人が、B級グルメとして袋井の宿場町の脇本陣で提供されていた、日本最古の卵料理「たまごふわふわ」で街おこしをしようと、たくさんの食堂、居酒屋を説得して、「たまごふわふわ」を提供する店を造りだした。

 しかし、残念ながら、努力は空しくあまり有名にはならなかった。しかし、今でも、街では「たまごふわふわ」の看板をだしている店は多い。

 この物語では、主人公花の父親も新選組に現代からワープして活躍している。
そして主人公花がこの「たまごふわふわ」をまかない料理で作る。

 これを食べた、父親が、花は自分の娘と確信する。

 作者市宮さんが、「たまごふわふわ」を知っていて、これを物語のクライマックスに登場させたことが本当に嬉しかった。
 袋井の街おこし「たまごふわふわ」が有名になったらなあと夢見る。

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新津きよみ    「夫以外」(実業之日本社文庫)

 大人の女性たちがくりひろげる日常が舞台となる6編の作品集。

 自分の世代にはいないと思うが、自分より少し前の世代にはこういう男性はいただろうなと思わせるのが「元凶」という作品。

  主人公の西村訓子は現在58歳。もう夫と限界かなと感じている。夫は無口、普通の会話を結婚以来したことが無い。

 夫は、定年で会社を退職した。その後、次の仕事は見つけず、家にずっといる。

 訓子は
「これからずっと家にいるのだから、食べた食器の片付けと洗いくらいはしてください。」
と言うが、何の答えもなく夫はむすっとしている。夫は気に入らないことを言われると途端に何も言わなくなり、機嫌が悪くなる。

 食器を洗っていると、夫が何か言った。水の流れる音で夫の声がよく聞こえない。それで、「何?」と聞き返す。すると夫は「大事なことは一度しか言わない」と言ってムスっとして黙り込む。

 しゅうまいを作ったとき、練りからしがないことに気付く。そこで、また夫の機嫌が悪くなった。翌朝「練りからしくらいで、不機嫌にならないでください。」と言うと
「在庫管理ができないおまえが悪い」と言う。

 夫は会社の倉庫で商品管理をしている裏方だから。
それから、使ったハサミは元にもどしておけとか、洗ったタオルのたたみ方が雑だと怒る。
そのうちに、何か不満に思うと、紙に書いて張り出す。シェービングクリーム残りわずかとか。

 「あなたは毎日家にいるだけだから、気が付いたらあなたが買ってきたらいいでしょう。
こんなことを言うと、それは私の仕事ではないという態度をしてまた不機嫌になる。

 で、どうなるかと思ったら、訓子が自転車で転び打ちどころが悪く倒れ入院。退院しても
身体が動かないから、娘夫婦が引き取る。夫だけが家に残される。

 すると、夫は料理雑誌などを買い込んで、自分で料理をしたり、家事をするようになる。
なんだ。随分都合のいい終わり方。でも、現実はこうはならないだろうなと思う。

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吉村喜彦    「こぼん」(PHP文芸文庫)

 小学生主人公のこぼんを通して、1960年代の大阪の暮らしの変化を描いた小説。

吉村は私より3歳年下の小説家。こういう小説は、私自身の小学校時代を印象深くどれだけ思い出させてくれるかいつも楽しみ。
 そうそうあのころ、朝のホームルームで、衛生検査というのがあった。頭に懐中電灯をあてて虫がいないかとか、ハンカチではなくて清潔な手ぬぐいを持ってきたかとか。

 それから、電気を送る送電線の数が見る場所で見える数が変わる。これを学校からの帰り道、数えながら帰ったことを思い出す。家までの道をはずれて、ずっと走ってみんなで電線の数を数えた。

 それから、あの頃は、井戸のある家が多かった。すでに使われなくなった井戸もたくさんあった。井戸の穴はどこに通じているのか、涸れ井戸に入って、遊ぶのが流行った。

 それで、自分の学年にはいなかったが、よく井戸に落ちて、溺れる生徒が続出した。

物語では、井戸はあの世とこの世をつないでいると描かれる。井戸の向こうは、暖かく穏やかで、たくさん咲いた花にうずもれて、幸せに人々が暮らす素晴らしい世界につながっている。

 太陽は朝、そんな素晴らしい世界から今の世界に現れ、夕方またあの世に行ってしまうのだ。

 そんなことが信じられる60年代の子供たちの世界が鮮やかに描かれる。

この小説、2002年、茨城県、山口県の高校入試問題に使われている。それから教科書にもしばしば使われているそうだ。

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立川談四郎   「シャレのち曇り」(PHP文芸文庫)

 立川談志に弟子入り、そこから今までの落語家人生を小説仕立てで綴った、談四郎物語。

物語によると、現在の東京落語家は約300人いるそうだ。落語家をみるのは「笑点」とワイドショーのコメンテイター位。よく生活ができるものだ。談四郎の師匠談志は、落語一本にこだわらず、仕事はなんでも取りに行けという主義。それで立川系の落語家には談四郎のように小説やエッセイを発表する人が何人かいる。

 それにしても食えない。特に二つ目は最もひどく、殆ど高座にあがることが出来なくて悲惨。

立川談之進に兄弟子が言う。
「おい談之進、お前が一門で一番貧乏なんだってな。なんでもこの間マヨネーズを持って、キャベツ畑にしのびこんだというじゃないか。
 どれだけ食ったんだ。」
「すみません。腹が減ってたもんで、2玉食いました。」
「それでおいしかったか。」
「今年の出来は去年より良かったです。」

愕く、毎年食べているんだ。

談四郎は変わっていて、真打披露宴を、生前葬と同時にしようと考えた。師匠の談志は「それは、面白い。是非やろう。」と応援してくれた。場所は芝の増上寺。3人も坊さんがやってきてお経をあげてくれた。祭壇の真ん中には遺影ではなく、喪服を着た談四郎がいる。

偉い人が弔辞を言う。終わると合掌。それにあわせて遺影も頭をさげる。知っている仲間が遺影に向かって手をふると、遺影も応えて手を振り返す。

最後に師匠談志が挨拶する。

「この仕掛けほめてやります。よくやったと思います。ただ一つだけ注文をだせば、こいつがなぜ生きているかということです。死にゃあいいんです。死んだら『弔いをやりたいがためにほんとに死んじゃった。ばかだねあいつは』ということになって、後世に名を残すんです。こいつはバカでシャレがわかんねえから生きてます。」
 談志すばらしい。最高!

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阿川大樹    「終電の神様 始発のアフターファイブ」(実業之日本社文庫)

 活字があればなんでも良いということで、ブックオフが紹介する古本を片っ端から購入して読んでいる。自分の感覚が世の仲からずれているからだろうが、めったにこの本は良かったという本に出合わない。世の中には自分に合っている作品というのは無いものだと思って、うんざりしていた時にこの短編集に出合った。この作品はピッタリと自分の思考にあった。作品はエキナカ大賞を受賞している。

 岩谷ロコは岩手の花泉から昼前新幹線に乗ってギターをかついで東京にやってきた。
新宿でストリートミュージシャンをして、いつか東京で歌手になるためだ。

 しかし夕方の新宿は人が溢れ、通りで歌を歌う場所は無いし、何より気後れして歌う勇気が出てこない。

 新宿を彷徨っていると、中学生くらいの3人がホームレスのおじさんを騒ぎながら蹴っているところに遭遇する。ロコは武道の心得がある。それで3人を蹴散らしてあげる。

 おじさんはワタナベさんと言った。そしてロコの持っているギターをみて「エピフォンだね。さわらしてくれる?」
ロコはびっくりする。エピフォンを知っている。このオジサン只者じゃない。しかし、それにしてもオジサンは臭い。お金は無いわけではないが、銭湯に匂いがすごすぎて入れてもらえないから、公園の水道で体を洗うが、着ている服の匂いはとれない。とオジサンは嘆く。

 2人はカラオケ屋にゆく。そこでオジサンのギターで、ロコは心行くまで歌う。
カラオケ屋をでると、新宿は白み始めている。

 オジサンはトイレに入り、また体を洗う。新宿のユニクロは24時間営業しているか、知らないのだが、ロコはユニクロにオジサンの着るものを買いに行く。

 トイレに帰ってくるとオジサンが警官につかまっている。近所から通報があったらしい。
懸命にロコはこの人は私の友達だと主張して、オジサンを引き取る。

 オジサンに新しい服を着せて、通りにでる。夜の仕事を終えて、始発で家へ帰る人。それから出勤してくる人がたくさん交差している。
 そこでオジサンの演奏で、ロコが歌う。

 「一緒に見上げているこの空が、ひっくり返って落ちてきても
 山が砕けて、海に沈んでも、わたしは泣かない、絶対泣かない、涙も流さない。
そう。あなたがわたしのそばに立っていてくれさえすれば。
ダーリン ダーリン そばにいてわたしのそばにいて。スタンド・バイ・ミー」

 たちどまった人は、そのまま最後までちゃんと聞いてくれて、ギターケースにお金をいれてくれる。

 おじさんが言う。
「さあハローワークに行って仕事を探さなきゃあ。」
ロコはびっくり。泣きながら「おじさん、また見に来てよ」と声をあげる。

 おじさんが言う。
「東京ドームでも、武道館でもロコをみにいくよ。」と。
おじさんとロコの交流が、新宿という舞台で生き生きと描かれる。いい作品だ。

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寺井広樹     「電車を止めるな!呪いの6.4km」(PHP文芸文庫)

 千葉の銚子電鉄は銚子駅から外川駅まで、たった6.4KMを走る小さな地方の私鉄。

毎年大きな赤字をだし、倒産寸前の会社。この路線に最近、子どもの幽霊が出没することが話題になり、これを逆手にとって、深夜に電車を走らせ、色んな幽霊を登場させ、これをネットで配信してお客を呼び込もうという企画を実行する。もちろん幽霊は、社員が変装してでるのである。最初はこの作戦上手くいくが、途中でやらせがわかり、最悪な状況となる。
しかし、ここで本当の子供の幽霊が登場し、物語は俄然面白くなる。

 この作品は同名の映画のノベライズかした作品。

 実は、銚子鉄道、本業は米菓製造。菓子製造会社が鉄道事業をやっている。「ぬれ煎餅」なる菓子が大ヒットして、会社全体の売り上げの7割を稼ぎだしている。最近は「ぬれ煎餅」の売り上げが頭打ちになってしまったので「まずい棒」という菓子を売り出し、販売を促進している。

 菓子の多くが、鉄道路線の店で販売しているため、銚子鉄道に誘客せねばならない。
この銚子鉄道はしょっちゅう路線廃止の危機に陥り、その度に社長のアイデアと従業員の活躍、さらに暖かい鉄道ファンの応援で乗り切ってきた。

 この作品もその一環で、銚子鉄道存続のために企画、作成された映画だ。
映画は見てないが、何でもひどい映画で、学生のサークルが作成したレベルの映画だそうだ。

しかし、驚くことに、映画が終了すると、観客から一斉に拍手が沸き起こった。
 銚子鉄道を愛するファンの心は熱い。

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五木寛之    「ゆるやかな生き方」(実業之日本社文庫)


 近年雑誌などに発表したエッセイ36編を収録。

五木寛之は大学生の頃、大流行した作家だった。当時は学生運動の余韻があり、左翼系作家や理論誌を読まないと、はぶせにされる雰囲気があった。五木寛之などを読んでいると「日和見主義」とののしられ、先輩に叱られた。しかし、どの作品も熱があり、面白かったからこそこそ読んだことを思い出す。

 最近は、人生の大家のような雰囲気がでてきて、ちょっと近寄りがたく、五木とは疎遠になってしまっていた。それでも、大家から人生のありかた、生き方でも学ぼうかと思い手にとった。

 やはり少し説教臭い部分はぬぐえないが、それでも若い頃の五木の雰囲気もでていて面白かった。

 五木は、最近人の名前がでてこなくて困ると言う。窮すると、五十音順に「あ」から初めて、名前を思い出そうとするらしい。これが伊藤博文だと「い」だから、すぐ思い出す作業は終わるが、メーテルリンクになると「メ」まで到達するまでにえらい時間がかかる。

 実は同じ年寄りなのだろう。私もしばしば五木と同じ方法で人の名前を思い出そうつる。
五木はりっぱだ。この方法で、人の名前を思い出すから。
私はしょっちゅう50音を終わり、2週目、3週目にかかってしまう。

 週一回だけ、夕食を作らされる。最近は面倒だからおかずにスパゲッティを作ってだす。
すると家族に馬鹿にされる。スパゲッティは主食。おかずにするなんておかしい。

しかし五木がこの本で書いているが、昔は洋食屋にはスパゲッティライスがあったと。
その通りだよ。うれしくなった。

 ブータンは母系社会。男が妻の家に嫁いでくる。妻は何人もの男を家に抱える。それでも問題は起きないという。複数の夫が同じ家に仲良く同居する。だから生まれた子供は誰が父親かわからない。子供はみんなで育てるものということになっている。

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八千草薫   「あなただけの、咲き方で」(幻冬舎文庫)

 一昨年88歳で亡くなった八千草薫のエッセイ集。
おでこがちょっぴりでていて、可愛らしく、魅力的な女優。お嫁さんにしたい女性で何回か一位に輝いたこともある。

 エッセイでは、少しハメを外して、面白い個性やエピソードを綴ってくれているかと期待して読んでみたが、何だか小学校の教科書を読んでいるような、崩れない、そのままの映画テレビでみていたままの女優の人生が綴られる。これは参ったなと、我慢しながら読む。

 すこしいいなと思ったところ。

 八千草さんは、映画「哀愁」をみて、ヒロイン役のヴィヴィアン・リーに感激し大ファンになった。自宅や楽屋にヴィヴィアンのポートレートを貼り、毎朝、就寝前「おはようございます。」「おやすみなさい」と挨拶をするほど、憧れの女優にヴィヴィアンはなった。

 映画配給、ドラマ プロデューサーの川喜多夫妻とヨーロッパに旅をしていたとき、ストラトフォード アポン エイヴォンのロイヤル・シェークスピア劇場でかかっていた、ヴィヴィアン・リー主演の「十二夜」に川喜多夫妻が連れていってくれた。
そして、終演後夫妻に楽屋に連れていかれヴィヴィアンと対面する。

 憧れの女優との対面。緊張したが、2人で握手する。八千草さんの手のひらと同じでヴィヴィアンの手のひらは大きいのだと八千草さんは思う。

 それからヴィヴィアン熱が急にさめた。

 八千草薫と言えば、高校生の頃、毎週月曜日ゴールデンタイムでTBSから放映されていたドラマ「娘たちは今」を見ていた。このドラマが終わると勉強を始めた。主演は吉永小百合だったが、母親役の八千草薫、こんなかあさんが欲しいなと思ってみていた。このドラマのテーマソングを今でも口ずさむことができる。

 それから何といっても強烈に覚えているのが、ヤマハのミニバイクヤマハパッソルの宣伝に登場したこと。あのおしとやかの八千草がミニバイクの宣伝にでるとは。この宣伝は大当たり、パッソルは売れに売れた。

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伊集院静    「旅だから出逢えた言葉Ⅱ」(小学館文庫)

 大作「美の旅」を思い返しながら綴った旅と大好きなゴルフを中心に綴ったエッセイ集。

 私が会社に入ったころはテニスがブーム。しばらくするとゴルフがブーム。ゴルフをしない人はつまはじきにされ、ダメ人間の烙印をおされた。

 私はダメ人間派だったからゴルフは関心ないのだが、ゴルフをやりだすと、寝ても覚めても、ゴルフについて考え、仲間と喋りあい中毒になってしまう。

 スコットランドでゴルフ大好きな好々爺3人がプレイを終わった夕方からゴルフ談義を始めた。夜があけても談義は終わらず、結局翌日のランチまで話すことになった。

 そのうち一人が喋らなくなった。彼は幸せそうな笑みを浮かべながら息を引き取っていた。

 フランスとイギリスは仲が悪い。だからフランスではあまりゴルフをしない。伊集院はしばしばヨーロッパに行くが、殆どパリを拠点にしてあちこち旅をする。その都度ゴルフを楽しむのだが、日本からゴルフバッグを持っていくのが大変。それでいつもの定宿にゴルフバッグを預けることにした。

 ある日、ゴルフをするときがあってゴルフクラブを確かめると、パターが一本紛失している。

 そこで宿のおかみさんにパターがなくなっていると問い詰めた。
 するとおかみさんが言う。
「あーあ、あれはゴルフに使う道具なの。ちょうどよかったから、裏通りのバーのシャッターの開け閉めに使っていたの。」
 がっくり、伊集院。

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中山七里    「合唱」(宝島社文庫)

 幼稚園で無差別殺人事件が起きる。園児3人と保育士2人が殺される。犯人は麻薬常習者の仙街。仙街の取り調べに天生検事が担当する。犯人仙街は直前に麻薬を注射していて事件の記憶は全くないと主張。刑法39条で、事件を起こした当事者が、心神喪失者であれは罰せられない。この条項を適用するために、麻薬を打ち、記憶にないという主張している。ここを突破しないと起訴できない。懸命に仙街を問い詰めるが、記憶にないの一点ばり。

 そして、何と天生検事が取り調べ中に意識を失う。そして意識を取り戻すと、犯人仙街が銃に撃たれ、目の前で死んでいる。

 絶体絶命の天生検事。この天生の危機に、司法修習生時代の同期だが、法曹界には進まず世界的ピアニストになっている岬洋介が解明に立ち向かう。

 この物語で2つのことが真相を暴く鍵となっている。

交通事故では、事故の損害割合を決めるため、警察の現場検証で片を付けるのが難しい時、民間の鑑識センターに正確な検証を依頼し決めることがしばしばあるそうだ。

 この物語では警察の鑑識ではなく、天生は、民間の鑑識会社(現実存在するのか知らないが)鑑識を依頼して大きな壁を突破する。

 それから刑事訴訟法31条1項で、弁護人は弁護士の資格を有する者しか選定できないとしているが続く第2項で、一定の場合においては弁護士以外の者を弁護人に選任することができるとしている。

 この第2項を利用してピアニストである、岬洋介が天生検事の弁護人になる。こんな盲点があるのだ。中山は面白いところをつく。
 ここから、岬の真相をついてゆく弁舌と活躍が面白く、見事だ。

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七尾与史    「死亡フラグが立つ前に」(宝島社文庫)

 「死亡フラグ」シリーズ第3弾。第2弾まで読んできて、ちょっと第3弾は色合いが違うなと感じた。

 それまでのシリーズは死神からトランプ ジョーカーが送られてきた人は、受け取ってから24時間以内に殺されるという設定、これに対し、貧乏雑誌記者の陣内と投資家の本宮が立ち向かう。死神というのは、魔界とか異次元に存在する人ではなく、現実に存在する人間で、この人間を陣内、本宮が追いかけ、見つけるという体裁。したがって、異界の人間が登場することはない。

 しかし、この作品では死神は異界の人間で幽霊となって、殺人対象者の前に現れる。殺人対象者にはその姿が見えるが、他の人には見えないという設定になっている。設定はありふれているかなというのが最初の感想。

 それから以前のシリーズでは陣内はひらめきもない冴えない記者で登場。それを頭脳明晰の本宮が真相追及の道筋をつけていく体裁だったが、この作品では陣内が本宮のようになり、死神の殺しの対象になっている人、冬馬を助ける、頭脳明晰恰好良い記者となり登場する。

 冬馬が一人娘カスミと街を歩いていると、夏なのに赤いコートを着て、顔をフードで隠した女が現れ、手には包丁を持って突き刺そうとしているところにでくわす。この女性の姿は冬馬にしか見えない。当然女性は幽霊だから、包丁も実物にはならない。女性に殺された人は、現実では絞殺死体となる。

 冬馬とカスミがどこへ懸命に逃げても、死神の女が包丁を持ってヌっと現れる。
この逃亡場面が手に汗にぎる。ここが作品の読ませどころ。文章はゲームを興奮してプレイしている感覚。

 やがて陣内の調査で、この女は誰で、なぜ冬馬が殺人のターゲットにされたかがわかり、それによりこの女に対する対応方法を掴み、女から逃げ切る。

 ゲームを文章にするとこうなるのかと思わせる作品だった。

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中山七里    「能面検事」(光文社文庫)

 中山七里が造型した人物の中で、最も魅力的な人物の一人が不破俊太郎大阪地検検事。

どんな圧力にも屈せず、微塵も表情を変えないから能面検事と言われている。もちろん、そうなった原因はあるのだが・・・。しかも通常警察から犯人とおもに上げられてくる調書、証拠物品に疑問があるときは、担当警察に紹介し、もし必要があれば捜査は警察が行うのだが、不破検事も、自らが事務官と2人で捜査を行い真実を暴く。

 通常こういう主人公は会社、社会の不正を類まれな能力と強い情熱、熱血により暴き、みんなのヒーローとなり、拍手喝采を浴びるのだが、不破は常に冷静で見た目は冷たく、情熱は伝わってこない。

 こんな検事は、現在の組織では受け付けられず、簡単にはじかれる。小説でしか活躍できない検事である。
 上司の次席検事と不破の会話。
「検察は警察のために存在するのではありません。法の秩序を護るために存在しています。誤認逮捕に端を発する冤罪などもってのほか。今しがた次席検事の仰った捜査方法が捜査員のダメだしをする結果になるとしたら、むしろそれは隠蔽するより露呈したほうがいい。」

「検事。理想の高みにたった意見は拝聴に値しますが、府警本部や所轄の立場を考えると同情心も沸いてきます。警察と検察の馴れ合いは厳に慎むべきですが、同じ犯罪を摘発する組織として徒にいがみあうものではありません。」

「いがみあうつもりはありません。一般人に対して捜査し、逮捕する権限を有しているのなら、それに相応しい知見と能力を備えなければならないという、至極当然のはなしをしているだけです。それが出来ないというのなら警察官も検察官もやめた方が世のため人のためです。」

 そして、西成ストーカー事件捜査で、証拠品、捜査資料一部紛失が発覚。それにより、大阪府警はトップから、下部に至るまで大量処分がなされる。不破検事は、府警全部を敵にまわす。それでも、不破検事は全く動揺せず、淡々としている。

 会社生活で一度だけでいいから、こんな主張、発言ができていたらなあと思う。
しかし、翌日には会社を追い出されるだろうな。

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| 古本読書日記 | 06:33 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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海堂尊    「玉村警部補の巡礼」(宝島社文庫)

 恐怖症克服のために、長期休暇を取得して、四国巡礼の旅に玉村警部補がでかける。そのお遍路さんの旅にまさに恐怖心の元凶ともいえる、警察庁のふてぶてしい加納警視正が何故かついてくる。

 物語は巡礼の途中で起きる事件を追う、連作短編集になっている。

伊予に慈愛寺という寺がある。別名蚊帳寺といわれている。蚊は空海弘法大師の生まれ変わり。崇めたて、決して殺してはいけない。玉村と加納が蚊帳寺の近くに泊まった日は、半年に一度、お籠りの儀式を行う日。寺の敷地にある、洞窟に信者がはいり、その洞窟に大量の蚊を放ち、空海の生まれ変わりの大量の蚊に血を吸ってもらう。そうすると煩悩や邪念が吸い取られ気分が爽快になる。

 しかし、それでは体が痒くなって我慢できないのではと思うが、この寺の住職善導和尚がかの浪速大学で蚊を研究して、吸われても痒くならない蚊を作りだすことに成功。今はその蚊を使っている。

 洞窟は小部屋に区切られていて一人ずつ、個別の穴に閉じ込められる。面白いのは、血を吸う蚊は、血統は一つで別の血統の蚊とは混合していてはいけない。それで、蚊は信者単位に別袋に入れられていて、信者が洞窟で寝入った時間に、蚊袋を持った人が洞窟の扉を鍵であけて、それぞれの袋の蚊を解き放つ。

 この修行中に田中さんという信者が亡くなる。しかも、体の血が全く無くなっている。しかし、血はどこにも付着していない。
 蚊がいくら多くても、人間の血を全部吸い尽くすことなどありえない。巨大なお化けのような蚊が現れたのか。

 この謎に玉村、加納コンビ、主に加納警視正が挑戦する。事件が奇妙で、面白い。
よくこんな発想を海堂は思いついたものだ。真相も面白い。

 しかしいくらご利益があって、血を吸われてもかゆくならない蚊でも、こんな洞窟にははいりたくない。

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開高健    「瓶のなかの旅」(河出文庫)

 愛してやまないお酒とたばこ、喫煙に使うパイプを中心としたエッセイ集。

平凡で、普通の社会人を送っている私はどうも開高健の凝りに凝ったお酒や莨(煙草ではない)やパイプの話は本当に知識関心がないため苦手だ。

 晩酌は第3のビール。煙草はやめて30年以上。

面白いことが書いてあるのだろうが、頭も体も受け付けない。読んでいて眠くなってしかたがない。このままで、終わるのかと思っていたら、終盤やっとすーっと入り込んでくる文章が登場した。

 開高健は大阪市大を卒業して、寿屋(今のサントリー)に入社した。戦争の爪痕が残る時代だった。東京支店に勤めた。
「その頃、寿屋の東京支店は茅場町のゴミゴミした裏通りの運河沿いにある木造2階だてで、ちょっと見たところでは二流の保険会社の場末の出張所みたいな家であった。夕方になって東京湾からの潮がさしてくると、夏など、名状しようのない悪臭がたちこめた。運河にはギッシリと団平船が浮かび、帆柱という帆柱におむつが翻り、おかみさんがへさきのあたりでしゃがんで米をといだり、洗濯をしたりするのが見られた。」

 そうだよ。昭和20年、30年代には船で生活している人が多くいた。

開高は寿屋では、宣伝部に所属。広告のキャッチコピーなどを作っていた。
その後、サントリーは「洋酒天国」という雑誌を作り、トリスバーやサントリーバーにおいた。この編集者に開高がついた。

 本当に忙しかった、エッセイを取りに、文芸人のところに出向く。それでも埋まらず、開高自身がエッセイ、コラムを書く。

 更に、開高を忙しくしたのは、読者からの投稿も勝手に作って書いていたから。

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有川浩     「空の中」(角川文庫)

 有川さんの類まれな想像力がぐっと詰まった、スペクタクルエンターテイメント作品。

主人公の小学生瞬は、母親、祖父が亡くなり、父親は自衛隊の航空機のパイロットで岐阜の基地にいて、あまり家に帰ってこない。大きな家に一人で生活している。遊び相手は隣の家の同い年の佳江だけ。

 そんなある日、近くの川でクラゲのような生き物に遭遇。その生き物を佳江と2人で家に持ち帰り育てる。この生き物は言葉をしゃべる。しかし最初は何を言っているのかわからなかったが、瞬が日本語を懸命に教えると、急速に喋れるようになり、文法は変だが会話ができるようになる。瞬と佳江はこの生物を「フェイク」と名付ける。

 ある日、瞬の父親が試験機にのり飛行を行う。高度2万メートル付近で衝突事故が起きて、試験機は墜落、父親は亡くなってしまう。

 高度2万メートルのところで何に衝突したのか調査するとそこにはクラゲのような物体がいて、その物体に衝突して墜落していたことがわかる。瞬の父親の飛行以前に同じ自衛隊員がやはりこの高度で物体に衝突して亡くなっていた。

 瞬の拾ったくらげのような生き物は、その飛行での衝突により、おっこちてきた生き物のかけらだった。

 この生き物は、高度2万メートルという何の危険もない場所で、地球誕生以来ずっと居座っていた。

 ところが、自衛隊機がやってきて、安全な場所でないことを認識して、どんどんその高度を下げ、人間の視界内にはいってきた。

 地上の人々は怖がるが、何も手を打てれない時、米軍が大量の爆撃をこの物体に対して行う。結果、この物体は粉々になったが、粉砕された物体は死ぬことはなく、それぞれが独立した生き物になった。この物体は「白鯨」または「ディック」と名付けられた。

 こんな無数の物体が一斉に日本に攻撃してきたら対応する術は無い。そこで、自衛隊はその物体が攻撃しないよう交渉にはいる。

 この交渉の描写に有川さんは物語の多くを割く。この部分が読みどころ。

元々この物体は一つの物体で体も心も一つ。ところが粉々になった破片はそれぞれが物体として独立し、考え方も異なるようになる。

 平和を望むもの。相手が攻撃すれば攻撃を行うもの。戦いを最初にしようとするもの。
それで、本来「全き一つ」として行動してきた物体がバラバラになったため白鯨は対応できなくなる。

 そこで自衛隊は彼らにない概念である民主主義を教えてあげる。議論は対立しても、最後は多数に従うということ。

 この方法が白鯨に多数決により平和を望むことが選択され、以前の「全き一つ」が復活される。
作品を読むと、自由主義陣営と全体主義陣営の現在の世界での対立を思い出させる。
そして、民主主義を有川さんが採用してくれたことにほっと安心して胸をなでる。

 瞬が拾った「フェイク」は瞬との信頼を壊さないようにと、粉々になった物体を食べてしまおうとする。その、友情の健気なさが、感動を呼ぶ。最後は全き一つに従い、大きな白鯨に吸収されてゆく。そこが切ない。

 本当にスケールの大きい素晴らしい物語だった。

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一色さゆり    「神の値段」(宝島社文庫)

 このミス大賞 受賞作品。

この作品に登場する、インクアートの芸術家、川名無名は誰もその姿を知らない。この社会に存在しているのかもわからない。

 川名無名と接触しているのは、彼のアトリエで働く、ディレクターの土門と彼の作品を一手に購入販売している画廊経営者の唯子。その唯子がアトリエで首を絞められ殺される。

 その真相を唯子に誘われ画廊に働く佐和子が追うことになる。
どうして、アトリエには多くのスタッフがいるのに無名は、スタッフと顔を合わすことなく作品を創ることができるのか。

 アニメや漫画。どうなっているのか詳しく知らないが、発想は作者がするが、実際の画を描くのはアシスタントやスタッフが行う分業になっている?

 川名無名は毎月1作品を作成している。いつも20日になると川名からメールが届く。
それがこんな内容。
 THSJ 835 19 3 68 107 9 100
ASEK 191 43 37 81 23 18 120
SFUH 97 54 2 62 26 40 80
これが作品を作成する手順を示す指示リスト。全部で100冊にもわたる作画マニュアルに載せられている。

 例えば、使う筆は、何製で毛の太さはどれを使うのか。使う墨汁はどれを使い、薄める水はどのくらい使うか。その場合の筆の使い方はどうするか。筆の持ち方。立って描くのか。正座して描くのかなどが指示されている。

 最初は戸惑うが、描いているうちに無名の意図がわかるようになるのだそうだ。
無名の暗号の指示によりできた作品は、携帯で写し取り、それを無名に送り、無名のOKがでれば完成となる。

 その作品が、唯子の画廊に持ち込まれ、画廊で梱包前に無名がやってきて作品に自筆のサインをする。

 全く無名が筆をとって描くことのない作品が億円の単位で販売される。
しばし、唖然、茫然である。

 こんな方法で、出来上がった作品が現実に存在しているのだろうか。

 この作品では、絵画の梱包の際、紐の結び方にも絵画の種類により細かく規定されているのだが、その規定に沿わない結び方がしてあるのが、事件の真相を解くかぎになっている。

 作品はミステリーなのだが、絵画の流通方法、オークションの実際について詳細に語られ、現代アートの世界を教えてくれる方に力点が置かれている作品になっている。

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後藤忠政    「憚りながら」(宝島社文庫)

 伝説のヤクザ組長後藤忠政の怒涛の生き様を描いた人生記。ベストセラー作品になっている。

 後藤忠政は1969年富士宮市で暴力団後藤組を結成する。当時は独立系だったが、浜松の山口組系の伊堂組の傘下にはいり山口組系になる。

 その後東京に進出、それを契機に山口組直参になり、山口組若頭補佐にまで出世する。

 今は暴力団に対しては暴対法などが施行され、暴力団の活動、団員の社会生活に厳しい規制がなされ、暴力団の勢力は以前に比べ大幅に減少した。

 もちろん戦前にも暴力団はあり、活発に活動していたが、暴力団は戦争後しばらくの間に活動勢力が活発になり拡大した。
 暴力団がかってなぜ勢力が拡大できたのか、この本を読むとよくわかる。
戦争直後、たくさんの企業でストライキがおこり生産活動が止まった。さらに社会主義、共産主義が台頭して、大規模なデモが多発し、日本は共産主義国家になるのではと思われる時もあった。

 私の会社でも、戦後大規模なストライキが起こった。そのストライキを扇動したのは、もちろん労働者もあったが、多くは社会共産主義政党が送り込んだ革命家であった。

 この時、会社側は、会社の意向に沿った穏便な組合を作ろうとしつつ、社会主義政党が指導する過激な労働組合のせん滅に動いた。この時過激な活動切り崩しに前面にたったのが、会社側が雇った暴力団だった。

 会社、国家は暴力団と癒着し、暴力団の社会への浸透に手を貸した。会社は、その後も暴力団を総会屋として使い、手をきることはしなかった。

 日本が高度成長をなしとげ、安定期にはいると、だんだん市民活動も停滞した。

最後まで残った大きな活動は学生運動だった。しかし学生運動が完全に国家の勝利に終わった時、学生運動はセクト間の凄惨な対立抗争に変化した。

 それと同時に存在価値を大きく失った暴力団も山一戦争が典型的だが、暴力団間の熾烈な抗争に移行した。学生運動と同じ軌跡を暴力団も辿った。

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柳原慧    「いかさま師」(宝島社文庫)

 これを読みたい、あるいは書店に足を運んで面白そうだと手にとって購入して本を読むということが無くなった。ブックオフオンラインでランダムに読んだことのない本を順番に選択してまとめて購入して届いた本を読む習慣になった。

 内容で取捨選択しないで、本を読む。単なる活字中毒、読書機械に成り下がった状態。
この本もそんな方法で手にいれた。タイトルから想像して、賭場に登場する賭博師の話かなと一瞬頭をかすめたが・・・。

 ところが届けられた本の表紙をみて、驚いた。表紙には16世紀晩年に生まれて、17世紀前半に活躍した画家ラ・トゥールの「いかさま師」の絵が載っていたから。

 と言って、私もラ・トゥールを知っているわけではない。日本でもそれほど有名ではないと思う。少し前に中世の絵画の画集をぼんやり眺めていて「いかさま師」が目にとまる。これがユニークな絵だった。

太ったおばさんと、お手伝いのおばさん、そしてうさんくさそうなおじさんが組んだトランプ賭博で、純真そうな青年をやっつけようとしている。太ったおばさんがおじさんに目配せしている左に寄った眼がすごくいやらしい。

 ラ・トゥールは20世紀になり、評価があがり、今や億円で作品が売買される大作家になった。この小説によると多作だったが、ペストの流行により、防疫でたくさんの家が焼かれたため、作品の多くが焼失してしまったようだ。また鑑識が確立してなくて、市場にでた作品がラ・トゥール作品かどうか鑑定が困難。それだけに贋作が溢れている。

 この物語は、明治の大富豪がラ・トゥールの5作品を日本に持ち込む。この文豪の息子が画家なのだが、作風が変わっていて、とても市場に受け入れられる作品は描けず、最後は困窮して自殺してしまう。

 ラ・トゥール作品は今は数億円する。この残されたラ・トゥール作品が画家の家にあるはずだが、その絵を手に入れようとしている人たちが、相続してもらおうと作品を懸命に文豪の家の中を探すのだが、家はゴミ屋敷になっていて、いくら探してもでてこない。

 さらに絵の相続をめぐり、変な出来事が次々起こる。この人間模様が面白い。

さらに解説で、明治の大作家は小泉八雲で画家は三男の孤高で自殺した小泉清のことと書かれている。そんなことを知って読むと絵画「いかさま師」の味わいが深くなる。

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冲方丁   「光圀伝」(下)(角川文庫)

 歴史物というのは、史料に引きずられ、解釈論になってしまうものが多い。「~と思われる。」「~と考えてもよい。」という文章が並ぶ。しかし、冲方のこの作品は、解釈論を排し、作家の想像力を目いっぱいで展開させる。光圀の日々の生活風景それから発せられる言動が目の前で展開するように描かれる。物語なのだから、作品はこうあってほしい。作家の想像力が縦横無尽に発揮されるほうが読者は物語に魅了される。

 上巻で、本来水戸藩藩主になるべき兄頼重をさしおいて、藩主にされてしまった光圀はとんでもないことを考え実行する。

 すでに讃岐国高松藩主になっていた兄松平頼重の息子を、光圀に養子としてもらい、自らの息子を頼重の養子にする。
 これにより、本来あるべき兄の子孫が水戸藩主につくことを実現する。すごい執念である。

 光圀は有名な大日本史の編纂に取り組む。それは、光圀の叔父、尾張藩主徳川義直の影響が強い。義直は言う。

「史書に記された者たちは、誰もが生きて、この世にいたのだ。代々の帝も、戦国の世の武将たちも、名を残すほど文化に優れていた者たちも、わしやそなたと同じように生きたのだ。史書こそ、そうした人々が生きたことを記す、唯一のすべてなのだ。」

 光圀は、詩歌で日本一になることを目指す。そして、その日本文化芸術の最高の地は京都である。詩歌で日本一になるには、日本史を習得せねばならないと考える。

 そして、思いは、京都へむかう。朝廷、京都一流文化人を尊敬するとともに、深い交流を行う。幕府より、京都への想いが強くなる。

 徳川最後の将軍は水戸藩出身の徳川慶喜である。慶喜は勝海舟、西郷隆盛の説得に応じて大政奉還、江戸城無血開城を行い、江戸を戦火から守ったと評価されているが、慶喜は光圀以来の伝統、朝廷尊奉の想いが強く、大政奉還を受け入れたのではとこの作品を読んで思った。

 光圀は藩主を退いて、黄門を名乗り、全国行脚をしたようにドラマ「水戸黄門」で放送されているが、水戸藩以外には生涯5か所を回ったこと以外は、水戸藩内にとどまった。

 全国行脚はドラマで作られた像である。

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